ヒットチーム
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──ヒットチーム
エリックが彼の悪い癖である“考えすぎ”の状況に陥っていたとき、ピックマンブランド専門店の扉が開いた。
「エリックさん!」
「マスター」
フィーネとメアリーの声がするのにエリックが振り返る。
「ど、どうですか、これ? 買ったらそのまま着ていきませんか? って言われて、着てきちゃったんですけど」
フィーネは赤いバラの刺繍が入った黒いワンピース姿だった。胸元がメッシュになっており、胸の谷間が窺える。またノースリーブで服全体が小さな肩紐ひとつで体に留まっている。丈の短いスカートはふんわりと広がっており、フィーネのぶかぶかしたジャケットに良くマッチしていた。だが、丈が短くてふわふわしているとちょっとしたことでタイツ越しながら下着が見えそうになるのが心配になるものだった。
だが、フィーネの方はまだ常識のある部類であることはメアリーを見れば分かった。
「どうですか、マスター?」
メアリーの選んだものはノースリーブのワンピースだが服というよりも布であった。体にぴったりとフィットする薄い布地に胸元と臍の部位のメッシュ。ただの布ようでありながら胸元を締め付ける構造になっているらしく、メアリーの豊満な胸がここぞとばかりに主張されていた。その上、スカート丈はフィーネのものより短く、ひらひらとしている。風が吹いただけで下着が見えそうな危うさだ。
公の場で見せていいのは肩だけというマナーから思えば、そのマナーにストレートに喧嘩を売っているとしか思えない服装をメアリーはしていた。これを見た後だと、割と際どいフィーネの服装もかなりまともに見える。
「エンチャントは?」
「布地の強化と耐衝撃性です。割と凄い値段がしました……」
エリックはふたりの格好よりも服にかけられているエンチャントを気にした。
「私のも布地の強化と耐衝撃性です。これぐらは基本ですね」
「いい買い物だ。一流ブランドのエンチャントともなれば、そう簡単に破れるものではないだろう。それにふたりとも似合っているよ。もっともメアリーは少し何かを羽織った方がいいように思うが。フィーネのようなジャケットとかそういうものを」
「マスターにこの肢体をしっかりと見てもらいたいのです」
「君の手術をするときに君の裸は見た」
「手術中のことはノーカンです。断固として否定します」
メアリーはそう告げて再びエリックの腕に抱きついた。
「フィーネもジャケットの替えを買いに行くのだろう? アルハズラットブランドというブランドを扱っている店で。あいにく、店の場所が分からないのだが」
「私が知っています。案内します」
メアリーはエリックの腕に抱き着いたままそう告げた。
「では、行こうか。せっかくの新しい服だ。よく似合っているし、気分を改めて街の中を巡るというのもいいだろう」
「はい!」
エリックはフィーネたちを引き連れてウルタールの街を進む。
猫が大きな欠伸をして伸びている。露天商が道行く人に声をかけている。魔道式小銃を抱えた衛兵が巡回している。屋台から香ばしい香りがしてくる。
「本当にいい街ですね」
「ああ。いい街だ。ジャケットを買ったら君のための勉強道具を買いそろえよう。ノートと万年筆は必要だろう。いい文具店を知っている。そこで買いそろえよう」
フィーネたちはのんびりとウルタールを観光していた。
だが、その裏では密かにある物事が進行しつつあった。
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「野郎ひとり始末するだけで6000万ドゥカートとはな」
「だけど、やれるのか?」
ウルタールの安宿の一室に5人の男たちが集まっていた。
「俺たちにやれない仕事なんてない。俺たちは無敵だ。魔術師なら前にも殺ったことがある。簡単な仕事だった。連中が呪文を唱える前にズドン。それで片が付く。魔術師でも魔道式小銃には勝てやしない」
そう告げてリーダー格と思われる男が魔道式小銃の銃床で机を叩いた。その魔道式小銃はFG42自動小銃に似ていた。備え付けられた魔道式照準器は安物だが、それなりに使えるという評判のあるものだ
