ダンジョン潰し
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──ダンジョン潰し
「とうとうか」
ヴァージルが冒険者ギルドの掲示板に貼られた依頼を見てそう呟いた。
「ダンジョン潰しか」
「ああ。ヨルンの森がおかしかっただろう。どうやら世界的におかしいらしい。そこら中で森の魔力が高くなって、ダンジョンが生み出されているそうだ」
アビゲイルが傍に来て一緒に掲示板を見る。
「……ラグナロクの前兆か?」
「おいおい。もっとまもな理由を考えてくれ。こういうときエリックがいてくれれば心強かったんだがな。あいつではな……」
ヴァージルがそう呟いてギルドホールの酒場に視線を向ける。
ルアーナが同じ純潔の聖女派に所属するサンクトゥス教会の司祭たちとワインを飲み交わしている。古典派の純潔の聖女派ではワインだけが聖職者に許された酒であった。もっとも古典派を自称するものの中でも、火竜酒を天使のワインなどと呼んで飲んでいるものたちがいるが。
「全く分かってない! 冒険者どもは背信的だ! 我々サンクトゥス教会の司祭が力を貸してやっているというのに礼すら言わないのだ!」
「全くです。彼らは背信的な人間たちです。神の奇跡をまるで尊ばない。神の奇跡たる白魔術を扱える我々こそが真に信仰心ある善良なるものたちであるというのに。それなのに足手まといだのお荷物などと不敬にもほどがあります」
サンクトゥス教会の司祭たちは他の冒険者たちに聞こえる声で愚痴っている。そうすれば自分たちの待遇が改善すると信じているかのように。
あれからルアーナも装備を整えた。冒険者用のリュック、ポーチ、手袋、ブーツ、そして護身用の魔道式拳銃。一応形だけは冒険者らしくなった。
だが、肝心の能力が使えない。
注意散漫で敵の接近に気づかなくて死にかけたことが何度もあるし、採取するべき薬草の知識がまるで欠けていたり、ちょっと長めに歩いただけでもう歩けないと座り込む。魔道式拳銃の取り扱いも訓練しているところを見たことがないので使えないだろう。
ただ、白魔術だけは確実に使えている。傷の手当や毒の治療、怨霊の除霊などの白魔術師に求められる能力だけはきちんと発揮していた。彼女が冒険者にならず、町や村で司祭をしていたならば文句のひとつも出なかっただろう。
だが、今の彼女は冒険者だ。冒険者としての能力がなければ困る。
「他のサンクトゥス教会の司祭たちも同じようなものか」
「前々から冒険者をやっていた連中は別だ。奴らは軍人並みに鍛えている。事情があって修道騎士団に入れなかった人間だからな。だが、この前の黒魔術師の一掃後に入ってきた連中はまるでダメだ。どこのパーティも使えないと文句を言っている」
白魔術師は昔から冒険者パーティにいた。身分や派閥で修道騎士団に入れなかったものたちが、修道騎士団の代わりに人々に奉仕するために冒険者パーティに加わっていた。
彼らはほとんどが男性だったが女性もおり、特に女性は修道騎士団にはどうしても入れないため、冒険者として人生を全うしようという気持ちが強かった。そんな彼らは頼もしい味方であり、中には白魔術師でありながら前衛までこなす人間もいた。
そんな白魔術師ならば、ヴァージルたちも仲間として喜んで迎えただろう。
だが、黒魔術師たちが追放された後にやってきたサンクトゥス教会の司祭たちは、てんで使えない人間ばかりだった。
体力がない。洞察力がない。根気がない。覇気がない。冒険者が必要とするもの全てが欠落している人間ばかりであった。
自分たちはサンクトゥス教会の教義をもっとも正しく守っている純潔の聖女派だから偉い。自分たちは栄光あるサンクトゥス教会の司祭だから偉い。と威張ることばかりは一人前だが、実力が伴っていない。
指摘すれば逆ギレするし、自分たちの思うようにいかないと癇癪を起すし、どの冒険者パーティもかつての仲間の方がよかったと愚痴っている。
