ただ薬草を取ってくるだけの仕事
本日11回目の更新です。
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──ただ薬草を取ってくるだけの仕事
ヴァージルたち“紅の剣”のメンバーはヨルンの森に向けて出発した。
距離は片道3日。アーカム周辺の森と違って軍や警察機構によって魔物が駆除されておらず、その代わり貴重な薬草が採取できる。魔物もゴブリンが出る程度であり、初心者向けの森と言えた。
冒険者が仕事場にするのは森、ダンジョン、そして稀に海。
森は魔力の生まれる源だ。ドルイド教の巫女たちがいなくなった今、適切に管理しなければ無限に魔物を生み出し続け、ダンジョンを形成し、やがては手に負えない魔物を生み出しかねないという危険性があった。
かつて、管理が放棄されていた森で6メートルのトロールが40体出現したケースもある。森は適度に魔物を間引き、森から生み出される魔力を使って、健全な状態を維持しておかなければならない。あるいはドルイド教のように生贄を捧げるか。
ダンジョンは管理されている森でも発生することがある。その森の生み出す魔力の量が不規則で、時に膨大な魔力を吐き出し、それが消費されぬまま地上に残ると、ダンジョンコアが形成され、ダンジョンが生まれる。
ダンジョンは魔物の巣窟と化すケースが100%だ。例外はない。そして、ダンジョンで発生する魔物は森で発生する魔物より凶暴で、性質が悪いことで知られている。
故に冒険者はダンジョンを攻略する。ダンジョンで形成される魔物が外に溢れ出す前にダンジョンコアを外に持ち出し、ダンジョンを機能不全にする。ダンジョンコアが持ち出されたダンジョンは魔物を生み出すこともなく、風化していって自然に壊れるか、あるいはダンジョンコアが持ち出された時点で崩壊する。
最後に海だが、海にも魔力が生まれる場所があることが最近の研究で分かっている。その規則性は不明だが、冒険船団に乗り込んだ冒険者と学者たちは海の魔物であるクラーケンやシーサーペントの存在と海上でも魔術が使えるという事実から、海にも魔力発生源ありと見ていた。
よって、海上輸送の際には傭兵か冒険者を搭乗させて護衛にする。海はもっぱら傭兵の戦場だ。冒険者ギルドが請け負うような小さな依頼ではなく、何千万ドゥカートの価値がある積み荷を乗せた船団を護衛するのは、大規模な戦闘に長けた傭兵たちだった。彼らは魔道式小銃で武装し、大砲を搭載した軍艦で船団をエスコートする。だが、傭兵たちが冒険者と違って性質が悪いのは仕事がないと、他所の商船の積み荷を狙う海賊になる点だ。
さて、そんな中でもっともリスクが低い森にヴァージルたちはやってきた。
ダンジョンほどの悪意もないし、海ほど正体不明でもない。まして、ここは初心者向けの森だ。ここでのクエストが果たせないようならば、さっさと故郷に帰って農家でもやることだと言われている。
「クライド。敵の気配は?」
「静かだ。不気味なぐらい静かだ。誰かが先に来ていたのかもしれない」
クライドは地面に手を置き、森の中の振動から木々の揺れる音まで感覚を鋭くして調べる。クライドほどのレンジャーともなれば、500メートル先の魔物の足音を感知することができる。だが、魔物も魔狼などは500メートルの距離で獲物の臭いを感知する。少しでも感知できる距離を伸ばすことがレンジャーには求められる。
「ここは初心者向けの訓練所みたいなものだからな。誰か先に来ていてもおかしくはない。血の臭いはするか?」
「しない。どうやら今日のヨルンの森は機嫌がいいらしいですよ」
森は常に魔物を解き放っているわけではない。不規則ながら、間隔を空けて魔物を生み出していた。機嫌がいいというのはそういうことだ。今日は魔物を生み出さない日。
「油断はするなよ。いつも通りのフォーメーションでいくぞ」
「いつも通りのフォーメーションというと?」
そこでルアーナが疑問の声を上げた。
「ああ。クライドがポイントマン。アビゲイルが前衛。リタとあんたを挟んで、俺が後方を守る。守りはするが油断はするなよ。横から魔物が突然襲い掛かってくるという危険もないわけではないのだ」
“紅の剣”では以下のようなフォーメーションで、ダンジョンや森の捜索に当たる。
最前線を進むのはレンジャーのクライド。彼がポイントマン──斥候として進路方向の敵の有無やトラップの有無について調べる。
その背後を僅かに距離を置いてアビゲイルが進む。進路方向から敵が向かってきた場合には即座に彼女が前衛として盾となり、後退したクライドとともに戦闘を行う。ちなみにクライドの武器は狩猟用の魔道式小銃だ。大口径のものでオークならば一撃で仕留めることのできる威力を持っている。
