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後任人事の不始末

本日10回目の更新です。

……………………


 ──後任人事の不始末



 エリックたちがミスカトニックを訪れていたころ、“紅の剣”は冒険者ギルドでクエストを受注していた。受けたクエストは本来ならCクラス冒険者がやるような森に入って、薬草を採取してくるクエストだった。


 “紅の剣”は本来AAAクラスの冒険者パーティだ。この手の仕事にはなんら問題もなく行えるし、どうせならこれから昇格を目指すという冒険者のために取っておくべきクエストであった。だが、ギルドは仕事の受注を許可した。


 そう、今の“紅の剣”がAAAランクの冒険者パーティなのか分からないからだ。


 エリックは去った。これまで様々な役割を負っていた彼は去った。


 代わりに来たのはサンクトゥス教会の女司祭。


 ポイントマンはレンジャーであるクライドが勤め、前衛はアビゲイルが固めて、後方からリタが赤魔術で支援する。そして、背後や側面からの攻撃にはヴァージルが対処し、同時に彼が指揮を執る。


 エリックはクライドとともにポイントマンを勤めて死者たちから話を聞き、罠の有無を確かめる。そして、後衛として仲間の回復と死者を操るという攻撃を行っていた。いつも“紅の剣”はエリックに助けられていたし、その恩を忘れたことはない。


「私たち、できることは全てやった?」


 赤魔術師のリタがそう尋ねる。


「万策は尽くした。だが、ダメだった。教会の圧力に冒険者ギルドがこんな横暴なやり方に出るとは思ってもみなかった。クソめ」


 剣士のアビゲイルが悪態をつく。


「しかも、その後任がエリックの旦那を追放したサンクトゥス教会の女司祭と来た。これは闇討ち推奨ですかね」


 クライドがのんびりとした口調で物騒なことを告げる。


「やめておけ。サンクトゥス教会はその点に気を配っているはずだ。これは信仰心チェックだろう。自分たちの仲間であり黒魔術師を追放したパーティがサンクトゥス教会の聖職者を受け入れて、黒魔術師のことが忘れられるかの」


「嫌らしいやり方だな。反吐が出る」


 ヴァージルの言葉に悪態をつくアビゲイルはサンクトゥス教会の信徒ではない。この大陸では珍しいことに。彼女は故郷の土着の宗教の信徒で、誰も聞いたことのないような神を崇めていた。もっとも異端の神を崇めていて火あぶりにされる時代はとうに終わった。サンクトゥス教会に対してそれぞれの宗教が連携したゲリラ戦の成果だ。彼らは自分たちで魔道式小銃を組み立て、森の中にトラップをわんさかとこしらえ、異端者を討伐しに向かった修道騎士団を何度も壊滅に追い込んだ。


 戦えばサンクトゥス教会とて黙る。そのことをアビゲイルも知っている。黒魔術師たちも戦えばいいのだろうがと彼女は思っていた。


 あのグランドマスター・エリック・ウェストが前線に立つならば、後に続く数千の黒魔術師たちが蜂起し、教会の方向性を改めさせられるだろうに。純潔の聖女派など1日も経たずに血祭りにあげられるだろう。


 もっとも、戦うことで出る犠牲を嫌うエリックがそういうことを好まないことはアビゲイルもまた知っていた。彼はよそのパーティが出すであろう犠牲にまで気を配り、ダンジョンで出会ったものたちと情報を共有し、傷があれば手当てしていた。そんなことをすれば自分たちの獲物を奪われるかもしれないのに。


 だが、そういう男であるからこそ、アビゲイルは背中を任せられた。


「教会、嫌な感じ。今度は他の魔術師が追放されるんじゃないかって同業は心配してる。明日は我が身。赤魔術師たちも他人事じゃいられない、みたい」


 ぼそぼそとそう告げるのはリタだ。


 彼女の声がか細いのは喉を大事にしているからだ。魔術の詠唱はそれなり以上に喉を使う。特に情熱的で、劇的で、破滅的な赤魔術を行使する彼らは歌うように詠唱する。これには理由がある。赤魔術師たちは精霊に働きかけて、彼らのあまり好まない破壊行為を行わせる。そのため彼らの気分を高揚させ、また彼らを心地よくさせるために歌うのだ。


 この今はくたびれたパーカーのフードを深く被り、ぼそぼそとした声で話す彼女もいざ戦闘になれば、歌姫と呼ばれている人間たちが泣いて逃げ出すほどの美声を披露する。


「赤魔術師や青魔術師たちも危ういと?」


「うん。いろいろと危ないかな、って。同業者組合を作って政治力を持つことも考えている、みたい。私も誘われている。今のサンクトゥス教会はちょっと信用できないかな、って。エリックさんいい人だったのに。私の喉、診てくれたこともあるし……」


 リタの喉は生命線だ。これがなければ彼女は赤魔術師として戦えない。


 一度リタは連戦が続き、その喉を傷めたことがあった。その時にリタの喉を治療してくれたのがエリックだった。エリックは喉の炎症を鎮め、喉にいい喉飴のレシピを作って渡してくれた。リタにとってはとても大切な人物だった。


