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検死降霊

……………………


 ──検死降霊



 猫に殺された男の死体の周りにはウルタール都市軍の衛兵隊の他に猫たちがいた。


 猫たちが死んだ猫を含めて死体を見下ろす位置にいる。


 そして、その死体は猫に殺された死体だった。


 喉笛を噛みちぎられ、引き裂かれた腹部からは血が流れている。


 そして、男の手には何十匹もの猫に襲われたような爪の跡が刻まれていた。ミミズばれした痛々しい傷跡からは血が流れた痕跡がある。


「ウルタールで猫を殺すな、か」


 この殺し屋は身をもってそれを知っただろう。


「ウルタールの猫は猫なのに群れるんですよね。ウルタールに来た動物学者はライオンとも違う群れだと言っていましたよ。まあ、なんにせよ、ウルタールで猫を殺せばこういう結末を迎えるのは分かっていただろうに」


 憲兵大尉は男の死体が本当に猫によるものだという鑑識と検視官の報告を聞いて、エリックの方を向いた。


「お願いできますか?」


「ああ」


 鑑識が一歩下がり、憲兵大尉とエリックが前に出る。そして、エリックの視界を共有するために憲兵大尉はエリックの手を握った。降霊会ではお馴染みの光景だ。


「『冥府の番人よ。我が呼びかけに応じ、その扉を開きたまえ。暫しの間、現世に死者を呼び戻すことを許されたし』」


 エリックが死体を触媒に降霊術を実行する。


『ああ、ああ! 助けてくれ! 猫が! 猫が! 猫に殺される!』


「落ち着きたまえ。既に君は死んでいる」


 半透明の男の霊が出てきて叫ぶのにエリックが冷たくそう告げる。


『俺は……死んでいる……。ああ、そうか……。俺は死んだのか……』


「落ち着いたかね。では、質問を始めよう」


 そこでエリックが憲兵大尉に視線を向けた。


「雇い主はサンクトゥス教会の司祭で間違いないのだな?」


『畜生。そうだ。祭服を着ていたし、坊主の臭いがした。坊主が使う香水の臭いだ。他に確認したことはない。俺たちは基本的に依頼主についてあれこれと質問しない』


「香水? 確かか?」


『ああ。そうだよ。気持ち悪い臭いの香水。サンクトゥス教会の司祭はそういう物を使うだろう? それで前金で1500万ドゥカート。成功報酬でさらに6000万ドゥカートを約束された。そこにいる死霊術師を消せば、と』


 そこで憲兵大尉とエリックの視線が交わった。


 一般的なサンクトゥス教会の司祭は特殊な香水を身に着けることを義務としていると思われているが実際に香水の着用を義務付けている派閥はひとつだけ。


 預言者の使徒派だ。


「その司祭の特徴は?」


『ああ? 坊主の特徴なんて知るかよ。禿げた頭に髭。典型的なサンクトゥス教会の司祭って野郎だったさ。餓鬼のころに説教を垂れてきた坊さんと同じだったよ。他に特徴なんて特徴はない。白と金の上等な祭服を着てたし、前金もちゃんと払ったから信用した』


「分かった。冥府に戻してください」


 憲兵大尉はエリックにそう告げた。


「『冥府の番人よ。我が願いを聞き届けてくださったことに感謝を。その扉を閉ざされたし』」


『ああ! 待てよ! 畜生!』


 男の霊はエリックによって強制的に冥府に帰された。


「どう思います、エリックさん?」


「純潔の聖女派も偽装するだけの能力はあったと取るべきか、純潔の聖女派を容疑者リストから外すか。そうなると浮上してくるのは──」


「預言者の使徒派」


 憲兵大尉は自分でそう告げてその言葉の意味に震えているようだった。


 預言者の使徒派は教皇まで選出している最大派閥だ。そんな大派閥が暗殺に手を付けたとなれば、スキャンダルでは済まない。


「早急な判断は禁物だ。慎重に運びたまえ。敵は選ぶべきだ」


「ええ。そうでしょうね。残る4名を徹底的に取り調べます。今回はご協力に感謝します、グランドマスター・エリック・ウェストさん」


「構わないよ。君たちにはいつも世話になっている。これぐらいは安いものだ」


 憲兵大尉たちが遺体を運び始める。猫による殺しである以上、これ以上の現場検証に意味はない。猫たちは同族が殺されれば報復する。ウルタールで猫を殺せば災いが降りかかる。当たり前の話であるが故に検証は必要なかった。


