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ダンジョン攻略戦

……………………


 ──ダンジョン攻略戦



「これで18階層と」


 ヴァージルたちは先遣隊と合流してから、彼らとともにベースキャンプを設営しながら途中まで進み、物資が欠乏したら再び地上に戻るということを繰り返した。


 それでようやく18階層。


 未だに終わりは見えず、物資も補給が来ている。物資をダンジョンの入り口まで運ぶのも冒険者の仕事で、馬車を魔物から護衛し、ギルドの保有する動力馬車に満載した物資をピストン輸送で運び込んでくる。


 ベースキャンプの設営には低ランク冒険者が参加し始め、今ではヴァージルの“紅の剣”を含めた3パーティがベースキャンプを設営している。3パーティ中2パーティはCランク冒険者で、実力としては不安があるのか、ヴァージルたちを頼っている節がある。


 それでも仕事はちゃんとこなしてくれる。地上から地下18階層まで物資を運ぶのは大変だ。今では冒険者が増えたことによって、地上の物資をリレー式で運搬し、負担を軽減している。低ランク冒険者は危険な最深部に行かずに済むし、ヴァージルたちは地上まで物資を集めに行かなくていい。


 しかし、終わりの見えないダンジョン探索というのは骨が折れる。


「10階層以上は確実って話だったが、相当深いようだな」


「前に攻略した70階層のダンジョンよりマシだろう」


「それはそうだが、どうしてこんなダンジョンがよりによってとヨルンの森に出現したというのだ?」


「分からん」


 アビゲイルの問いにヴァージルは首を横に振った。


 ヨルンの森は初心者向けのフィールドであった。


 魔物は強力なものでもオーク程度。ちゃんと装備を整えていれば、まずこのフィールドで倒れることはない。もし倒れるとすればそれは冒険者に向いてないということだと言われるほどの安全なフィールドであった。


 だが、今そこに10階層以上という大型ダンジョンが出現した。


 通常ではまずありえないことだ。ヨルンのダンジョンの魔力がそんな大型ダンジョンを生み出すほど澱むはずがない。だが、事実としてヨルンの森には10階層以上の大型ダンジョンが出現している。


 森の調査を引き受けた冒険者たちからの報告はまだ聞かない。だが、森が異常を起こしていることは確かだ。10階層以上のダンジョンともなれば、10階層以降出てくる魔物はミノタウロスやマンティコア、コカトリスなどの危険なものになる。


 もし、ダンジョンに誰も気づかず、放置されていたら、それらの魔物が地上に出ていた可能性もあるのだ。ヨルンの森は人里からそう離れていないことを考えるとこれはかなり危険な事態だった。


 幸い、魔物が外に出る前にダンジョンの攻略が始まり、危険な魔物が人里に降りてくる可能性はなくなった。だが、これだけのダンジョンが一度出現した以上、冒険者ギルドも政府もヨルンの森の危険性を引き上げなければならず、もう初心者向けのフィールドとして使われることもないし、近隣に住む住民たちには移住が促されるだろう。


 ヴァージルも初心者時代がこのフィールドで冒険者という仕事に慣れたものだが、もう後輩たちはこの土地を使えないと思うと何とも言えない気分だった。


「ヘルヘイムの森のようになれば大変なことになるな」


「ああ。ダンジョンの大量出現、魔物の大量発生。あそこは地獄だった」


 ヘルヘイムの森はアーカムから遠く離れた北にある森で、農耕地としての開発が進んでいた森だった。だが、森は突如として大量の魔力を噴き出し始め、森にはミノタウロスなどの危険な魔物が大量発生した上に、15階層のダンジョンが一気に6か所生成された。


 冒険者ギルドは緊急クエストとしてヘルヘイムの森の鎮圧を要請し、ヴァージルたちのパーティも戦いに挑んだ。


 そこで見たものは一生忘れないものとなった。


 虐殺された村人。森を出て闊歩する異形の集団。次々に死んでいく冒険者ギルドの仲間たち。ヘルヘイムの森のその事件だけで8000名の死傷者が出ている。


 最終的に冒険者ギルドと政府はヘルヘイムの森を焼き払うことを決断し、赤魔術師たちが動員され、森を魔物ごと焼き払った。リタもその作戦に参加している。


 焼き払われた森の面積は1200ヘクタール。広大な土地が焼き払われた。そして魔力は枯渇し、魔物たちは出現しなくなった。後はダンジョンを潰すだけで、6か所のダンジョンに冒険者たちが挑み、制圧していった。


