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流れ者

……………………


 ──流れ者



 コヴェントリー辺境伯の城は立派なものだとフィーネにも分かった。


 貴族の家には定番のシカの標本が飾られ、家具はどれも丁重な細工が施された立派なものだった。コヴェントリー辺境伯の家紋なのか、盾に交差した魔道式小銃の図柄がそこかしこで見つけられる。


「これって家紋ですか?」


「家紋であり企業ロゴだな。コヴェントリー辺境伯閣下はコヴェントリー・アーマメントという会社もやっている。その会社のロゴがそれだ。貴族が商いを行うのは珍しいが、彼らがビジネスの世界に進出するときはロゴに家紋を使うことはよくある」


 フィーネが尋ね、エリックが答える。


「お茶をお持ちしました。すみません、エリック様。城門の衛兵は新人でして」


「いや。辺境伯閣下の城にお招きいただけるだけありがたい」


 どうやらエリックはここでも尊敬を集めているらしい。


「帰ったぞ! おお、エリック、エリザベート! それから見知らぬ少女!」


 やがて城の主が戻ってきた。


「お久しぶりです、コヴェントリー辺境伯閣下」


「チェスターでいいと言っているだろう! それにしてもようやく戻ったのか?」


 チェスター・コヴェントリー辺境伯はドワーフだった。


 背中に巨大な魔道式小銃を背負い、体を動力鎧──装着者の動きを支援する鎧であり、パワードスーツのようなものである──に包んでいる。


「ええ。純潔の聖女派のことは聞かれましたか?」


「いいや。あのカルトがどうかしたのか?」


 チェスターはその立派なひげに絡まった落ち葉を取りながら尋ねる。


「純潔の聖女派が今のサンクトゥス教会の主導権を握っています。それによって黒魔術師への迫害が始まりました。私は冒険者ギルドから除名、エリザベートの大図書館では焚書が始まり、彼女自身も大司書長の地位を追われました」


「なんということだ! あのカルトどもめ。連中は忌々しいクソッタレだ。それで、いつ教会に殴り込むんだ? もちろん、俺も手を貸すぞ」


「暴力で解決できる問題ではありません、閣下。今はただサンクトゥス教会が正気を取り戻すのを待つのみです」


「むう。ここまでやられておいて泣き寝入りとは情けないのう」


 チェスターは納得できないものがありながらも椅子に座った。


「で、そっちの若者は?」


「フィーネ・ファウストと言います。見習い死霊術師です」


「おお。となると、エリックの弟子か?」


「はい」


 チェスターはそこで満足そうな笑みを浮かべた。


「それはいい。エリックは一流の死霊術師であり、一流の教師だ。自分の研究に熱心なのはいいが、後進のことにも気をかけてやるべきだと前々から思っていたのだ。それが何十年振りかに弟子を取ったのだから、これはめでたい」


 そう告げてチェスターは手を鳴らして使用人を呼ぶ。


「今日はエリックたちを迎えて晩餐会をする。準備しておけ」


「畏まりました、閣下」


 チェスターは使用人にそう告げた。


「閣下、なにもそこまでせずとも」


「いいや。一流の死霊術師の弟子だ。きっと歴史に名を遺す研究者となるだろう。その名声を得る前の前祝いをしておこう。まあ、お前が弟子を取ったのだから、祝っておいても損はないだろう。どうぜ、家で歓迎会をやる予定もあるまい?」


「そこまでおっしゃるのであればありがたく」


「まあ、ゆっくりしていけ。というのも、ちょうどいいところに来てくれたという事情もあってな。ベルトランド爺様から何か聞いているか?」


「ベルトランド爺様からは森の伐採をある程度行ってほしいとのことです。それからデルフィーヌ女史からは街道の密猟者対策のパトロールに感謝していると」


「ふたりとも元気だったか?」


「ええ。元気でした」


「それはなにより」


 そこでコホンとチェスターが咳払いをした。


「だが、こっちはちょっとした面倒ごとに巻き込まれている。森に流れ者が出た。マンティコアの番いだ。自警団だけではどうにもならんということで、俺が討伐に向かったのだが、これが惨敗に終わった。命だけは全員持ち帰れたからよしとするが」


