マンティコア狩り
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──マンティコア狩り
エリックたちを乗せた装甲動力馬車は猟犬が吠え始めた地点で止まった。
「ここか? この傍にいるのか?」
「ワン!」
猟犬は返事をするように吠えた。
「うう、犬はちょっと怖いですね。牙がずらっとしてて」
「犬に怯えていたらマンティコアなど目にできないよ」
フィーネが吠えて唸る猟犬を見て告げ、エリックがそう返した。
「魔物学の基礎は学んでいるかね?」
「実を言うと講義取ってなくて……」
「ふむ。では、軽くマンティコアについて教えておこう」
エリックは装甲動力馬車から降りて告げる。
「マンティコアは獅子の体にサソリの尻尾、そして人間の顔を持った魔物だ。サソリの針は地方によって様々な違いがあるが、この辺りまで流れ者としてやってくるのは、一本針のものとみて間違いない」
エリックは続ける。
「魔物としては珍しく、自然発生するにもかかわらず、繁殖を行う。5月6月がチュウオウタイリクマンティコアの繁殖期で、4年おきにパートナーを変えて繁殖する。繁殖のとき以外は群れることはなく、むしろ縄張りに敏感でマンティコア同士で殺し合うこともある。主食は同じ魔物で肉食だが、魔力の多く含まれた獲物を好み、逆に魔力の少ない獲物は見つけても仕留めないことがある」
「魔物なのに繁殖するんですか?」
「そう、一部の魔物は性別があり、生殖器を有する。ゴブリンやオークと言ったよく出没する魔物には性別はなく、魔力の淀みで増えるのを待つだけだが、このマンティコアやバイコーンなどの魔物は繁殖することで知られている。恐らく、彼らが魔力によって生まれるのは相当濃い魔力が必要になるから、個体数を増やすためだろう。生物というのは大なり小なり、自分の子孫や同族を繁栄させたがるものだ」
「ふうむ。でも、縄張りに敏感なんですよね? ライバルが増えたら、縄張り争いが激化して、住みにくくなるんじゃないですか?」
「そうだ。いい質問だね。その矛盾がある。その矛盾を解決するためにマンティコアは流れ者となる。新天地で繁殖し、新天地で子孫を繁栄させる。今回もその口だろう。番いのマンティコアはコヴェントリー辺境伯閣下が言っていたように獰猛だ。彼らは群れる習性がないというのに群れとして行動する」
そこでエリックが一度言葉を切った。
「後知っておくべきことは、マンティコアの感覚器は人間と同等ということだ。犬のように優れた嗅覚や聴覚を持っているわけでもないし、夜目が効くわけでもない。それは頭部が巨大な人間の頭だからだろう。マンティコアはその身体能力の高さゆえに感覚器を進化させる必要がなかったものと思われる。それか魔力の淀みの中で、決められた性質がそういうものだったからだ」
「そういえば、魔物っていろいろと種類がありますけれど、魔力から生まれるわけですよね? どうやって環境に適応しているんでしょう?」
「森の魔力に応じて変化するといわれている。温かい気候の森や寒冷な地方の森では出没する魔物も異なる。だが、進化論的観点からすると謎が多い。魔力から生まれる魔物がどうやって進化のための適者生存を行っているのか。森の魔力が寿命の長かった個体を選別して生み出しているのか。それとも別の作用があるのか。そこはまだ謎だ」
「むむ。魔物学も謎が多いですね」
「上手くいけば、明日はマンティコアの解剖ができるかもしれない。参加するかね?」
「か、解剖はちょっと……」
「魔物の肉体について知っておくのも死霊術師としてはためになるのだが」
「う、うーむ」
フィーネは真剣に考え込んでしまった。
「静かに」
そこでチェスターが声を上げる。
「いたぞ。マンティコアだ。まだ子供はいないな。右足に傷があるのが雄だ。今朝、俺の叩き込んだ14.5ミリ弾がかすって、肉を抉り取った。無傷の方は雌だ。まあ、サイズがデカいから分かるだろう」
傷のある雄の方が小さく、傷のない雌の方が大きい。
「それでは作戦は?」