 ヘルヘイムの森はその後も再生されることなく、農耕地になった。だが、採取される作物に宿る魔力は僅かなものであり、多くの農家が土地を捨てて、移住していった。


 まだ農業に勤しんでいる農家もいるそうだが、ヘルヘイム産の作物はあまり高値で取引されていない。ひとつの森を焼き払うとはそういうことなのだということを思わさせる出来事であった。


 あのヘルヘイムの森の暴走事件も理由は分からずじまいだった。


 農耕地と開拓するのに木々を多く斬り倒したことにより、森の木々が危機感を覚え、自己防衛のために魔物とダンジョンを大発生させたのだという説をヴァージルはエリックから聞いたことがある。だが、それもどこまで事実かは分からないとエリック自身が告げている。


 ヨルンの森のダンジョンはそんなヘルヘイムの森の暴走事件を連想させるような、不気味な兆候であった。


「ここもあんな地獄になると思うか?」


「可能性としては否定できない。リタは恐ろしいほど魔力が濃くなっているのを感じている。俺たちも魔力がどろりとした感じで体にまとわりつくのを感じている。魔物やダンジョンコアは魔力の淀みによって生成される。となると……」


「私はヘルヘイムの地獄を味わうのならば、今度は戦って死ぬ。そして、ヴァルハラに行くことを望むだろう」


「どうして死にたがる。頼りにしているんだぞ、アビゲイル」


 ヴァージルが理解できないという顔をしてアビゲイルを見る。


「あそこは地獄だった。そして、私は今より臆病だった。戦友が死んでいくのに立ち上がることができなかった。今度はそんな後悔はしたくない。またヘルヘイムの地獄を味わうならば勇敢に戦って、かつての汚名をそそぐ」


「そうか。だが、あの時勇敢だった人間なんていやしない。エリックぐらいのものだ。あの状況でも平然としていられたのは」


 エリックはヘルヘイムの森事件が起きたとき、既にパーティにいた。ヘルヘイムの森事件が起きたのは6年前。エリックは“紅の剣”に所属したばかりであった。そして、ヘルヘイムの森事件の解決に当たることになる。


 一言で言えばエリックはあの事件において英雄であった。


 負傷者の治療を行いながら、死んだ冒険者たちの肉体を操って魔物を足止めし、他の冒険者が後退するための時間を作った。怨霊も駆使し、魔物たちにひたすら出血を強いたのちに、単独で1万体以上のもの魔物と対峙した。


 彼はタクシャカを実体化させて、魔物の魂を焼き払い、1万もの魔物を5時間に渡って足止めし続けた。その結果、冒険者と傭兵の混合部隊が反撃に転じ、森の中まで魔物たちを押し返したのである。


 そして、リタたちが森を焼き払った。


 1万と言う魔物を前に臆することなく、平然と立ち向かっていたエリックの姿をアビゲイルたちは覚えている。いや、あの地獄に巻き込まれて、生き残ったもののなかでエリックのあの姿を忘れたものはいないだろう。


 上空ではかつての竜王が咆哮し、地上では亡き戦友たちが再び立ち上がって魔道式銃を構え、怨霊たちが自分たちを踏みにじった魔物たちを呪い殺す。壮絶な光景だった。


「エリックが学者なのがもったいない。あれだけの胆力を備えた男が学者とは!」


「そういうな。エリックにとっては冒険者になことは研究者としてのフィールドワークだったんだ。俺たちの心理状態についてよく尋ねていただろう? あれも何かのデータ集めだったらしい。それなのにあんな地獄に巻き込まれて……」


 アビゲイルが嘆き、ヴァージルがアビゲイルの背中を宥めるように叩く。


「リーダー。そろそろ物資がなくなりますよ。上に取りにいかないと」


「ああ。分かった。先遣部隊の様子は分かるか?」


「あれから何パーティか先遣部隊に加わりましたからね。ちょっと物音だけじゃわからないです。けど、今のところ逃げかえってくる様子はないし、順調なんじゃないですか? 悲鳴も聞こえませんよ」


