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森の中での出来事

本日5回目の更新です。

……………………


 ──森の中での出来事



「あ。挨拶が遅れました! 私、フィーネ・ファウストと言います」


『フィーネちゃんか。元気でいい子だな』


 フィーネがペコリと頭を下げるのにベルトランドが小さく笑った。


「ベルトランド爺様。鼻の下が伸びているぞ。そんなに若い娘が好きか」


『人間も歳を食うと可愛げがなくなるからの。お前さんなんて見てくれはいいのに、ワシのことを切り倒して紙にしてやろうなどと思っているだろう。昔はともにここでこの世界の未来について語り合ったというのにのう』


「それはベルトランド爺様が我の胸についてあまり笑えない冗談を言ったからだ。フィーネ、気をつけろ。ベルトランド爺様はスケベ爺でもあるからな」


『それはあんまりではないかの』


 ベルトランドはそう告げて哄笑した。


『さて、今日はお前さん方だけかい。デルフィーヌやチェスターは? お前さんの冒険者仲間たちはどうした?』


「私は冒険者ではなくなった。エリザベートも同じようにもう大司書長ではない。教会の権力を純潔の聖女派が握って、黒魔術師は冒険者ギルドから除名処分。大図書館では焚書が行われ、吸血鬼であるエリザベートも職を追われた」


『なんと。そんな愚かしいことが……。人間たちはもっと聡明だと思っていたが、今時そのようなことを行う人間が残っていたとはの。まるでドルイド教を追い回していたころに逆戻りしたようではないか』


「私たちはドルイド教と違って本来教会に追われる理由はない。我々は生贄の儀式を行ったわけでも、非合法な人体実験を行ったわけでもない。ドルイド教と同じ扱いを受ける覚えは全くないのだ」


『そうだのう。お前さんたちはサンクトゥス教会の教えに従って生きているようだったからの。それがどうしてまたサンクトゥス教会に追われるようなことになるのか。西方のオーディン崇拝者との戦争に敗れて、別の敵を欲したのか?』


「それは随分昔の話だ。教会は別に異端者を求めて、異端者を敵とすることで教会勢力を一致団結させようとしているわけではない。恐らくは教会で起きた不祥事を揉み消すのに一時的に権力を純潔の聖女派に与えたものと思われる」


『ふうむ。だが、それで無駄な敵を作ってしまえば元も子もあるまいに』


「全くだ。教会上層部によっては純潔の聖女派がここまでやるとは思ってもみなかったとみるべきだろうな。彼らはあくまでサンクトゥス教会に信仰心を集めたがっている。それがこの騒ぎでどれだけの人間が信仰心を失ったか」


 エリックはそう告げて肩をすくめた。


「神などに頼るからそうなる。神などいない。そうだろう、ベルトランド爺様?」


『ワシは神学論争はごめんだよ、エリザベート。神はいるかもしれないし、いないかもしれない。ただ、ワシらが存在するということは、どこかに始まりがあったはずだ。その始まりとは何なのかについてはワシは興味があるのう』


「この宇宙の始まりか。確かにそれならば我も興味がある。この広大にして寒々しい宇宙を誰が作ったのか。それが意図したものなのか、ただの偶然か。誰かの意志の故なのか、それとも自然的なものなのか」


『ワシは創造主がいるかどうかは知らん。いたとしても、もうこの地を去ったのかもしれん。作るだけ作って何も干渉せずに去ったというのは理解に苦しむ。何のために作った? 何のために干渉しなかった?』


 ふうむとベルトランドは唸る。


「で、でも、白魔術は神様の力を借りているんじゃないですか? 白魔術が使えるということが神様が今もいて、私たちに力を貸しているということになりませんか?」


『残念だが、白魔術に神の意志は存在しない。あれは恐らく魔力で行使される黒魔術と同じだ。白魔術は教会が研究を規制していることもあって分からないことが多いが、魔術の行使のプロセスに神の意志が反映されているということはないだろう。実際にサンクトゥス教会の信仰者以外のものでも白魔術は使えるからの』


「それでも神様の存在は証明できるかもしれませんよね。私たちがこっそり力を借りているだけかもしれなくて」


『確かにのう。白魔術は研究が進んでおらずどういう原理で動いているか分からない魔術のひとつだ。神が存在していて、精霊のように力を与えているのかもしれん。だが、そうなると神はサンクトゥス教会などにこだわっていないということになる。サンクトゥス教会の信仰者にとっては面白くない話だろうよ』


 フィーネが議論に参加するのにベルトランドが相手する。


「白魔術は謎が多い。だが、赤魔術が精霊に、青魔術が機械的な魔法陣に、黒魔術が人体と魂に働きかけて行使される以上、白魔術にも何かしらのファクターがあるはずだ。私はそれが神の力を神の知らぬ間に借りているものだと考えている」


