ヨルン森での戦い
本日12回目の更新です。
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──ヨルン森での戦い
クライドは愛用の魔道式小銃を構えて、オークたちの足音のする方向に神経を集中する。魔道式照準器は生命反応の距離によって色が変わるようになっている。300メートル以内の目標なら青、200メートル以内の目標なら黄色、100メートル以内の目標なら赤。
魔道式照準器にオークの姿が映る。魔道式照準器の色は青。
クライドはオークの頭部にしっかりと狙いを定めて、引き金に力をかける。
タタン。2発の銃声が響き、頭部に2発の銃弾を叩き込まれたオークが地面に倒れる。
「次!」
即座に銃口の向きを変え、クライドは射撃を続ける。
もうかなり近接されてる。オークは分厚い筋肉のため心臓を抉り取るにはホローポイント弾では些か心もとない。仮に心臓に命中しても突撃してくるのがオークという獰猛な生き物であることもあるが。
だが、森林の遮蔽物が多い環境の中、200メートルまで近接されたら頭部を狙っている暇はない。こういう時のための大容量カートリッジだ。
「食らいやがれ、豚野郎!」
クライドはオークの胸に銃弾を5発近く浴びせる。流石のオークもこれだけの打撃を受けて突撃を継続できるものではない。敢え無く地面に倒れる。
「お客さん、ご来店だ!」
「任せろ」
クライドが射撃を続けながら叫び、ヴァージルとアビゲイルが動いた。
アビゲイルは近接してきたオークに向けてショートソードを振るう。ショートソードは既に加熱されており、オークを真っ二つに引き裂く。骨も筋肉も溶断され、オークが地面に倒れる。アビゲイルはその死体を蹴って、さらにもう1体のオークに飛びかかる。
ヴァージルの方はあくまでリタを守る位置をキープしていた。
やがて、オークが姿を見せると魔道式短機関銃とショートソードの両方を抜き、利き手でショートソードを構えながら、魔道式短機関銃──外観はMP7短機関銃によく似ており、口径も4.6ミリだ──を撃った。
ヴァージルは魔道式短機関銃でオークを蜂の巣にすると、さらに近接してきたオークにショートソードで挑む。そして、ヴァージルの剛腕がオークの右手をあっさりと切断する。オークは悲鳴を上げ、混乱したように暴れまわる。
「ルアーナ! 下がれ! 邪魔だ!」
恐怖と痛みで暴れ狂ったオークがルアーナの方に向けて突撃していく。それを止めようとヴァージルが魔道式短機関銃を構えるが、射線上にルアーナがいて撃てない。
「ひっ……!」
ルアーナは何の自衛手段も持たない。彼女は自分がするべきは白魔術によるパーティの支援だけだと思っていた。それに高潔なサンクトゥス教会の女司祭たるものが、武器を持つなど考えられないことだった。
だが、今は何であっても武器が欲しい。目の前の凶暴なオークから身を守るための武器が。オークの牙が剥き出しになった頭部が迫るのにルアーナはへたりこみ、下半身を生温かな液体が浸していった。
もうダメだと思われたとき銃声が響いた。
「だから、自衛はしろ、って」
銃声を上げたのはリタの魔道式拳銃だった。木は使われておらず、金属だけで構築されたその45口径の魔道式拳銃から放たれた銃弾がオークの頭を弾き飛ばし、ルアーナに飛びかかる前に制圧した。
リタの魔道式拳銃はM1911自動拳銃に似ていた。
「オールクリア。周辺に敵なし」
「損害もなしだ。ああ。ルアーナの下着以外は、か」
クライドが油断なく、オークの死体が積み重なる中で周辺に視線を走らせて告げ、アビゲイルが嘲るようにそう告げた。
「くっ……!」
ようやく恐慌状態から逃れたルアーナがアビゲイルを睨むも、彼女のローブも下着もアンモニア臭のする液体で濡れている。
「これで自衛の必要性の意味は分かってもらえたか?」
ヴァージルはそう尋ねる。
「いいえっ! あなた方が無能だったのです! 赤魔術師はあれだけ派手な魔術を使いながら、たったの4体しかオークを倒せず、戦闘職は自分の戦闘に夢中で、護衛対象を見ていない! 明らかにあなた方の失点です!」
ルアーナは駄々をこねる子供のように喚き散らした。