「だけど、相手は死霊術師っすよ。最悪、リッチーって可能性がある。リッチーに鉛玉は通じない。あいつらは不死身なんだ。その上、怨霊を自在に操って、相手を呪い殺す。正直、今回の仕事は止めといた方がよくないっすか?」
別の男は魔道式拳銃を弄っていた。
「確かにそいつは問題だ。リッチーは殺せねえ。目標がリッチーかどうかは聞いてないが、死霊術師相手なら最悪リッチーを想定しておくべきだろう。だがな、今日尾行して回って分かったのは目標は女をふたり連れている。ジャケットを着ている方は魔術師だろうが、リッチーじゃねえだろう。片方はジャケットもローブもパーカーも着てねえ。魔術師じゃねえってことだ」
リーダー格の男が告げる。
「つまり? どうなんです?」
「馬鹿だな、てめえ。女どもを人質にするんだよ。女どもを攫って、それから目標を脅して、殺す。リッチーになっていて殺せなかったら、バラバラにして固定化のエンチャントがかかった樽に詰めて、コンクリ流し込んで海に沈める。そうしれば天下無敵のリッチー様も無力ってもんだろ。俺たちは目標を消せと言われたが、殺せとは言われてない」
「流石は親分! 頭が回りますね!」
「俺ぐらいになるとこれぐらいのことは簡単に思いつく」
リーダー格の男はそう告げてにやりと笑った。
「さて、目標と女どもを引き離さなければならん。市街地でちょっとした騒ぎを起こすぞ。バルトロとカルロの2名は市街地で魔道式小銃を乱射して来い。ただし、人は殺すな。人を殺すと怨霊として死霊術師に使われる。そして、騒ぎが起きたらダニオとエリアの2名は女どもの確保に向かえ。俺は死霊術師を見張っておく。奴が女どもの確保を妨害するようなら鉛玉を叩き込む。死なないとしても、動揺はするだろう」
リーダー格の男が命令を下していく。
「分かったな? 簡単な仕事だぞ。騒ぎを起こして、女を攫う。それが済んだら速やかに地下に潜る。ウルタール都市軍に捕捉される前にとんずらだ。それから死霊術師と交渉する。奴は首を縦に振るはずだ。女どもに相当貢いでいるみたいだからな」
そして、リーダー格の男が男たちを見渡す。
「これまでの怨霊は全員祓ってもらっているな?」
「ええ。サンクトゥス教会の司祭に」
「オーケー。これで死霊術師に武器はねえ。始末するだけだ」
男たちが武器を持って立ち上がる。
「牛のように派手にかまして、ネズミのように素早く逃げろ。ウルタール都市軍の練度はそれなり以上だ。まともに相手していたら、こっちがやられる。連中が気づく頃には地下に潜るぞ。地下にいる屍食鬼のギャングとは話が付いている」
そして、リーダー格の男が立ち上がる。
「作戦開始だ。6000万ドゥカートは俺たちのもんだぞ」
「おうっ!」
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エリックたちはフィーネが購入したがっていたジャケット──アルハズラットブランドのジャケットを購入しにブランド専門店を訪れていた。
ジャケットはユニセックス仕様なので、エリックも店に入って店内を見学することにした。自分の知らないことは学ぶ。エリックの知らない服飾の世界について学ぶために、彼はフィーネたちと店の扉を潜った。
「おお! こっちですよ、エリックさん!」
アルハズラットブランドはピックマンブランドと違って明るいイメージの服装を扱っていた。しかし、明るいと一言で言っても様々な明るさがある。アルハズラットブランドの明るさはオリエンタルな雰囲気の明るさだった。東方の装飾に使われるコバルトブルーの色合いをしたジャケットや神殿の白とヤシの葉の緑が組み合わされたジャケット。
色とりどりのジャケットが存在する。ジャケットのデザインそのものはフィーネの纏っているようなものと変わりないが、エンチャントは耐火、耐寒、耐水、耐衝撃、繊維強化と様々だ。フィーネは宝石箱のように輝かしく──そして高価なジャケットに囲まれて、至福の表情を浮かべていた。
「いいものは見つかったかい?」
