ウルタールでの騒ぎ
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──ウルタールでの騒ぎ
「エリックさん、エリックさん。どこかで何か摘まんでいきませんか?」
「そうだね。ウルタールには美味しい店がいろいろある。君は食べるのが好きなのようなので、何軒か紹介したいと思っていたところだ」
フィーネがワクワクした様子で告げ、エリックが頷く。
この間にもエリックは動物霊の視野と都市妖精を使って周辺を索敵していた。動物霊が何を考えているかは分からないが、彼らの見ているものは共有できる。そして、このウルタールには猫の霊があちこちにいる。
それによればこちらに近づいている魔道式小銃で武装した人間が2名。路地裏に潜んでいる魔道式拳銃とナイフで武装した人間が2名。この通りを見渡せる位置に陣取った魔道式小銃で武装して、狙いをエリックに定めている人間が1名。
計5名の不審な動きをしている人間が察知できていた。
この段階でウルタール都市軍の衛兵に助けは求められない。まだ何も起きていないし、このウルタールでは銃の所持は合法だ。それが他人に向けて発砲されない限り。
いい加減、ウルタールも物騒な魔道式銃の所持を非合法にすればいいと思うのだが、自由を愛する気風と魔道式銃メーカーのロビー団体、そして自分の身は自分で守れという住民の意識から一向に規制される様子はない。
エリックはそんなことを思いながらも銃の射線上にフィーネが入らないように意識しながら行動していた。この時点でフィーネに魔道式小銃で狙われていると言おうものならば、彼女の動きが不審なものとなり、相手が早急に仕掛けてくる可能性があった。
フィーネが銃の射線に入らないように、エリックは自分を盾にしながら進む。
「甘いものが食べたいですね。ウルタール名物の甘いものってあります?」
「甘いものか。私の行きつけの店がある。ケーキの専門店だ。おすすめはチョコレートケーキだな。いいチョコレートを使っている。遠方から仕入れたカカオ豆を使って、手作りしているそうだ。いいものだよ」
「いいですね、いいですね!」
フィーネとエリックがこの会話を交わした直後だった。
銃声が響き渡り、悲鳴が上がる。
「メアリー」
「了解」
銃弾はエリックたちに向けて放たれたものではなく、屋台で販売されている果物や店舗のショーウィンドウを狙って放たれたものだったが、メアリーは即座にフィーネの手を掴んで、遮蔽物に隠れた。
「タクシャカ。一時的に実体化させる」
『任せておけ!』
上空から風切り音が響き渡り、市場で魔道式小銃を乱射していた2名の男がタクシャカの爪に掴まれて上空に放り投げられる。そして、そのまま2名は地上に落下した。市場の天幕を突き破り、市場の品であった野菜の上に落下した2名はそのまま気絶した。
エリックに対して銃弾が叩き込まれたのは2名が気絶してからだった。
焦って撃ったのか10発近い銃弾のうち命中したのは2発だけだった。それもエリックのローブにかけられた防弾のエンチャントで防がれる。
そして、狙いを逸れた8発のうち1発が通りを進んでいた猫に命中した。
猫に命中したのだ。
「もうあれは終わりだな」
エリックが呟く中、遠くから狙いを定めていた男は撤退を始めていた。
「うらあああっ!」
突如として上がった怒号にエリックが振り返ると、ナイフと魔道式拳銃で武装した2名の男たちがフィーネとメアリーに襲い掛かっていた。
「踊っているのですか?」
メアリーはそう告げると、恐ろしい速さで自分たちに襲い掛かってきた男の手首を捕らえ、そのまま握りつぶした。鈍い音ともに男の悲鳴が上がり、魔動機拳銃が地面に落ちる。男はナイフでメアリーを狙おうとしたが、メアリーが高く足を蹴り上げ、ナイフは明後日の方向に飛んでいった。
「この野郎!」
「私は野郎ではありません」
魔道式拳銃の狙いをメアリーに定めた男の懐にメアリーが飛び込む。引き金は引かれたがそれは空に向けて発砲され、男の腹部には深々とメアリーの拳が叩き込まれていた。
「マスター。他には?」
「1名、逃げた。だが、猫を殺している。そう長くはないだろう」
男が内臓破裂で死にかかっている中、メアリーとエリックがそう言い合う。