「三方から仕掛ける。エリザベートは南、エリックは西、俺は回り込んで北東。俺がグレネード弾を叩き込んだら開戦の合図だ。始めてくれ。エリック、タクシャカは未だに守護霊だよな?」
「そうです、閣下」
「結構。タクシャカの力が借りられれば勝ったも同然だ」
チェスターはにやりと笑うと腰を低くして、北東の方向にゆっくりと回り込んでいった。チェスターは他にひとりの兵士を連れている。
「我々も移動しよう」
「我は南か。こんな回りくどいことをせずとも、我々が来たのだから正面突破でいいだろうに」
「その場合は逃げられるリスクがある。コヴェントリー辺境伯閣下も考えておられるのだよ、エリザベート」
「狩りの好きな男の考えというわけか」
エリザベートはそう告げると次の瞬間には黒い霧になって消え去った。
「え? 今のは……」
「吸血鬼の移動手段だ。彼らは自分たちを霧のような物質に変えて、瞬く間に移動する。恐らくこのリンドヴルにおいて最速の移動手段だろう。かつて真祖たちは大陸の端から端へと数分で移動していたと言われている。もっともエリザベートは誇張された話だと言って否定しているがね」
「凄いですね……」
フィーネはただただ感心した。
「ところで、エリックさんはどのように戦われるんですか?」
「それが今回のレッスンだな。おさらいも含めて見ておきたまえ」
エリックはそう告げて西の方向に歩き始めた。
「あれがマンティコア……」
攫ってきた家畜だろう牛を2頭で貪るのは顔は老人のような顔をしていて、体は獅子で、尻尾はサソリというグロテスクな生き物だった。
「ぞっとしますね」
「魔物とはどれもぞっとさせられるよ。サンクトゥス教会が魔物のことだけは断固として神の創ったものではないと主張するのが分かるものだ」
魔物の醜さは何を反映したものだろうか?
森の魔力の淀みの深さ?
森の魔力が澱むということはその森が管理者を失ったことを意味する。森はそのことに怒りを燃やしているのかもしれない。恐怖するならば怒りもするだろう。森か管理者を人間に追われた怒りがあの醜い生き物を生み出すのだろうか?
いや、分からない。
そもそも森が魔力を生み出す理由が分からないのだから、何とも言いようがない。森にはただ無機質に魔力を生み出し続け、それが勝手に淀んでいる。そうとも考えられるのだ。森に悪意はないのかもしれない。
では、何故魔物はどれも醜く、危険な生き物なのか。
「魔物ってどうして獰猛で、人間に敵対的なんでしょう?」
「彼らは人間にだけ敵対的なわけではない。実際にああして家畜も被害に遭っている。魔物はあらゆるものに敵対的なのだ。オークやゴブリンは群れることができるが、ワイバーンやワームなどは群れたりはしない。同族にすら敵対的だ。オークやゴブリンにしたところで群れ同士の衝突が確認されている」
エリックはそこで考え込む。
「魔物は悪魔が生み出していると聞いて、君は信じるかね?」
「そういえば学校でそんな話を聞いたような……」
「『魔物の発生は悪魔が仕掛けた罠である。神聖なる生命の営みを汚すために、悪魔は罠を仕掛けたのである』とある聖職者は告げ、聖典学の解釈もその方向に向かった。だが、神が全知全能であるとして、悪魔が入り込めるような不十分なシステムを作るだろうか? 悪魔とはそれほどまでに強力な存在なのだろうか?」
「う、うーん。そもそも悪魔って何なんでしょう?」
「そうだな。普通はそこからだな。この問題は先延ばしだ」
エリックはそう告げて立ち止まった。
「そろそろ全員が配置につく頃だ。君は本当に用心したまえ。これから何が起きるか分からないのだからね」
「了解です」
フィーネはそう告げて身をかがめた。
「コヴェントリー辺境伯閣下が合図を出すと言ったが……」
それから1、2分して突如として2頭のマンティコアの間で爆発が生じた。グレネード弾だ。マンティコアたちは雄たけびを上げて、怒りを示す。
「始めるよ、フィーネ。見ていたまえ。これが死霊術師の戦闘というものだ」
エリックはそう告げて腕を軽く振る。
