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魂の分類

……………………


 ──魂の分類



 フィーネはエリザベートに買ってもらった教科書を読み込んだ。


 読み込む場所は純粋な魂の分類について。


 エリックとの授業でちゃんとついていけるように学習しておいた。


 そして、エリックとの授業に臨む。


「それではフィーネ、始めようか」


「はい!」


 予習はばっちりやってきたのでエリックを落胆させることはないだろう。


「肉体を離れた純粋な魂にはいくつかの形態がある。まずはその行動によって3種類のものに分けることができる」


「浮遊霊と地縛霊、そして守護霊ですね」


「その通りだ。例えば、ウルタールの街で自由に動き回っている猫たちの霊は浮遊霊。デルフィーヌの研究室に住みついていた猫の霊は地縛霊。このふたつに外見的な差異はほぼない。行動によってのみ分類できる」


 浮遊霊は自由気ままに動き回っている霊だ。彼らは自分たちが死んでいることに気づいていることが多い。ただ、冥府にいって眠ることを選ばず、現世での生活をもう少しばかり楽しみたいと思って地上に残っている。


 地縛霊はその土地に定着した霊だ。浮遊霊とは逆に彼らは自分が死んでいるかどうかに気づいていない。冥府にいくという選択肢を知らず、そのままかつての生活を同じ場所で繰り返しているというわけだ。


「守護霊は人につく。もっとも守護霊だけが人につくわけではないが。この分類は難しい。一時期は地縛霊の分野に守護霊を入れようとしたのだが、性質がまるで異なるためにそれはなしになった。それから幾たびか名称を変更したり、分類法を変えたりしようとしたが、どれも上手く定着せず、合理的ではなかった」


 守護霊だけが人につくわけではないが、霊を行動によって分類するとなると、人について行動する守護霊は独自のカテゴリーになる。


「次に及ぼす影響によって霊を分類しよう」


「ええっと。通常霊、守護霊、怨霊ですか」


「その通り。通常霊は何の影響も及ぼさない。大抵の霊はこれだ。何かしらの理由で冥府には向かわないが、これといって他者に悪影響などを与えることもなく、ただ存在している。守護霊は先ほどの分類にも出てきたが、人に憑りつきいい影響を与える。怨霊は恨みを持った霊であり、他者に悪影響を及ぼす」


 この世に存在する例の大部分は通常霊だ。


 人は自ら守護霊になることはほぼなく、かといって怨霊になるほどの恨みを溜め込むこともない。大抵は気づいたときは冥府に向かっているのだが、うっかり冥府に行き損ねた霊がこの世の方が居心地がいいと居残るとこれになる。


 ウルタールの猫たちはほぼこの通常霊である。彼らは猫らしい気まぐれで、この地上に残っている。猫というのは地上に残りやすい霊なのだ。特に野良猫は。


 逆に犬となると真っ先に冥府に向かう。猫とは対照的でどういう理由かを死霊術師と動物学者が研究していた。


 さて、続いてはまた守護霊。


 このように行動においても、影響においても分類に名前が出る守護霊は学術上の扱いが面倒だった。守護霊的と記されたときにそれが行動としての守護霊なのか、影響としての守護霊なのかで分からなくなる。


 だから、これまで何度も新しいカテゴリーの設置が議論されてきた。だが、守護霊は守護霊と呼ぶしかなく、これまで提案されてきた新しい分類は定着しなかった。また守護霊を新しい名称で分けるとなると過去の論文にも影響が及ぶとして、大多数の研究者たちは名称の変更は新しいカテゴリーの設置に慎重であった。


 性質としては害をなすことはなく、憑りついている対象を保護する方向で動く。エリックについているタクシャカのように戦闘において頼りになる存在でもある。大抵の死霊術師は自分に守護霊をつけておくものだ。


 だが、守護霊として霊を定着させるには双方の合意が必要である。合意なき場合は後述する怨霊と同じような存在になってしまう。


 守護霊は自分で望んでなれるものではなく、死霊術師の仲介が必要だ。死霊術師は双方の合意を得て、守護霊を纏わせる。“血による加護の法則”に基づいて近親者を守護霊にするケースが多いが、例外もまた少なくない。