だが、冒険者ギルドとしてもサンクトゥス教会との取引があるのか、それとも黒魔術師を大量除名した分の穴埋めが必要だと認識しているのか、純潔の聖女派に属するサンクトゥス教会の司祭のパーティからの除外は許さなかった。
こんな使えない人材に来てもらっても迷惑するだけだ。大人しく荷物持ちでもやらせておこうにも体力がないので務まらない。
結局のところ、要人護衛の要領で守ってやりながら、行動するしかないのだ。
もっとも、サンクトゥス教会の司祭が使えないと早急に判断したいくつかのパーティでは事故が起きて、サンクトゥス教会の司祭が死んでいた。魔物に食い殺されたり、罠にかかって死んだり、死体がダンジョンの崩壊に巻き込まれて死因すら分からなかったりと、少なくない数のサンクトゥス教会の司祭が死んでいる。
それでもサンクトゥス教会の司祭たちが態度を改めずに、冒険者ギルドに居座っているのは根気があるからなのか、危機意識が薄いのか、教会から命じられているのか。
クライドもルアーナを事故死させるタイミングで合図を送るがヴァージルは今のところルアーナを殺すつもりはなかった。パーティに回復役がいないと、いざという時死人が出る。ルアーナが事故死したからと言って、まともな白魔術師が来る保証もなく、ヴァージルはルアーナを調教してなんとか使えるようにしようという路線で進めていた。
「ダンジョン潰し、受けるのか?」
「受けたいが、今のパーティでは難しいだろう。それこそ死人が出る」
「だが、他に仕事がない。今の冒険者ギルドの依頼はダンジョン潰しか森の調査ばかりだ。どちらも危険性は似たり寄ったりだろう」
ヴァージルは考えた。
あれから低ランクの依頼ばかり受けたので、冒険者ギルドに睨まれてるのは分かっている。今度、低ランクの依頼を受けようとすれば拒否されるだろう。
だが、ルアーナの調教はまだ終わっていない。未だに体力がなく、危機察知能力がなく、プライドばかり高いあのサンクトゥス教会の司祭を扱うには時間が必要だ。
それに金銭的にも厳しくなってきた。低ランクの依頼の報酬は安い。
いつまでも低ランクの依頼ばかり受けていると、魔道式銃のメンテナンス費や宿での宿泊代、食事代などに影響が生じる。AAAランクの冒険者パーティと未だに認められている“紅の剣”にとっては面子を維持するうえでも金は必要だった。
「……受けてみるか、ダンジョン潰し」
「やるんだな?」
「ああ。だが、危険だと思ったら即座に引き上げる。基本的にはベースキャンプの設営作業を手伝うのを仕事とする。間違ってもダンジョンコアを破壊するまでは挑むつもりはない。今の面子では無理がある」
ダンジョン潰しは最短で3日、最長で4年で行われるものだ。
それだけの時間がかかるので、ダンジョンの最奥に潜る冒険者たちのためにベースキャンプが設置される。冒険者たちは各階層のベースキャンプを拠点に行動し、1層、また1層とダンジョンを攻略していくのである。
昔の“紅の剣”ならばベースキャンプの設営は他の冒険者に任せ、ダンジョンコア狙いで深く潜っただろう。かつての最高記録は70階層のダンジョンを潰したことだ。
だが、今の“紅の剣”には無理な話だ。
ルアーナというお荷物を抱えているのではダンジョンコアまでたどり着くことも不可能だし、ダンジョンコアを守る門番を撃破することも不可能である。いや、絶対にやれないこともないのあろうが、リスクが大きすぎる。
「ベースキャンプの設営も大事な仕事だし、階層が深ければ報酬も増える」
「ダンジョンコアを潰すのが醍醐味なんだがな」
「今は無理だ」
ダンジョンコアを潰せば報酬は膨大だ。まさにそれを狙って多くの冒険者がダンジョンに挑んでいくのだ。1個ダンジョンを潰せば10年は働かずに食べていけると言わせているが、それは完全に単独でダンジョンを攻略した場合であり、実際はダンジョン内で支援に当たる他のパーティなどへの報酬も差し引かれる。
