求める魂の色
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──求める魂の色
夕食に提供された食材は全て空っぽになった。チーズも綺麗に空だ。
それから紅茶が出されて話の続きが始まった。
「心霊捜査官になるなら、一度そういう職場を見学してみるのはいいんじゃないかしら。具体的なイメージが湧けば、意欲も湧いてくると思うのだけれど」
「ベータ。ウルタール都市軍の心霊捜査官たちは全員がダイラス=リーンに移ってしまった。職場を見学するには危険を冒して廃棄地域の外に出るか、ダイラス=リーンに行くかだ。それしか方法はない」
「それならダイラス=リーンにいらしては? パパのことは喜んで歓迎するわ」
世界魔術アカデミーの本部は世界都市アーカムから西に向けて進んだところにある魔術都市ムナールに置かれている。対して世界科学アカデミーの本部はダイラス=リーンに置かれている。ベータも当然そこで活動している。
ダイラス=リーンは科学都市として知られ、魔術だけに頼らない都市づくりをしてきた経緯がある。世界は球形であり、太陽の周りを回っていると最初に提唱した人物もダイラス=リーンでその説を唱えた。
最初は異論もあったもののダイラス=リーンの冷静な市民たちはその人物の科学的な説明に納得し、彼の功績を讃えた。サンクトゥス教会は当初、神によって創造された世界が世界の中心ではないということで異論を唱えたが、観測結果と計算からその説の間違いを否定できず、結局は認める羽目になった。
元々ダイラス=リーンには科学に所縁があった。古代の時代からダイラス=リーンでは哲学から科学まで様々な意見が交わされる学堂があり、そこで今知られる科学の基礎と哲学の土台が形成された。科学と哲学を語るうえで、その存在は無視できない。
そのようなダイラス=リーンに世界科学アカデミーの本部が設置されるのはもっともなことだと言えた。そこの住民は科学に慣れ親しんでおり、世界を覆すような発見でも狼狽えたり、暴徒となったりしない。
そして、何より神の神秘を暴くことを嫌うサンクトゥス教会との距離が遠かった。教皇が何度ダイラス=リーンを非難しようとも住民もアカデミーの会員もどこ吹く風。もっとも信仰心がなく、もっとも科学的な都市がダイラス=リーンであった。
そんな都市であるからこそ、ウルタールの心霊捜査官たちはサンクトゥス教会の影響が及ばないことを祈ってダイラス=リーンへと移り住んだのだ。
「ダイラス=リーンってどんな場所なんです?」
「ウルタールから快速船で1日の都市よ。ウルタールみたいな賑やかさはないけれど、学者の人が多くて、それを相手に商売をする人たちも多くて賑わっているわ。そして、ダイラス=リーンでは絶対に純潔の聖女派の影響はない。連中にできるのはせいぜい街頭で喚いて腐った卵をぶつけられるぐらいよ」
そこに住んでいることが誇らしいことであるようにベータが語る。
「パパも私の研究所に来てみて。素晴らしい共同研究者を得られたの。パパからは共同研究者は慎重に選ぶようにと言われていたから、用心して選んだわ。皆、口が堅くて、それでいて抜け駆けするような卑怯者じゃないわ」
「そうか。一度は見ておくべきかもしれないな」
「嬉しい。仲間にパパを自慢できるから」
ベータはそう告げて嬉しそうに微笑んだ。
「フィーネ。君は本当に心霊捜査官に興味があるかね?」
「ないかあるかで言われたらあります!」
「そうか。では、船を予約しよう。久しぶりの船旅だ」
フィーネは船旅をしたことがない。ウルタールに来るまで海を見たこともなかった。だから興味は物凄く湧いている。
「最近の船旅は便利ですよ。昔の船旅は食料も水も痛んで、船内は病人だらけだったそうですけれど、青魔術と科学の進歩によって、今の快速船は18ノットで海を進み、それでいて船の中で美味しい食事を楽しんだりできるんです」
「おお……。滅茶苦茶興味あります!」
「僕は明日にはムナールに船で戻りますけれど、ダイラス=リーンにはベータがいますので楽しんできてください」
「もう帰っちゃうんですか?」
