ウルタール市街地戦
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──ウルタール市街地戦
エリザベートが最初に異変に気づいたのは、自分たちをつけてくる影がちらほらと見えだしてからだった。エリックと違って死霊術にそこまでの造詣があるわけではないエリザベートはソナーのように魔力の波を周囲に放ち、そこから反射してくる反応で気配を探る。それによれば300メートル後方からずっと尾行されている。
「フィーネ。前にウルタールで襲撃されたそうだな?」
「え? あ、はい。エリックさんが目的だったらしいですけれど、銃弾がバババッて飛んできて、何が起きたのか分からない感じでした」
「お前は語彙が貧相だな。もっと本を読め」
「すみません……」
そこでエリザベートはもう一度魔力を放つ。次は異なる波長で。あるものを探知するために。そして、帰ってきた反応を分析する。
尾行している人間は魔道式銃を所持している。
それもカートリッジの容量からして、機関銃レベル。街中でそんな物騒なものを持ち歩けるのも大した根性だが、自分たちが標的となってくると些か面倒だ。
さて、どうしたものか。
この段階では何の法にも問えない。ウルタールでは許可証さえあれば魔道式銃の所持は自由だ。市民に与えられた権利である。よって手出しはできない。
だが、撃たれてからではことを起こすには遅い。自分だけならともかく、フィーネも一緒だ。エリザベートには銃弾など何の意味も持たないが、フィーネにとっては致命傷を与えられかねない兵器となる。
それに周辺への被害も考慮しなければ。機関銃を振り回されては、周辺への被害も馬鹿にならないだろう。死人が大勢出る。いくら自分が死ななからといってそれを基準に行動してはならないわけである。
「フィーネ。ここで待っていろ」
「はい?」
唐突にエリザベートが告げるのにフィーネが頭を傾げる。
「ちょっとした用事だ」
エリザベートはそう告げると不意に姿を消した。
「なっ……!」
「どうした? 自分たちが狙っているのが吸血鬼だと理解していなかったか?」
次の瞬間、エリザベートは魔道式銃を持ち尾行してくる2名の男の前に立っていた。
「畜生! やっちまえ!」
プロらしからぬ判断を見て、エリザベートはこの連中が素人だと判断した。
だが、暗殺者としては素人でも傭兵としてはそれなりだった。
素早い動きで旅行鞄から魔道式機関銃──Mk48機関銃によく似た外見をしている──を構えると、エリザベートに銃口を向けた。そして、至近距離の射撃で銃弾がエリザベートの全身に叩き込まれる。
血が流れ、その様子を見ていた人々はエリザベートは死んだと思った。
だが、そんなことはない。銃弾ごときで吸血鬼を殺せるならば歴代の吸血鬼ハンターたちは誰も苦労していないのだ。
「我に血を流させるということは。命は要らぬか」
エリザベートは尾行者を逆に追跡して、彼らが自分たちの犯罪計画を自白するならば、後の始末はウルタール都市軍に任せようと思っていた。だが、相手は自白するどころか、エリザベートに鉛玉を叩き込んだ。
いや、鉛玉ではない。
「銀の銃弾か。この迷信を未だに信じている愚か者がいるとは驚きを越えて呆れるな」
エリザベートの体からぽろぽろと叩き込まれたはずの銃弾が零れ落ちていく。
「ち、畜生。なんで銀の銃弾が効かないんだ!」
「馬鹿が。あの世で反省しろ」
エリザベートの流した血が鋭利な刃物に変わり、血だまりの中に立っていた男たちの体を引き裂く。加えてそれによって男たちの流した血が皮膚を貫いて、臓腑を貫いて、男たちを八つ裂きにし、瞬く間に男たちは死んだ。
だが、襲撃はこれで終わりではなかった。
エリザベートたちが歩いていた通りの屋上が俄かに騒がしくなり、エリザベートが魔力を放つ。屋上に4名、魔道式小銃を有する男たちがいる。ウルタール都市軍の正式採用しているランカスターMK10とは異なる魔道式銃の波長にエリザベートが臨戦態勢で向かう。銃声が響き始めたのはすぐだった。
敵は周辺被害など考えずに銃弾をばらまいている。エリザベートは念のために安全な銀行の傍にフィーネを置いてきた。銃撃戦が始まればフィーネも銀行に隠れるだろうとの算段の上でのことだった。
「行儀がなってないな。所詮は素人か」
エリザベートは霧になって消えると屋上に姿を現した。