 リタとは畑違いながらも、エリックはリタの赤魔術に興味を持ち、簡単な魔術を教わっていた。その点で改良すべき点や原理の考察について討論を行ったのはそう昔のことではない。最近までリタとエリックは赤魔術の精霊たちをどうすれば的確に制御できるだろうかということについて、討論していた。


 エリックは精霊はポルターガイストに似ていると指摘していた。ポルターガイストは怨霊の一種だが、そこまで危険なものではなく、ちょっと機嫌を取ってやれば静かにしてくれる。その上で力まで貸してくれることもあった。


 精霊はそのポルターガイストに性質が似ているという。精霊の機嫌を取って彼らの嫌がる破壊活動を行わせるのも、ポルターガイストに彼らが嫌がる静かにすることを行わせるのも、言葉による説得だ。精霊には歌という言葉にリズムをつけて彼らの機嫌を取る。ポルターガイストは彼らのお喋りに付き合う。


 死霊術師も赤魔術師も似たようなものなのだなとリタは感心した。


 これからも議論を続ければ赤魔術師としてより高い成功が見込めそうだったが、残念なことにエリックは追放されてしまった。


 とてもいい人だったのに、とリタは思う。


「黒魔術師に同業者組合がなくとも、世界魔術アカデミーがエリックの旦那のことは保証してくれてるでしょう。何せ世界魔術アカデミーはエリックの旦那にグランドマスターの地位を与えてるんですよ。死霊術では唯一のグランドマスターなんでしょう?」


「ああ。だが、そんな地位の高い人間が冒険者をやること自体をアカデミーも把握してなかったんだろう。冒険者は決して安定した職業とは言えない。エリックはやろうと思えば本を書いたり、講演をするだけで暮らしていけた。ひとえに俺たちのパーティに入ってくれたのは、彼の言うフィールドワークのためだ」


「冒険者なんて食うに困った連中か。貴族の次男坊、三男坊がやる仕事ですからねえ」


 冒険者の仕事が安定していないことはクライド自身も自覚している。


 ちょうどいいクエストがいつも存在しているとは限らない。いつも未踏破のダンジョンが存在しているとは限らない。いつも生きて帰ってこられるかは分からない。


 揺れ動くコマの上に立っているようなもので、ちょっとバランスを崩せば真っ逆さま。“紅の剣”は冒険者保険に加入しており、四肢の欠損までは回復してくれる。失った四肢を持ち帰らなくとも、白魔術でも黒魔術でも四肢の欠損はカバーできる。


 もっとも死んでしまってはどうしようもないが。


「エリックの旦那はレンジャーの適正もありましたよ。嘘じゃない。エリックの旦那は俺が見落としたような罠にまで気づいていた。死者の声を聞くってのもあるんでしょうけれど、あの人は他人の悪意に敏感なんですよね。どこに悪意が潜んでいるのか、それを嗅ぎ当てられる技能はもっと教えてもらいたかったですね」


 クライドはレンジャーだ。


 レンジャーはパーティに先行してダンジョンを進み危険なトラップや危ない魔物について報告する。ダンジョンがどのようにして構成されるかは研究中の課題だが、一説によると森林などで魔力が異常に蓄積すると、それが歪みダンジョンコアを形成、それが大地を穿ち、そこに魔物たちの悪意が加わり、ダンジョンを構築するのだと言われている。


 実際、何もなかったはずの場所にダンジョンが出現し、近隣の住民が魔物に連れ去られるという事案がいくつか発生している。


 しかし、ダンジョンはそういう自然発生するもの以外に、古代文明の遺産というものもある。それは魔物もトラップも少ないが、今の時代では説明ができない謎に満ちており、学者たちがダンジョン内にキャンプを作って、日夜調査に当たっている。


 エリックはそういうダンジョンにも興味を示したが、いつも行くのは稼ぎのいい自然発生型のダンジョンの攻略。これは金銭面で決して安定的とは言えない“紅の剣”のメンバーの事情を汲んでくれたものだとクライドは思っている。


 そして、ダンジョンではエリックの技能はとても役に立った。先にダンジョンに突入し、敢え無く力尽きた冒険者の霊から話を聞いて罠や魔物の存在を知らせ、それとは別にトラップのありそうな場所を言い当てて見せた。


 その技能はまさにレンジャーであるクライドにとって神のようなスキルであり、いつもどうしてトラップを見抜いたのかを教えてもらっていた。


 エリックは頼りになる男だった。彼のおかげでこの7年間、“紅の剣”は死者を出していない。ひとつの冒険者パーティとしては優良そのものだった。


「正直に言って、俺もエリックに残ってほしかった。だが、エリックは自分がいれば、俺たちに迷惑をかけると思って出ていったんだ。納得のいかないことも多くあるだろうが、エリックがくれたチャンスだ。無駄にはしないようにしよう」


