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ヴァナルガンドの依頼

……………………


 ──ヴァナルガンドの依頼



「うーん。私にできることならなんなりとやってみますが。でも、木の霊と交信したときもそうですが、私は一応交信ができるってだけで、詳細なメッセージまでは受け取れないかもしれませんよ? それでもいいですか?」


『構わん。何も分からないよりマシだ。本来なら俺が森の主として動物たちを導かねばならんのだが、あいにく俺は死んでしまった。それでもできることがあるならばやっておきたい。頼まれてはくれないか?』


「分かりました。やってみます」


 フィーネは気合を入れてそう告げた。


「とりあえず、降霊術の準備からですね。死者に所縁の品を……」


「野生動物の動物霊っていうのは所縁の品ってのがない場合は多いの。だから、その代わりにこれを使ってちょうだい」


 デルフィーヌはそう告げてオオカミの毛皮を手渡した。


「これを使うんですか?」


「そう。もっとも確実な降霊手段よ。確実に目的の霊が降りてくるわ。ダンジョンでも人間の霊を降霊するときには死体から降霊するでしょう?」


 そう告げてデルフィーヌはエリックを見た。


「ああ。ダンジョンの中で降霊を行う時には死体を使う。普通は死者を冒涜する行為として推奨されないが、ダンジョンの中では逆に推奨される。ダンジョンの死者というのは埋葬もされず、そのままダンジョンに飲まれるものだ。彼らの死体を触媒に降霊を行っても文句は言われない。彼らの言葉を聞き届けたこととして感謝されるぐらいだ」


 ダンジョンの中は何事も非常事態で済ませられる。


 ダンジョンでは安全な場所などない。そして、ダンジョンで死んだ死体が五体満足で残っているという保証はないのだ。そこから死者の所縁の品を探してるなどという余裕はまるでない。即座に降霊術を済ませて、すかさず移動しなければならない。


 故にダンジョンにおいては死人の体そのものを触媒に降霊術を行うことが許可されるのだ。ダンジョンの外では死体を使った降霊術などよほどの例外がない限りご法度だ。死者の肉体は丁重に扱われるべきであり、道具にしてはならない。そういうことだ。


「では、この毛皮を触媒に行ってみます」


 フィーネはふうと息を吐く。


「『冥府の番人よ。我が呼びかけに応じ、その扉を開きたまえ。暫しの間、現世に死者を呼び戻すことを許されたし』」


 フィーネが詠唱すると半透明のオオカミの霊が姿を見せた。


「怖がらないで。何が起きたか教えて」


 フィーネはそう告げて霊に触れる。


 次の瞬間、オオカミの霊から大量のイメージが流れ込んでくる。


 狩りの様子。逞しく育った子孫。太陽の温かさ。だが、どうにも体がおかしい。具合が悪い。臓腑が激しく脈打っている。何かが流入してくる。木々が怯えている。オオカミたちの群れも怯えている。あれはなんだ灰色の何かが遠くにいる。


「そこまでだ、フィーネ」


 そこではっとフィーネが現実に戻った。


『流石だな、お前。特別と言われるだけはある。いろいろなことが分かったぞ』


「そ、そうですか? 私ちゃんとイメージを喋ってました?」


『ああ。このオオカミについて語ってくれた。しかし、灰色の何かか』


 ヴァナルガンドはそう告げて唸った。


「フィーネ。灰色の何かとは木の霊と交信したときと同じものかね?」


「うーん。形は不定形な感じで何も言えないんですけど、色は同じでしたよ。たっぷりのミルクに黒ゴマを擦ったものを2滴ほど垂らしたような白に近い灰色。何なんでしょうね? 白ってことは神様と何か関係あるんでしょうか?」


「分からない。情報が少なすぎる」


 エリックは首を横に振った。


『何を言っているリッチー。答えは明白だ。その灰色の存在を倒せば、森は正常に戻る。このオオカミは遠くだと言った。この森が直接の原因ではない。遠くからでもこの神聖な森に影響を及ぼせる存在となれば、簡単に見つけられるだろう』


「そう簡単にはいかないよ、ヴァナルガンド。世界はあまりにも広いのだ。君はこの広大な森のあらゆる場所についての知識があるだろうが、世界については無知だ。これだけの情報で現況を探し出すのはまず不可能だ」


『むう。そうなのか。では、どうすればいい?』


「体の弱いオオカミはデルフィーヌに保護してもらうといい。むしろ、そうしなくとも動物たちは自分たちで安住の地を探し出すだろうが」


『そういうものだな。自然のことは自然に任せるべし、と』


 ヴァナルガンドはそう告げてフィーネを見た。


『礼を言うぞ、見習い死霊術師。これでオオカミたちが死んだ理由が大体分かった。彼らの恐怖に何もしてやれないのは残念だが、いずれ原因がはっきりし、森が清浄に戻る日が来るだろう。その時はまたこの森にやってくるといい。歓迎しよう』