「1名は猫を殺したのだから自業自得だが、こちらは死なれると正当防衛が成立するか怪しくなる。一応治療はしておこう」
メアリーの拳を腹部に受けて血を吐いている男にエリックが手をかざし、死霊術の応用である治癒の魔術をかける。
「ウルタール都市軍だ! 全員、銃をおけ!」
エリックが男を治療し終えたころ、ウルタール都市軍の防弾ベストと魔道式小銃で武装したフィールドグレーの軍服の衛兵たちがやってきた。
「ここの2名、向こうの市場に2名いる。我々は被害者だ」
「あなたは……。グランドマスター・エリック・ウェストさん! ご協力に感謝します。ですが、調書を作成しなければなりませんのでご同行願えますか?」
「もちろんだ。協力しよう。それから1名が逃走している。猫を殺しているが」
「ああ。猫を……。絶望的ですね。他のメンバーから話を聞きましょう」
ウルタール都市軍の衛兵たちは気絶してる市場の2名とメアリーにボコボコにされた2名を完全に武装解除して、手錠をかけると数名の兵士が現場に残って魔道式カメラなどで鑑識を始めたり、周辺にいた市民に聞き込みを始めた。
「フィーネ。午後のお茶はメアリーと楽しんでおいてくれ。夕食までには戻るから夕食は一緒に食べよう。調書を作るのにはそう長く時間はかからないはずだ」
「は、はい」
フィーネは完全にへたり込んだ状態で頷いた。
「怪我はないね?」
「な、ないと思います。今の何だったんです?」
「私にも分からないが、銃で狙われたことだけは確かだ。次の襲撃の可能性もあるから、メアリーと一緒に行動するのだよ。都市軍の衛兵も警戒しているから心配はいらないと思うが。ふむ、しかし、君が心配だというならばひとついい方法を教えておこう。レッスンだ。動物霊の目を借りること」
「動物霊との交信は難しいんじゃないんですか?」
「彼らが何を考えているか知るのは難しい。だが、彼らの目を借りるだけならば簡単だ。ここに来てから多くの猫の霊を見たね?」
「はい。ピックマンブランドのお店の周りとか市場とか。普通の猫かと思いましたけれど、壁をすり抜けたり、人をすり抜けたりしてたので」
「そういう動物霊に意識を集中してみたまえ。彼らの機嫌がいいならば自分の見ている景色を共有してくれる。周りに不審な人間がいないか気になったら、そうやって調べてみるといい。何事も挑戦だ。では、私は調書を作りに行く」
「はい!」
何事も挑戦! フィーネは早速猫の霊を探してみた。
市場の傍に1匹、半透明の猫がいる。
フィーネはその猫に意識を集中する……。
すると視界に猫の視界が広がった。いや、臭いまで伝わってくる。音もだ。猫の霊の五感の全てが伝わってくる。
『猫殺しが出たぞ』
『猫殺しが出た』
『猫殺しに災いあれ』
そして、周囲の猫たちの思考まで伝わってくる。
「フィーネさん!」
バチンと頬に衝撃が伝わったことでフィーネは我に返った。
「はれ? 猫の声が……」
「トランス状態になっていましたよ。あなたは何をしていたのです?」
「猫の目を借りようと思って……」
「はあ。それで失敗したわけですね。監視は都市妖精に任せましょう」
メアリーはそう告げると都市妖精を呼び寄せた。
「周辺で衛兵以外に魔道式銃を持っている人間がいたら教えてください。仲間にもそのように伝えてください。お礼の魔力です。これは前渡し分」
都市妖精はコクコクと頷くと飛び去っていった。
「霊との交信は初めてですか?」
「いえ。ちょっと前に木の霊と猫の霊と交信しました」
「木の霊と? 何かの冗談ですか?」
「本当ですよ! ベルトランドさんのところで試してみたんです。よく分からない結果に終わりましたけれど……」
「猫の霊は?」
「無事に成功しました。猫の言葉を聞きましたよ」
そう告げられてメアリーは考え込んだ。
「今後はマスターが帰ってこられるまで、霊に手出ししないでください。あなたは感受性が高すぎるのだと思います。目を借りるだけのつもりが猫の声まで聴いている。共感性はあればあるだけいいものではないのです。目を借りるつもりでトランス状態になっていたら意味がありません」
「すみません……」
何事も挑戦だとは思ったのだがとフィーネは反省した。
「さて、幸いマスターはウルタール都市軍とはいい付き合いをしています。不必要な拘束はされないでしょう。我々は午後のお茶をして、マスターを待っておきましょう。ウルタールのレストランの食事は最高の物ですよ」
