わたしとかのじょ。
ねむちゃんへの家を歩く。空は曇っていて、遠くから雷の音が聞こえてくる。きっと、しばらく時間が経てば天気は荒れるだろう。
「わっ……!」
強風に煽られて思わず自分の髪を抑えると、ふと公園が目に入る。昨日、いろは先輩と話したはずの公園。わたしとねむちゃんの家の近くにある、それ。そこは異様なほどに静かだった。昨日のことは白昼夢だったんだと、臆病なわたしはその光景でそう思い込みそうになる。
(だめだ、だめだ…!!)
ぶんぶんと頭を振ってまたねむちゃんの家に足を向けた。ここで自己完結してはいけない。なごみ先輩、いろは先輩。二人がどうなったか、うやむやにするわけにはいかない。全部、知らなきゃ納得できない!
考えているうちに、ねむちゃんの家に着く。色々考えてみれば、びっくりするくらいかのじょ以外の生活感は無い家だ。
「あっ…そうだ」
家に入るその前に、端末を取り出す。ねむちゃんの注意を少しそらすために、端末を操作した。
*
「いらっしゃい…ふあぁ…」
呼び鈴を鳴らすとねむちゃんがいつも通り眠そうにあくびをしながら出てくる。かのじょの格好はお気に入りらしい白いワンピースに、めんどくさかったらしく結っていないボサボサの髪の毛を無造作におろしている。
(昨日、わずかに浮上した意識の中で見えたのは真っ白い人影)
あの、朝焼けの中の真っ白な人は、もしかして……
「…つむぎちゃん?中、入らないの?」
「あっ…、ううん!お邪魔します」
慌てて靴を脱いでかのじょの後ろをついて行く。そして、後ろ手で端末のスイッチを押した。
そのまましばらく歩いているとかのじょはふと立ち止まり、ポケットから端末を取り出し、確認する。
「……あれ?…もう、めんどくさいなぁ…。…でんわ、でてくるね」
かのじょに手で促されるまま部屋へと進み、かのじょの気配がなくなった瞬間、早歩きで音を立てないよう、急いで部屋に入る。
(たぶん、無言電話みたいな状況になるからすぐにかのじょは戻ってくる…)
わたしは、端末でかのじょの端末でなくかのじょの家の固定電話に電話をかけた。この家には珍しく固定電話があるのだ。なんでも、研究でこういうタイプの方が使いやすい場合もあるのだと、応答することをいつも面倒くさがる彼女が嫌そうに言っていた。
つまり、かのじょが電話に応答しに行って、帰るまでの時間。それまでにぬいぐるみを確認しようとしたのだ。
「あった…!ぬいぐるみ」
手が震える。おそるおそる、ぬいぐるみを持ち上げる。足の裏にこのぬいぐるみはタグが付いている、はずだ。そっと、息を吸って、ゆっくりとタグを確認した。
『つむぎ
こなた』
「なに、してるの?」
振り向く。そこには、まっしろなかのじょ。
わたしの幼馴染と騙って、そばにいつづけた、かのじょがたっている。
「ねえ、あなたは…だれ?こなたちゃん、どこ?」
震える声で呼びかける。かのじょは目を少しだけ見開いて、目を閉じて、歪な笑顔を浮かべる。
「…ねえ、ホムンクルスってね、本能的に血を求めるの。」
「え…?」
そのままこちらに近づく。
「…魔力の結晶である彼らは、彼女らは、普通の人と変わらない姿をしたとしても、紛れ込めたとしても、その衝動には抗えない」
「ま、まって……」
思考が定まらない。かのじょはまだまだ近づく。
「…頭皮、ひっかいたのって、怨恨かもしれないの?ただ、それだけ?」
「…ど、どういう意味?」
そのまま、かのじょはわたしに顔を近づけ、また笑う。ぽたぽたとわたしの顔になにか水が降っているようだが、もう気にすることもできない。
「…あの、ね。本能で理解してるの。人の脳を食らえば何か凄いことが起きるって。ホムンクルスは血を求めるんじゃない。血に含まれた魔力を求めるの。そして、人の魔力は脳に一番集まるの。…きっと、頭蓋骨が砕けなかったんじゃない?…それか、脳があるってわかっていても、頭蓋骨に守られていることに気づかなかった。
…それとも、頭蓋骨を砕くまでに、我に帰った?」
くすくすと、かのじょが笑う。まさか、まさか。この口ぶり、普段からのあの、ホムンクルスへの詳しさ、まさかまさか!
(わたし、ちを、すわれるの?のうを、たべられるの?)
ガツンと殴られたように目の前が暗くなる。あぁ、こわい。こなたちゃんがどうとか、そういう前に、こわい。
(*****)
ぐらぐらと、わたしを保てなくなる。
(お****)
かのじょ、わらってる?…ないてる?
(お**そう)
そんな思考は、一発の銃声と、
「ぅっ……!」
突然倒れた、かのじょによってかき消される。
かのじょのしろいわんぴーすがじわじわと赤く染まる。
ぺたん、と、膝が抜けて、それでも這ってかのじょのもとへむかう。かのじょは、こちらを見て、満足げにわらって。
「に げ て」
そう、口元だけで伝えて、また、撃たれたらしい腹部を抑えてうなりはじめる。
(どうして、わたしを、しんぱいしたの?)
「まさか、まさか、わたしは、ちがう、だって、わたしのおさななじみは、こなたちゃんで。」
(けど、もしかして、わたしは、なにか、思い違いをしていたんじゃないの?)
「ありえない、ありえない。だって、だって、かのじょは…!」
(なんで、にげてってわたしにいったの?)
かのじょの呻きはだんだん小さくなって、だんだん、かのじょの体から力が抜けていく。
(…それに、どんなことがあったって、わたしとかのじょはともだち、親友、なのに…)
かのじょを助けたい。その一心で手を伸ばす。ききたいこと、言いたいことがいっぱいあるんだ。ねむちゃんの家に行くまでの不思議なくらいのかのじょへの不信感は消え去っていた
(かのじょを、かのじょを、たすけなきゃ…!)
「えう」
かのじょの名前を呼ぼうとして出たのは喃語のような不気味な音。もう一度、声を出そうとしても、ひゅーひゅーと音が鳴るだけ。気づけば、喉元を焼かれるほどの暑さを感じる。
(いたい、いたい)
じっとしてると、ずるりと喉から何かが出ていく感覚がする。
「ぅひゅ、えふっ……」
鉄の味。いたい、いたい。こんどは背中になにかが突き立てられる。
(いたい、ねむちゃん、たすけなきゃ)
ばたばたと慌ただしい音が部屋に向かってくる。ねむちゃんに手を伸ばそうとしたけれど、体に力が入らない。
(やめて、つれていかないで、ねむちゃん、ねむちゃん)
男たちがねむちゃんを囲んで、どこかに運ぼうとする。思考にモヤがかかってきた。
(まって、まって。わたし、いわなきゃ。おさななじみじゃなくても、だいすきだって、しんゆうだって)
ねむちゃんの姿が見えなくなる。必死に伸ばした手はねむちゃんが流した血に手を浸しただけに終わる。
(ずっと、いっしょにいてくれて、ありがとうって、いえてないの)
<被験体 No.27の生命反応の消失を感知。思考の読み取りを終了します>
*
少女は最後に夢を見た。
大好きな少女と仲のいい先輩たちと、永遠に変わらぬ日常を送り続ける夢を。
決して届かない、叶わない、泡沫のような夢をーー。
まだまだ謎は多いですがこれから解き明かしていけたらと思っています。
読んでくださりありがとうございました!