「……!? 畜生! 撃て、撃て!」
魔道式小銃の狙いが屋上に上ったエリザベートに向けられる。殺し屋たちの使っている魔道式小銃はAKMS自動小銃に良く似ていた。
銃床が折りたため、小型化できるため空挺兵や戦車兵の使っていた武器だが、今回は目立たぬように武器を運び込むために使われていたようだ。
「よほど命が要らぬのだな。我はエリックほど慈愛の精神を持ち合わせてはおらぬぞ」
エリザベートはそう告げると自分から流れた血を男たちに浴びせかける。そして、次の瞬間、男たちの浴びた血液は刃物となって肉体を斬り裂いた。
「ああ。ああ! 畜生め! 魔女のばあさんの呪いか!」
男たちは体を引き裂かれながらも、エリザベートを狙う。
「愚かな」
エリザベートの血は襲撃者の首にもついていた。その意味は首にナイフを突きつけられているということを意味する。
喉を裂かれた襲撃者たちは地面に崩れ落ちる。
「ウルタール都市軍だ! 今すぐ銃を置け!」
「ようやくお出ましか」
遅ればせながらウルタール都市軍の歩兵分隊が姿を見せた。動力鎧にランカスターMK10のカービンモデル。彼らが戦場となった地域に展開していく。
「こっちだ。ここにも襲撃者がいたぞ」
「エリザベートさん。ご協力に感謝──」
歩兵分隊の指揮官が礼を述べようとしたとき彼の頭がはじけ飛んだ。
「狙撃だ! 遮蔽物に隠れろ!」
歩兵分隊の動きには無駄がなく、すぐさま遮蔽物に飛び込む。
「むう。我の探知範囲を超えているな……」
「エリザベートさん!」
魔力による探知が不可能な状況で姿を見せたのはフィーネだった。
「フィーネ。待っていろと言ったはずだぞ」
「人が死んでいるんです! そんなことは言ってられません! それに敵についての情報があります!」
「情報だと?」
エリザベートは首を傾げた。
「猫の霊と交信して、ここらん辺にいる猫の霊全ての情報を手に入れました。それによれば狙撃手がいるのはあの建物の屋上。他に7名、魔道式小銃で武装した奴らがいます。位置はここから2ブロック進んだところです」
「何? 猫の霊と交信して、ここら辺全ての猫の霊から情報を得た?」
「猫はお喋りなんです。仲間たちから情報を得ていって、ネットワークを構築しています。今回はこれをお借りしました」
エリザベートはこのことをどう評価すべきか迷った。
猫との交信も凄いことだが、猫の霊たちをネットワークとして利用し、襲撃犯の位置を特定する。人間技ではない。エリックですらそんなことは不可能だろう。
「よくやった。後はこっちに任せておけ。それから頭を下げていろ。狙撃されるぞ」
「りょ、了解!」
エリザベートはフィーネの頭を下げさせると、まずは狙撃手を叩きに向かった。
「なあっ!?」
フィーネの指示した建物の屋上に一瞬で移動したエリザベートは自分から流れ出る血を剣のように変化させ、それで狙撃手の首を刎ね飛ばす。狙撃手は手に持っていて狙撃銃を取り落とし、動脈から血液をまき散らしながら地面に崩れ落ちた。
それからすぐさまエリザベートは狙撃手に狙撃され、身動きが取れていなかったウルタール都市軍の下へと高速移動する。
「おい。大丈夫か?」
「民間人は──ああ、エリザベートさんですか。狙撃手に狙われていて身動きが取れない状況です。他にも敵はいると思いますか?」
「狙撃手は今さっき片付けてきた。そして、他にも7名敵がいる。ここから2ブロック先の路地だ。魔道式小銃で武装している。我の探知圏内だ。そちらに情報を伝える」
「了解。こちらもさっき援軍を要請しに人をやったところです。まずはここから市民を退避させましょう。ディータ上等兵、避難誘導を行え。俺たちはエリザベートさんから情報を得たら、銃撃戦だ」
「了解」
ディータと呼ばれた兵士が住民への警告を叫び始める。群衆が慌ただしく移動し、戦場となるであろう通りから足早に去っていく。
「引き続き民間人に注意しろ。エリザベート様。敵の位置は?」
「変わらず2ブロック先の路地だ。ああ。動いたぞ。出てくるつもりだな。どうやら狙いは我のようだ。そうでなければウルタール都市軍に対するテロか」
「どのみち対処しなければなりません。総員、撃ち方用意!」
ウルタール都市軍の1個分隊の兵士たちが2ブロック先の路地にランカスターMK10魔道式小銃を向ける。ウルタール都市軍の兵士も馬鹿ではないので、通りの真ん中で銃を構えるような真似はせず、建物の陰に身を潜め、放棄された屋台の陰などから狙いをつける。
