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ダイラス=リーン到着

……………………


 ──ダイラス=リーン到着



 船橋で縛り上げられていた海賊と“バーナード・マーシュ号”の機関室にいた海賊2名はダイラス=リーン都市海軍の陸戦隊によって捕らえられた。彼らは重武装の陸戦隊が機関室の扉の前で警告してくるのに抵抗することすらできなかった。


「最近、出没していた海賊です」


 ダイラス=リーン都市海軍の将校はエリックたちにそう告げた。


「我々も取り締まりを強化していたのですが、神出鬼没で。しかし、乗客の皆さんに犠牲者がひとりも出なかったことはよかった。それにさっき魚雷艇で逃げようとしていた海賊も捕らえましたし、ここらの海も少しは静かになるでしょう」


 それから船長より謝罪の言葉があり、船は再びダイラス=リーン都市海軍のエスコートを受けて、ダイラス=リーンに向かった。


「ようやくダイラス=リーンですね」


「ああ。ようやくだ。しかし、少し忙しいことになりそうだな」


「どうしてです?」


「正当防衛とは言え、私も君も海賊を殺している。調書の作成が行われるはずだ。もちろん、何かしらの嫌疑をかけられることはないだろうが、時間は取られるだろう」


「あー……。そうですよねー……」


 事件が起きたら裁判のためにも一通りの手続きが行われる。


 ダイラス=リーンは法治都市国家なのだ。海賊行為を働いていたところを目撃したという証言だけで死刑にはできない。犯人の計画性や残虐さを検察が主張して死刑以外の道はないと主張し、弁護士が海賊行為には事情があったとして減刑を求める。その権利が海賊たちにも認められている。


 もっとも、今回のような場合は間違いなく死刑だろうが。


「あなたが死霊術で海賊を無力化した死霊術師の方ですか?」


 エリックたちがそんな会話をしていると、乗客たちから早くも事情を聞いていたダイラス=リーン都市軍の憲兵少佐がエリックに声をかけてきた。


「いいや。それは彼女の功績だ」


「す、すみません! あの時はああするしかなかったんですよ!」


 てっきり死霊術で海賊たちを殺したことを咎められると思って頭を下げるフィーネ。


「いえ。あなたの行動は適切でした。正当防衛の範囲内です。それどころか、あなたは他の乗客の命も救っている。あなたのおかげで事件が解決したと言っても過言ではない。ダイラス=リーン都市軍としてあなたの勇気ある行動に感謝します」


「ゆ、勇気ある行動だなんて……。私はただ怨霊の方とお話して……」


 憲兵少佐が見事な敬礼を送るのに、フィーネは頬を赤くした。


「少佐殿。魚雷艇にいた男ですが、やっぱりダメです。何の反応も示しません」


「そうか。失礼します。乗客の中で戦われた3名を含めて後にダイラス=リーン市議会より正式に感謝の言葉があるかと思いますので、ここはこれで」


 憲兵少佐はそう告げて去っていった。


「そんなに凄いことをしたんでしょうか?」


「ああ。君は他の人間にはできないことをした。立派な行為だ。そして、君には才能がある。とても優れた才能が。君の存在そのものがこれまでの死霊術の理論を覆してしまうような才能だ」


「う、うーん。あんまり実感が……」


「君が行ったのは不可能と思われていたことだ。永久機関のように完全に成立が否定されたものではないが、定説では無理だろうと思われていたことを成し遂げた。これまでの定説は否定され、新しい説が生まれるだろう。数百の論文に影響を与えるほどのものだ」


「そこまでですか?」


「そうだとも。マリアが発見した怨霊との交信は対話にとって行われるものだった。まだ対話が可能な怨霊だ。何に恨み持ち、何に執着しているかを聞き出せるレベルの怨霊が対象だった。怨霊とは全く対話不可能という定説をマリアが覆し、君は自己を喪失している怨霊とも交信できるし、彼らに働きかけることができるということを発見した」