 最後に怨霊。


 これはこの世の者たちに害をなす存在だ。生前の強い恨みなどから怨霊になるケースもあるし、浮遊霊や地縛霊を下手に刺激して怨霊としてしまうケースもある。先天的怨霊か、後天的怨霊か。そこでも区別できる。


 特に地縛霊は怨霊になりやすい。何せ彼らは自分が死んだとは思っていない。それなのに周囲が自分を無視するようになったり、上手く動けなかったり、冥府に行けないことで霊としてストレスがたまることで怨霊となることがある。


 あのデルフィーヌの研究所にいた黒猫のポーにフィーネが交信しようとしたとき、エリックが慎重になったのはそういう理由である。


 怨霊は恨みの塊のようなもので、恨みの余り次第に自己を失っていく。最後には目的すらはっきりしない恨みだけの存在となり、悪意を無差別にばらまく存在となる。


 だが、悲しいことに怨霊とて自分で仇が討てれば一番いいのだが、そうはならない場合が多いのだ。高位の聖職者であったり、レベルの高い魔術師の霊ともなれば、相手を呪い殺すこともできるだろうが、一般人の霊では周囲で物音を立てたり、身体にちょっとした不調を与えるくらいのことしかできないのだ。


 死んでも人ひとりの出来ることというのは限られる。だが、群れれば? 自己を失った怨霊が集まった場合、破滅的な影響を及ぼすことがある。霊は時間経過とともに対象の生気を吸い取っていき、その生気を基に部分的に実体化する。そうなれば、階段を降りているときに背中を一押ししたり、首を絞めたりと極めて危険な害を及ぼすことになる。


 だが、死霊術師にかかればそのような怨霊も道具のひとつとなる。


 対象を殺害するための武器とすること。これがもっともポピュラーな怨霊の使い道だ。死霊術師が力を与えることによって怨霊は劇的影響を及ぼす。そのことはエリックが野盗との戦闘で行使したものや、マンティコア狩りで行使ししたもので分かるだろう。


 そして、怨霊を鎮め、冥府に送ることは死霊術師と白魔術師の仕事だ。モーガン・メソッドによって死霊術師はかなり深刻な自己喪失を起こしている怨霊を冥府に送れるし、白魔術師は問答無用で怨霊を冥府に送れる。


 人々の傾向からすると怨霊が出たとき頼りにするのは白魔術師の方だ。確かに彼らの方が後腐れなく、さっぱりと悪霊を祓ってくれる。死霊術師の使うモーガン・メソッドは周囲の人間の古い傷を抉ることにもなりかねず、有効であるが、多用はされない。


 以上が純粋な魂の影響における分類だ。


 これらのことをエリックはフィーネにひとつひとつ説明し、フィーネは予習で分からなかった点を質問した。


「さて、私の授業は実技を交えてとのことだったので、実技を行おう」


「え? まさか怨霊を相手に……?」


「まさか。そんな危険なことはさせない」


 そう告げてエリックは席を立った。


「墓地に行こう。霊を観察する機会だ」


……………………


……………………


 廃棄地域の集落には墓地がある。


 当然だ。生まれてくる人間がいれば、死ぬ人間がいる。死者を埋葬するための場所はどんな場所にも必ず必要とされる。死もまたインフラに組み込まれているのである。


 そんな死を収容するためのインフラである墓地をフィーネたちは訪れた。


「見えるかね?」


「はい。2名、いらっしゃいますね」


 霊が見えなければ死霊術師になる資格はない。どんな死霊術師でも差はあれど霊が見える。どんな些細な霊でも見える才能があるのか、それとも際立って目立った霊しか見えない才能しかないのかで異なるが、人間の浮遊霊ぐらいならば死霊術師ならば、誰だって見ることができるというものだ。


 フィーネの死霊術師としての目には2名の男女の霊が映っていた。


 ひとりは老女。ひとりは青年。青年の霊はうろうろと墓地の周囲を歩き回っては墓石に刻まれた文字を眺め、老女の霊はぼんやりと空を見上げていた。


「彼らは地縛霊と浮遊霊のどちらだと思う?」


「地縛霊ですか?」


「違う。浮遊霊だ。地縛霊は死んでいるという意識がなければ、彼らが縛り付けられる場所は墓地でもない。彼らは生前暮らしていた場所に縛り付けられる。墓地にいる霊は時々おどろおどろしく描かれるが、ほとんどの場合無害な浮遊霊だ」


