死者の尋問
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──死者の尋問
フィーネは目の前に並べられた死体を見渡した。
死体は鑑識が写真撮影と証拠の調査を行い、検視官が死因を判断し終えてから、死体袋に入れられて、ウルタール都市軍の基地に運ばれた。
「お願いできますか?」
エリックとともに先の襲撃を取り調べた憲兵大尉がフィーネに告げる。
これも勉強だとフィーネは思う。
もし、心霊捜査官になるとしたらこういう仕事するわけなのだ。確かに殺された死者の霊は怒りを滲ませているかもしれないし、そういうものを感じる暇もなく死んだかもしれない。いずれにせよ、ここにある死体から情報を引き出さなければならない。
彼らの目的は何だったのか。それが重要だ。
ウルタール都市軍に対するテロ行為なのか。それともエリザベートが感じているようなエリザベートを狙った犯行なのか。
今のところ後者である可能性が極めて高い。犯行グループが所持していた弾薬は全て純銀弾だった。吸血鬼に効果があると謡われている弾薬だ。だが、実際はフィーネも見た通り。宣伝文句は嘘っぱちである。
吸血鬼を殺すには物理手段に訴えても無駄だ。魔力を引きはがさなければならない。それがたとえとても難しいことだとしても。
「どの方から始めればいいでしょう?」
「左からひとりずつお願いします」
死体は11体。
最初に銃撃を加えた2名。建物の屋上から乱射した4名。遠方から狙撃を試みた1名。通りでウルタール都市軍と銃撃戦を繰り広げた7名のうち4名。
死体はずらりと並べらている。
死体の置かれた部屋は腐敗を防ぐため、強めの冷房が効かせてある。フィーネにはもう春も終わるころだというのに肌寒さを感じるくらいの温度だった。
いや、温度だけが理由ではないだろう。
目の前の死体はエリザベートによって切り刻まれたものと、ウルタール都市軍との銃撃戦で銃弾を浴びたものだ。穏やかな死しか知らないフィーネにとっては、初めて暴力の中の暴力によって殺された死体であった。
だからこそ、フィーネは少し怯えているのかもしれない。それで寒気がする。
「では、左の方から」
「お願いします」
尋問を行う憲兵大尉はフィーネの手を握った。
「『冥府の番人よ。我が呼びかけに応じ、その扉を開きたまえ。暫しの間、現世に死者を呼び戻すことを許されたし』」
フィーネがそう唱えると左端の死体──ウルタール都市軍との銃撃戦の際に死亡した死体──の人物が、うっすらとした姿で現れ、道に迷ったかのように周囲を見渡した。
『ここは……』
「君は死んだ。ウルタール都市軍の兵士たちを襲って。事情を聞かせても洗おうか」
『畜生。そうだった。俺はウルタール都市軍によって殺されたんだった。よりによって吸血鬼ハンターの俺たちが同族である人間によって殺されるだなんてな!』
「吸血鬼ハンター? つまり、狙いはエリザベートさんだったわけだな?」
『そうだ。エリザベート・フォン・アイレンベルク。元アレクサンドリア大図書館大司書長。それがターゲットだった。どうしてウルタール都市軍と戦うようなことになっちまったのか……』
「君たちが市街地で銃を乱射したからだ」
『最初に仕掛けてきたのはあの女の方だろう? 俺たちはあいつが何かするまで攻撃を禁止していた。あの女がウルタールの城門を出てから仕掛けるつもりだったんだ』
「そうなのか、フィーネさん?」
憲兵大尉がフィーネを見る。
「ええ。エリザベートさんが移動したと思ったら銃声が響いて。でも、エリザベートさんからは攻撃を仕掛けてませんよ! エリザベートさんは質問してましたから!」
「その話は他の死体に聞こう。人は知っていることしか話せない」
「そうですね。他に質問は?」
フィーネが憲兵大尉に尋ねる。
「誰かに頼まれたのか?」
『サンクトゥス教会の司祭だ。そいつが情報と報酬を用意してくれた。まあ、俺たちが吸血鬼ハンターになったのは最近のことだったからな。デカい獲物を仕留めて、名前を売りたいって思いもあった。前にウルタールで武装商船を編成する話があっただろう? その時に傭兵として参加しようとしたんだが、あいにく仕事を受けそびれてな』
男は少しばかし長めに、愚痴るようにしてそう語った。