するとマンティコアが血の涙を流し、その場から動けなくなった。
「怨霊ですか?」
「ああ。だが、これは足止めに過ぎない。人間の霊ではマンティコアを呪い殺すほどの力を有さない。人間相手ならば通じる手段も、相手によっては通じない場合がある。その場合、どのようにするのか」
エリックが指笛を吹いた。
すると、上空から風切り音がする。
そして、次の瞬間、地上は青白い炎に包まれた。
「タクシャカさん!」
「そうだ。タクシャカだ。死んでもなお彼は力を有している。あの青白い炎は肉体ではなく、魂を燃やす炎だ。今、マンティコアたちの魂は燃え、彼らは地獄の苦しみを味わっていることだろう。その炎は死霊術師でなければ消すことはできない」
「きょ、強力ですね……」
魂を生きたまま焼かれるというのはどれほどの苦痛だろうかとフィーネは思った。
「トドメはエリザベートに譲ろう」
2頭のマンティコアに向けてチェスターたちが銃弾を浴びせている中、エリザベートがマンティコアのすぐそばに現れた。彼女は血を流すマンティコアに向けて手をかざすと、マンティコアが体内から生じた爆発で弾けた。
「い、今のは!?」
「吸血鬼は血を操る。自由自在に。特に相手が出血している場合は相手の血を自在に操れる。今のは血液を操って硬化させ、トゲのように外部に向けて突き出させたのだろう。相変わらず、派手な殺し方だ」
爆発したと思ったマンティコアは確かにトゲのような赤黒い物質で体を貫かれていた。エリザベートはそれを見て満足そうに頷いた。
「終わったぞ」
「見事だ、エリザベート、エリック。俺たちの出る幕はなかったな」
仕留めた獲物を見に、チェスターたちが森の斜面を降りてきた。
「デカいマンティコアだ。この不細工な面を見るとこれを剥製にしようという気にはならないな。それにこの死体をいただきたいという連中はうようよいる」
「マンティコアの毒に対する血清を作るためにマンティコアの尻尾を欲しがる研究者は多いでしょうね。特にこの廃棄地域には研究者が多い。このチャンスを逃すはずがない」
「そういうことだ。だが、まずはこちらで解剖せんとな。このマンティコアがどこかの誰かを食っていないかどうかをたしかめんと。譲渡はそれからだ」
そう告げてチェスターはエリックを見た。
「頼めるか、エリック?」
「ええ。運びましょう」
エリックは軽く手を振ると、マンティコアの死体が起き上がり、歩き始めた。
「えっと。これも死霊術で?」
「そうだ。魂は消え去ったが、肉体を動かす手段はいくらでもある。生物の最小単位である細胞レベルで死者を蘇生し、人工的な電気信号で動かす。カエルに電気を流す実験をしたことはあるかね?」
「いえ。そういう実験は何も」
「死んだカエルの足に電気を流すと痙攣する。人間も動物も魔物も全ては電気信号で動かされる肉の機械なのだ。魂が抜けた肉体というのは本当にただの肉の塊だ。それは電気によっていかようにも動く。死霊術師とはそういうことも専門とする」
「死霊術の二分野ですね。魂の研究と肉体の研究。エリックさんは両者は密接に関係していると言っていましたけれど。カリキュラムは魂の研究を専門にやるのか、肉体の研究を専門的にやるのかで分かれることになってましたよ」
「ああ。学生のうちに両方を学びきるのは難しい。ふたつに分けてある程度専門的にやらなければならないだろう。だが、基礎講座では両方について学ぶはずだ。そして、研究者になればどうあっても両者について学ぶことになる」
「肉体の死霊術っていうのはこういうものなんですね。これで敵を襲ったりは?」
「できる。ダンジョンの中では魔物の死体を使役して戦うことがよくある。ある時は途中で力尽きた冒険者の肉体すら使う。一度死んだ肉体に魂は戻せないので体に霊を宿すことはできないが、彼らは死してなお戦い続けるのだ」
マンティコアたちは装甲動力馬車の後に続いてのそのそを進み、チェスターの城を目指したのであった。
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