 意外なことに自分の墓地に執着する霊は少ないのだ。


 きちんと埋葬されていればそれだけ霊は心穏やかに冥府にいける。もし、埋葬されず、野ざらしになっていたり、殺されて葬儀もなく埋められたり、燃やされたりした場合は怨霊となることはほぼ間違いない。


「彼らと話してみよう。君はどちらの霊と話したい?」


「むー。あの墓石を気にしている方が気になります」


「では、交信を試みてみたまえ」


「了解」


 霊は降霊術で呼び出された場合はその術者を認識し、会話できるし、守護霊という形を取っていれば憑依している対象を通じて外部を認識できるが、普通の霊と会話するには接触しなければならない。そうしなければ霊は死霊術師を認識できないのだ。


 これは怨霊と通常霊の違いでもある。怨霊は恨みという力を持ち、多少の生命への認知能力を有しているが、通常霊はそういう力がないので生命の認識ができないのだ。


 ごく稀に一般人が気づかずに彼らと接触することがある。そうすると両者の間に認識が生じ、そうして『怪談』は生み出されるのである。怨霊でもなければ、ただすれ違ったぐらいのことが大げさに取り上げられるのに死霊術師たちはうんざりしている。


 フィーネはゆっくりと相手に近づき、青年の肩を叩いた。


『おや? どちら様かな?』


「フィーネ・ファウストと言います。最近、この近くにやってきました」


『それはそれは。ようこそ廃棄地域へ。ここはいい場所だよ』


 青年の霊は微笑んでそう告げた。


「ところで墓石に何が興味が?」


『いや。もっといい文章を刻んでもらえばよかったのかなと思って。僕は詩人だったんだ。まあ、詩集を1冊出しただけだけどね。それで僕の墓石には詩集からいいものを選んで刻んでくれと言い残したのだけれど、今見るとどうもいまいちでね……』


「ふむ。『黄昏の乙女よ。沈みゆく我が魂を受け止め、抱擁してくれたまえ。朝明けの訪れるその日まで』と」


『ああ。黄昏と沈みゆくというのをかけたものなのだけれど、ちょっと宗教臭がきつすぎた気がするんだ。君の宗派は?』


「預言者の使徒派です」


『僕は流転の魂派。この集落では珍しいことにね。ここは神託の巫女派の牙城みたいなところだろう? 僕は廃棄地域はいろいろと変わっていると聞いてインスピレーションを受けられると思って越してきたんだ。彼らは異端だとは思えないほど親切だったよ』


「流転の魂派ならなおのこと冥府に行かなきゃいけないんじゃないんですか?」


『それがね僕が生まれ変わってまた廃棄地域を訪れたとき、こう前世の記憶がびびっと引き起こされるようなそういう刺激的な文言を刻んでおきたかったんだよ。だけど、これはどう見ても凡作だ。これでは何も思い出せないと思う』


 そう告げて青年はうーんと唸った。


『君はどう思う?』


「確かにちょっと印象には残らない感じですね。けど、墓碑に刻むには悪くないと思いますよ。ただ、転生してから前世を思い出せるほどかと言われると困りますけれど」


『そうだよね。かといって、あんまり奇抜な文言を刻むのはどうにも気が進まないし。何か素晴らしい詩ができればいいのだけれど。死んでからずっとそのことを考えているよ。未だに結論はでないけれどね』


 青年はそう告げてじっと墓碑を眺めた。


「いい詩が思い浮かぶといいですね」


『ああ。転生してから前世を思い出した人はいない。きっと僕がその初めての人間になれるように頑張るよ』


 青年はそう告げてフィーネに手を振ると、また墓碑をじっと見つめ始めた。


 そこでフィーネは交信を終えて、エリックの元に戻った。


「どうだったかね?」


「浮遊霊でも自己は失わないものなのですね」


「怨霊は恨みが力となる一方でその力に飲まれる傾向にある。通常霊や守護霊ならば恨みはないから自己が欠損することは少ない」


 エリックはそう告げた。


「地縛霊も見せておきたかったのだが、安全なものが見当たらなかった。そこは教科書で勉強してくれたまえ。地縛霊は危険でもある。君が地縛霊に直面したとき、冷静に行動できるかが試されるだろう」


「了解です」


 こうして純粋な魂の分類についての授業は終わった。


……………………

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