「アカデミーの正規会員になるとやることも多いし、他の研究者との競争もありますから。それに今度こそ西方に調査旅行に行けるように研究計画書を作成しなければならないんです。西方に行くのは長年の夢でしたから」
アルファはうっとりするような声色でそう告げた。
「西方ってあれですよね。サムライソードの国がある」
「それは西の果てにある国ですね。そこまで行けるかは分かりません。けど、西方は宗教の面で南方の影響を受けているとも聞きますし、どこにいってもこれまでとは違う光景を目にすることになるでしょう。楽しみだなあ」
西方は中央の人間にとって未知の領域だった。東方のようなオーディン崇拝をしているわけでもなく、南方のように香辛料の豊富な土地というわけでもなく、何が飛び出てくるか分からない土地であった。そういう未知の土地であるが故に、多くの人間が惹かれている。政治家、軍人、商人、芸術家、音楽家。西方の影響はじわじわと広がっている。
「あ。そういえば、エリックさんはお子さんは23人いるって言ってましたけれど、ご兄妹とは仲がいいのですか?」
フィーネはそう尋ねた。
「兄弟、と言っても血がつながっているわけではないし、やっていることもまるで違うので、あまり連絡を取り合わないんですよ。ベータからは世界科学アカデミーの情報を聞くために連絡を取り合っているけれど、他の兄弟姉妹たちは好き勝手にやっていて」
「エータちゃんはミスカトニック大学にいるわ。今度、大学が予定していた南極の調査に向かうそうよ。南極では奇妙なことが多々起きるからそれを調べに行くって」
「ああ。ラムダは軍に入って最後に連絡したときは少佐だったかな。なんでも特殊作戦部隊に所属しているらしいから詳しいことは教えてくれないけれど。今は大佐ぐらいにはなったかな?」
エリックの息子娘たちはそれぞれの道を進んでいるらしい。
「そういえば、お父さん。目的とする魂は手に入ったんですか?」
そこでアルファが尋ねる。
「まだだ。私はこれまであまりにも多く命を弄んできた。そろそろ最後にしたい。なので、今は慎重に事を進めている」
「そうですか。求める魂の色が手に入るといいですね」
求める魂の色? そう聞いてフィーネは疑問に思った。
「エリックさんは今は何を研究なさっているんですか?」
「魂の色の研究だ。透明な魂を持ったものを生み出そうとしている」
「透明な……魂……?」
魂には色がある。それは死霊術の基礎中の基礎で教わるものだ。
赤ければ感情的、青ければ非感情的。明るければ社交的、暗ければ非社交的。
色のない魂など存在しない。人は必ず魂に色を持って生まれる。
それが常識であるはずだった。
「お父さんはホムンクルスに宿る魂の法則を調べて、透明な魂が生み出せるんじゃないかって思ってそうなんだ。僕たちには魂に色がある。僕は茜色。ベータは紅色。これまで僕たちも含めて23人の兄妹姉妹が生まれたけれど、透明な魂の持ち主はいなかった。だけれど、薄い色を持ったものは生まれた。ラムダは限りなく透明に近い青色」
「だから、パパは思っているの。透明な魂の持ち主を生み出せるかって。生み出せたとしたらその魂の持ち主はどのような性格をしているのだろうかって」
フィーネの中の常識が覆されようとしている。
透明な魂? それは赤でもなく青でもない。光の色は違いはあるだろうが、色がないということは性格は、感情はどのようなものになるというのだろうか?
「私の研究は魂の色の俗説が本当に正しいかの証明と魂の色はどこまで変化するかの研究だ。その比較対象実験として透明な魂の持ち主を探し求めている。探し求めても見つからないので、結局は自分で生み出すことになったのだがね」
エリックはそう告げる。
「アルファさんたちはその過程で?」
「逆だな。アルファたちがホムンクルスとして魂を得ることが分かったから、私は透明な魂が得られるのではないかと考えた。アルファたちは純粋にホムンクルスが魂を得るかどうかを実証するために生み出されている」
アルファたちはホムンクルスが魂を宿すかどうかも分からなかった時代に生み出された存在だ。透明な魂を志すにはあまりにも不確実である。
だが、ホムンクルスが魂を宿すと知ってから、エリックが透明な魂の持ち主を人為的に生み出すと決意するまでにどれほどの時間がかかっただろうか?