「どうするんです、リーダー。子供の面倒まで見ろなんてことはいいませんよね?」
「はあ。仕方がないだろう。ギルドからのお達しだ。それに回復手段がポーション頼りというのはいざ、手足が千切られたときには致命的だ。四肢の欠損はポーションでは治せない。エリックがいなくなった今、白魔術師は必要だ」
ポーションは文字通り水薬だ。主に服用することによって作用する。それで治療できるのは体の中の傷と体表の僅かな傷だけだ。
例えば古いダンジョンで足を滑らして、擦り傷を作ったりしたとする。破傷風のワクチンなどないこの世界ではそのまま破傷風にかかれば致命的だ。そういう時はポーションを服用する。すると体内の傷を負った部位の免疫系が強化され、また傷口もふさがる。消毒しなくとも感染症を気にしなくていいのだ。
またオークの攻撃をまともに受けて、内臓が破裂したりなどした場合にもポーションは有効だ。破裂した個所を修復し、時間はかかるが出血を止め、元通りにしてくれる。
だが、ポーションの力では四肢の欠損などの致命的な外傷が治療できない。それを治療できるのは黒魔術師か白魔術師だけだ。白魔術師は創造神の力を借りて、患者の傷を治す。流石は創造神の力を借りるだけあって、迅速に傷は癒える。
今のエリックという黒魔術師が抜けた“紅の剣”には代わりとなる白魔術師がどうしても必要だったのだ。アビゲイルもヴァージルも手足がもげたことは1度や2度じゃない。
「エリックさんがそのまま残ってくれたらよかったのに」
リタがホルスターに魔道式拳銃を仕舞ってそう告げる。
「まだあの腐臭にまみれた黒魔術師を当てにしているのですか。それはサンクトゥス教会への反逆ですよ。裁きの日に地獄に落ちることになりますよ」
「アンモニア臭いのより腐臭の方がマシだな」
アビゲイルがそう告げてルアーナを嘲った。
「……っ! サンクトゥス教会の教えを馬鹿にするならば本当に地獄の炎で焼かれることになりますからね!」
「あいにく、私はサンクトゥス教会の言う天国も地獄も信じてはいない。私が信じるのは勇敢に戦った戦士たちがヴァルキリーに導かれて至る場所ヴァルハラだけだ」
ヴァルハラ。勇敢に戦って、戦いによって死んだものたちが、ヴァルキリーと呼ばれるある種の天使的存在に導かれて訪れる場所。そこに至ったものたちは戦いと宴会の日々を送るとされる。
毎日が戦いの日々などうんざりしそうだが、アビゲイルにとっては天国だった。ヴァルハラに行くことが許される死者は本当に勇敢なものたちであり、最終戦争の日まで永遠に武勇を示し続けることができ、そこで死んでもまた生き返るというのだから、宴会を楽しみながら殺し合いを楽しめるのである。
このような思想の宗教だったからこそ、サンクトゥス教会は危険視して、廃絶に追い込もうとしたのだ。もっとも夥しい犠牲を出して無駄に終わったが。
『────』
そこでリタがハミングするようにして身近な曲を歌い、彼女の手に小さな炎が宿った。拳大ほどの大きさの炎で周囲に熱気を放っている。
「乾かす? 流石にそれで移動するのは不便かな、って?」
そう告げてリタは火球をルアーナの方に飛ばした。
「結構です! 着替えに戻りましょう!」
「冗談で言っているんだよな? まだ万日草もマンゴレイクも1株も取れてないんだぜ? それなのに戻ろうとは! じゃあ、あんただけ戻りゃいい。ひとりで無事にベースキャンプまで戻れるならな」
流石のクライドもいい加減にしてくれという態度を取り始める。
「私にこのまま進めと言うのですか!?」
「大声を出すな。さっきの戦闘で血の臭いがまき散らされたはずだ。腐肉狙いの魔狼なんかが集まってくるだろう。それに捕まる前にさっさと集める。3時間もあれば終わるはずだ。それまで我慢しろ」
「なんて人たちですか。信じられません」
そう言いながらルアーナは立ち上がる。
「我らが神に願い奉ります。この世の汚れを落とし、神聖なる光を」
ルアーナがそう詠唱するとアンモニア臭は消えた。
「これでただの水です。いいでしょう。3時間で戻りますよ」
「群生地が荒らされていなければな」
