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彷徨える黒猫

本日2回目の更新です。

……………………


 ──彷徨える黒猫



「デルフィーヌ。些かスキンシップが過ぎるよ。君がそういう趣味なのは知っているし、私としてはそれを否定するつもりはないが、相手の合意を得ていないというのはいただけない。それは暴力というものだ」


「まあ、エリックってばお堅いわね。あなたにもなでなでしてあげようかしら?」


「遠慮しておこう」


 エリックは丁重に断った。


「エリザベートも大事な大図書館を追われて寂しいでしょう。ハグはいる?」


「いらん。それより面白いニュースがあるぞ」


 エリザベートはそう告げてエリックの方を見た。


「君が抱きしめているフィーネが木の霊との交信に成功した」


「なんですって!?」


 デルフィーヌが飛び上がって、その反動でフィーネが吹き飛ばされる。


「ほ、本当なの? 木の霊と交信できたの?」


「は、はい。トランス状態になっていて覚えていませんが、確かに木の霊と交信できたようです。とはいっても、具体的なメッセージについては分からずじまいでしたけれど」


「木の霊と交信できただけで大ニュースよ! これまで人間と感覚器官や思考が異なる存在とは交信不可能だと考えられてきたのよ。下手をすると人間の性別の違いですらダメだと言われていたぐらい。まあ、死霊術師の腕がよければ、性別差ぐらいは簡単に乗り越えられたけれど、種族を越えるとなると難しかったわ。身近な動物である猫と人間がどれだけ違っているか知っている? 彼らの見ている世界が人間の見ている世界とどれほど違ってるか知っている?」


 デルフィーヌはまくしたてる。


「まして木よ! 木には人間が持っている全ての感覚器がない。彼らが世界をどう感じているかなんて想像もできないわ。彼らの世界は完全に未知の世界。その木の霊が感じていることを読み取るなんて、あなたは天才よ!」


「そ、そうなんですか?」


「そうよ! なんて才能ある子なのかしら。私の弟子にならない? いろいろと手取り足取り教えてあげるわ」


「あいにく、エリックさんに弟子入りしているので……」


 フィーネが申し訳なさそうにそう告げる。


「もう! エリックはいつもずるいわよ。エリザベートはあなたには心を許しているし、死霊術でひとりだけグランドマスターの称号を得ちゃうし。私の研究に必要なのはこの子なのにもう弟子入りさせているだなんて」


「君が森にしか興味を持たないからだ。森ばかり見ていても、得られるものは少ない。もっと外に目を向けなければならないよ。私が言えた立場ではないが、藍色の魂では得られるものも得られない」


「むう。最近は私の魂も青色に近くなっているのよ」


 死霊術師は藍色の魂を持つ。非社交的で、非感情的。


 だが、デルフィーヌの魂は明るい青色に近くなっていた。


「そのようだ。どのようにして魂の色を変えたのかね?」


「ユング博士の『魂の心理における後天的変化の可能性』よ。魂は後天的に色合いを変えることがあるの。いろいろとビジネス本だとかを読み漁って私なりに魂の色を変える努力を行ってみたけれど、成功よ。それにこれで前より動物霊と交信しやすくなった気がするわ。やっぱり社交的な方が霊も触れ合いやすいのかしら?」


「あり得るだろうな。木の精霊との交信に成功したフィーネの魂は明るい赤だ。我々とは全く異なる。そうであるからこそ、木の霊との交信に成功したのかもしれない。木の霊と同調し過ぎてトランス状態にまで陥ったのだから、その個人の魂の色と霊との同調は関係しているのかもしれない」


「実験がしたいわね。できれば、50サンプルほど。濃藍色の魂をしたあなたとフィーネちゃんでどれほど動物霊との交信に差が出るのか調べてみたくはない?」


「興味のある実験だが、まず彼女に死霊術の基礎を教える方が先だ。彼女は実験体ではなく、私の弟子であるのだからね」


「もう。残念だわ」


 デルフィーヌは不貞腐れたようにため息をつき、クッキーを口に運んだ。


「にゃーん」


 また猫の鳴き声がフィーネの耳に聞こえたのはフィーネもクッキーに手を伸ばしたときだった。フィーネは鳴き声のする方向を向くと、黒猫が顔を洗っていた。


「あら。気づいた? 黒猫のポーっていうの。地縛霊なんだけど怨霊化しない珍しい例だから観察を続けているのよ。お客さんが来たのが気になるみたいね」


「地縛霊なんですか? 最初は普通の黒猫かと思いました」


「そうなの。前にここに運び込まれたペットの1体で、私でも治せない病で必死に治療を試みたのだけれど。最終的には死んでしまったの。けど、どういうわけか、自分が長く過ごした家じゃなくて、この私の家に憑いちゃったのよ。もしかして、私のことを恨んでいるのかしら? それにしては何もしてこないし……」