 だが、遺体は一応解剖される。降霊した限り洗脳されていたなどの兆候は見られないが、体に何かしらの細工を去れている可能性がある。薬物を投与したり、死霊術の肉体操作の要領で脳の一部が委縮しているなどの可能性はあるのだ。


 そういうものが発見されれば事件はまた別の側面を見せてくるだろう。


 しかし、降霊した男の言った話。


 死者は嘘をつかない。死者は嘘をつけない。


 香水ぐらいならどうとでも偽装できるし、わざわざ白と金の降臨祭などの式典の場でしか着用されない祭服を纏っているのもおかしい。サンクトゥス教会の司祭は白と黒の祭服を普段は着ている。


 犯人は預言者の使徒派でも、純潔の聖女派でもないのかもしれない。


 だとすると、誰が何の目的でエリックを狙ったのか。


 教会の権力争いは泥沼になっているのかもしれない。一度権力を握った純潔の聖女派が権力を手放すまいとあらゆる行動に手を染めている可能性もある。そして、逆に預言者の使徒派は予想以上の純潔の聖女派の暴走にいち早く権力の座から純潔の聖女派を蹴り落とそうとしているのかもしれない。


 可能性もある。かもしれない。全て憶測だ。


 憶測を並べ立てるのは考え方としてはひとつの手だが、あまりやりすぎると本来見るべきものが見えなくなってしまう。エリックは考えすぎという悪い癖があるために、その点は注意しなければならないと自分に言い聞かせていた。


「フィーネたちを待たせてしまっているな」


 確たる証拠がなければ何を考えてもしょうがない。


 最悪、アカデミーのマスター認定で失敗した学者が純潔の聖女派に偽装して殺し屋をけしかけたという可能性もあるのだ。エリックは一度だけ選考を手伝ったが、もう今は辞退している。他人の研究は面白いのだが、点数をつける作業がエリックは苦手だった。


 今でも人々はエリックが選考に関わっていると思っているのだろうか?


「フィーネを探してくれ。メアリーが一緒にはずだ。デュラハンの女の子だ。いつもこの街に来ているから分かるね?」


 都市妖精に魔力を与えてそう頼むと、都市妖精は誘導を始めた。


 都市妖精は道案内も行ってくれる。ただし、魔力次第だ。エリックやリタ、エリザベートのような魔術師たちならば苦も無く都市妖精に魔力が与えられる。だが、一般人ともなるとそうもいかない。都市妖精は魔力の薄い都市部で生活しているだけあって、そこら辺の取引にはシビアである。


 だが、都市妖精のネットワークは利用できればとても役に立つ。探し人はすぐに見つかるし、エリックが襲撃されたときのように周囲を見張ることもできる。


 エリックは手元の懐中時計を見る。


 時刻は18時32分。そろそろ夕食にするべき時間だ。早く合流しようと足早になる。


 また襲撃される可能性に備えて動物霊の目を借りているが、尾行はされていない。魔道式銃で武装している人間も見当たらない。


 いくら自分が死なないと言っても、周りには被害が出る。今日の銃撃戦では幸い死傷者は出なかったが、街中で魔道式小銃を乱射されれば、死人が出てもおかしくなかった。それに死人が出なかったとしても物的損害が出ている。


 これからも無謀な殺し屋に狙われ続けるならば、少しばかり考えなければならないなとエリックは頭の片隅で思った。


「あ。エリックさん! こっちです、こっち!」


 都市妖精が導いた先は女性向けの衣料品販売店だった。


「遅くなって済まないね。買い物をしていたのかい?」


「タイツを何着かとスパッツを。今の季節はタイツでいいですけど、暑くなってくるとスパッツの方が過ごしやすいですからね」


 さして有名でもないブランドの品をフィーネは買っていた。


「そうか。買い物が済んでいるのならば夕食にしよう。それから学用品を」


「学用品のお店ってそんなに長く開いてるんですか?」


「ここはアーカムと似たようなものだ。大抵の店が夜遅くまで営業している。幸いここはアーカムほど騒がしくはないが」


 アーカムは街中が一日中お祭り騒ぎのようでエリックを辟易させてくれた。


「魚の店と肉の店。どっちがいいかね?」


「お魚の気分です!」


「では、そうしよう。メアリーも構わないかい?」


 エリックがメアリーに尋ねる。


「構いません。帰りに燻製でも買って帰りましょう。エリザベート様が喜びます」


「そうだな。エリザベートへの土産も考えておこう」


 ああ見えてエリザベートは魚の燻製とかが好きなのである。


「それでは店に行こう。ここからそう遠くはない」


 エリックたちは魚料理で有名な店に行った。


 この港町でもあるウルタールではシーフードレストランが充実している。普通のロブスターよりも旨味の凝縮したウルタールロブスターを茹でて、オリーブオイルをベースにしたスパイシーなソースでいただく店は有名店で、シーズン中には行列ができるほどだ。