ルアーナは白魔術のひとつである純化を行った。泥水を純水に変えるようなものだ。もっとも純水というのは完全な水というだけで、飲用には適さない。我々が普段飲んでいる水には様々なものが含まれているのだ。
「次から冒険に出るときはおむつを履いておくことだな」
「笑える」
アビゲイルが告げ、クライドがぷっと噴出した。
「お前たち。おふざけもいい加減にしろ。手早く依頼の品を入手し、森を出るぞ。今日の森はどうにもおかしい。この森でオークがあんな数、出現するはずがない。リタ、魔力の濃度はどうなっているか分かるか?」
「濃い。おかしい。最近では多くのパーティが一度下位のクエストを受けてから、ってこの森に来ているはずなのに。何か良くないものが住み着いたのかも」
「だそうだ。新入りをからかって遊んでいる時間はないぞ。森の調査なら最小でも12名以上のメンバーで挑む仕事だ。後でギルドに報告して、異変の調査だ。まずは頼まれた品を集める。迅速にな」
「あいよ、リーダー」
クライドは再び戦闘に立ち、周辺の物音に気を配りながら進む。
「全く、このパーティは相当死霊術師に毒されていたようですね。サンクトゥス教会の女司祭である私にこの仕打ち。死霊術師が教会の教えに反することをあれこれと吹き込んだのでしょう。このことは教会に報告します」
「静かにしていろ。クライドの索敵の邪魔になる」
「あんな奇襲を許しておきながら、彼の索敵能力に頼れるとでも?」
「いい加減にしろよ。あの奇襲を招いたのはお前が白魔術を使っていたからだ」
ヴァージルが静かにだが怒気を含んで告げるとルアーナは黙り込んだ。
「クライド。魔狼の気配は?」
「オオカミちゃんはいないな。その代わりゴブリンがオークの死体の方に向かった。だが、オオカミが来るのも時間の問題だろ。案外知恵をつけて、腐肉に集まったゴブリンごといだたこうって算段なのかもな」
「魔物はそんな戦術は使わないぞ。連中は魔力の淀みから生まれるだけの存在だ」
「その魔力の淀みがどのようにして魔物になるのか。永遠の謎だわな」
ヴァージルとクライドはそんな言葉を交わした後に、着実に前進ししていく。
「さて、そろそろだが」
「敵さんはいない。そして、ちゃんとあるぞ。万日草の群生地」
クライドがそう告げると森の開けた場所に満開の花畑があった。
「これが万日草ですか」
「手早く採取するぞ。今回は指定された数だけでいい」
ヴァージルとアビゲイルが警護に立つ中、クライドとリタが採取を始める。
「おい。お前も採取しないか。万日草は30株は必要なんだ。リタとクライドだけでは時間がかかる」
「聖職者である私に泥仕事をしろと?」
「そうだ。聖職者である以前に冒険者だ。文句を言わずにさっさとやれ」
ヴァージルももうルアーナに甘い顔はしなくなった。
「全く信じられません。聖職者である私にあのような態度を取って、泥まみれの仕事をしろなど。このパーティは異端ですね」
ルアーナはぶつぶつと文句を言いながら、万日草を取ろうと花を掴む。
「おい。馬鹿。そんなことしたら花が痛むだろう。丁寧に根っこまで手で掘ってから取り出すんだよ。俺やリタがやってるのを見てただろ?」
「うるさいですね。分かりましたよ」
ルアーナは渋々というように手で土を削り、根っこまで綺麗に抜ける状態になった万日草を引き抜く。その際にチクリとする感触を覚えた。それは次の瞬間、激痛となってルアーナを襲う。
「痛い、痛い、痛い! くうっ! なんですか!?」
「落ち着け。ただのムカデだ。白魔術師なら自分で治療しろよ」
「ポーションは!?」
「白魔術師がダウンしたときのために取っておく」
「この……っ!」
ムカデの中でも痛みに特化したトゲオオムカデの痛みはその部位を引きちぎられたかのような痛みを与え、獲物を痛みでマヒさせる。それは自衛のためでもあるし、捕食のためでもある。ルアーナの場合は彼女がムカデを刺激したことによる自衛反応だ。
このような小さなムカデならばいいが、ダンジョンなどには本当のオオオムカデが生息している。人間を捕食するようなムカデだ。そのグロテスクな外見と攻撃的な性質から冒険者たちからは酷く嫌われている。
「我らが神に願い奉ります! この傷を癒し、毒を清め、聖なる輝きを!」