「出てくるぞ」
「ウルタール都市軍だ! 銃を捨てろ! さもなくば発砲──」
ウルタール都市軍の警告もむなしく、敵はウルタール都市軍の兵士たちを狙って腰だめで銃弾を叩き込んできた。フルオートで乱射される銃弾がウルタール都市軍の兵士たちのヘルメットや軍服を掠める。
「いちいち警告などする必要があるか?」
「一応は法執行機関ですので! 総員、発砲を許可する!」
エリザベートが呆れたように告げるが、ウルタール都市軍の1個分隊を率いる軍曹はそのように告げて返した。
それからウルタール都市軍の反撃が始まった。敵は銃弾をばらまきながら通りを横断する。そこを狙ってランカスターMK10魔道式小銃が火を噴く。放たれたフルメタルジャケットの5.56ミリ弾が敵を撃ちぬく。命中した弾は体内でよじれた機動を描き、臓腑を攪乱しながら致命傷を負わせる。
ウルタール都市軍は軍隊であり警察だ。
だから、使用する弾丸は些か難しくなる。
アーカム陸戦条約は『人に不必要な苦痛を与える兵器』の使用を禁止している。それに従えば、軍隊が使用できる弾丸はフルメタルジャケット弾となる。だが、軍隊ではない警察機関などであればより高い衝撃力を敵に与えるホローポイント弾やソフトポイント弾などが使用できる。
ウルタール都市軍は軍隊であり警察だ。今は軍隊の基準で行動しているが、敵が人質を取った場合などは貫通力の低く、人質に被害が及ばないホローポイント弾などが使用される。この点の法解釈は各自由都市の論争の種だった。
まあ、今はフルメタルジャケット弾で正解だ。敵は明らかに弱いながらも防弾のエンチャントかかった衣服を着用しており、フルメタルジャケット弾の貫通力が求められる。
「ひとり、ふたりは拘束したいな……。事件について聴取したい」
「死人でも構わんのではないか? 死人からも話は聞けるぞ」
「あいにく、今のウルタール都市軍に死霊術師はいないんです」
そう言いながら軍曹は射撃を行う。男たちがまたひとり倒れた。
「死霊術師なら我の連れがいる。まだ見習いだが」
「それじゃあ、後で協力してください。しかし、なるべく生きた人間がいいですね。足を狙え! 足を狙って通りに真ん中に倒れさせろ!」
軍曹の命令で動き回る男たちの脚部が狙われる。
銃弾が膝を貫いた男が通りの真ん中に倒れ、男たちが動揺する。
「救出しに来た奴を狙って撃て! 逃げさせるな!」
男たちは弾幕を展開してウルタール都市軍を牽制するが、ウルタール都市軍の射撃は男たちのような素人の射撃ではない。訓練された軍人としての射撃だ。倒れた男を救出しに向かった男は頭を撃ち抜かれて倒れ、男たちは動きを止めた。
「こちらから向かうぞ。弾幕を張って牽制しろ。ディータ上等兵は俺と来い」
「了解」
不気味な沈黙が流れたのちにカートリッジを交換したウルタール都市軍の兵士たちが男たちの潜む場所に牽制射撃を行い、その隙に軍曹と上等兵が突撃する。
「グレネード!」
軍曹はそう警告し、路地にグレネードを放り込んだ。
炸裂。路地から悲鳴が聞こえる。
「動くな! ウルタール都市軍だ! 武器を捨てろ!」
軍曹たちが銃を向けると、満身創痍の男たちは降伏した。生き残りは通りに倒れている男を含めて3名のみだった。
「増援、来ました! 衛生兵もいます!」
「こいつらの手当てを頼む。尋問しなければならん」
遅ればせながら重装備の1個小隊が到着した。
「派手にやったな、軍曹」
「中尉殿。エリザベートさんの支援がなければもっと悲惨な事態になっていました」
銃痕の刻まれた通りを建物を見渡して小隊指揮官の注意が告げ、軍曹が答える。
「おお。エリザベートさんがいたのか。それは百人力だったな」
「あいにく、銃撃戦になった原因も我のようだがな」
エリザベートが告げ、警戒しながらフィーネが建物から姿を見せた。
「あなたが連中の目標だったと?」
「かもしれん。まあ、聞けばわかる。死体は?」
「そこに。しかし、我が軍には現在死霊術師がいないのです」
「それなら問題ない。ここにいる」
そう告げてエリザベートはフィーネを指さしたのだった。
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