「うーん。交信は試みましたか?」


「猫と人間の世界は違うと言ったでしょう。猫の言葉は私たちには分からないわ」


 そこでデルフィーヌが思いついたというように手を叩いた。


「フィーネちゃん。ポーと交信してみてくれない? 木の霊から話を聞けたあなたならば、猫の霊から話を聞けると思うわ」


「待ちたまえ。相手は怨霊化していないとはいえ、地縛霊だろう。迂闊な交信は避けるべきだ。彼女は死霊術について座学で表面をなぞったに過ぎないのだから」


 デルフィーヌの意見をエリックが否定した。


「でも、私、挑戦してみたいと思います!」


 フィーネがそこで声を上げた。


「フィーネ。君は地縛霊の危険性を理解していない。あれは怨霊になる一歩手前の段階だ。もしかすると、交信によって刺激することで怨霊になるかもしれない」


「それでもいつまでもこの世に縛られて、冥府に行けないというのも可哀そうですし……。私にしかできないことなら試してみたいと思います」


「そうか。ならば、我々はそれを支える準備をしておこう。猫の霊というのは他の動物霊とは違っていて、酷く気まぐれで、酷く気性が荒い。これは生きている猫にも言えることだが、彼らは死んでもなおそうなのだ。十二分に注意したまえ」


「了解!」


 エリックの助言にフィーネが頷く。


「これを使ってちょうだい」


「これは?」


「またたびよ。万が一ポーが怨霊と化しても近くにまたたびがあれば恨みなんて忘れてしまうし、猫と言ったらまたたびでしょう?」


「は、はあ……」


 フィーネはなんだか納得できないものを感じながらもまたたびを受け取った。


「それでは挑戦してみますね」


「逃げないようにゆっくり近づいてね」


 デルフィーヌの言葉を受けながらフィーネがポーに近づく。


 フィーネが近づいてくるとポーは顔を上げて黄色い瞳でフィーネを見た。警戒している様子はない。どこまでもくつろいでいる。


「さて、お話を聞かせて」


 フィーネがポーに触る。


 次の瞬間、フィーネの脳に大量のイメージが流れ込んできた。


 飼い主と遊ぶ様子。ご飯にご満悦の様子。そして、病気になって動けなくなった様子。くやしいという気分がフィーネには感じられた。


「くやしい。もっと長生きしたかった。けど、今の生活も悪くない。ネズミの霊を追いかけまわすのは楽しい。ここは住み心地がいい。楽しい。もっと遊んでいたい。遊ぶのは楽しい。だけど、何か物足りない。あの子はどこにいった?」


 フィーネはイメージをそのまま口にする。


「そこまでだ、フィーネ」


 そこでエリックが彼女をポーから離した。


「この猫がこの地にとどまり続けるのは居心地が良すぎるせいか。他の動物霊もいて、魔力の質もよく、快適な環境だ。そして恐らくあの子というのは──」


「ここにポーを連れてきた子ね。ポーが連れて来られたのは50年ほど前だけど、裕福な家庭のエルフの子だったから今も存命のはずよ。彼女に引き取ってもらったら、冥府に行く決心がつくかしら?」


「無理に冥府に送る必要もないだろう。この猫は何にも恨みを抱いていない。飽きたら自分から冥府にいくだろう。猫とは気まぐれなものだ」


「まあ、そうね。それに飼い主もポーが死んで相当ショックを受けていたみたいだし、傷口を抉るようなことはしない方がいいかしら」


「君はペットロスの専門家だろう?」


「ある意味では。多くのペットや家畜の飼い主を慰めてきたわ。ポーについても地縛霊になっているのに気づかなかったから、いくつかのセラピーをして、虹の橋の話を聞かせて、いつかはまたポーに会うことができると教えてあげたわ。あの子が死んでしまう前にはポーも冥府であの子のことを歓迎してあげられるようにするのよ」