「私も歓迎するわよ」


 ヴァナルガンドとデルフィーヌはそれぞれそう告げる。


「そういえば、エリックさんの守護霊は?」


「……彼は些か騒々しい。こういう大勢の人間がいる場所には向いていない」


 フィーネが思い出したというように尋ねるとエリックがそう告げた。


「ええー。彼ってそこまでの存在じゃないでしょう? せっかくフィーネちゃんが見たがっているんだから見せてあげればいいじゃない。積もる話もあるでしょうし」


「この場には相応しくない。それに彼女はヴァナルガンドという偉大な存在を見て満足している。これ以上は不要だろう」


「そう? 見たいって顔してるわよ?」


 デルフィーヌがそう告げ、フィーネがうんうんと頷く。


「はあ。仕方あるまい。そこまで言うのならば。だが、私は止めたということをしっかりと記憶しておいてくれたまえ」


 エリックはそう告げて指笛を吹く。


 それと同時に死霊術師だけに見える何かが高空から急速に降下してきた。


「来るぞ」


 エリックが告げると“それ”が着地した。


『余のことを呼んだか小さきものよ! 余は喜んで汝に力を貸すぞ!』


 脳内に直接響く大声で叫んできたのは巨大な、ヴァナルガンドよりも遥かに巨大なドラゴンであった。角は猛々しく伸び、半透明の鱗は黒色で、その巨大な口ときたらヴァナルガンドですら飲み込んでしまいそうな大きさだった。


「タクシャカよ。済まないが声を小さくしてくれないか。皆が頭を押さえているのが分かるだろう?」


『うむ! ここにいるものはヴァナルガンドも含めて皆年寄りだからはっきり言ってやらんと聞こえんと思ってな! ガハハハハッ!』


「年寄りであることを否定はしないが、誰も聴覚に不調は抱いていない」


 大声で笑うタクシャカと呼ばれるドラゴンにエリックはこれまで見たこともないような不機嫌そうな顔をしてそう告げた。


『そうか、そうか。健康ならよしとしよう。で、余を呼んだ理由はなんだ? 敵か? 敵だな!? 我が毒と炎によって葬り去ってくれようぞ!』


 そして、少し収まったかと思ったらまた大声で叫び出すタクシャカであった。


「タクシャカ。いい加減にしてもらえるだろうか? まだ君は冥府には行きたくないのだろう? それならば私とのリンクが切れないようにするべきだと思うが」


『お、脅すでない。卑怯だぞ。それに我が力はまだまだ必要であろう?』


「そうだ。そうやって静かにしてくれれば問題はない」


 エリックはようやく静まったタクシャカを相手し、フィーネの方を向く。


「紹介しよう。前代の竜王にして、私の守護霊であるタクシャカだ。タクシャカ、こちらはフィーネ。私の弟子だ」


『汝が弟子を取るとは何百年振りだ? しかし、いい娘だな。魂の色が明るい』


 タクシャカはそう告げてエリックたちをすり抜けて、フィーネの眼前に出た。


「は、初めまして。フィーネ・ファウストです。タクシャカさんって変わったお名前ですね。竜族の間ではポピュラーな名前なんですか?」


『うむ。いい質問だ。タクシャカというのは南方の宗教で謳われる竜神のひとりらしい。それにあやかって名前を付けられた。余は南方の小さきものたちが何を崇めているかなど知ったことではないが、名前というのは時に力を持つ。崇拝される竜神の名前を戴けば、余の格も上がるというものなのだ』


「そうなんですか」


『まあ、死んでしまっては名前などこの世で自我を保つための道具でしかないがな。ちなみにサンクトゥス教会は竜族を敵視して様々な竜退治のおとぎ話を作ったが、我々は相手にもしなかったぞ。あいつらは竜を殺したりなどできておらん』


 そして、話が急カーブしたかのように脇に逸れた。


「え。サンクトゥス教会の竜退治のお話って全部嘘なんですか?」


『当たり前だろう。竜族が力を失った今ならともかく、竜族が最後の黄金期を迎えていた余の時代に人間にドラゴンが殺せるものか。一睨みしただけで心臓麻痺を起こして死んでしまうだけだ。その点、南方のものたちは賢い。ドラゴンを安易な敵とせずして、神として崇めるとは。いつか南方にもいってみたいものだ』


「へえ。確かにあなたのようなドラゴンに勝てる人間なんていないでしょうね……」


『だろう! だろう! もっと余を褒めたたえてよいのだぞ! 遠慮はするな!』


 そして、また大声で騒ぎ始めるタクシャカであった。


「そ、そういえば、エリックさんが竜王の魂を降霊して、後継者争いを収めたって聞きましたけど、そのときにエリックさんの守護霊に?」


『うむ。いかにも。奴には世話になった。余の去ったのちは竜族も衰退していてな。竜族の誰も降霊術ができなくなっていたのだ。しかし、人間は竜族を敵視しているし、そもそも竜王たる余の魂を降霊して無事で済むものなどいなかったので困っておったのだ』


 タクシャカは語り始める。


『だが、後継者が決まらぬならば、竜族は割れ、地上を火の海にして戦っていたことだろう。そうなるのは人間にとっても好ましくなかったはずだ。竜族は一度闘争心に火が付くと向かうところまで向かい続ける悪い癖があるかな』