『お前さんはサンクトゥス教会に酷い目に遭わされても信仰心を失わぬのだな。そう、かつて白魔術は奇跡と言われていた。限られた聖人のみだけが行使できる力として。そこからサンクトゥス教会が生まれた。だが、今では白魔術はマニュアルをきちんと読みさえすれば使えるものだ。奇跡ではなくなった。それが何を意味するのだろうか?』


「神はかつてひとりの男に預言を託した。白魔術が行使できるようになったのはそれからだ。それは最初は奇跡だったかもしれないが、確かに今では奇跡ではなく魔術になり、魔術ということから論理的な科学になりつつある。白魔術を研究することを許されたサンクトゥス教会の一部の聖職者によると、白魔術はこの大地に、神の作った大地にいることで行使できるものではないかと言われている」


『それへの反証は空高く飛び、宇宙で白魔術を行使せねばできぬの。それに宇宙も神の作ったものならば、大地がなくとも行使できねばおかしくないか?』


「大地にファクターがあることを証明するのに宇宙に行く必要はない。大地と白魔術の相互作用について調べるか、クルックスケージ内で白魔術を行使してみればいい」


『クルックスケージ。あらゆる外部魔力を遮断し、精霊も妖精も干渉できない空間か。だが、それで白魔術が行使できないとして何が証明できる?』


「白魔術は無から有を生み出すものではないということ。白魔術の行使には赤魔術と同様に何かしらのファクターが必要なこと。黒魔術は白魔術と違って、傷を癒すのに傷口を魔力によって改変し、元通りにする。白魔術は神の力で傷を癒すというからにして、魔力の完全遮断が成立するクルックスケージ内で白魔術が使えなければファクターは存在することを意味するのではないか。後はそのファクターが何なのかを追求するだけだ」


『なるほどのう。しかし、神の力がクルックスケージを貫くものだとすれば?』


「クルックスケージ内のエネルギー測定をしておけばいい。クルックスケージ内のエネルギーが変わらなければ、何の介入はない。クルックスケージ内のエネルギーが変われば、何かしらのファクターが影響した。クルックスケージに干渉できるほどならば、それはまさに超常的エネルギーだ」


『そして、それは神の存在を証明するか』


 ベルトランドは考え込むように幹をしならせた。


『しかし、白魔術はどうせ研究が進まぬからなんとも言えないとして、どうしてお前さんはそこまで神の存在にこだわるのだ? 死霊術師が神の存在を必要とするとは思えぬのだが。死霊術師はある種の現実主義者だ。体の構造を理解し、干渉することで癒す。死者の魂と対話することで利用する。神は必要なかろうに』


「私はこの世界を作った神と同じステージに立ち、その神から聞きたいことがたくさんある。我々人間の存在は偶然が生みだしたものなのか、それとも神は全ての生物を設計したのか。創造主であるからこそ答えられる疑問もあるだろう」


『あくまで真実の解明のために、か。お前さんは筋金入りの学者じゃの』


「私は学者であり、信仰者であり、この世を生きるものだ。この世に存在する問題がひとつでも解決することを望むのは当然ではないか。それとも暗闇に怯え、洞窟で暮らしていたような原始的な生活を良しとするか。私は人類は常に進歩を続けるべきだと思っている。暗闇があるならば明かりを掲げ、前進するべきだ」


 エリックはそう告げて息をついた。


「だが、神と対話するにはハードルが大きい。まず我々はこの宇宙という壮大な世界を生み出した存在と同じステージに立たなければならない。その過程で神という超越者と同じ思考ができるようになればいいが、そうでなければ対話はできまい。我々が考えている疑問など創造主にとっては疑問として残らないものなのかもしれない。家畜と牧場主では考えることも大きく異なる」


『その神のステージに至るまで、どれほどかかりそうなのだ』


「膨大な時間がかかるだろう。信じられないほどの時間がかかるだろう。我々は未だ神の存在を部分的にしか観測できていない。その観測結果の信憑性もおぼろげだ。だが、目的地に辿り着くには歩き続けるしかない」


 フィーネはそんなエリックの姿を見て、本物の学者というのはここまで信念の固い存在なのかと思った。同時にそんな情熱を持ったエリックへのイメージが変わった。最初は淡々とした冷静な人だと思っていたが、ここまで情熱的になれるのかと。


 こんなエリックと自分も会話をしたい。フィーネはそう思った。


「しかし、ベルトランド爺様。どうして馬小屋の店主に木材を与えたのだ? 森に何かあったのか? 快適な時間を過ごさせてもらったが、それが気になる。わざわざ魔力が澱まないように青魔術までかけていただろう」