 エリックはフィーネを見つける。


「私にもそんなことは不可能だ。君の何がそれを可能にするのだろうか?」


「何がでしょうね……。これと言って特別なことをしたわけではないのですが……」


「ふむ。それを見つけられればアカデミーに大きな発表ができるだろう」


「おおっ! それはいいですね!」


「その代わり君と同じ能力を持った人間を探し出し、法則性を見出さなければならないが。流石にひとりが出来たから可能な技術であると主張するのは無理がある。菓子職人もそれぞれが高度な技術を持っているものだが、ひとりだけしか絶対に行えないというものは存在しない。師匠から学び、訓練すればできるようになるものだ」


 エリックは顎に手を置く。


「誰もが無理だと諦めているだけで、実際は行える人間がいるのかもしれない。だが、少なくとも私は無理だ。昔、マリアと研究をしていて痛い目にあった。だからこそ、君は才能ある人物だと思っている」


「才能だとしたら心霊捜査官としても活かせますかね?」


「もちろんだ。間接交信機の開発はまだまだであるし、自己を失った怨霊とコミュニケーションが取れて、彼らを役立てられるのならば、心霊捜査官として大きな功績が残せる。未解決事件も解決に導けるかもしれない」


「だとしたら、良かったです! 人の役に立ちたいからですね!」


 自分は立派な死霊術師になって、立派な心霊捜査官になって、人の役に立っているよと冥府にいる両親に伝えられたらどれだけ素敵だろうとフィーネは思った。


 それに、とフィーネは思う。


 自分にもマリアと同じくらいエリックが特別になってくれるものができたとフィーネは思ったのだった。


……………………


……………………


 定期便“バーナード・マーシュ号”は無事にダイラス=リーンに入港した。


 駆逐艦のエスコートを受けて入港した定期便を港の人々は物珍しそうに眺める。だが、一部の人間は何が起きたかを知っていた。救難信号が発せられ、海軍の駆逐艦が出港したことを嗅ぎつけた新聞記者たちが埠頭で待ち構えている。


 もちろん、ダイラス=リーン都市軍はそのような被害者の心の傷に塩を塗り込みかねないような行為と平穏を望む乗客たちの思いを汲んで、“バーナード・マーシュ号”に近づけないように軍の部隊を展開させ、マスコミの突撃を防いでいた。


 それでも記者の撮影だけは阻止できず、それから数名のお喋りな乗客のせいで、“バーナード・マーシュ号”がどうして海賊の襲撃から助かったのかはバレてしまった。


 マスコミが情報収集に躍起になっているときに、エリックたちはここに暮らすベータの出迎えを受けていた。


「いらっしゃい、パパ。待ちかねたわ。なんだか事件があったみたいだけど」


「ああ。海賊によるハイジャックだ。フィーネのおかげで助かったが」


「まあ、そんな物騒なことになっていたの? 駆逐艦がエスコートしていたからただ事ではないとは思っていたけれど」


「そういうわけだ。我々も事件の関係者として警察に協力しなければならない。すまないが、今日は遅くなるかもしれない」


「分かったわ。けど、流石に夕食の時間には帰してもらえるわよね? 夕食、レストランの予約しちゃっているから。もし、遅くなるようなら早めに連絡して。遅い時間にずらしてもらうか、キャンセルするから」


「分かった。せっかく歓迎してくれたのに本当にすまないね」


「パパは悪くないわ。悪いのは海賊たちよ」


 ベータはそう告げると手を振って去っていった。


 それから馬車が埠頭にやってきた。ダイラス=リーン都市警察と書かれた馬車だ。


「エリック・ウェスト様とフィーネ・ファウスト様ですね。警察署までご案内します」


「分かった」


 事件の関係者として警察署で調書を作成することになるのはエリック、フィーネ、それから魔道式小銃を持って戦った連邦陸軍の退役軍人と若者の4名だ。他の乗客の調書は既に“バーナード・マーシュ号”の中で終わっていた。