それでもダンジョンコア潰しは儲かる。今の金欠になりかけているヴァージルのパーティにはあまりにも魅力的であった。
「リーダー。いい依頼ありました?」
そこでクライドとリタが合流した。
彼らは装備の調達に行って来たところだった。クライドの魔道式小銃の銃身交換とリタが新たに自衛用に持つ魔道式短機関銃を調達しに、彼らはアーカムの魔道式銃のメーカーを訪れていた。
リタの調達した武器は奇しくもコヴェントリー・アーマメント社のものだった。
「ダンジョン潰しに参加しようかと思っている」
「マジですか。あのお荷物を抱えて?」
クライドが心底軽蔑した視線をルアーナに向ける。
「ダンジョン潰しとはいってもベースキャンプの設営などの仕事だ。このダンジョンはまだ階層不明らしいが、周囲の魔力の濃さから言って、10階層以上は確実だそうだ。ベースキャンプの設営だけでもそれなりに稼げる」
「俺たちも地味な裏方をやるわけですね。下積み時代を思い出すなあ」
「文句を言うな。死人は出したくない」
クライドが乗り気じゃない様子を見せ、ヴァージルが鋭くそう告げる。
「確かに今のままだと死人がでますね。誰とは言いませんが、死にそうなのがひとり」
「事故死はなしだぞ。次がまともとは限らん。あいつもようやくこっちの忠告を受け入れ始めたところだ。このまま調教していけば、まともな冒険者になるかもしれない。そうすれば前のようにダンジョンコア潰しでもやれる」
「そう簡単にいきますかね?」
「いかないと俺たちはジリ貧だぞ」
貯えは少しずつ減っている。将来的には家を買って、牧場なり農場なりを経営して、冒険者稼業から足を洗おうと思っているみんなの貯えは減りつつある。
このままではいつまでも危険な冒険者稼業を続けなければならない。ルアーナがいるせいで余計に危険になった冒険者稼業をいつまでも続けなければならなくなる。それは誰もがごめんだと思うことであった。
大抵の冒険者は30歳か40歳で冒険者を引退して、平穏な暮らしを得ることを望んでいる。10代から冒険者を始めて、ヴァージルも今年で30歳。冒険者としては上がるところまで上がったというところだ。リタやクライドはまだ若いが、蓄えはある。冒険者なんて危険な仕事は稼ぐだけ稼いだら引退するのが得策だ。
もっとも、本当に引退を意識し始めたのはエリックが去ってからだった。エリックが抜けたことで、そしてルアーナが加わったことで、死の危険を身近に意識し始めた彼らは早期の引退を望むようになり始めたのだ。
もし、エリックが残っていたらまだ冒険者を続けていただろう。冒険者の仕事はリスキーだがスリルがあるし、未知の体験ができる。それになにより儲かる。AAAランクの冒険者がそれに相応しい仕事を引き受ければ、稼げる額は膨大だ。将来のための貯えに回しても、必要経費を引いても、残る金は多い。
だが、エリックは去った。
「じゃあ、この依頼受けるんですか?」
「ああ。異論がある奴はいるか?」
ヴァージルが尋ねる。
「ない。それに今はこれか森の調査ぐらいだろう?」
「俺もないですよ」
アビゲイルとクライドが告げ、リタも首を横に振った。
「なら、決まりだ。手続きを済ませてくる。クライド、ルアーナをあの純潔の聖女派クラブから引きずり出してきてくれ」
「うへえ」
クライドはあの性悪女の相手をしなければならないということにうんざりした。
「リタ。新しい魔道式短機関銃はどうだった?」
「まあ、使いやすい。けど、少し大きいから負担もそれなりかな、って」
リタはそう告げながら購入した魔道式短機関銃を取り出して見せた。
それはスコーピオンEVO3に似ていた。リタが今まで携行していた自衛用の魔道式拳銃と比べると明らかに大きい。
だが、今のパーティには少しでも火力が必要だった。
