変わり者
本日1回目の更新です。
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──変わり者
フィーネたちはノイワールの森を出て、再び馬車のあるところまで戻ってきた。
「ふい。意外と疲れますね。直線距離にしたら大したことはないんでしょうけど、木々の根っこやら段差やらがあって、足がくたくたです」
「若いのに年寄りのようなことを。これぐらいの歩きでぶつくさ言っていてはフィールドワークはできんぞ。学者は何も研究室に籠って実験を続けるわけではない。外に出て情報を集めるために旅をすることもある。エリックがいい例だ。あれは冒険者などをやっていたのだぞ」
「そうですよね。頭だけではなく、体も鍛えないと。学校では陸上部だったんですけど、短距離走が専門でしたから。これからは平坦じゃない道を長時間歩くタフネスを身に着けないといけませんね」
「そうだ。若いうちに鍛えておかないと年寄りになってからでは遅いぞ」
そう告げてエリザベートが小さく笑う。
「どうして笑うんですか?」
「いやな。どうせ君もリッチーになって永遠の肉体を手にするのだろうと思うと、若いころという単語が急に面白みを持ってな。リッチーの若いころというのは、人間でいる間のことを指す。まだ人間でいる間に鍛えておけというのも間抜けな響きだろう」
「ええー!? 私、リッチーになる方法なんて知りませんよ!?」
「安心しろ。エリックが時期を見て教えるだろう。君は別にリッチーになることに抵抗はないのだろう?」
「ううーん。別にないと言えばないですね。実感がなさ過ぎて想像できないだけかもしれませんけれど」
エリザベートとフィーネがそう話し込んでいたときエリックが戻ってきた。
「そろそろ行こうか?」
「ああ。次は変わり者のデルフィーヌのところだな」
「そうなる。彼女は元気にしているだろうか」
「元気が取り柄のような女だ。元気だろうさ」
エリックたちはそう告げ合って馬車に乗り込んだ。
「次はどんな人に会うんです?」
「ドルイド教の巫女だ」
「え?」
フィーネが唖然として口をぽかんと開く。
「違うだろう、エリザベート。彼女はドルイド教の巫女などではない。歴とした自然学者だ。ただ、問題に対するアプローチの方法が我々と異なるだけで」
「あれは絶対にドルイド教の巫女だ。密かに生贄を捧げてるのかもしれないぞ?」
エリックが真面目に告げるのに、エリザベートがペロッと舌を出した。
「全く、君という吸血鬼は。そういうことを言うのはデルフィーヌ女史に対して失礼だぞ。彼女も我々と同じように世界の謎を解き明かそうとしているのだから」
「そうだな。目的がなんであれ、あれは優秀な黒魔術師であり自然学者だ。だが、我にはあれはドルイド教的な思考があるような気がしてならんのだよ。自然への接し方が、まるでドルイド教の巫女のようではないか」
「自然を尊重することは悪いことではない。自然は我々に恩恵を与えてくれる。敬意を払ったからと言って、ドルイド教的というのは短絡的だろう」
「我は自然はシステムだと思うがな。貸し借りなしのただのシステム。人間が自然から得て、与え、奪い、自然が人間から得て、与え、奪う。時計のように歯車がぐるぐると回り、チクタクとシステムは時を刻んでいく」
「確かにシステムという見方もできるだろう。無機質に自然を捉えるならばそうなる。多くの学者は今ではそういう考えの持ち主だ。特に生物の進化についての論文が発表されてからは、その傾向は強くなった。自然は強者を選び、進化させていく。まさにシステム的だ。だが、彼女は自然を人格を持った存在として扱っている。だから、変わり者なのだろう。私としては彼女のような考え方も嫌いではないがね」
「死霊術師としてはそう見るか。まあ、あれも死霊術師ではあるしな」
エリザベートはそう告げてまた座席に寝転がると、本を読み耽り始めた。
「デルフィーヌさんって死霊術師なんですか?」
「ああ。彼女は動物霊の専門家だ。古生物学にも通じているが、専門は動物心霊学だ。動物霊からどのようにして人間が情報を得るのかを試している。君が木の霊から情報を得た話をすればきっと興味を持つことだろう」
「それは楽しみです!」
フィーネは初めて自分が議論に本格的に参加できそうな気がして笑みを浮かべた。