ルアーナは痛みの中で必死にそう詠唱した。
そのことでようやく傷がふさがり、痛みもなくなっていく。
「はあ、はあ、はあ。よくこんな危険な仕事ができますね」
「俺たちはちゃんと手袋をつけてるからな。冒険者は手袋からしっかり揃えておくもんだぜ。準備不足だな。今度からしっかり準備しな」
クライドもリタも革製の強度強化のエンチャントが施された手袋をしている。強度強化が施されているので酸を受けても溶けることはない。危険な魔物の生息する森の中で作業するには当然と言える装備だった。
「そういうことは事前に言いなさい! それで、もう30株は集まりましたか?」
「もうちょっとだ。ちゃんと手伝え、お荷物」
「お荷物……!」
ルアーナの額に青筋が浮かぶが、反論の言葉が出て来ない。
実際のところ、今の時点でルアーナは役に立っていない。白魔術の波長に敏感な魔物たちが蠢く森の中で白魔術で疲労回復などという馬鹿なことをして、オークとの戦闘では漏らしただけであり、万日草の採取でやっと1株を収めただけである。
「役に立たない。お荷物。せめて手を動かして、って」
「そうだぞ。お荷物呼ばわりが嫌なら手を動かせ、手を」
リタもルアーナのあまりの役立たずさに、扱いが乱雑になってきた。
「分かりましたよ! あなたたちのことは教会に報告しますからね!」
「なら、俺たちはお前をこの森のど真ん中であるここにおいて立ち去るだけだ。なあ、リーダー。ここまで使えない白魔術師もいらないよな?」
クライドがヴァージルに告げる。
「別の白魔術師を探すべきかもな」
ヴァージルはとうとうそう告げた。
「なっ……! 冒険者ギルドが私を指定したのですよ!」
「指定じゃない。推薦だ。冒険者ギルドはパーティメンバーの構成にまで口出しできない。俺たちはエリックが抜けたことで代わりを探していたが、ここまで使えない人材を寄越されても困るし、何かにつけて教会にチクると言われるのも不愉快だ。ここに置いていけば、その生存力のなさなら魔狼なりゴブリンなりが片付けてくれるだろう」
ヴァージルはそう告げて冷たい目でルアーナを見る。
「本当に教会に報告しますよ! いえ、衛兵隊に報告します! あなた方がしようとしていることは殺人です!」
「森の中で仲間とはぐれた。後日、仲間は死体で見つかった。魔物の仕業だ。誰も調査なんてしない。分かったか? 生き延びたかったらちゃんとこちらの指示に従え。ピーピー喚くな。この足手まといが」
「くうっ……!」
ルアーナの心は挫折と敗北感と怒りで満ちていた。
これまでサンクトゥス教会の女司祭として立派に仕事を果たしてきた自分がどうしてこんな扱いを受けなければならないのか。全ては死霊術師がこのものたちを洗脳したからに決まっている。異端の神を崇めているような人間がいるパーティだ。その可能性は絶対に否定できない。
「それから言っておくがエリックはサンクトゥス教会の熱心な信徒だったぞ。俺たちよりも信仰心があった。あいつがいたら、お前をここまで蔑むことはさせなかっただろう。むしろ、サンクトゥス教会の女司祭に敬意を払ったはずだ」
「嘘です! 死霊術師は神を信じてなどいません! あれは異端なのです!」
「いいや。エリックがいたら、まだマシな待遇だっただろう」
ヴァージルはそう告げて言葉を切った。
「採取完了。次はマンドレイクだ」
「よし。引き続き警戒して進むぞ。ここでも白魔術が使われたからな。オークやゴブリン、魔狼が群がってきてもおかしくはない。次は無事に助かるとは思うなよ、ルアーナ」
ヴァージルはそう言い聞かせると、マンドレイクの群生地に向かった。
途中、魔狼の群れに襲撃されることがあったものの、またルアーナが漏らしただけで終わった。ルアーナはそれからサンクトゥス教会の女司祭どころか人間としても敬意を払われなくなった。
お荷物。足手まとい。いない方がマシ。
パーティメンバーからそう告げられ続けたルアーナは逆ギレしただけで、自分の態度を改めるような真似は一切しなかった。
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