「これはエリック先生。いらっしゃいませ!」


 その店でエリックは支配人自らのもてなしを受けていた。


「3名。できれば海の見える席がいい」


「分かりました。こちらへどうぞ」


 支配人はエリックたちをウルタールの港が一望できる席に案内した。


「何がおすすめです?」


「ウルタールロブスターだろう。この店ではまずそれを食べておくべきだ。他にはカツオのカルパッチョなどもいいものだが。季節ごとにメニューも変わるからね。直感で選んでみたまえ。この店で外れはない」


「了解です」


 エリックはとりあえずウルタールロブスターの料理を注文した。


「いつみてもここに富が集中する理由が分かる」


「港ですか?」


「ああ。港だ。大陸では最大規模の港だ。これに次ぐ港はダイラス=リーンの港ぐらいだろう。世界中の船舶が行きかい、それを護衛する軍艦がいる。ウルタールのサンダラー級装甲艦を見れば海賊たちは逃げていく」


 港にはウルタール都市軍の海軍旗を翻した装甲艦がにらみを利かせていた。大口径の回転式砲塔を備えた最新式の艦艇で、ウルタールの造船所で建造されたものだ。鋼もウルタールで製鉄された最新の技術のものが使われている。


 港はそんな無骨な軍艦や優雅な客船、商品をたんまりと運んできた貨物船などが並んでいる。今の時間は港沿いに建てられた魔道灯の明かりで輝いている。この付近の森の魔力を利用する魔力炉から供給された魔力で都市は明々と照らしだされ、昼間とは違った魅力ある姿を見せていた。


「かつてのウルタールはキャベツと毛糸ぐらいしか輸出するものがない田舎町だったと聞いて君は信じられるかね?」


「そうなんですか!?」


「ああ。だが、かつての世界の貿易港はダイラス=リーンだった。ウルタールはダイラス=リーンに向かう商船がちょっと立ち寄る程度の場所だった。だが、21代目の町長が、廃棄地域の発明品と世界都市アーカムとの物流に目をつけて街を大胆に改造した。かなりの負債を背負ったが、その価値はあった。今ではウルタールこそ世界最大の貿易港だ」


 アーカムは街全体の明かりが消えることはないが、ウルタールでは港の明かりが消えることもなく、巨大な灯台が船を導いている。


「結局のところ、人もそうなのだろう。自分の利点に目をつけ思い切って投資し、変革すれば、生まれ変われる。成長することができる。君の将来もそう暗いものではないと思うよ、フィーネ」


「私ですか?」


「ああ。死霊術は今は厳しい時代にある。今の死霊術は、だ。だが、死霊術も思い切った方向転換をすることによってキャベツと毛糸だけが産業だったウルタールから世界の富が集まる貿易都市になったウルタールのように発展するだろう。私は魂と精神も重視しているが、それ以上に人間の肉体について注目している。突き詰めていけばそれは医学となる。医学を否定しようとする人間はいないだろう。医学を否定すれば、人は病に倒れ、病気や怪我で死ぬこともある。白魔術も万能ではない」


 エリックがそこまで語ったところでウルタールロブスターが運ばれてきた。ドンと机を支配するかのように鎮座したウルタールロブスターにフィーネが息をのむ。


「熱いうちに食べたまえ。ここのソースは絶品だ」


「私もこれをコピーしようと何度も味見しているのですが同じ味の物は作れません」


 そう告げてエリックたちが切り分けるためのフォークとナイフを香ばしい匂いを発しているウルタールロブスターをフィーネに切り分けた。


「うわあ。美味しそう。いただきます!」


 フィーネはウルタールロブスターにフォークを突き立てて口に運ぶ。


「おお! スパイシーなソースがエビに上手く馴染んで美味しいですね!」


「確かにこれはいいものなのです。観光客はこれ目当てで来るぐらいですから」


 フィーネとメアリーがもぐもぐとウルタールロブスターを味わう。


「話を戻そう。死霊術を医学として扱わせることができるならば、有益な結果が得られる。医学は死霊術的観点から患者の命を救う術を手に入れ、死霊術は医学的観点から治癒能力を引き上げることができる。魂だけを扱うのではなく、それを宿す肉体に注目すれば、死霊術師が魂を汚しているなどという風評からも遠ざかれるだろう」


