死んだ木々の声
本日6回目の更新です。
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──死んだ木々の声
『木材の残りか。あるぞ。だが、どうするのだ?』
「木々から直接意見を聞く。彼らが何故、魔力を多く放出するようになったかを」
エリックはそう告げた。
『馬鹿なことを。木々の魂はトレントであるワシのような存在でない限り、声など認識しない。木々の抱いている心象がイメージとして流れ込むだけだ。それも人間が目で見るようなイメージではなく、木々が木々として感じた人間には理解できないイメージが流れ込むだけに過ぎないぞ』
「それは分かっている。だが、それは我々死霊術師がイメージを理解しようとしないからだ。イメージの理解に力を入れれば、必ず何かが手に入る」
『空論じゃ。人間に木々の心象は決して理解できん』
「やってみなければ分からないだろう」
エリックはあくまで木々の魂に対する降霊術を行使するつもりだった。
『やれやれ。お手上げだ。それなら好きにするといい。今、切り倒した木をここまで運んでこよう。待っておれ』
ベルトランドがそう告げると、地面が音を立てて動き始めた。
「地面が、地面が動いてますよ、エリックさん!」
「ああ。ベルトランド爺様は森の管理者だからね」
フィーネが目を白黒させるのにエリックが冷静にそう告げた。
『この木じゃ。この木の子孫はワシが丁重に扱っておる。怨霊にはなっておるまい』
「では、試してみよう」
エリックは切り株の前に立つ。
「『冥府の番人よ。我が呼びかけに応じ、その扉を開きたまえ。暫しの間、現世に死者を呼び戻すことを許されたし』」
エリックがそう詠唱すると切り株に仄かに明かりが灯った。
「────」
何かの声のような音が聞こえる。だが、それが何なのか認識することはできない。
「イメージを見せてほしい。君たちは何を感じた?」
エリックはそう告げて、仄かに光る切り株に触れた。
それからどれほどの時間が経っただろう。エリックは沈黙したまま、ベルトランドもエリザベートも、そしてフィーネも静かに結果を見守っている。
「ダメか」
30分ほどが過ぎてからエリックが手を離した。
「ベルトランド爺様の言う通りだった。イメージは人間にはよく分からない」
『そういっただろう。木々と人間とでは何もかもが異なる。木々の心象を人間が理解するというのは不可能だ』
エリックは力なく首を横に振り、ベルトランド爺様はそれ見たことかとそう告げた。
「あの! 私が試してみてもいいですか?」
『おや。グランドマスターより自分の方ができるというのかね?』
そこで声を上げたのはフィーネだった。
「いや、そういうわけじゃないんです。ただ、私も木々の心象イメージというものに興味があって。こんな機会は滅多にないでしょうし、試させてくれませんか?」
「いいだろう。フィーネ、そこにこの木の霊がいる。手を当てて問いかけて見たまえ」
「はいっ!」
エリックはある意味では期待していた。
フィーネは多くの死霊術師と違って、明るい赤色の魂をしている。彼女ならば別の視点からこの心象イメージを見れるのではないかと。
それに彼女に死霊術師としての経験を積ませる機会でもある。教育の機会は逃すべきではない。ことに世界が黒魔術に敵対的になっていく中では。
「では、あなたが何を思っていたのか聞かせてください」
フィーネが仄かに光る切り株に触れる。
それからまた時間が過ぎる。エリザベートもベルトランドも結果には期待していなかった。グランドマスターであるエリックがダメだったのだ。まだ見習いにすぎないフィーネが何かを得ることはないだろうと。
「……白。いや、灰色。それに対する恐怖の色」
だが、フィーネが語り始めたことで彼らはぎょっとした。
「何かが来る。灰色の何かがやってくる。それは恐怖。ただ怖い。怖いから誰かに助けてもらいたい。恐怖に苦しんでいる。それはやってくる」
フィーネはいつの間にかトランス状態になっていた。
「不味い。死者と同調し過ぎているぞ」
「まさか木の霊とここまで同調するとは」
エリックは慌てて、ポケットから気付け薬を取り出して、ぶつぶつと言葉を告げるフィーネに飲ませた。フィーネはげほっとその苦さに咳き込み、トランス状態から解放された。そして、周囲を見渡す。
「あれ? 私、どうしてました? というか口の中が苦い……」