「そいつは僥倖。このままダンジョンを潰してくれることを祈ろう」


 ヴァージルは掲示板にこのフロアの地図を張り付けると、外に出る。


 今回も入り口が1か所に限られている部屋に拠点を設置していた。拠点の設置地点については他の2パーティから任されているので、ヴァージルたちが長年の勘で適切な地点に設置していっていた。


 水、食料、医療品、照明、情報の配置、そして聖水による進路妨害を行った拠点は安全だ。冒険者たちはここで一呼吸置き、上に上ったり、下に下ったりする。


 ダンジョンと言うのは油断ならないもので、完全に一フロアの敵を殲滅したと思っても、どこからか敵が湧きだしてくるのだ。魔物が淀んだ魔力から生まれるのだから、魔力の淀みの象徴のようなダンジョン内で魔物が自然発生するのもさもありなんという具合である。だから、一度通過した場所でも聖水で防護してなければ安心はできない。


 しかし、魔物も聖水だけでしかどうにかできないわけではなく、明かりを灯しておくと自然発生しにくいということが分かっている。特に赤魔術にとってつけられた炎は魔物の自然発生を防止する効果が高い。


 なので、ヴァージルたちは通路には照明をつけて回ってる。


 地下深いダンジョンで火を使うのは酸欠を招くのでは? と当然考えるだろう。


 だが、それはないのだ。ダンジョン内では空気が常に換気されている。その理由は分からない。もし、ダンジョンで酸欠などが起きると知れば、それを利用して人間は内部の魔物を皆殺しにしただろう。酸欠で命を奪ってもいいし、毒ガスを使ってもいい。


 毒ガスは既に塩素ガスが開発されている。化学兵器を使った戦闘も起きている。


 そして、地球でそうであったように化学兵器を使った戦闘は条約で規制された。だが、あくまでそれは対人向けに使用する場合であり、魔物に対しては何の制限もない。なのでダンジョンが換気機能を備えていなければ人間は毒ガスを使えたのである。


 もっともダンジョンを潰すにはダンジョンコアを摘出しなければならない。ダンジョンコアのある階層まで塩素ガスが満ちるかは階層の深さ次第であり、またダンジョンコアを摘出してくる冒険者は毒ガスから防護される装備を身に着ける必要がある。


 ガスマスクも存在するが、青魔術で清浄化の魔術が刻み込まれているそれを装備すると視界が狭まるのであまり好まれない装備だ。


「おい。行くぞ、ルアーナ」


「またですか? もういいではありませんか。後は後続のパーティに任せましょう。我々がここまでする必要はありません」


 ヴァージルが呼びかけるのにルアーナが心底嫌そうな声色でそう告げた。


「いいか。受けた仕事は最後までやり切るのが冒険者の仕事だ。途中放棄すれば罰則金が取られるし、他の冒険者たちからの信用も失う。お前は聖水を運ぶだけなのだから楽なほうだろうが」


「聖水もあれだけ束になっていたら重いのですよ!」


「なら、鍛えろ。冒険者は体が資本だ。文句を言うな」


 クライドとリタはまた始まったというようにヴァージルとルアーナの様子を見ていた。このサンクトゥス教会の女司祭は冒険者としての才能はなくとも、人を苛立たせることについては感心するぐらい天才的だ。


「私はサンクトゥス教会の女司祭ですよ。私に対する扱いは教会に報告されます」


「それがどうした。自分の情けない有様を報告するのはさぞ楽しいだろうな」


 ルアーナが告げ、ヴァージルが返す。


「行くぞ、アビゲイル、クライド、リタ。こいつがここに残りたいというなら置いていく。魔物が出没して突入してきても俺たちはいないぞ」


「ここは安全なのでしょう!?」


「複数人でいればな。単独でいれば魔物とて聖水の痛みを乗り越えてでも獲物を貪ろうと思ってやってくるだろう」


「分かりました! 分かりましたよ! 行けばいいのでしょう!」


 とうとうルアーナが折れて立ち上がった。


「次は25階層ぐらいまで準備できるようにしておきたいな」


「そんなに深いですかね?」


「最悪を想定しておくものだ。こういうことについては」


 ヴァージルたちはそう告げ合って地上を目指した。


……………………

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[一言] 大惨事になりそうな予感が・・。
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