アビゲイルのショートソードもただのショートソードではなく、戦闘時には高温を発し、熱によって相手を切断するということのできるエンチャントが施されていた。この世界には魔道式小銃の構造上、銃剣というものがないので、近接戦闘をカバーできるアビゲイルの存在は不可欠だ。特に大量の敵を相手にする場合は、クライドだけでは応戦できなくなる。
そして、ふたりに守られている後方からリタが赤魔術で支援する。赤魔術の詠唱中はリタは完全に無防備になる。詠唱は集中して行わねばならず、他のことをする余裕はなくなるのだ。極めて危険な状態になる。
そのリタを守るのが最後尾を進むヴァージルである。ヴァージルは後方からの攻撃に警戒すると同時に、リタを守る。ヴァージルの武器は魔道式短機関銃とショートソードで、ショートソードには固定化のエンチャントがかけられているため、かなり無茶な使い方をしない限り破損する心配はない。
「あんた、武装は杖だけというわけじゃないよな?」
「神の威光を示すのに杖以外のものが必要ですか?」
「魔道式拳銃ぐらいはもっておけ。前衛と後衛は戦えるが、その間に挟まれた人間は直接戦闘が不得意であることは分かっている。リタは赤魔術師だから、詠唱の間は守らなければならないとして、白魔術師であるあんたは自衛の策を準備しておくべきだ」
「だから、魔道式拳銃を持てと? ごめんです。あんな物騒なものに触る気はありません。あなた方が非戦闘職である私を守ってください」
ルアーナはこともなげにそう告げた。
「おい。パーティは協力し合うものだが、自分の面倒は自分で見ることが基本だ。自分の守りを他人任せにするということは、自分は死んでも構わないということだぞ」
「リタさんは自衛の手段をお持ちではないようですが?」
ルアーナがそう告げると、リタがパーカーの下に隠してあったホルスターから魔道式拳銃を抜いて見せた。
「弾は少ないけど自衛には使える、けど? 私だって自衛はしている、けど?」
リタはそう告げて魔道式拳銃をホルスターに仕舞った。
「それでも私はサンクトゥス教会の女司祭です。血を浴びるような行為には手を染めません。あなた方も私の力を借りたいなら、私のことを守ってください」
ルアーナのあまりにも自分勝手な言葉にヴァージルたちは言葉がなかった。
「勝手にしろ。死んでも知らんぞ」
「私を守らなければあなた方も危険にさらされるのですよ」
アビゲイルは既にルアーナの方を見てもいない。見るも不愉快という具合だ。
「……ルアーナの面倒は俺が見る。他はいつも通り頼む」
「了解」
この空気の悪さをまるで理解していないのか、ルアーナは護衛が付いたことに満足そうに微笑んでいた。
パーティはクライドを先頭に万日草とマンドレイクの群生地に向かう。
まもなく万日草の群生地というところでクライドが手を上げて停止の合図を送った。
「ゴブリン。いや、この足音はもっとデカい。オークだ。オークが四方から向かってきている。どうするリーダー?」
「敵はこっちに気づいているのか?」
「どういうわけだかね。ああ、そうか。魔物どもは白魔術の波長に敏感だ。だが、まだ白魔術は使ってないはずだよね……?」
そう告げてクライドがルアーナを振り返った。
「疲労回復のための白魔術を使っていましたが」
「馬鹿野郎。やたらめったら魔術を使うんじゃない。自分の居場所を教えているようなものだぞ。これで戦闘は決定だな」
ルアーナが悪びれず告げ、ヴァージルが唸った。
「クライド。引き続き索敵。アビゲイルはクライドを支援。リタは赤魔術をぶっぱなす準備をしておいてくれ。俺はリタとルアーナを守る」
「私は何をすれば?」
「黙って、指示があるまで何もするな。勝手に動くな。いいな?」
このクソアマが、とヴァージルは心の中で罵りながら戦闘準備に入った。
「オーク。数は10体。南から3体、西から3体、北から2体、東から2体だ」
「リタ。ある程度は纏めて薙ぎ払えるか?」
「うん。やれる、と思う。けど、半分は残る、と思う」
「構わない。近接される前に可能な限り数を減らしてくれ」
「分かった」
リタはそう告げて詠唱の姿勢に入る。
『────! ────!』
古代語で精霊の心を揺さぶる歌を詠唱する。
呼びかけるのは炎の精霊。その炎を高らかと燃やす精霊の力がリタに宿り、リタは歌でその力の方向性を定める。リタの歌は続き、いつものぼそぼそ声からは想像もできないどこまでも美しい美声が魔力を含んで音楽を奏でる。
そして、精霊との対話はなされた。その力が振るわれる。
リタを中心としたパーティメンバーの周りから“炎の津波”が四方に叩きつけられた。あたかも隕石がリタのいる場所に落ちたかのように膨大な熱量の津波が四方を焼き尽くす。森の木々はなぎ倒され、僅かに燃えると、炎の精霊とともに炎は消え去った。
「ふう。結構、減った?」
「ああ。4体はやった。残りは味方を盾にしたか、木の陰に偶然隠れていた奴だ。残りはこっちで仕留めるから、リタは自衛に専念してくれていいぞ」
