権力闘争のあり方について
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──権力闘争のあり方について
「国家レベルの陰謀か?」
「そんなものじゃないことには君ももう気づいているだろう。これは世界レベルの陰謀だよ。手を組み、蹴落とし、罠に嵌め、排除する。陰惨でとても愉快なゲームだ。ボクも参戦したところだけど、今は見ているだけの方が面白そうだ」
そう告げてラルヴァンダードは周囲を見渡した。
「お茶菓子はないのかい? お茶会と言ったらお茶菓子だよね?」
「冷蔵庫にメアリーが作ったものが何か入っているはずだが、勝手に食べると私が怒られる。彼女の帰りを待つか、諦めて帰るかだ」
「じゃあ、待たせてもらうよ。彼女は6分32秒後には帰ってくるから」
ラルヴァンダードが秒単位で到着時刻を予想したのにフィーネが目を丸くする。
「どうしてそんなことが分かるんですか?」
「お・し・え・な・い」
ラルヴァンダードはまた悪戯気な笑みを浮かべてそう告げた。
「さて、普通に遊べるゲームの話をする? それとも現実のゲームの話をする?」
「現実のゲームについて君はほとんど喋る気がないのだろう?」
「少しぐらいなら教えてあげてもいいよ」
「少しというとどれくらいかね?」
「ほんの少しだけ」
ラルヴァンダードがちょっと指を広げる。
「では、教えてくれ。ゲームのゴールはどこだ?」
「それはダメ。他のことを聞いて」
「では、参加者は誰だ?」
「サンクトゥス教会。そこに所属する派閥」
「具体的には?」
「教えられないな。ネタバレになるから」
サンクトゥス教会か、とエリックは思う。
ゲームというのはサンクトゥス教会の権力闘争か。純潔の聖女派が権力を奪うのか、預言者の使徒派が権力を取り返すのか、しかし神の智慧派が動く意味はなんだ?
神の智慧派は権力闘争とは無縁のはずだ。彼らは権力に興味がない。彼らが興味があるのはエリックと同じく、神と同じ視点に立ち、神と対話することにある。ある意味ではとても科学的で、哲学的で、神学的で、世俗の権力闘争とは無縁だ。
その神の智慧派がどう関わってる?
「いずれ分かることなのだろう」
「そう、いずれ分かることだ」
そう告げてラルヴァンダードはにやりと笑った。
「もっとも全てが明らかになるときには手遅れかもしれないけれどね」
そして6分32秒が経過したときだった。
「ただいまです。やれやれ、今年はナスが不作だそうです。高い買い物になりました」
「お帰り、メアリー」
フィーネは時計を見て、しっかり6分32秒が経過していたことを確認した。
「え、え、え? どうやって当てたんですか?」
「だから、教えてあげないよ」
そう告げて小さく、怪しげに笑うラルヴァンダード。
「おや。誰かと思えばろくでなしが上がり込んでいますね。何をしに来たのですか?」
メアリーをラルヴァンダードの姿を見るなりそう告げた。
「お茶をしに来たのさ。さあ、メアリー。お茶菓子を出してくれないかな?」
「残飯で十分でしょう」
「相変わらず酷いな、君は」
メアリーは冷たい目でラルヴァンダードを見る。
「メアリー。一応は私の友人だ。頼むよ」
「マスター。いい加減にこの女とは手を切るべきです。碌なことがありません」
「しかし、私は彼女と契約している。この契約がどれほど重いものかは君もしっているだろう。そして、彼女は世界の事実を私に教えてくれた。これ以上のことを知るつもりはないが、知識を与えてくれたものには感謝すべきだ」
「契約で対価を取られたのならば礼をする必要はありませんよ」
「そうは言わないでくれ」
メアリーが敵意剥き出しなのはどういうわけなのだろうかとフィーネは思った。
「メアリーは過去にちょっとしたいざこざがあってね。そのせいで彼女を嫌っているんだ。本当にちょっとしたいざこざなのだが」
「ちょっとしたことではありません。危うく命を取られるところだったのですよ」
命を取られるところだった?
そういえばエリックは言っていた。
彼女と約束してはならない。彼女にお願いをしてはならない。
それは命がかかわることだったのか?