「サンクトゥス教会の司祭か? 間違いないんだな?」
『俺は本物だと思った。司祭が来ているような立派な白と金の祭服で、坊主がつけているような香水の臭いがした。嫌な臭いさ。それから頭が禿げてた。いや、あれは剃っているんだったか。そういう坊主らしい坊主だったよ』
「そうか。で、いくらで仕事を引き受けた?」
『前金が500万ドゥカート。それから成功報酬が1500万ドゥカートだ』
「自分たちを安く売りすぎたな」
『うるせえ。こんな結果になるなんて思ってもみなかったんだよ』
憲兵大尉が皮肉気に告げ、男がそう文句を言う。
「では、フィーネさん。この人物の尋問は終わりです。次に」
「はい。『冥府の番人よ。我が願いを聞き届けてくださったことに感謝を。その扉を閉ざされたし』」
そして、ひとりの男の尋問が終わった。
「では、次に。それとも休まれますか?」
「いいえ。大丈夫です。任せてください」
心霊捜査官になるならこれぐらいのことで動じてはいけない。それに冥府から呼び出された霊は人間らしかった。これで動かない死体を恐れる心配はない。
フィーネはそれから11名を降霊した。
分かったのは彼らが始めたばかりの吸血鬼ハンターのチームで他のメンバーはいないということ。彼らはウルタールで手出しするつもりはなく、外に出るのを待っていたということ。だが、突然エリザベートが眼前に現れて混乱してしまったということ。最初の発砲を聞いた仲間が援護のために銃を乱射したということ。あくまでウルタール都市軍とはやり合うつもりはなく、エリザベートが目標だったということ。
最後に男たちを雇ったのはサンクトゥス教会の司祭だということ。
「ふい。情報は得られましたか?」
「はい。ご協力に感謝します、フィーネさん。お茶でも飲んでいってください」
「エリザベートさんは……?」
「彼女は調書の作成に協力してもらっています。彼女に対する嫌疑は先ほどの降霊で晴れました。問題ないでしょう」
エリザベートの側から仕掛けて騒動が起きたのではないかという疑惑は、先ほどの11名の降霊による取り調べの結果否定された。
「こちらへどうぞ。この部屋は寒いですからね。死体置き場はそういうものですが」
憲兵大尉は死体安置室を出て、オフィスの隅にある休憩所にフィーネを案内した。そして、温かくてミルクの入った紅茶を出してくれた。
「あの、心霊捜査官って毎日こういう仕事をしているんですか?」
「毎日ではないですね。事件が起きたときだけです。それ以外の時は、過去に起きた事件を調べたり、暴行事件や窃盗事件の捜査のために浮遊霊に聞き込みを行ったり、それらをまとめた書類仕事をしたりです」
そこで憲兵大尉は気づいた。
「フィーネさんは心霊捜査官を志していらっしゃるのですか?」
「い、いえ。ここ最近、将来の夢の選択肢に入ってきたというところです」
「そうですか。フィーネさんなら歓迎しますよ。なんでもこの街の猫の霊のネットワークを通じて狙撃手と伏兵を特定したそうではないですか。そんなことのできる死霊術師はいませんよ。資料をお渡ししましょうか?」
「あ。せっかくだからいただいていきます」
「ちょっとお待ちください」
憲兵大尉は自分のデスクに戻ると引き出しを開けて、書類を持ってきた。
「ウルタール都市軍憲兵隊の募集要項です。参考になさってください。心霊捜査官は最初から将校待遇──少尉からキャリアが始まりますよ」
「そうなんですか」
それからフィーネは憲兵大尉から過去に心霊捜査官が活躍した事件の話を聞いた。
6名の女性を殺害した連続殺人鬼の捜査。2名の死者が出たウルタール都市銀行強盗事件の捜査。違法薬物密輸事件と違法薬物取引組織の摘発。
冒険譚を聞いているような気分だった。死霊術がここまで人の役に立っていて、多くの犯罪を解決しているということは。フィーネの中でむくむくと心霊捜査官になりたいという欲求が湧いてきた。
「フィーネ。待たせたな。終わったぞ」
40分ほどしてエリザベートが戻ってきた。
「おやつ、食べそこなっちゃいましたね」
「仕方あるまい。ケーキでも買って帰ろう。エリックたちの分も。彼は甘党だから喜ぶだろう。しかし、どうにも引っかかるな」
「どうしました?」
「またサンクトゥス教会の司祭だ」
エリザベートが告げる。