 ポーはデルフィーヌが告げるのに『にゃーん』と一鳴きしてどこかに去っていった。ネズミの霊でも見つけたのかもしれない。


「猫とは自由気ままだ」


「だが、そこがいいのです」


「そうだね。犬ほどの社会性を持たれると人間の方がくたびれる」


 フィーネは猫派だ。


「犬と付き合うぐらいで疲れるって。あなたの社会性のなさも相当ね」


 デルフィーヌは呆れた様子で紅茶を味わった。


「ところで、お聞きしたかったんですけれど、デルフィーヌさんはどうして裸に毛皮を纏って外にいたんですか?」


「私はあなたほど共感性がないから、動物霊の言葉を聞くのに道具が必要なの。動物霊と同調するにはまずは裸になり、動物と同じく衣服を身に着けない。次に一種の興奮剤を摂取して人間としての理性を可能な限り減少させておく。それから動物の毛皮を纏い、動物と同じ格好と姿勢で動物霊と交信を試みるのよ」


「え。つまり身も心も動物になり切るってことですか?」


「そういうことね。そこまでしないと普通は動物霊とは交信できないものなのよ。最近、死んだ一頭のオオカミを調べているのだけれど、これがなかなか上手くいかなくてね。稀に成功しても彼が何を言おうとしているのかが分からないの。終いにはトランス状態になって、気づいたら森の中でウサギを生のまま貪ってたりして」


「うわあ……」


 確かにこれは変わり者と言われるはずだ。変わり者という言葉もオブラートに包んだ結果だろう。それぐらい滅茶苦茶である。


「やっぱり人間と動物の直接交信は難しいのかしら? 学会には間接交信を提案してる学者さんもいたけれど、あれは人間での話だったからね」


「今のところ、間接交信は完成していない技術だ。人間で試しているが、素人死霊術師の成功率よりも低い。ただ、安全ではある。怨霊化した霊と交信する際などは、直接交信はいろいろと危険が多い。特に自我を完全に喪失した怨霊と交信する場合は、直接交信は自殺行為とすら言っていい。そういう怨霊を祓うには、交信せずに怨霊の漏らす言葉から彼らをこの現世に縛り付ける何かを探り、それを基に除霊を実行する」


「そこまでの怨霊とは確かに交信したくはないですね……。憑りつかれてしまいそうです。最悪呪い殺されてしまうかも」


「そうだ。だが、自我を失った怨霊の本当に恨んでいるものを探し出すのは難しい。手っ取り早く済ませるには怨霊を騙すことだ。恨みの対象はいなくなったと思わせて、冥府に送る。この世に留まっていても、そこまでに至った彼らが幸せになれる可能性は極めて低い。それでも彼らを冥府に送るには白魔術で冥府に導くか、騙すしかない」


「白魔術が専門って感じですよね、怨霊の除霊は。白魔術師の人たちは誰も傷つけずに死者を冥府に送れるからある意味では黒魔術より怨霊に対しての対応能力は高いんですかね。死霊術はどちらかというと彼らを武器にしちゃいますし」


「確かに流血なしで怨霊を冥府に送るならば白魔術を選択すべきだ。怨霊は恨みを抱えており、その恨みを果たさせなければ死霊術では冥府に導けない。だが、彼らと会話することができるならば?」


「できるんですか?」


「それが間接交信だ」


 エリックが告げる。


「間接交信は文字撮り間接的に交信を行う方法だ。青魔術的に作られた機械を利用して、霊と交信する。交信成功率は低いものの、怨霊に直接触れることはないので呪い殺される心配は少ない。それでいて、怨霊に冷静な会話を求めることができる。間接交信で人の言葉を送り込むと、その怨霊が一定の自我を取り戻したとの情報もある」


「ワッカーマン博士著『死者との交信におけるシュマイドラー・ローレンス機関の利用の有用性』だな。初期の間接交信機と違って最新のものでは交信確率もそれなりに高く、また自我を失っているはずの怨霊に自我が戻った例が報告されている。もっとも、この本で出てくる機械を動物霊に使ったケースは報告されていないが」