「確かに。チャンスですね!」


 黒魔術は純潔の聖女派の弾圧を受けている。生き残るためには、キャベツと毛糸の街から世界の貿易港となるためには、医学を受け入れなければならないという提案。


「ですが、マスター。フィーネさんの長所はその共感性ですよ」


「彼女の共感性は確かに驚異的だ」


「彼女は猫の目を借りようとして、トランス状態になるくらいですから」


 メアリーが告げるのにフィーネが顔を真っ赤にした。


「そうなのかね?」


「は、はい。ちょーっと気合が入りすぎていたかなあ、なんて」


 フィーネは見るからに目を泳がせ始めた。


「私が見ておくべきだったな。君の共感性の高さは知っていたというのに。猫からどのような情報が手に入れられたかね?」


「視覚、嗅覚、味覚、触覚、聴覚。それから猫が何を考えているかです」


「猫の目を借りようとしただけで?」


「は、はい……」


 まるでパンを切るのに牛刀を持ち出したのかと言われているようでフィーネはさらに顔が赤くなってしまった。


「そうか。それが君の長所ならばそれを潰すような真似をするべきではないな。さっきの話は聞かなかったことにしてくれ。君の長所を活かす方向で進めよう。つまりは魂と精神の研究だ。動物霊の研究でもいい。なんなら、木の霊の研究でもいい。君が挑めるものに挑戦できるようにしよう」


「いいんですか? 医学の方に舵取りした方が、弾圧されずに済むんじゃ……」


「君は弾圧を恐れるかね?」


「……何とも言えません。怖いのかもしれないし、そうではないのかもしれない。学校を追放されてもまだ自覚が湧いてこないんです。自分たちが世間から排除されようとしていることに。こうしてエリックさんたちと一緒にいると黒魔術は弾圧されてないんじゃないかって思えてしまって」


「私が付き合っている人間は学問に理解がある。そういう友人を選んで付き合ってきた。だから、君が実感が湧かないというのも分からなくもない。だが、実感が湧かないぐらいなら、気にする必要もないことだとは思わないか?」


「確かにそれもそうですね……」


 この廃棄地域とウルタールで暮らしている限り、純潔の聖女派の手は及ばない。ならば気にすることなどないのではないか?


「魂と精神の分野にも未知の部位は多く残されている。発見するべきものは大量にある。我々は世界を探検するには遅すぎる時代に生まれてしまったかもしれないが、魂と精神というものを探求するにはまだ間に合う時代に生まれた」


 エリックはそう告げてウルタールロブスターを口に運ぶ。


「そして、魂と精神は肉体と不可分だ。魂と精神の謎がひとつと解ければ、肉体の謎がひとつ解ける。そうやって魔術も科学も進歩してきたのだ」


「むむ。なら、魂と精神の研究のためには肉体の研究も?」


「もちろん。我々がフォークとナイフで食事をするように魂と精神も肉体と合わせて仕事をする。両者は不可分なのだ」


 エリックはそこでフィーネを見た。


「君は何が研究したい? 何を解き明かしたい? 両親に誇るために何の業績を残したい? まずは君の意見を聞くべきだな」


「えっと、あの。私は魂に興味があります。私は黒魔術を選んだのも、両親の霊に立派になったって告げるためでしたし。ここまで来る途中で見た木の霊や猫の霊、オオカミの霊なんかにも興味が湧いています。けど、今はまだ死霊術の入り口に立ったかまだ一歩手前にいる感じで、進路を決めることはできないです」


 フィーネはもじもじとそう告げた。


「そうだな。まずは基礎だ。基礎を学んだうえで研究する分野を選ぶべきだろう。死霊術という地図を広げ、目的地を選ばなければならない。まずは地図を得るところから始めよう。これから学ぶべきことは多いよ」


「楽しみなぐらいです!」


 エリックは思った。


 50年前に弟子を取った時とは違うが、これもまた先駆者のやるべきことだと。


 彼女は確かな才能を持っている。それを活かすべきだ。無駄にするべきではない。


 彼女の才能が活かせるならば研究職に拘る必要もない。捜査機関への協力だけでもかなりの力になれるはずだ。


 フィーネの未来は開けている。


「君が進みたい道に進めるよう私は精一杯努力しよう」


「私も勉強頑張ります!」


 エリックとフィーネはそう告げ合うとレストランでの食事を続けた。


……………………

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[一言] ウルタールの猫、恐るべしですね。 あと徐々に開かれていく世界観へのワクワク感がたまりません。
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