「前にエリックが襲われたときも、殺し屋を雇ったのはサンクトゥス教会の司祭だった。そして、またサンクトゥス教会の司祭が今度は吸血鬼ハンターを雇った。それももっとも世俗的だと言われており、最大の派閥である預言者の使徒派の格好をした司祭が、だ」
「どういうことなんでしょう……? 確かに吸血鬼ハンターの霊もそう告げていましたけれど、純潔の聖女派ならともかく、預言者の使徒派? 何か預言者の使徒派から恨みを買うことでもしましたか?」
「覚えがない。それこそ純潔の聖女派ならともかくだ」
エリザベートはそう告げて首を横に振った。
「だが、吸血鬼ハンターども──実際はなりそこないだが──はサンクトゥス教会の司祭に雇われたと告げ、そいつは預言者の使徒派しか使用しない香水をつけていたと語っている。偽装は容易だろうが、理由がないのに殺しを企てることがそもそもおかしい。しかも、500万ドゥカートという前金を支払っておきながら、成功する見込みはまるでない連中を雇っている。殺す気がなく、アピールだけだったと思わせるような行為だ」
エリザベートはそう告げて考え込んだ。
「いや。本気で殺せると考えたのか? それともただの嫌がらせで、日常生活に支障がでれば万々歳だったのか? いずれにせよ、あの吸血鬼ハンターどもをみて、本気で我を殺せると考えていたならば愚かの極みだが」
「あるいは教会がエリックさんとエリザベートさんを襲撃したという事実だけがほしいとかですか?」
「それもあるな。だが、エリックと我を襲撃したという事実の意味が──」
エリザベートが閃いたという顔をする。
「なるほど。エリックは神の智慧派。我は真祖吸血鬼。どちらも教会に存在が認められている。それを襲撃したとなればスキャンダルだ。教会はスキャンダルを理由に行動に出れる。預言者の使徒派とバレバレの工作をしたのも、実際は純潔の聖女派に罪を擦り付けるための工作なのかもしれん」
「でも、回りくどくないですか?」
「陰謀とは回りくどく、分かり悪いものだ。だから、陰謀と呼ばれる」
少しばかり愉快そうにエリザベートが語る。
「どうして楽しそうなんです?」
「陰謀のど真ん中にいるのだぞ。今はサンクトゥス教会の権力闘争でありとあらゆるものを利用とするだろう。そこでちょっとばかり介入してやれば、忌々しい純潔の聖女派を蹴り落とせる。我々にはそれだけの情報がある」
「でも、純潔の聖女派が介入したって証拠はないですよ?」
「だが、預言者の使徒派が何かしらのことを企てたという証拠はある。これが公になればサンクトゥス教会は調査を行うことを強いられるだろう。何せ香水をつけただけという杜撰な変装だ。すぐにぼろが出る。真犯人は特定され、教会の権力闘争の座から蹴り落とされるというわけだ。なかなか愉快だとは思わんか?」
「うーん。私は安心してウルタールの街で買い物ができるようになればそれでいいです。もう2度も銃撃戦に巻き込まれていますからね」
「たまにはスリリングなのもよかろう? 弾だけに」
「面白くないです」
フィーネはジト目でエリザベートを見た。
「冗談の分からぬ奴だ。さて、ケーキはどのようなものがいい? ホールで買うぞ」
「ホールで!? た、食べきれるんです……?」
「ああ見えてエリックは甘いものに関しては大食漢だ。痩せの大食いという奴だな。リッチーだから血糖値を気にする必要もない。凄い食いっぷりだぞ。ホール2個でもペロリだろう。それから地味にメアリーも甘いものはよく食べる」
「甘党だらけですね」
「私も甘いものは別腹という口だ。ワインの芳醇な味わいも好きなのだが、ケーキのまろやかな甘さもまた捨てられない。特にチーズケーキがいい。レアチーズケーキだ。あれは我の大好物だ。甘さと酸味が味わい深く、食感もまた滑らかで素晴らしい。だが、チョコレートケーキも捨てがたい」
「うう。話を聞いていたらすっかり口の中がケーキの気分です。買って帰りましょう」
「うむ。我がいい店を知っているから案内してやろう。絶品のレアチーズケーキを出してくれる店だぞ。持ち帰りにも対応している」
「いいですね! いいですね!」
襲撃事件のこともさっぱり忘れてフィーネとエリザベートはケーキを買って帰った。
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