リタの赤魔術は強力だがクールタイムが必要になる。リタを守るのはヴァージルの役目だが、ルアーナもまた守らなければならない。そのルアーナがお荷物だった。魔道式拳銃を購入したものの、使い方を理解しているかどうかも怪しい。
エリックは自分の身は自分で守っていたし、彼自身は不老不死のリッチーだ。ヴァージルの援護を必要とすることはなかった。彼は銃こそ使わなかったものの、怨霊や死体を使って戦っており、回復役兼火力の役割を担ってくれた。
そのエリックが抜けてルアーナが入ったことでヴァージルの負担は増える。
そのヴァージルの負担を少しでも減らそうと、リタが火力を増強して、自分の身を守ることとルアーナの身を守る手助けをできるように火力を上げたわけである。
リタは魔術師だが鍛えている。負担が多少増えても乗り切れるだろう。
「すまんな。本来なら俺の仕事なのだが」
「気にしない。私たちはパーティ。助け合うことも大切かな、って」
リタはそう告げて新たに加わった装備に応じて変更した他の装備を弄る。
タクティカルベストだ。新しい魔道式短機関銃のカートリッジを収めておくために購入した。これまではパーカーにシャツとスカート、タイツだったリタが明確に軍用品であるタクティカルベストを着用している。
「そう言ってくれると助かる。じゃあ、俺は受付を済ませてくる」
ヴァージルはまだ仲間たちの絆が分解してないことに感謝しつつ、依頼書を掲示板から剥がすと受付へと向かっていった。
「この仕事を受けたい。ベースキャンプの設営を担当したいのだが」
「ベースキャンプの設営ですか? ダンジョンコアの破壊ではなく?」
「今の俺たちには無理だ」
「そうですよねえ。皆さん、そういわれるんですよ。黒魔術師が抜けて純潔の聖女派の司祭が入ったパーティの人たちは皆さん、前より実力が落ちたって言われるんです。実際のところ、そこまで酷いんですか?」
「酷いな。サンクトゥス教会は何を考えているんだか」
受付嬢が声を落として尋ね、ヴァージルも声を落として応じた。
「ヴァージルさんたちほどの実力者が言われるならそうなんでしょうね。危険な依頼を受けてくださる人がごっそり減って、どこの支部もてんてこ舞いみたいです」
受付嬢はそう告げてため息をついた。
「冒険者ギルドのせいだって凄い剣幕で怒鳴り込まれることもありますし、正直どうしてこんなことになったのやら……」
「ギルドの決定じゃないのか?」
「私にも分からないんですよ。ギルドには何のメリットもないですし、これまで冒険者ギルドではアビゲイルさんみたいな異なる宗教の方も雇用してきましたし、今さら教会の圧力でどうこうというわけでもなさそうで」
「確かに。だが、相手はこれまでのように預言者の使徒派じゃなくて、純潔の聖女派だろう? 多少、強引なことをしてきたんじゃないか?」
「そうなのかもしれません。受付嬢に過ぎない私には謎です。とにかく、前のようになってほしいですよ。このままだと森がダンジョンだらけになってしまいます」
そう告げながら受付嬢はタイプライターのような機械を使ってクエスト受付の処理を始めた。その間、ヴァージルはギルドホール内を見渡す。
純潔の聖女派クラブではクライドがルアーナを引きずり出そうとして、ルアーナに説教されている。他の純潔の聖女派クラブの人間も加わっての大合唱だ。クライドはやってられないという顔をしている。
掲示板前ではアビゲイルとリタが今も掲示板のクエスト一覧を眺めている。アビゲイルがいろいろなクエストを指さすのにリタが頷いている。
「はい。受付処理できました。先遣隊は既に出発していますので、すぐに作業にかかってください。お気をつけて。皆さんの無事を祈っております」
「ありがとう」
ヴァージルはこれからやる仕事が本当に神に祝福されることを祈った。
ただし、純潔の聖女派が拝めているのとは別の神に。
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