「君は信じられないことに木の霊と同調し過ぎてトランス状態に陥っていた。普通ならばあり得ないことだ。君の共感性というのは凄まじいものだな」
「そ、そうなんですか? けど、記憶があいまいで……」
「一時的なトランス状態になっていたのだから仕方ない。しかし、君は確かにこの木の心象イメージを聞きだしたようだ」
「それってどんなものでした?」
「灰色の何かが脅威としてこの木には映っていたようだ。それに対する助けを求めるために魔力を多く放出していたらしい」
「ううーむ。木が怖がると言われても、いまいちイメージが……」
木の心象イメージを読み取った本人であるフィーネは首を傾げていた。
『木々も恐れを抱くことはあるぞ』
そこでベルトランドがそう告げた。
「そうなんですか?」
『ああ。木々は何よりも火を恐れる。乾燥した季節の火は特に恐れる。火を持ち込む人間が現れると魔力を大量に放出して魔物などを生み出して追い払おうとする。木々もまた自分たち自身の生命と自分に続く子孫の生命を大事にするのだ』
「魔力の放出はやっぱり防御反応なんですね」
木々がどうして自分たちでは消費しない魔力を生み出すのかは謎であった。だが、ベルトランドのいうことが正しいなら、それは防御反応だ。
『だが、木々にとっては残酷なことだが、時として山火事は必要となる。古い森は背の高い木々が茂り、新しい草木に太陽の光が当たらないようにしてしまう。そうなると古い木にも栄養が行き渡らなくなり、森全体が死んでしまう。だから、自然発火による山火事は時として必要となる。灰になった木々は養分となり、新しい植物を育て、それにやってくる野生動物の数を回復させるのだ』
「そうなんですか。ということは、この森も山火事に?」
『うむ。森が育ち切れば必要とされるだろう。それか人の手で木々を間引くことが必要になる。いくらワシが森の管理者であっても、森の育つ力までは止められないからの。今は森の周囲にまだ人が住んでいる。彼らの力を借りて、適度に森の寿命を延ばしてやっておるところだ』
「なるほど。森っていうのは人の手を必要とすることもあるんですね。となると、この木が恐れていた灰色の何かって何なんでしょう……?」
『分からん。ワシにもさっぱりだ』
木々は灰色の何かに怯えていた。その灰色の何かとはなんだ?
「君は最初白いと言った。それから灰色だと言い直した。最初それは白く見えるような存在だったわけだ。サンクトゥス教会の信仰者たちが信仰する神の色は白だ。実際に神の色は白だと考えられている。強力な白魔術を行使したときの文字通りの白い光。あれが神の色だと考えられている。どの精霊の色にも白は存在しないため、そう考えられているのだ。もっとも、神を部分的にしか観測できない以上は断言はできないが」
そこでエリックが告げる。
「白と灰色。これは何かしらの大惨事を示唆しているのかしれないし、ちょっとした危機で終わるのかもしれない。情報が少なすぎて、今は何とも言えない」
エリックはそう告げて首を横に振った。
「灰色ってことは悪魔とか?」
「悪魔は白でも灰色でも黒でもない。彼らに色はない。純潔の聖女派は黒魔術と悪魔を結び付けようとするが、黒魔術で使役する魔物は悪魔とは程遠い。悪魔とはこの宇宙が生まれた瞬間には既に存在していた。それ以前から存在していたかもしれない。彼らを言い表すなら透明だ。空気のように色がなく、色のない毒ガスのように凶悪だ」
悪魔。
神と同じく存在が観測されているとは言い難いもの。いるともいないとも言われているが、サンクトゥス教会の聖典にはその存在が記されている。だが、悪魔というものの解釈については聖典学者たちの間でも意見が分かれている。
悪魔も神が創ったものであり、人間を試すための神の従僕であるという説。それとは違い、神とは完全に敵対したものであり、人間は神の力を借りて団結して、この悪魔を討ち滅ぼさねばならぬという説。それとはまた別に悪魔とは別の宗教の神がサンクトゥス教会の聖典の中で悪魔として扱われるようになっただけで存在しないという説。
聖典学者たちの間でも悪魔をどう扱うのか困りものだった。聖典に悪魔は度々登場するが、必ずしも害を及ぼすばかりではなく、むしろ人間に利益を与えることが多い。その利益こそ堕落への誘いなのだと聖職者たちは言う。確かに悪魔は親切心で利益を与えているわけではなく『甘い話には裏がある』という教訓として聖典に記されていると考えている学者が多い。
では、悪魔とはいったい何なのか?