「しかし、君の共感力は驚くべきものだな。木の霊にあれほど同調できるとは。死霊術師でも男性では女性の霊と交信できなかったり、女性では男性の霊と交信できなかったりするものだが。それを軽く超えて、言葉すら有さない木の霊から言葉を聞き出すとは」
「そんなに凄いものなんですか?」
「凄い。私の知る限り、木の霊と交信できた人間は君が初めてだ。これまで誰も木の霊と交信してみようとすら考えなかったほどだ。その点では動物霊と交信しようとしているデルフィーヌ女史の研究の手助けになるかもしれない」
「何か照れちゃいますね」
「君も研究者になったら自分の有している特技を生かして、論文を書いてみるといい。『植物霊との交信について』などと。きっと君の研究は注目を集めるだろう。もっとも、そのためにはまず純潔の聖女派が権力の座から降りてくれる必要があるが」
「ですよねー……」
純潔の聖女派がサンクトゥス教会の主導権を握っている限り、アカデミーという発表の場ですら黒魔術が制約を受けるだろう。もはや純潔の聖女派が失権しない限りはどうしようもない。
「それでデルフィーヌさんのお宅まではどれくらいの距離なんです?」
「1日といったところか。彼女が家にいるとは限らないが、待っていれば帰ってくるだろう。彼女も私の友だ。挨拶は済ませておきたい」
「了解です」
それから馬車はガラガラと進み、街道からわき道に入った。
「こっちなんですか?」
「ああ。彼女は山の中に研究室を設けている。ここから少しばかり山を登らないといけない。まあ、動力馬車なら問題ないだろう」
動力馬車は難なく坂道を乗り越えていき、やがて1軒の建物が目に入った。
「あれですか? お洒落なログハウスですね」
「ああ。彼女は住み心地のいい研究室を持っている。羨ましいぐらいだ」
フィーネたちの眼前に広がったのは結構な広さのあるログハウスだった。洗濯物が干されていたり、花壇が整備されていたりと生活感がある。森の中にこんな建物があることにフィーネはワクワクしていた。
「問題は肝心のデルフィーヌ女史がいるかどうかだが──」
その時、オオカミの遠吠えが聞こえた。
「げっ。オオカミですか。不味くないですか?」
「大丈夫だ。問題はない。今回は近くにいてくれたようで安心した」
エリックはそう告げて、ログハウスの後ろに回り込み始めた。フィーネもそれに恐る恐るついていく。本当にオオカミがいたら、武装のないフィーネではどうしようもない。
「デルフィーヌ。そろそろ目覚めたまえ」
だが、そこにオオカミはいなかった。
いたのは全裸の体にオオカミの皮を被ったダークエルフの女性だった。
全裸なせいかどうしても胸が視線が向かってしまう。フィーネもエリザベートもかなり大きい部類だが、そのオオカミの皮を被った女性は乳牛か何かかというほどの大きさであった。フィーネはいろいろとな情報が同時に入ってきて処理できずに固まった。
「げほっ。あら、エリック。お久しぶり」
「お久しぶりだ、デルフィーヌ。君の研究は相変わらずだね」
「今回はかなり上手くいっていたよ」
「どうみてもトランス状態に陥っていたが」
「それほど霊と同調したということでしょう? 成功よ」
「それでオオカミの霊は何と言っていたのかね?」
「そうね。自分の群れに移動を促していたわ」
全裸に毛皮を被ったままデルフィーヌと呼ばれた女性が告げる。
健康的な褐色の肌に、笹状の長い耳。間違いなくダークエルフだ。
「エ、エリックさん。話をする前に何か服を着てもらった方が……」
「ああ。そうだったね。デルフィーヌ、その格好は不味い。とりあえず着替えてくれ」
「そんなに気になるものかしら?」
「人間には気になるものだ」
「あなたもエリザベートも人間ではないでしょう?」
「ここにひとりだが人間がいる」
そう告げてエリックはフィーネを指さした。
「まあ、学校の生徒さん?」
「君のところまではまだ影響が来ていないようだが、説明しておこう。純潔の聖女派が黒魔術を潰しに来ている。私は冒険者の地位を追われ、エリザベートも大司書長の地位を追われ、フィーネも学校の生徒という地位を追われた」
「まあ。そんなことになっていたの? 大変な騒ぎじゃない」
「全く以てその通りだ。だから、服を着てくれ。そこに散らばっているだろう」