「はあ。冷蔵庫にアップルパイがあります。それを食べたらとっとと出ていってください。分かりましたか?」
「どうだろうね? ここ最近は面白いことがたくさん起きているからそれについて意見を交わしたいんだけど」
ラルヴァンダードはそう告げてコーヒーカップのふちをなぞった。
「意見を交わしたいと言っても、あなたは何の情報も寄越さず、自分の知りたいことを一方的に尋ねるだけでしょう。不毛ですね」
「まあまあ。そう言わずに。幅広く意見を交わしましょう」
メアリーはどこまでも邪見にラルヴァンダードのことを扱っていた。
「さて、直近のことで変わったことはあったかい?」
「サンクトゥス教会の司祭に命を狙われた。私とエリザベートだ」
「ほう。派閥は?」
「表向きは預言者の使徒派。だが、実際は不明。預言者の使徒派の振りをした純潔の聖女派という可能性もある。真犯人は不明だ。どちらも素人に毛の生えたような襲撃犯で、脅威ではなかった」
「へえ。随分と大胆な動きだな。いよいよ権力闘争も本腰が入ってきた感じかな。神の智慧派に所属する君が襲撃されれば、それはダンウィッチ公会議の結果に反する。吸血鬼であるエリザベートが襲撃されるのも問題だ。そして、どちらも表向きは純潔の聖女派がやりそうなことだとして受け入れられる」
「しかし、分かりやすすぎて裏がある、と」
「そうだ。あまりにも分かりやすすぎる。本当の犯人は純潔の聖女派に罪を着せたいのではないかと思える。もっとも、そういう考えで分かりやすすぎるために、純潔の聖女派が捜査線から外れる可能性はある」
「確かにね。動機は十分だ。むしろ、彼ら以外に君たちを襲撃する理由がない。だが、そうであるために胡散臭すぎる、と」
「その通りだ。教会内の権力闘争がどうなっているかは分からないが、それが激しいことだけは分かる。何せ、ウルタールの市街地で銃撃戦を行ったのだから」
「坊主は大人しく聖典を唱えていろってわけだ」
「そうは言わない。聖職者が新しい発明や倫理観を生み出すこともある。彼らは聖典を盲目的に信仰しているわけではない。少なくとも純潔の聖女派以外は」
「神の智慧派とかだね」
神の智慧派は聖典に縛られず、自由に進歩を進めている。
それは何も神の智慧派に限ったことではない。教会は人々を導くために、新しい技術や発見に対して倫理的観点から接する。人の道に外れた研究は除外されるべきであるし、人の倫理観に沿うように新しい倫理観を生み出すこともある
1000年前はホムンクルスなど存在しなかったが、今は現実のものとなった。それに関する倫理的取り決めを定めたのもサンクトゥス教会だ。
「教会もある意味では役立つものだ。これで権力闘争とスキャンダルさえなければね」
「人の運営する組織だ。多少の問題が生じなければおかしい」
神を信じるものたちが集まる教会でも、迷えるものたちを導く教会でも、神の倫理を考える教会でも、そういう高潔なものを抜きに権力闘争やスキャンダルが起きる。
サンクトゥス教会においても、孤児院での児童虐待や教会銀行の犯罪組織との取引、その揉み消しのために起きた犯罪などがある。教皇は腐敗とは徹底的に戦うと宣言しているが、そのために純潔の聖女派を起用し、教会内での権力闘争を引き起こしていたならば、それは笑い話でしかない。
何もこれは教会だけの問題ではない。
世界魔術アカデミーでも研究費の不正流用事件が起きて外部監査機関が設置されることになったし、予算分配についての話し合いは毎度毎度戦争のようである。
権力闘争とスキャンダルは人の運営する組織では去られない現象なのかもしれない。
「さて、そんな状況で君はどう動くのかな? 神の智慧派の一員としてゲームに加わるのか。それとも傍観を決め込むのか。ボクとしてはこのビッグゲームに君も名乗りを上げて参戦してほしいと思っているのだけれどね」
「私はフィーネを弟子に取った。彼女が立派に育つまでは、教会の権力闘争に参加するつもりはないよ。それにどうせ勝者は分かっている。預言者の使徒派だ。教会の7割を単独で占める勢力がそう簡単に権力闘争に敗れたりなどするものか。エリザベートの推察だが、預言者の使徒派は教会のスキャンダルを揉み消すために純潔の聖女派を起用したと見ている。事実、これで教会のスキャンダルはどこかへ消え、純潔の聖女派だけが非難される状況を作り上げてる。大したものだよ」
「本当にそこまで上手くいっているかな?」
「君のその勿体ぶった態度はあまり好きじゃないな」