「ひええ。でも、エリックさんがどうにかしてくれたんですよね?」


『うむ。このものに降霊されたときは驚いたが、このものの死霊術は本物であったよ。余と交信しても無事で、ちゃんと余の言葉を竜族たちに聞かせた。こうして後継者争いは回避され、無事に平穏が訪れたわけだ。まあ、余が去ってからの竜族は衰退していくばかりだが。もうかつてのように人の言葉を理解するものがどれほどいるか』


 タクシャカはそう告げて空を見つめた。


「けど、死霊術って他の生き物だと難しかったんじゃ?」


「それは死霊術師としての才能が欠如しているか、あるいは相手が人語を理解しない場合だ。確かに性別差でも交信に成功したり不成功だったりという場合があるが、大抵の場合は術者が未熟だという点に尽きる。人語を理解するならば、他種族でも交信できないことはない。もっとも竜王というのは流石に苦労したようだが。エリックは竜王と交信したことについて1冊本を書いているぞ。『霊的に巨大な存在と交信することへの心得』だ。もっともエリック以外に竜王と交信しようなんて人間はいなかったがな」


 フィーネが疑問に感じるのにエリザベートがそう告げる。


『む。相変わらず本の虫だな、吸血鬼。もはや吸血鬼ではなく、吸本鬼とでも名乗ったらどうだ? ガハハハハッ!』


「……むかついてもぶん殴れないのが霊の困ったところだな」


 エリザベートはうんざりした様子でため息をついた。


「だから、呼ばない方がいいと言っただろう」


「でも、久しぶりに顔が見れて嬉しいわよ、タクシャカ」


 エリックもため息をつくが、デルフィーヌだけは愛おしそうにタクシャカを見た。


『おぬしも相変わらずだな、変わり者のデルフィーヌ。ヴァナルガンドも変わらぬ。余は一日中空を飛んでおるが、おぬしは一日中森を駆けているのか?』


『ああ。デルフィーヌの研究の手伝いでもある。森の中で弱っていたり、死んでいたりする動物がいればデルフィーヌに知らせる。今、デルフィーヌは森の異常について調べているからな。俺としても気になる』


『森の異常か。確かに魔力が少しばかり濃いな。何なら余が一度使いつくしてくれてやってもいいぞ?』


 ヴァナルガンドにとんでもない提案をするタクシャカだ。


「冗談はやめておきたまえ、タクシャカ。そんなことをすれば、森のバランスが完全に崩壊する。君たち竜族が争った跡というのは、物理的にも魔力的にも滅茶苦茶になるから面倒だということを忘れたわけではあるまい」


『まあ、1000年もすれば元通りになるだろう?』


「君たち竜族にとって1000年は一瞬かもしれないが、人間などにとっては途方もない時間だ。君がそんなことをするというのならば守護霊の契約を解除する」


『ま、待て。冗談だ。余も考えているぞ』


 エリックが告げるのにタクシャカが必死に首を横に振る。


 竜族が全盛期であった時代にはひとつの森が丸々消滅することなど多々あった。その上、竜族は天然の赤魔術師であり、体内魔力はおろか外部魔力まで利用して攻撃を繰り広げる。そのため外部魔力が完全に枯渇することに繋がる。魔力を失った空間には周囲から膨大な魔力が流れ込むが、その周囲の魔力も全体的に薄くなり、森林妖精が全滅したり、森の管理者であるトレントが枯れることもある。


 ドラゴンの喧嘩ほど迷惑なものはないと言われるが、冗談抜きでドラゴンの喧嘩は自然界に大きな災厄をもたらすことなのである。


「これが私の守護霊だ。満足したかね、フィーネ?」


「まだいろいろとお聞きしたいことがあるのですが」


「まだ今度にしたまえ」


 エリックはそう言い切った。


『まあ、そうことを急くな、死霊術師。確かめておきたいことがある』


 タクシャカはそう告げたかと思うとフィーネのスカートに顔を突っ込んだ。タクシャカは霊体であるためにスカートは持ち上がらないが、そのままタクシャカの頭が透けて通る。フィーネはひやっとする感触を感じたが呆然としている。


『ふむ。最近の若いものはこういう下着を履くのか。そこの吸血鬼の時はレースをあしらった黒いものだったが。時代は変わるものだな』


「へ、へ、変態だー!」


『失敬な。余に見られただけ光栄に思うがいい』


 タクシャカは誇り高くそう告げた。


「タクシャカ。多少のおふざけは許してきたが、今のはいただけない。そろそろ君を拘束しておくことを考えておかなければならないな。この試験管の中で暮らすことにするかね? それなりに居心地はいいだろう」


『ま、待て。待つのだ。余は純粋に女子の下着に興味があっただけなのだ。決して辱めてやろうとかそういう気持ちはなかったのだ! では、さらば!』


 タクシャカはそう告げると一瞬で空高く舞い上がって、飛び去っていった。


「……だから、私は彼を呼ぶのに反対だったんだ」


「お嫁に行けない……」


 フィーネは軽く泣いた。


……………………

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