『ああ。そのことか。あの店主がワシに協力してくれている礼だ。それから森の中の魔力の調整といったところか』


「珍しいな。ベルトランド爺様が他人に森の管理を手伝わせるなど」


『うむ。ワシも森の管理者である以上は、森の管理は自分の手だけで行いたい。だが、ここ最近は森の様子がおかしいのだ。動物たちは何かに怯えているかのように暴れまわり、木々は魔力を多く輩出する。人間の手が入ったわけではない。そのことは把握している。何か別の要素が影響しているものと思われる』


「別の要素? それこそ学者が解明すべきことだな。エリック、どう思う?」


 エリザベートはエリックに話を振る。


「これだけの情報では何とも言えない。可能性としては流れ者が住み着いたということか。だが、流れ者でも住み着けば、ベルトランド爺様が気づかないはずもない」


 流れ者とは他所の管理されていない森における強力な魔力で発生した強大な魔物であり、それが移動して別の森に住みつくことで流れ者となる。特に竜たちに似て非なる魔物であるワームやワイバーンなどはよくよく巣を変えることで知られ、流れ者になりやすい魔物であった。


 だが、そんな流れ者も管理された森にはあまり近づかないものだ。ベルトランドのような管理者がいる森では淀んだ魔力が少なく、彼らは生息が困難なのである。


 では、流れ者ではないとすれば管理者がしっかりと存在する森で異変が生じる理由はなんだ? きちんと管理された森には魔物は発生しない。ドルイド教が滅びた今、ドルイド教の巫女たちが森を利用することもない。


「木々が普段よりも多くの魔力を生じさせるという点だが、ベルトランド爺様が管理できないものとなると、より上位の存在が介在している可能性がある。それこそ、ドルイド教で信じられていたような大地神などの存在が」


「大地神? サンクトゥス教会の信者が言っていいことか? 大地神信仰はドルイド教が滅ぼされたときに同じく異端とされただろう。それとも大地神も存在するとでも?」


「大地神という言葉が悪かったな。赤魔術師たちが呼びかける精霊は小さな存在だと思われがちだが、実際の精霊はもっと巨大なものだと分かっている。彼らは大気や水中、大地の中に身を潜め、人間が呼びかけることでひょっこりと僅かに姿を見せるのだ。そのことは精霊の洞窟と呼ばれたセントラリア洞窟の調査で巨大な精霊が発見されており、それが赤魔術師の呼びかけに応じたことから分かっている」


 エリックは説明を続ける。


「その巨大な精霊のような存在が大地に広く宿っているのではないかという可能性だ。ベルトランド爺様の根のさらに下に存在する何かがいるのではないか。それがこの我々の大地に何かしらの影響を及ぼしているのではないか。まだ実験で証明されたわけでも、存在を観測した例もないが、そういう仮説を持っている学者たちがいる。彼らの一部はそれこそが神の体の一部であるのではないかと考えているものたちもいる」


「なるほど。それで大地と白魔術が関係するという仮説が教会から出てくるわけか。しかし、ベルトランド爺様ほどのトレントが観測できない大きな存在が我々が立っている地面の下にいると思うのか?」


「地下は深い。ドワーフたちの記録した地下最深部の記録は3000メートルだ。地下世界は海や宇宙と同じくらい謎を秘めている。火山の噴き上げるマグマは地の底から湧き起こっているが、そのマグマが存在する世界とはどのようなものなのか」


「確かに我々は自分たちが立っている地面に対して無関心が過ぎるな。我の読んだ本では惑星の中心部は液体であるとの仮説を立てている学者もいたが。昔の世界は今のような形ではなく、違う形をしていた。この惑星の中心部が液体であるために地表は動いているのだと。古生物学とともに調査した結果だそうだ」


「そうだ。我々は地底の奥底に何が存在するのか知らない。だが、今のベルトランド爺様の告げたことは恐ろしいことを示唆している。地底に何かがいるとしてそれが木々に魔力を生み出すように影響を与えたのは何故だ。動物たちは何故怯えている。まるでこれは嵐の前兆ではないのか」


 エリックがそう告げるのに場が静まり返った。


「まだ大司書長の立場にあれば世界各地の森について同じ現象が起きていないか調査できただろうが、今の我では役に立たんな。知り合いに手紙を送ることぐらいはできるが」


「私も今は表立って動くべきではない。今は純潔の聖女派があちこちで見張っている。ただでさえ純潔の聖女派から敵視されている黒魔術師が、大地神について調べているとなれば火あぶりにされてもおかしくはない」


 エリザベートとエリックがそれぞれ告げ合う。


「よく分からないですけど、これから何か不味いことが起きるかもしれないってことですか? 世界に影響が及ぶような何かが起きるということですか?」


「可能性だ、フィーネ。あくまで可能性。実際に観測し、実験をし、立証しない以上は仮説の域をでない。そこまで怯えることではないよ」


「でも、森がおかしいなんて何かの前兆ですよ。私たちで調べられませんか?」


「ふむ。ベルトランド爺様、木材として与えた木々の残りはあるだろうか?」


 エリックはそう尋ねた。


……………………

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