廃棄地域に向けて
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──廃棄地域に向けて
「それじゃ、これ道中でつまんで頂戴。日持ちするからいいおやつになるわ」
「わあ。ありがとうございます!」
疾風のようにタクシャカが逃げてから、エリックたちは出発の準備を始めた。
デルフィーヌは道中で食べられるおやつを包んでくれた。
「これからチェスター・コヴェントリー辺境伯閣下のところまで行く。何か彼に伝えることはあるだろうか?」
「んー。特にないわ。ただお礼を伝えておいてくれるかしら。チェスターさんが街道をパトロールしてくれるおかげで密猟が減ったの。この森には希少な動物もいるから、パトロールしてもらえるのはありがたいわ」
「分かった。確かに伝えておこう」
デルフィーヌが告げ、エリックが頷いた。
「それではまた来てね。研究に進展があるかもしれないわ」
「また会おう」
エリックたちは動力馬車に乗ってデルフィーヌ宅を出発した。
「動物霊の研究って面白そうですね。興味出てきました」
「君もいずれはどのような分野の研究をするか決めることになるだろう。参考にしておくといい。君は共感性が強いからすぐにトランス状態に陥るものの、交信成功率は高い。それを活かせる分野のひとつではあるな」
「そういえばエリックさんは何の研究をしてるんですか?」
「私か。私は魂の色の研究をしている」
「……? もうあれって全部解明された分野じゃないんですか?」
「それは違う。魂の色は未だに研究対象だ。確かに魂の色による性格の傾向は判明した分野だ。だが、どのような段階で魂の色が決まるのか。決まった色を変えることはできるのか。色を変えられるとして、外部から強制的に変更できるだろうか。そして、透明な魂とは存在するのだろうか」
エリックは語る。
「死霊術には人体を解明する分野と魂を研究する分野があるが、両者は切っても切れない関係にある。人体が魂に影響を与え、魂が人体に影響を与える。魂を研究するということは人体について研究することでもある。私は魂の色を通じて人体を研究する」
「うーん。確かに動物霊の研究をしていたデルフィーヌさんも獣医でしたね。人体と魂が切り離せない関係なのは分かります。けど、エリックさんは具体的にどんな研究をなさっているのですか?」
「透明な魂の存在についてだ」
「透明な魂。あり得るんですか。色のない魂なんて?」
「可能性は皆無ではないとだけ言っておこう。まだ研究段階だが、様々な色の魂を人工的に生み出す手段は成立している。色は作れる。ならば、色のない魂も作ることができるのではないか。それが私の研究課題だ」
エリックはそう告げて少し思案した。
「まあ、上手くいっているとは言い難い。正直、行き詰った。だから、インスピレーションを得るために冒険者をやっていたのだ」
「ふうむ。透明な魂……」
フィーネは考え込んだ。
「透明な魂の研究は大勢が行っているぞ。そして、何かしらの成果が発表されるたびに検証実験で否定されている。フライシュマン・ポンズ実験がいい例だ。彼らは魂を後天的に透明にできると発表したが、検証実験でも魂は透明にならなかったし、そもそも最初から魂は透明になっていたのかが疑問視されて、結局否定された」
「彼らのことは私も知っている。私は彼らと同じ間違いを犯すつもりはない。ちゃんとした科学的・魔術的に検証可能な実験を試みるつもりだ」
「友としてそうであることを祈るよ」
エリザベートはそう告げて本を読み耽り始めた。
「透明な魂ってどんな感情の持ち主になるんでしょう?」
「分からない。全く未知の分野だ。光度が上昇して白くなる魂はある。だが、透明な魂は色も光もない。はっきり言ってどんなものになるのか想像もつかない」
「ふうむ。でも、そういうのを調べるのって楽しそうですね」
「ああ。学問はそういうものなのだ」
エリックは頷いて返した。
「ところでこれからどこに向かうんです?」
「廃棄地域を──というより廃棄地域の周辺を治める領主チェスター・コヴェントリー辺境伯閣下のところだ。彼に挨拶をしておこうと思ってな」
「そういえば廃棄地域ってどうして廃棄地域って言われるんですか?」
フィーネは廃棄地域など行ったことがないし、たまにウルタールからやってくる商人の口から耳にするものの、実際にどんな場所なのかは知らなかった。
「廃棄地域は文字通り全ての主権国家から放棄された地域だ。その理由はシンプルだ。かつてここでドラゴンたちが戦闘を繰り広げて、大地を焦土と化した。そして、かつてこの廃棄地域には国があったのだが、その国もろとも大地が焦土と化したのだ」
「え。それってタクシャカさんの時代ですか……?」
「いいや。そのひとつ前だ。竜族がまさに天災そのものであった時代の話だ。今では大地も魔力も回復し、人間の生存可能な地域となったのだが、こんどはどこの国がその土地を併合するかで揉めた。いくつかの国が名乗りを上げたが、誰も譲らなかったために戦争になりかける始末。最終的にはこの地域に関する主権を全ての国が平等に放棄し、全ての国が利用できる領土とすることになった。なので、廃棄地域というよりも共有地域という方が言葉的には正しいのかもしれない」
「ってことは衛兵も法律もないんですか? 無法地帯……?」
「こんなに広大な無法地帯を認めるほど国というのは甘い存在ではないよ。廃棄地域特別法を各国が成立させていて、その法に基づいて廃棄地域内の犯罪は裁かれる。だが、廃棄地域内の法律が自由都市と比べても緩いことは事実だ。特に科学的・魔術的実験に関する法律は緩い。だから、この廃棄地域には研究者が集まる」