「期待してます!」
メアリーとフィーネはうきうきとウルタールの街を進み始めた。
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「最近、恨みを買ったことは?」
ウルタール都市軍の憲兵大尉がそう尋ねる。
「純潔の聖女派のことは知っているかね?」
「ええ。教会で動きあったそうですね。そのことで?」
「それ以外に思い当たる節はない。人間関係は良好だ。そもそも私を消そうとしたのか、他のふたりを消そうとしたのかも分からないのだろう?」
「男たちが目標はあなただったとすぐに吐きました。女性たちを人質に取ってバラバラにしてコンクリートを詰めた樽で海底に沈めるつもりだったと」
「それはまた随分と恨まれてるな」
エリックが出されたコーヒーにミルクを入れるのに憲兵大尉が一呼吸置いた。
「男たちは雇い主について教会の人間だったと自白しています。ですが、おかしいとは思いませんか? あなたが純潔の聖女派の恨みを買っていることはすぐに想像がつく。それなのにプロ意識もない連中に身分を悟らせる状況で仕事を頼むとは」
「確かにできすぎている。わざわざ誘導しているようだ。分かりやすすぎて、純潔の聖女派の仕業とは思えないというわけだね。彼らでも身分が分からないように第三者を通すなりの偽装はするはずだと」
「その通りです。本当に純潔の聖女派以外に恨みを買っていませんか?」
エリックは想像力を働かせた。
ウルタール都市軍は神の智慧派が襲撃を受けたことを知っているだろうか。そこの襲撃を非合法の傭兵に依頼した人間もまた教会の人間であることを知っているだろうか。
純潔の聖女派も馬鹿ではない。彼らは正真正銘の愚か者ならば、そもそも教会の派閥として成立さえしなかっただろう。純潔の聖女派もサンクトゥス教会のひとつの派閥として認められるのに努力してきた。
確かに純潔の聖女派はカルトに近い。だが、サンクトゥス教会に認められたカルトだ。進歩の否定。奇跡主義。聖典原理主義。古典派の中の古典派。それらの主張が認められた集団なのである。世俗に迎合している預言者の使徒派からすれば目の上のたんこぶだ。
だが、預言者の使徒派はどういうわけか純潔の聖女派に権力を与えた。
これまでそれは教会の不祥事を揉み消すためだろうとぐらいに思われていたが、こうも奇妙な事件が続くと考えが変わってくる。
──預言者の使徒派は純潔の聖女派を抹殺しようとしているのではないか?
彼らに濡れ衣を被せ、預言者の使徒派が味方とする大衆に純潔の聖女派を非難させ、完璧な異端として追放してしまうつもりなのではないだろうか。
預言者の使徒派にとっては彼らにとっては奇妙な教義を信じる神の智慧も邪魔もののひとつだ。純潔の聖女派と違って害はないが、特に彼らが死人を出したとしても自分たちに影響はない。生贄にするには十分だ。
しかし、今の教会がどうなっているのか分からない限り、全てただの憶測でしかない。事実として存在するのはエリックは純潔の聖女派に疎まれていて、殺し屋たちはサンクトゥス教会の司祭に雇われて、エリックは彼らの襲撃を受けた。それだけだ。
「大尉。協力はできそうにない。私が考えるに確かにこれは単純な事件ではないだろうが、私にもさっぱり分からないのだ」
「そうですか……」
憲兵大尉はエリックが何か情報を持っていることを期待していたようだ。
「大尉。死体が見つかりました。猫に殺された死体です」
その時、取調室に衛兵が入ってきて告げた。
「グランドマスター・エリック・ウェストさん。降霊を頼めませんか?」
「もし、これが裁判になった場合、軍に所属している死霊術師がやった方が証拠になるのではないかね?」
「軍にいた死霊術師はウルタールを出て、ダイラス=リーンに移りました。彼らにはこのウルタールにも純潔の聖女派の影響が及ぶと考えたようです。実際にこういう事件が起きてしまっては彼らを非難する気にはなれません」
「そういう事情ならば協力しよう」
憲兵大尉の言葉にエリックは頷いた。
「しかし、ウルタールで猫を殺すとは。本当に素人だったようです」
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