「それで魔道式銃の音が」


「ああ。口径14.5ミリの魔道式対物狙撃銃だ。これを使ってもどうにもならなかった。森は遮蔽物が多くて狙撃には適さんが、マンティコアともなると7.62ミリ弾でも豆鉄砲だ。こいつを叩き込んで始末しようとしたが相手は番いで連携してくるし、そもそも迂闊に近づこうものならば、毒針に動力鎧でも耐えられるか分からん」


 チェスターが背負っていた魔道式銃をテーブルに乗せる。


 バイポットと高倍率の魔道式照準器、長い銃身を備えたそれは地球で言うNTW-20対物狙撃銃によく似ていた。


「その動力鎧はバレンタインMK5でしょう。大抵の攻撃には耐えられるのでは?」


「分からん。マンティコアの毒針は厚さ30ミリの鉄板を容易に貫くという。このバレンタインMK5の正面装甲は50ミリだが、他の部位は20ミリに満たない場所もある。万が一そういう場所に攻撃がヒットした場合は死を覚悟せねばならん」


 マンティコアの毒に対する血清は未だ開発途中だ。


「それで我々の協力を、と?」


「そうだ。今日中に狩ってしまいたい。エリックとエリザベートがいれば容易だろう」


「そうですね。ご協力しましょう。エリザベート、君はどうする?」


 エリックはエリザベートの方向を向く。


「ワインはいいのがあるか?」


「もちろんだ。いつも通り、いい品が揃っているぞ」


「では、協力しよう。ワイン代とは思えば安い仕事だ」


 エリザベートはそう告げてにやりと笑った。


「よし! では、今から、リベンジマッチだ! 今度こそあの化け物を討伐するぞ! 俺は準備を整えてくるから、先に廃棄地域側の城門の前に集まっておいてくれ。装甲動力馬車が準備してある。ワイバーンの火炎放射にも耐えるタフな馬車だ」


「では、先に行っていますよ、閣下」


 エリックは最後まで敬語を貫き、エリザベートとともに席を立った。


「あのー……。私もついていっていいですか?」


「君が? マンティコアは危険な魔物だが」


「どうしても死霊術師の戦闘ってものを見ておきたいんです。街道の野盗は戦闘にもならないくらいあっさりと終わってしまいましたし、エリックさんの本気というか、マジになったらどれくらい強いのかが気になって」


「ふうむ。見世物ではないのだが……」


 エリックは渋い表情を浮かべた。


「いいではないか。お前ならマンティコアぐらい片手で処理できるだろう。もう片手でフィーネを守ってやれ。死霊術師の戦闘というものを見せてやるといい。きっと勉強になることだろう」


「仕方ない。しかし、マンティコアは野盗などとは異なる。現場では必ず私の指示に従い、いざという場合は辺境伯閣下の指揮下で行動するんだ。遊びに行くわけではないのだから、しっかりと注意したまえ」


 まるで初めてのお使いに行くように注意されたフィーネだ。


 だが、エリックの気持ちとしては本当に心配しているのだ。


 マンティコアは気の荒い魔物で、特に番いとなると出産場所を探して攻撃的になる。今、この森に来ている魔物はその番いだ。


 またその尻尾の毒は神経毒であり、一度刺されてしまえば死ぬのを待つしかない。有効な治療方法もなく、有効な血清もなく、解毒する手段がない以上は刺されないように行動するしかない。