 もちろん、逮捕された海賊たちも取り調べを受ける。だが、エリックたちと扱いが全く違うのは言うまでもない。


「それではエリック・ウェスト様はこちらで。フィーネ・ファウスト様はあちらのものが対応します。事件について詳細な情報が欲しいのです。どうかご協力ください」


「分かりました!」


 それからフィーネとエリックは調書作成に協力した。


「それでは怨霊に働きかけて、海賊の武器を無効化したと……?」


「は、はい。今思うと人を殺しちゃったんですよね……」


 事情聴取に当たる女性の警察官が驚きの表情を浮かべるのにフィーネはそう告げた。


「確かに人は殺されました。だが、そうしなければあなた方が殺されていたのかもしれないのです。思い悩むことはありません。もし、手助けが必要であればカウンセラーを紹介します。遠慮なく申し出てください」


「ありがとうございます。本当に私の行為で乗客が救われたんですよね?」


「そうです。見張りの武器を回収し、海賊たちに反撃に転じたからこそ、救難信号を送ることができ、海軍が救援に向かえたのです。あなたのおかげですよ。あなたは怨霊を恐れずに交信し、味方につけて、彼らの無念を果たさせた。立派な行いです」


「それならよかったです」


 フィーネは安堵の笑みを浮かべた。


 死霊術で人を殺したのは初めてのことであった。いや、人を殺したこと自体初めてのことであった。フィーネではなく、怨霊が殺したのだとしても、きっかけを作ったのはフィーネだ。そのことをフィーネは悩んでいた。


 だが、海賊たちは悪党だった。怨霊に恨まれるだけのことしていた。報いを受けたのだ。そして、大勢が助かった。ならば、いいではないか。


 フィーネのメンタルは意外にしっかりとしていた。


「あなたは英雄ですよ。誇りに思ってください」


「はい!」


 それからいくつかの説明を行い、フィーネは30分ほどで解放された。


「フィーネ。君の方が先に終わっていたか」


「そうみたいです。エリックさんは何を聞かれました?」


「銃撃を行った状況についてだ。警察は素人が自分で勝手に犯人を射殺するのを愉快なことだとは思わない。銃撃が適切な環境下で行われたかを念入りに尋ねられた」


「そうでしたか。私の方は心配してくれましたよ」


「ああ。そうか。君にとっては初めての殺人か」


「ええ。一応カウンセラーを紹介してもらいましたけど、平気ですよ」


「私も力になれることがあるなら力になろう。今は平気でも後になって後悔し始めるかもしれない。命の危機がある状況から完全に解放されると、不意に過去のことが間違いだったように感じることもあるのだ」


「ふふ。ありがとうございます、エリックさん」


 フィーネはエリックが心配してくれているということだけで十分だった。


「それにしてもダイラス=リーンは憲兵隊じゃなくて警察があるんですね」


「ああ。ここの犯罪は都市軍が片手間に調査できるほどのものではないし、都市軍を投じなければならないほど過激でもない。窃盗や違法薬物の所持などで検挙される人間が多い。だから、ダイラス=リーンは都市警察が治安を守っている」


「なるほど」


 場所が変われば犯罪の内容も変わるのかとフィーネは納得した。


「それではそろそろ行こう。ベータが待っている」


「はい!」


 そう告げ合って、フィーネたちが都市警察の建物を出たときだった。


「フィーネ・ファウストさんとエリック・ウェストさんですね!?」


 突然、見知らぬ人が声をかけてきた。


「新聞社かね?」


「ご明察。ダイラス=リーン・トゥデイの記者のウィリアム・ウォードといいます。先の海賊の襲撃事件において重要な役割を果たされたとか。是非ともお話を聞かせていただけませんか?」


「警察から聞きたまえ。警察には全て喋った。明日にでも記者会見があるだろう」


「いや。そこを何とか。情報は鮮度が命ですから」


 エリックがフィーネを連れて歩き出すのに、新聞記者が歩き出す。


「他の乗客の話ですと海賊は死霊術によって撃退されたとか。何かご存じありませんか? 少しの情報でもいいんです。新聞社も競争が激しくなっていて、警察の記者会見まで暢気に待ってて記事を書くわけにはいかないんですよ!」