そう長く時間がかかったとは思えない。
「でも、その実験で魂の色が大きく変わることが分かったらどうするんです?」
「自分の生まれもっての性格に悩んでいる人々は大勢いる。そういう人々に希望を与えられるだろう。デルフィーヌの言っていた論文にもあったように、後天的に人の魂は色を変えることが認められている。だが、赤が青に青が赤になることは確認されていない。それが可能なのかを知りたい。これは死霊術と言うより心理学の分野になるな」
エリックは研究の目的を説明した。
「躁うつ病の患者は赤と青の色に目まぐるしく変化すると聞きますよ」
「残念ながらそれは俗説だ。彼らの魂の色は決まっている。その上で、性格が変わったかのように見えるだけだ。それに彼らも青色の魂を持つ人間は一時的にエネルギーを使って活動的になるが、エネルギーを使い果たすと青色に戻り、より暗くなる。反動があるのだ。永続的に色が変わるわけではない」
「そうなのですか。彼らはあまりにも行動や性格が変わるので魂の色も変わると思っていたのですが」
「それが俗説だ。魂の色は青から赤に、赤から青には変わらない。固定されている。明るさは変わるようだが、色が劇的に変化するという話は聞かない」
アルファの言葉にエリックがそう返す。
「臨床心理学者たちがいうには青色の魂の持ち主は抑うつ的になりやすい傾向があるらしい。臨床心理学の世界ではそういう患者を治療するのに薬剤を用いたり、カウンセリングを用いたり、運動などを行うことによって治療している。だが、もし魂の色が変えられるなら根本的な治療になる。多くの人間が救われるだろう」
エリックの研究にはちゃんと社会に還元できる目的があった。
そうでなければ彼は好奇心だけで多くのホムンクルスを生み出すことはなかっただろう。彼は社会のための大きな目的を持っているが故に、廃棄地域で多少の倫理を無視した研究に踏み切ったのである。
「今の社会、心理学が認知され、多くの精神疾病が認められている。だが、我々はそれらから目を背け、彼らを不衛生な病院に押し込んで、見て見ぬふりをしている。もし、魂の色が変えられて、彼らが根本的に治癒することがあるならば、それは大いに歓迎すべきことだとは思わないか?」
精神疾病は認められてきた。これまではよく分からない錯乱や怠けと思われてきたものが、ようやく多くの臨床心理学者たちの努力の甲斐もあって、病気として認められ、それに対する治療が始まっている。
だが、その治療方法はあまり確立されていない。副作用の多い薬物をしようすることや、メソッドの確立されていないカウンセリング、効果があるのかどうか分からない様々な治療方法によって患者の治癒は見込めず、世間は精神疾病を患った患者を檻のついた病院──精神病院に叩き込むことによって見て見ぬふりをしていた。
エリックの研究が成功するならば、そのような患者たちは救われるだろう。
「エリックさんの研究は人のためになりますね」
「この世の中、人のためにならない研究など存在しないよ。どのような研究であっても人のためになる。そうだろう、アルファ、ベータ」
研究者の道を選んだふたりにエリックが問いかける。
「ええ。突拍子もない研究も地味な研究も人がこの世界を理解し、この世界と付き合っていくうえで重要な役割を果たします。我々がこの世界に暮らしていく以上は、我々はこの世界のことを理解しなければならないのです」
「私は化学者だけど、どんな研究にも価値があると思うわ。科学者の中には毒ガスを開発するような人もいるけれど、それは何かしらの研究の副産物。科学に正義も悪もない。どのような科学にも価値があって、人を前に進ませるの」
ふたりはそう答えた。
「そういうことだ。魔術も科学も人のためになる」
「私も人のためになるようなことがしたいですね」
フィーネはそう告げながら、研究者になる道と心霊捜査官になる道のふたつの道を考え始めた。どちらも人のためになる仕事だ。
そう、未来は開けている。それだけでフィーネは安心できた。
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