 だが、マンティコアの機動力は極めて高い。


 獅子の体をしているが、獅子よりも非常に運動性の高い動きを発揮する。跳躍すれば10メートルを軽く超えるし、走る速度は全速力で走るサラブレッドでも逃げ切れない。


 そのような怪物と戦う場所に連れていくのだから、エリックが用心するのも当然だ。


 そもそもエリックはフィーネに学者になってほしいのであって、自分のような冒険者を兼ねた仕事をやることを求めていないのだ。


「ばっちり了解しました! 御迷惑はおかけしません!」


「分かった。では、行こう」


 チェスターの準備には時間がかかると告げ、エリックたちはゆっくりと廃棄地域に面した城門の方に向かった。


「ほう。これが例の装甲動力馬車か」


「青魔術で固定化がなされているな。並大抵の攻撃では壊せまい」


 装甲動力馬車は大きく、2頭立ての動力馬車となっており、加えて客車は厚さ80ミリはある鉄板と青魔術による固定化で強化されていた。中は8名ほどの人員が乗り込めるような広い空間となっており、銃眼も備えてある。


「この動力馬車でそのまま突っ込めばいいんじゃないのか?」


「マンティコア2体相手にかね。転がされて玩具にされるだけだろう」


「それもそうだな」


 フィーネもやってきて、3人でしげしげと物々しい装甲動力馬車を眺める。


「待たせたな!」


 やがて、チェスターが戻ってきた。


 彼は巨大な魔道式対物狙撃銃は置いてきて、その代わりやや大型の魔道式小銃を持ってきた。それはよく見ると、地球でいうSCAR-H自動小銃に似ていた。


「閣下、それは?」


「口径7.62ミリの魔道式小銃だ。口径こそ7.62ミリだが弾丸が特別だ。弾芯にアダマンタイトを使用するものだ。これなら連射が効くし、森の中でも取り回しやすい。それに加えてアンダーバレルには口径40ミリの魔道式擲弾銃を装備。完璧だ」


 チェスターは自慢げに魔道式小銃を見せた。


「その魔道式銃って名前があるんですか?」


「ああ。『ランカスターMK11』だ。信頼と実績の銃だ。口径5.56ミリ仕様の『ランカスターMK10』同様、世界中で使われておるぞ」


 フィーネが尋ねるのにチェスターは自慢げに語った。


「ところで、ここに君がいるのは見送りか?」


「彼女も連れていく。彼女の希望だ。死霊術師の戦闘を見てみたいそうだ」


「なんとまあ。度胸のあるお嬢さんだ。だが、護身用の武器は持っているか?」


 チェスターが尋ねる。


「い、いえ。そういうものは。あった方がいいですか?」


「当然だ。管理された森とは言えど、オオカミやクマなどの肉食動物は生息している。いざという時に自分を守れる武器があった方がいい。おい、武器庫から小型の魔道式拳銃を持ってきてくれ。口径はなんでもいい」


 チェスターが部下の衛兵に告げると衛兵が武器庫から魔道式拳銃を取ってきた。


「いいか。これを渡す前に行っておく。残存魔力の有無にかかわらず、銃口を自分と味方に向けるな。いざという時まで引き金に指をかけるな。そうすれば自分の命と味方の命を危険に晒さずに済む。いざ、これを使う時が来たら、目標をよく見て撃て。射線上に味方がいる場合は絶対に引き金を引かないように。いいな?」


「はい!」


 フィーネはP320自動拳銃に似た魔道式小銃を受け取った。


「では、出発だ! あの森の悪魔に死を! 狩りの女神アルテミスを讃えよ! あの流れ者どもが屍を晒すのを眺めたら、盛大な晩餐会だ!」


 チェスターたちは装甲動力馬車に乗り込み、城門を開いて森へと出発した。


「犬も連れていくんですね」


「狩りには猟犬が必須だ。あのマンティコアどもの肉片の臭いを匂わせてあるから、確実に目標を追ってくれるだろう。願わくば、この猟犬までマンティコアの餌食にならぬことを。既に家畜などには被害が出ている」


 チェスターはそう告げて猟犬の頭を撫でてやった。


「人的被害は?」


「2名。廃棄地域内に暮らしている住民がやられた。それと流れ者だから途中で何人か殺しているかもしれん。使えると思うか?」


「使えるでしょう。動物霊はさほど恨みを持ちませんが、人間は違う」


 エリックはそう告げて指を重ねたのだった。


……………………

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