 エリザベートがそう告げてデルフィーヌの部屋を見渡す。


「今のままだと本当にこの家を破壊してしまいそうだな。高くはつくが間接交信機を買ってはどうだ。獣医としての仕事でそれなりに財産はあるのだろう?」


「そうね。でも、人間相手にすら失敗するような中途半端な品ならない方がいいかもしれないわ。私なりのやり方でも一定の効果は上げているし、何より動物霊と交信した後は自然を瑞々しく感じて爽やかな気分になれるわ」


「そんなことだからドルイド教の巫女だと言われるんだ。自然崇拝も大概にしておかないと、今の教会は純潔の聖女派が権力を握っているんだ。連中は哀れなドルイド教の連中を葬ったのと同じことをするぞ」


「まあ、物騒。だけど、彼らもこんな辺境まではこないでしょうし、私には頼りになる守護霊がついているからね」


 渋い顔をするエリザベートに、デルフィーヌがお茶目な笑みを浮かべて見せた。


「そういえば皆さん、守護霊を持っているんですよね? どんなのなのです?」


「我に守護霊はいないぞ。そんなものは必要ない」


「真祖吸血鬼ですもんね……」


 たったひとりで帝国を樹立してしまうような単独では最強と言える暴力が、自分を守ってくれるための存在を必要とするとは思えない。


「デルフィーヌさんは?」


「今は外に出ているわ。外が好きな子なの。外に出ましょうか」


 そう告げてデルフィーヌは裏口から裏庭に出た。


「ヴァナルガンド。おいで」


 そしてデルフィーヌがそう告げると突風が吹き荒れた。


『おや。俺の縄張りに知らない連中がいるな』


 そして、フィーネたちの前に現れたのは巨大な、あまりにも巨大なオオカミだった。


「デ、デカい……」


「ヴァナルガンド。かつては森の主だったのだよ。ベルトランド爺様たちと争っていたこともあるそうだわ。ベルトランド爺様は知っている?」


「トレントの森の管理者の方ですよね」


「そうそう。ベルトランド爺様は森の木々を、ヴァナルガンドは古き狼の一族として森に住まう動物たちを治めていたわ。両者の意見が対立する時には戦争よ。とはいっても、ベルトランド爺様もヴァナルガンドもどこまでやっていいか。どこから先は危険かは分かっていたから、そこまで揉め事にはならなかったけれどね」


『無論、木々の出す魔力は我々を強くすることを知らぬ俺ではない。そして、魔力が澱めば腐った臭いがして、そこから魔物が現れることも知っている。そうであれば、ベルトランドを倒しても何も解決しないことは分かる』


 ヴァナルガンドはそう告げて、フィーネの顔を覗き込んだ。


『お前、死霊術師か? それにしては魂の色が明るいな』


「よく言われます……。けど、この方がいろいろと便利みたいですよ?」


『ふむ。なら、仕事を頼まれてはくれないか』


「お仕事ですか?」


『ああ。森の様子がおかしい。ベルトランドに会ったなら知っていると思うが、最近森の魔力が多い。多すぎるのだ。ベルトランドが森を回しているから澱んで魔物やダンジョンを生み出すことはないと思うが、体が弱ったオオカミはあまりに多くの魔力に当てられると死に至ることがある。オオカミのみならず全ての生き物がそうだ』


「そうなんですか?」


 フィーネは少し驚いた顔をしてからエリックの方を向いた。


「確かにそういう事例は報告されているし、実験でも確認されている。魔力は若く、元気な個体にはさほど影響を与えないが、歳を取ったり、病気や怪我で弱った個体には悪影響を与える傾向があるようだ。恐らくは動物も体内魔力と外部魔力の遮断が上手くいかなくなると、体を病むのだろう」


「むう。それはあんまりよくないことですね。けど、ベルトランドさんのところで調べた限り、森は何かに怯えているそうです。それで魔力を大量に出しているのだと」


『何かとは何だ?』


「そこまでは……」


 フィーネが言葉を詰まらせるのにヴァナルガンドは鼻を鳴らした。


『お前はまだ見習いのようだし、無理は言わん。森で死んだオオカミたちと交信して、情報を手に入れてくれ。俺は守護霊としてこの女に結びついているから、霊同士の会話はできない。そして、この女も何度もオオカミの霊と交信しようとしているのだが失敗続きだ。お前が特別だというならば証明してみせてくれないか?』


 ヴァナルガンドはそう告げてフィーネを見つめた。


……………………

本日の更新はこれで終了です。


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