「まだまだこれからですよ! 私的には青系統のジャケットがイメージカラーで好きなんですけど、エリックさんはどう思います?」
「青系統か」
フィーネの魂の色は明るい赤だ。それが対照的な青を選ぶのはエリックには奇妙に思われた。だが、魂の色と服飾には関係がなかろうという意見が頭をもたげ、彼は何着ものアルハズラットブランドのジャケットが並ぶ店内を見渡した。
「あれはどうかね。君のように快活な子には合いそうな品では?」
「わあ! いいですね! コバルトブルーに白のライン! あとはもうちょっとサイズか大きければベストです!」
フィーネはエリックの選んだ品のふたサイズほど大きなジャケットを手に取った。
「ええっと。耐火、耐寒、耐水、耐衝撃、繊維強化……。エ、エリックさん、これ滅茶苦茶高い奴ですよ……」
エンチャントは概ね全部揃っていた。軍用品になればこれに加えて、防弾と防刃、気配遮断などのエンチャントが付くが、民生品ではここまでエンチャントが付いていれば十分だ。耐衝撃と繊維強化はほぼ防弾・防刃と同じ効果を発揮する。
「構わない。君の身が守られるならば、それに越したことはない。それにそのジャケットのデザインが気に入ったのだろう?」
「うう。申し訳ないです」
フィーネは新しジャケットを手に入れた。
「マスター。これはどうですか?」
「白か。確かにいいね。黒い衣装とコントラストができるし、露出も控えめになる」
「露出はどうでもいいのですが、どうもマスターはジャケットフェチなのではないかと思い始めまして。フィーネさんのジャケットを熱心に選ばれているようなので」
「私にそんなフェチズムはないよ」
メアリーの言葉にエリックがため息をついた。
「エリックさんもジャケット買っておきません?」
「私はローブがあるから構わないよ」
エリックはスリーピースのスーツの上から死霊術師の防弾、防刃、耐火、耐寒の軍用品レベルのエンチャントが駆けられた黒と白のローブを羽織っている。暑い時期になってもローブを脱ぐことはない。いつでも魔術が使えるようにしておかなければ、世の中何が起きるか分からないのだ。
「そういわずに! 最近の流行りですから!」
「若者の流行りだろう? 私のような年寄りには似合わないよ」
「そんなことないですよ! エリックさんってとっても若く見えますもん!」
フィーネは首を振るエリックに食い下がった。
「それならば1着だけ買っておこうか」
「よーし! じゃあ、今度は私が選びますよ!」
エリックがこの場でジャケットを買うことを選択したのは何もフィーネに食い下がられたからというだけではない。やはり純潔の聖女派がかかわっていた。
純潔の聖女派が死霊術師を攻撃するようになるならば、死霊術師であることが一目で分かるこのローブを着て回るのは危険だ。エリックはともかくとして、フィーネが危ない。彼女はエリックやメアリーと違って人間なのだ。
自分の身分を隠すことも必要だろうとは思う。だが、エリックのようにグランドマスターとして名が知れ渡った人間が偽装を行ったところでどこかで有効かは分からないが。
「これなんてどうです? 背中の五芒星がカッコいいですよ!」
「五芒星に燃える瞳のイラスト入りか。ちょっと派手すぎないかね?」
「うーん。だとすると、こっちのシンプルな黒のジャケットはどうです? 飾り気なしですけど、エリックさんなら着こなせると思いますよ」
「分かった。それにしよう」
エンチャントはフィーネのものと同じ。
「……私は会計を済ませてくるが、君たちはまだ中にいたまえ」
「了解です。もうちょっと見学してきます」
フィーネは鼻歌を歌いながら店の中をぶらぶらし始めた。
「メアリー」
「敵ですか」
「ああ。都市妖精が物騒な連中を見かけた。我々の様子を窺っているようだ。魔道式小銃付きで。狙いはまだ分からないが荒事になる可能性が高い」
「準備はいつでもできています」
「ありがとう。君はフィーネを頼む。私は市街地戦に備える」
「了解」
この物騒な会話ののちに、エリックはフィーネを引き連れて外に出た。
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