「エリックさんの自宅も廃棄地域内にあるですよね? それが理由ですか?」
「ああ。私の実験は少しばかり倫理的な問題がある。今のサンクトゥス教会から見れば異端そのものだろう。だが、彼らがここに私を取り締まりに来ることはできない。法が許しているし、教会の権力も廃棄地域内ではないも同然だ」
「つまりここなら黒魔術も?」
「そうだね。ここならば黒魔術も学べる。私が君を弟子にしたのはそういうことだ」
廃棄地域内の権力構造は複雑で、各国の思惑が絡み合っているので教会が手出しできる余地はない。各国はここの科学的・魔術的実験に関する法をわざと緩めており、そこから生み出される技術を得たがっている。廃棄地域のすぐそばにある自由都市ウルタールは廃棄地域内で行われる実験のための素材を取引することで利益を上げている。廃棄地域内の住民は自由に研究が行える場所で思う存分科学と魔術を追及することをよしとしている。三者三様の思惑が絡み合い、廃棄地域に関係する国家と人々は今の体制を維持している。仮に教会が今になってこの体制に口出ししようとしても、全てを敵に回すだけだ。
だから、エリックはフィーネを無事に弟子にできると考えた。ここには黒魔術を制限するような法律はない。煩わしい純潔の聖女派もここまでは口出しできない。この廃棄地域の中ならば、この後輩を立派な死霊術師に育てることができる。これまでの叡智を引き継ぐことができる。
「けど、衛兵とかはいるんですか?」
「自警団を組織してる。それから外部から廃棄地域に入るにはウルタールで許可をもらうか、これから向かうチェスター・コヴェントリー辺境伯閣下の許可が必要だ。魔物が出没したら自分たちで対処しなければならないが、廃棄地域内の森もベルトランド爺様が管理している。滅多なことでは自警団が働く必要はない」
「なるほど! 安全ってことですね!」
「また竜族がここで戦争を始めない限りはね」
「え……」
「冗談だ」
フィーネが凍り付くのにエリックがさらりとそう告げた。
「もー! 意地悪ですよ、エリックさん!」
「この地域に関するブラックジョークの定番なので教えておこうと思ってね」
「そうなんですか?」
「ああ。それは事実だ。竜族の戦争で生まれた新しい地域が竜族の戦争で滅びる。ジョークの基本は繰り返しだ。同じことが馬鹿みたいに繰り返されると笑えるらしい」
そこでエリックはふと考え込んだ。
「そういう意味では人間は皆ジョークのような存在なのかもしれない。生まれて、泣いて、育て、衰えて、死んでを大勢が繰り返している。しかし、笑えないな」
「ひとりの人が繰り返していたらジョークかもしれませんけれど、別々の人々だからジョークにはなりませんよ」
「そういうものか」
エリックのジョークのセンスは壊滅的であった。
「もうじき、チェスターの城ではないか?」
「ああ。そろそろだな。コヴェントリー辺境伯閣下にも挨拶をしておかねば。それにフィーネと君が廃棄地域に入る手続きも必要だ」
「またぞろ趣味に没頭していないといいがな」
「彼の趣味をどうこういうつもりはないよ、エリザベート」
エリザベートが本を読みながら笑って告げ、エリックは肩をすくめた。
フィーネはいったいどんな趣味なんだろうと疑問に思った。
そんなときだった。遠くから重々しい銃声が響いてきたのは。
「今のは!?」
「チェスターの趣味だろう。今回は随分とデカいのを試しているらしいな」
エリザベートもエリックも銃声が聞こえても狼狽える様子はない。
「しゅ、趣味って何です?」
「魔道式銃の開発と動力鎧の開発。いや、収集か?」
「開発もしているよ。コヴェントリー・アーマメントという立派な会社がある」
「物好きな奴だ」
エリザベートは興味なさそうにそう告げて本に視線を戻した。
「さて、今の銃声からして城にはいないだろう。どこに行ったか聞かねばならないな。幸いにしてそう遠くはないはずだ。城で待っているということもできるが」
「待つことに賛成票を入れる」
「私も待つ方で」
「では、決まりだ。とりあえず使用人に話を聞いてみよう」
エリックが動力馬車の窓から外を見ると、白亜の城がそびえているのが見えた。
「到着するよ、フィーネ」
「はい。許可ですけど、何か準備するものあります?」
「いいや。私が後見人になるから何もいらない」
その間にも動力馬車は進み続け、城門の前まで進んだ。
「私が話してくる」
「頼んだ」
エリックが馬車を出るのにエリザベートは寝転がったままそう告げた。
「失礼。エリック・ウェストというものだが、コヴェントリー辺境伯閣下はいらっしゃるだろうか?」
「閣下は廃棄地域内に出没した魔物の討伐に向かわれた。だが、そろそろお帰りになられるはずだ。閣下に用事が?」
「ああ。許可証を発行していただきたい。待っていても?」
「構わない。使用人を呼ぶから待っていてくれ」
城門の警備をしている若い衛兵が告げ、彼が使用人を呼びに行くと使用人が大急ぎでやってきた。
「これは失礼しました、エリック・ウェスト様。旦那様はまもなくお戻りになられるかと思いますので、城の中でお待ちください」
「ありがとう」
エリックはそう告げて一度馬車に戻る。
「フィーネ、エリザベート。城で待たせてもらうことになった」
「そうか。今行く」
エリザベートはゆっくりと起き上がり、伸びをした。
「貴族様のお城なんて初めてですよ。何か気を付けることあります?」
「カジュアルな場だ。マナーを気にする必要はない。ただ、辺境伯閣下には敬語で」
「了解!」
こうしてエリック一行は廃棄地域周辺を治めるというチェスター・コヴェントリー辺境伯の城を訪れたのであった。
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