エリックはこの裏庭に至るまでの道程に散らばっているデルフィーヌのものと思われる衣服を指さしてそう告げた。
「うーん。もうちょっと霊と交信してみたかったんだけど、それじゃあ仕方ないわね。みんなは中に入っていて。服を着たらお茶を準備するからリビングのテーブルに集まっていて頂戴な」
「そうさせてもらう」
エリックはそう告げると裏庭から出た。
「フィーネ、エリザベート。そういうことだ。リビングに行こう」
「……あの方はいったい何をなさっていたので?」
「動物霊との交信だ」
エリックはそうとだけ告げ、正面玄関からデルフィーヌの自宅兼研究室に足を踏み入れた。そこでフィーネが思わず立ち止まった。
見た目はいい感じのログハウスだったが、室内はカオスそのものだった。衣服が整理整頓されないままそこら辺に脱ぎ散らかしてあり、研究室と思われるテーブルのある部屋にはジェンガのように積み上げられた本が積みあがっている。
となると、キッチンもと思ったが、キッチンの方は綺麗に整理されていた。ここだけ別の場所を切り取って貼り付けたかのように、丁寧に収められた食器と清潔に保たれた水回りがあった。ますます意味が分からなくなるフィーネであった。
「にゃーん」
フィーネが困惑しているところで猫の鳴き声がした。
「猫?」
「にゃー」
いつの間にか1匹の黒猫がフィーネの足元にやってきていた。
「わー! 可愛い! お名前は何ていうの?」
フィーネが首輪に手を伸ばそうとすると黒猫はひょいっと身をひるがえし去っていった。フィーネは後を追いかけようとするが、黒猫はどこかに消えてしまった。
「ううむ。猫好きは逆に猫に嫌われるとは言いますが」
フィーネは納得いかないものを感じながらテーブルに戻った。
「エリックさん。黒猫、見ませんでした?」
「いいや。見ていない。しかし、ここには様々な動物霊がいるからね。そのひとつと出会ったのかもしれないね」
フィーネがテーブルについて尋ねると、エリックがそう告げて返した。
「動物霊がいっぱい……? つまり、ここで死んだ動物がいっぱい……?」
「デルフィーヌは獣医でもあるからね。最後の望みをかけてここに死にかけの家畜やペットを連れてくる人々がいる。そういうものの魂がここが居心地がよくて住み着いてしまうことがあるのだ。魔術的にここは安定した場所だからね」
「そうなんですか」
獣医で、全裸で、死霊術師。確かに変わり者という認識に間違いはなさそうだ。
「お待たせー。お茶菓子は適当につまんで頂戴」
やがて香ばしい紅茶とお茶菓子を持ってデルフィーヌが戻ってきた。
彼女は『呼びかけよ。さらば応える』と書かれたTシャツと最近交易都市ウルタールに入荷されて流行りの兆しを見せているローライズのデニムズボンを纏っていた。
シャツはピチピチで虐待されているし、デニムのズボンもみっしりという具合だ。
褐色の肌に銀髪という容貌でも羨ましいのに、ここまで肉体美を誇張されるとフィーネとしてはもはや対抗しようという気力が失せていた。
「それで、何かいろいろあったみたいね。教えてくれるのよね?」
「ああ。サンクトゥス教会で純潔の聖女派が主導権を握った。そのせいで黒魔術師たちが迫害を受けている。冒険者ギルドでは黒魔術師が除名処分され、大図書館では黒魔術に関する書物が焚書されエリザベートが大司書長の地位を追われた。その他、ミスカトニック大学でも黒魔術のカリキュラムを廃止するように圧力がかかり、フィーネのいた王立リリス女学院では黒魔術が廃止されて、彼女は退学処分になった」
「まあ、純潔の聖女派はやりたい放題ね。どこの誰が純潔の聖女派に権力を渡したというのかしら。全く迷惑な話だわ」
エリックの話にデルフィーヌは憤慨した様子を見せる。
それからフィーネの方向を向いた。
「夢半ばで突然退学なんて酷いわよね? あなたにもやりたいことがあったのでしょう。可哀そう! 抱きしめてあげるわ!」
デルフィーヌはそう告げてフィーネをギューッと抱きしめた。
「く、苦しいです……」
「いい子、いい子。お姉さんはあなたの味方だからね」
フィーネが胸の圧力に潰されそうになっているのだが、デルフィーヌはフィーネの頭をなでなでと撫でてご満悦の様子だった。
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