「了解」
炎の精霊を宿したためにリタの体は汗ばんでいる。
それでも彼女がくたびれたパーカーを脱がないのは、これが彼女にとってのローブだからである。今の魔術師がぶかぶかのジャケットをローブ代わりにしているように、リタの年代の流行りはローブ代わりの品となるのはパーカーだったのだ。
魔術師にとってローブは重要だ。特にリタのような赤魔術師にとっては。
何故かというならば、魔力の過度な流出と流入を防ぐための防護衣だからだ。魔術を行使する際には魔力を使う。人体内の魔力は日々の食事やポーションで得られる。だが、魔力とは大気中にも存在するものなのだ。
魔術を行使するとき、人は魔力を使う。その時、もし防護衣がなければ、森のような魔力に満ちた場所では過度の魔力の流入が起きて、魔力がパンクする。パンクするというと大したことのないように聞こえるかもしれないが、体が爆発すると書くと深刻さが分かるだろう。逆に魔力の少ない場所で防護衣なしで魔力を行使すれば、大気中に魔力が飛散して魔力がなくなってしまう。
浸透圧とよく似た原理だ。周囲の魔力が濃ければ魔力が流入し、周囲の魔力が薄ければ流出する。それを防ぐためのものがローブなのだ。
厳格な魔術師はちゃんとしたローブを身に着けることを義務とするが、若い魔術師たちにとってはローブもおしゃれのひとつだ。ぶかぶかのジャケットもくたびれたパーカーもローブの代わりになるのだから少しでもお洒落をしようとしている。
ちなみにリタのパーカーには強度上昇のエンチャントが施されている。見た目はくたびれたただのパーカーだが、実際にはライフル弾にも耐えられる、地球で言うならばNIJ-レベルIII相当の防護力を持っている。
着弾の際の衝撃も緩衝されるので、大口径ライフル弾を使用する魔道式小銃でなければ、その鎧を貫くことは不可能なのである。
さて、戦闘に話を戻そう。
オークの姿が見える前にリタの魔術で薙ぎ払ったが、依然としてオークは接近中だ。リタは次の詠唱までクールタイムを必要とする。ここからはヴァージル、アビゲイル、クライドの出番だ。
「各方向のオークの数は分かるか?」
「南から2体、西から1体、北から1体、東から2体だ」
「よし。各方向、守りを固めろ。クライドは可能な限り接近前に数を減らしてくれ」
「あいよ」
クライドは背中に背負っていた魔道式小銃を構える。
狩猟用の魔道式小銃だが、クライドがカスタムして軍用にも匹敵する性能がある。
だが、まずは魔道式銃の説明をしなければなるまい。
魔道式銃とは文字撮り魔道の力による銃だ。マガジンの代わりに魔力が込められたカートリッジを使用し、銃身には青魔術でエンチャントが施されている。エンチャントの種類はライフリング展開と弾丸生成、そして爆発だ。
魔道式銃は引き金を引くと同時に銃身内に魔力で形成されたライフリングが展開する。それから弾丸が生成され、それが魔力の力で目標に叩き込まれる。
性能はほぼ地球の銃と変わりなく、ただ実包を使うのではなく、魔力を使うという点が違うだけである。実包を使う銃と違って排莢の必要がないので、ブルパップ型の魔道式小銃も多く存在する。
また排莢の必要がないことからよほどエンチャントがごちゃごちゃしていない限り、弾詰まりを起こす可能性も低い。安物の魔道式小銃を買うと、弾丸の形成と発射がスムーズに行われず、内部に2発の弾丸が形成されたりなどして弾詰まりを起こすことはあるが。
さて、クライドの使用する魔道式小銃は狩猟用のものに、魔道式照準器を装着し、狩猟用魔道式小銃としては認められていない大容量カートリッジを装着し、フォアグリップと魔道式タクティカルライトを装着したものだ。
銃身は1メートル弱。木と鉄で作られており、見た目はM14自動小銃に似ている。だが、給弾や排莢などを行う機関部がそっくり存在しないので、あくまでシルエットだけが似ていると言えるだろう。
この魔道式銃の弱点は装填する弾丸を変えるには銃身そのものを変更しなければならないという点だ。最初から装填される銃弾は銃身へのエンチャントで決まっているので、フルメタルジャケット弾からホローポイント弾に変更する際には、カートリッジではなく、銃身の交換が必要だ。
クライドの銃身に刻まれたエンチャントは口径7.62ミリのホローポイント弾である。
冒険者が相手にする魔物のほとんどは鎧などで武装していない。故に貫通力が求められることはほぼない。むしろ、ダメージを与えやすいホローポイント弾が有効だ。稀に強固な外皮を持つ魔物なども現れるが、その時はどこかに必ず脆弱な点があるので、そこを突けばいいだけの話である。
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本日はこれで終了予定でしたが、もう1話でキリがよくなるのでもう1話投稿します。