「了解。エリックの旦那が俺たちのためを思って除名に甘んじたんだからね。ふたりもそういうことで気を取り直してやっていこうぜ」


 ヴァージルとクライドがそう告げるが、女性陣が納得していないのは目に見えて明らかだった。アビゲイルは彼女がイライラしたときによくやる自分の右手の拳を左手の手のひらにゴツゴツと当てる行動をとっているし、リタは喉飴を舐めながらそっぽを向いている。


「頼む。ようやくここまで昇れたんだ。俺たちがいつまでも新しいスタートを切れなかったら、それはそれでエリックが悲しむだろう」


「分かった。仕事は仕事だ。だが、ギルドが推奨したとはいえ、サンクトゥス教会の女司祭が使えなかったら容赦なくパーティから叩き出すぞ」


「それでいい。だが、最初のうちは行儀よくしておいてくれ。教会にあることないこと報告されたくはない。表向きは欠員補充だが、間違いなく相手は監視のつもりで来ている。教会絡みのトラブルはこれ以上はごめんだ」


 アビゲイルが睨むのに対して、ヴァージルがそう告げる。


「おや。皆さん、もうお揃いでしたか」


 口論がようやく終わったころになって、その女は姿を見せた。


 白と黒のサンクトゥス教会の祭服を纏い、手には杖を握った18歳前後の女性。微笑んでいるように見えるが、その目は監視者の目であった。


「ルアーナ・ランソル。紹介する。“紅の剣”のメンバーだ」


「どうぞよろしく。サンクトゥス教会の女司祭のルアーナ・ランソルです。白魔術についてはそれなり以上に精通していますので、お役に立てるかと思います」


 ルアーナはそう告げて頭を下げた。


「皆さんは自己紹介してくださらないので?」


「自己紹介するまでもなく、そちらで調査済みなのだろうが」


 アビゲイルが不快さを隠さずそう告げた。


「ええ。アビゲイルさん。西方の異端の神を崇めておられるようですね。今でこそ異端者狩りがないものの、教会としてはそういう人間が冒険者という暴力的な職業に就いていることは不安視させられますね」


「私の神を侮辱するなら、貴様もサンクトゥス教会が送り込んできた修道騎士団と同じ目に遭わせてやろうか。主神オーディンの名に懸けて、貴様の首を刎ね飛ばし、顔の皮を剥いで北の海に沈めてやる」


 アビゲイルはそう告げてショートソードを素早く抜いた。


「やるのですか? アーカムにいれなくなりますよ?」


「やめろ。アビゲイル。挑発に乗るな」


 ヴァージルが制止するのに、アビゲイルはキッとルアーナを睨むと、ショートソードを鞘に収めた。だが、その目には明確な憎悪の色が籠っている。


「あのさあ、ルアーナさん。うちは大事なパーティメンバーが抜けちゃって、今凄い神経質になっているわけ。だから、パーティを掻き乱すのはやめてもらえます? 教会がエリックさんと付き合いのあった俺たちを不穏分子と見なしているのは知ってるけど、わざわざ表に出す必要はないでしょ? それともダンジョンで“事故”に遭いたいの?」


 クライドも口調こそ穏やかだが、言葉には毒があった。


「その事故の調査は徹底的に行われるでしょうね」


「どうだろうね。何せ、ダンジョンの種類によってはダンジョンコアを外に持ち出すだけで崩壊するものもあるから。何が起きても“事故”だよ」


 クライドは表情を微動だにさせずそう告げた。


「ルアーナさん。我々はパーティの仲間だ。我々には今、回復を行える人間がいない。君に役割を果たしてもらわないと困るのは我々も同じだ。どうか穏便に頼む」


「もちろんです。サンクトゥス教会の女司祭として義務を果たしましょう」


 ヴァージルが告げるのにルアーナが頷いた。


「では、クエストだ。今からヨルンの森に向かい、そこで万日草とマンドレイクを採取する。万日草は最低でも30株、マンドレイクは最低でも10株。多ければ多いほど報酬は高い。気をつけなければならない魔物はゴブリンぐらいだ」


 ヴァージルが今回のクエストを説明する。


「AAAクラスのパーティが薬草採取ですか?」


「誰かさんたちのおかげで戦力が抜けちゃった、から」


 ルアーナが渋い顔をしたが、すかさずリタがそう告げた。


「今の俺たちは形だけはAAAクラスだが、実際はどうなのか分からん。それを確かめるための今回のクエストだ。冒険者は個々の能力だけ秀でていればいいわけではない。仲間との連携が必要だ。まずは新しい環境に慣れることから始めなければ」


「よほどあの死霊術師を買っているようですね。死霊術師などこの世に不要です。サンクトゥス教会は死霊術師などの黒魔術師を認めません。彼らは人々の魂を汚し、堕落させる。私がいればあの死霊術師の代わりなど簡単に務まります」


「そうであることを祈りたいな」


 ヴァージルはこれ以上ルアーナが他のパーティメンバーを刺激しないうちに、話を終わらせた。仲間たちは明らかにエリックの件でルアーナに敵意を抱いている。


 この調子だと本当にダンジョンで事故が起きかねないなとヴァージルは思った。


……………………

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