神とは何なのかと同様に議論の的となっている。少なくとも学会に答えは発表されていない。聖典学に基づく、憶測に近い仮説が発表されているだけだ。
しかし、エリックは何かを知っているように悪魔について語る。
「まあ、悪魔は灰色とは表現されんな。連中を表現するなら、玉虫色だ。どんな色にでも見えるように偽装している。あたかも知った色のような顔をして近づき、人間を惑わす。連中ほど質の悪い存在もいないだろう」
エリザベートもまた何かを知っているように悪魔について語った。
「……? 皆さん、悪魔にあったことがあるんですか?」
『その問題には首を突っ込まない方がいいぞ。彼らは異端認定を受けようが逃げ切る力があるが、お嬢ちゃんにはない。純潔の聖女派が力を握っている今、そのことに首を突っ込むのは得策とは言えないぞ』
「は、はい」
フィーネはこれが触れてはならない問題だと理解した。
「問題はこれが世界的な現象なのか、局地的な現象なのかだな。ベルトランド爺様の森だけの問題ならば解決は容易だろうが、世界的に同じ現象が起きていないとも言えない」
「だが、どうあろうと今の我々には影響力は及ぼせない。追放された死霊術師と吸血鬼ではサンクトゥス教会の圧力に屈した国や自由都市が耳を貸すとも思えん。だが、世界的なものならば冒険者ギルドが気づくだろう。あそこは森に関わるクエストをやり取りしている。異変があればギルド主導で調査団が編成されるはずだ」
「そうだな。彼らに任せるとしよう。彼らならば森の異変に気づくのも早いだろう」
エリザベートとエリックは冒険者ギルドに真実の探求を託すことにした。
「それではベルトランド爺様。我々はそろそろ失礼する。また機会があれば、ここで討論をしたいものだ。世界には未だに謎が多い。その謎を解き明かすのは極上の贅沢だろう。この清浄なる魔力が満ちた森で再び討論ができる日を楽しみにしている」
『ワシも外の話を聞くのを楽しみにしているよ。今度はデルフィーヌやチェスターを連れてくるといいだろう。それから今度からはフィーネちゃんも連れてきなさい。若い子の意見は斬新で面白いぞ』
エリックが頭を下げて別れの言葉を告げる。
「スケベ爺め。単にフィーネの外見が気に入っただけだろう」
『本当にエリザベートは可愛げがないのう。若い子は確かにいい刺激剤になるのだぞ。古い説に囚われておらんから斬新な発言ができるものだ』
「どうだかな。これまでの説は科学的・魔術的に証明されてきたものだ。安易に否定できるものではない。そのような基本的な学説すらしらない人間を入れて議論になるのかどうか。だが、若者の知的好奇心を刺激する材料としてはいいかもしれないな」
エリザベートはそう告げて肩をすくめた。
「これからデルフィーヌ女史とコヴェントリー辺境伯閣下に挨拶をしていくつもりだが、ベルトランド爺様から何か伝言はあるだろうか?」
『そうだな。チェスターにまた幾分か人を出して森の木々を伐採してもらうよう頼んでおいてもらえるだろうか。あのものは自分の趣味に没頭していると仕事を忘れるからの。王国から廃棄地域の管理で給料をもらっているのだから働いてもらわんと』
「分かった。コヴェントリー辺境伯閣下には確かに伝えよう」
エリックがそう告げたとき森林妖精が姿を見せた。
「送ろう。また会える日を待っているぞ」
「我々もだ。またいつか会おう」
こうして樹齢数千年のトレントと死霊術師たちは別れた。
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