「ボクも商売人だからね。商品である情報をただで渡しはしないよ。ただ、その情報が欲しくなるように情報を小出しにするだけさ」
「そうか。君を情報ソースとはしない方がよさそうだ」
「酷いなあ」
エリックがばっさりと切り捨てるのに、ラルヴァンダードは苦々しい笑みを浮かべた。だが、さほど困った様子ではないのはその口調から分かる。
「いつ純潔の聖女派がここに押しかけてくるのか。心配になったりはしないのかい?」
「廃棄地域で教会の法律は通用しない。そもそも純潔の聖女派なんてものをコヴェントリー辺境伯閣下が通過させるとは思えない。ウルタール入市管理局も余計なトラブルしか生みそうにない純潔の聖女派を通しはしないだろう」
廃棄地域に入るには陸路でチェスターの城を通じて入るか、海路でウルタールから入るかしかない。そのどちらも純潔の聖女派のような古典原理主義者を通過させるようなことはないだろう。彼らがその身分を偽らない限り。
身分を偽って廃棄地域に入ったとしてもできることは限られている。彼らの武器である修道騎士団はまず入れない。廃棄地域内に異端者がいようが、彼らには手出しすることができない。だからこそ、信託の巫女派は安心して集落で暮らしているのである。
「思いもよらぬ方法を使うかもしれないよ?」
「密輸業者に知恵でも借りるかね。むしろ、純潔の聖女派にとって急務なのは廃棄地域の一死霊術師をどうこうするというよりも、預言者の使徒派にスケープゴートにされないように気を配ることだろう。預言者の使徒派はいつ裏切ってもおかしくないはずだ」
「まあ、預言者の使徒派が権力闘争の腕前では上と見るかな。だけど、だからといって必ずしも預言者の使徒派が勝利するとは限らないんだよ?」
ラルヴァンダードはそう告げてにやりと笑った。
「では、誰が勝利するかもしれないと?」
「それは知りたいというお願い?」
「いいや。興味はない」
エリックは誰が勝利しようと知ったことではなかった。
預言者の使徒派が勝利すれば何も変わらない。純潔の聖女派が勝利すれば長くは続かない。世間の大衆はがちがちの古典派など到底受け入れられない。純潔の聖女派の天下が続けば、反発は間違いなく生まれる。そして、サンクトゥス教会の支持が低下していくことは誰にとっても望ましくない。
サンクトゥス教会は中央世界の基盤だ。社会基盤だ。非物質的インフラだ。大勢の人間が精神の安息のために頼っている。人が人として生きる道を指し示している。
無神論者たちにとっては自分が強ければそんなものに頼る必要はないというだろうが、人間はそこまで強くはなれないのだ。特にまだ格差が大きく、多くの人々が満遍なく物質的幸福を手にすることができないこの世界では。
そして、エリックは信ずるに足る神がいると確信している。
だから、サンクトゥス教会の崩壊は決して望ましいものではない。
誰もが望まないサンクトゥス教会の崩壊を防ぐために、教会内では権力闘争が激化し、スキャンダルが暴露され、あらゆる噂が情報工作のために流され、純潔の聖女派はそうやって支持を失っていくだろう。
そして、また教会の主導権は多数派である預言者の使徒派に戻る。
また何もない穏やかな日々が戻ってくるのだ。5年後か、10年後か、20年後には。
「教会には気をつけた方がいいよ。友人としてのアドバイスだ」
「言われずとも注意しているよ」
教会はエリックとエリザベートの命を狙った。少なくとも表向きには教会が狙った。
注意してしかるべきだろう。
「アップルパイ、御馳走様。また来るね」
「あまり歓迎はしないよ」
「そういわずに、さ」
そして、去り際にラルヴァンダードがフィーネの方を向く。
「頑張ってね。エリックはいい師匠だよ。そして、良き魔術師だ」
「は、はい」
「じゃあね」
そして、ラルヴァンダードは去っていった。
「何がしたかったのでしょう、あのろくでなしは」
「さてね。彼らの考えることは猫のように気まぐれだ」
エリックはそう告げて立ち上がった。
「フィーネ。これからももし彼女にあった場合には絶対に何かを約束してはならないし、何かを彼女に望んでもならない。分かったね」
「はい」
エリックがいつになく真剣な表情で告げるのにフィーネが頷く。
しかし、約束も、願い事もしてはならない相手とはいったいなにものだろうかという疑問はフィーネの中に残った。
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