 ウィリアムと名乗った新聞記者は20代後半ごろでこれから得たネタで将来の新聞社での立ち位置が決まるという具合であった。彼自身もいろいろと努力はしているようで、今日は関係者に話を聞いて回っていたのか、靴も服もよれよれだった。


 そもそも新聞記者というのはこの世界においてはそうそう儲かる仕事ではない。


 いいネタを上げていき、編集者の立場になれば稼ぎもそれなりになるが、それまでに経験する下っ端記者では、ひとりがようやく暮らしていける程度の額の給料しかでない。それでいて仕事は24時間365日で、ネタがあればすっ飛んでいく必要がある。


 例外は専門の知識を持っている記者たちだ。科学技術や魔術に詳しい記者は一般大衆にも分かりやすいように新しい発表などを紹介することがあり、そちらは知識の分だけ給与が高い。エリックの知り合いにも何人かそういう記者がいる。彼らは魔術を理解しているので、馬鹿げた記事を書かないことに対して好感を持っている。


 エリックに縋るこの記者にはそういう知識はなさそうだ。一般大衆にニュースという名の娯楽を提供するピエロだ。エリックは物事をとにかく面白おかしく書くか、どこまでも深刻に書くかの両極しかないこの手の記者は苦手だった。


「お願いします! そこのバーで奢りますから!」


「私は未成年を連れているのが目に入らないのかね?」


「え、えっと。あの、お嬢ちゃんもオレンジジュースぐらいは飲めますよ!」


 そして、この手の記者はとにかくしつこい。魔術に関する知識はないが、法律についての知識はあるのでプライバシーのギリギリまで攻め込んでくる。何か餌を与えない限り、ベータとの夕食にまでついてくるだろう。


 ベータには迷惑はかけられない。餌を与えておくべきだろう。


「船内で銃撃戦があったことは知っているかね?」


「ええ。死霊術で呪い殺した海賊から奪った銃で勇敢な3名の乗客が戦ったと」


「実名と写真を出さないなら、誰が死霊術で海賊から銃を奪い、銃撃戦に参加したか教えてもいい。約束できるかね?」


「ええ、ええ。もちろん! だけど、目線は入れますので写真だけは……」


「ダメだ。野次馬のことを考えたまえ」


 ニュースという娯楽を得た民衆は一時的に熱狂する。よほどのことがない限り、新しいニュースが入ってきて、元のニュースは沈静化するものだ。ここ最近は新聞社の精力的努力によってそのサイクルは酷く短いものになっている。


 だが、一時的にでも熱狂した民衆というのは面倒だ。あれやれこやと話を聞きたがったり、聞いてもいないのに自分の意見を表明する。性質が悪いとストーカーになるような人間まで出てくる。


「顔写真も実名もなし。年齢と性別はいい。その人物がどのようにして海賊を無力化したかについても教えておこう」


「その人物というのは実はあなたでは……?」


「違う。こちらの少女だ。彼女が海賊にまとわりついていた怨霊に働きかけ、海賊の手から魔道式小銃を落とさせて無力化した。君もちょっとした黒魔術の知識があるならば、自己を失った怨霊に働きかけるのがどれほど困難かは分かるだろう。後は警察の会見を聞いて、記事を作りたまえ。少なくともこちらの提供した情報は明日の朝刊を賑わす程度のものにはなったはずだ」


「それはもう! 大ニュースですね! ちなみにそちらの方は年齢は?」


「16歳です」


「若き天才が勇気を振り絞って海賊を無力化した。これは世間に受けますよ! 取材に応じていただきありがとうございました!」


 締め切りが近いのか、ウィリアムは急ぎ早に立ち去っていった。


「やれやれ、新聞記者という職業がなくてはならないものだということは分かるが、彼らの相手をするのは疲れるものだ」


「明日の朝刊に私のことが載るんですか?」


「恐らくは。あの記者が約束を守るといいのだが」


 エリックはため息をついて、ベータとの約束の場所に向かった。


……………………

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[一言] >「恐らくは。あの記者が約束を守るといいのだが」 記者が約束を破って(エリックによって)酷い目にあわされそう…。 タクシャカ「余でもエリックは怖いのに、愚かな…」
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