うそ。
暗澹たる気持ちで着いた学校はわたしに安らぎを与えてくれず、むしろ体育館についた直後に対面した校長先生の蒼白な顔でさらに憂鬱さを与えてきた。校長先生は普段の陽気さはすっかりなくなってしまっていて、時折嗚咽をこぼしていた。
なんでも被害女子生徒の遺体はおもわず目をそらしてしまうほどのものだったらしい。全身が痛めつけられていて特に髪の毛は根元から全て引き裂かれ、頭皮も剥がれてしまった部分もあったらしい。それも、人間とは思えないほどの力で。
「えー、これから、学校に登校するとき、下校するときは友人とともに帰るなど、一人にならない、そして暗い道を出歩かないといった自分でできる対策を…」
カツラをずらし、目に涙をためた状態で語る校長先生。周りの雰囲気もそれに飲まれているようだった。
わたしはいまいちその雰囲気には入れない。どこかおかしい部分があったのだ。どうして彼女を知らなかったはずのホムンクルスが執拗に攻撃をしたのだろうか?攻撃的になっていたとはいえ、“髪の毛”を力任せに抜き続けるなんて狂気の沙汰としか言いようがないのだ。かといってそれを解明する知識をわたしは持たない。宙ぶらりんになっているようななんとも言えない奇妙な感覚が、わたしを雰囲気に決して入らせぬよう足をつかんでいた。
*
「おーおー!みんな揃っとるな〜」
どんな状況でも変わらない部長の声が部室に高らかに響く。すうすうという隣からの寝息も相変わらずだ。ただ、一つ違うのは…
「いろは先輩、なごみ先輩は…?」
あの黒髪が見えない。今日は休みなのかな?
「あぁ、なごみは今魔眼の審査受けとるで。あの子の魔眼は外敵に反応するから今回の事件みたいに魔法生物が関わるときは辛いみたいやし。」
いろは先輩となごみ先輩は魔眼という特殊能力持ちらしい。
『魔眼ちゅーのは例えるならレーダーや!なごみは他人が悪意を持って魔力を使った、もしくはその副産物の負の感情に反応して目が真っ赤になってひどい頭痛がするんや。うちはただ単に強力なもんにしか反応せえへんからあんまり味わったことはあらへんのやけど。』
あくまで飄々と語っていたいろは先輩を思い出した。ただ、最後の台詞には妹を案じる先輩が見え隠れしていて我が学校の七不思議の一つ、『生徒会長シスコン疑惑』を裏付けている気がした。
「ん〜?つむぎちゃんはえらくまいっとるな〜。やっぱり事件のことで?」
うっと思わず言葉が詰まる。普段人の気持ちを一切考えていないような先輩は実はこういった他人の変化に驚くほど聡いのだ。
「ええ、まあ…」
声に覇気がないのは許してほしい。だってほんのひと時とはいえ顔を合わせた子が殺されたのだ。
それと、あの事件の違和感。どうしてあの子は…
「す、すみません…遅れました」
また、思考にふけろうとした時、ドアがガラガラ、と音を立てて開いた。
ロクに活動もしていないこの部活だが、なごみ先輩は生真面目だからか走ってきたのだろう。肩で息をして、白い肌は汗でキラキラと輝いていた。
「お〜、なごみ!問題はなかったんか?」
テンション二割増しくらいでいろは先輩は妹に近づいていく。…本当にシスコンだなぁ……
「う、うん、大丈夫だよ、お姉ちゃん。」
なごみ先輩はちょっと俯いて言った。よく見れば顔色はあまり良くない。きっとホムンクルスについての事件についての噂が蔓延しているなかだから優しいなごみ先輩には辛いのだろう。
…そういえば。今日はねむちゃんの声をあまり聞いていない。まあ、寝てるんだろうか。
「ねむちゃん…?」
そろそろ起きよ、と声をかけようとした時、わたしは彼女が目を開けているのがわかった。珍しい。いつだって睡魔に抗わないことがポリシーの彼女なのに。
「…う………め……のね……」
彼女は普段の眠そうな顔からは想像もつかないような寂しげな顔で何かをぶつぶつと呟いている。
(同級生が死んだから、きっとねむちゃんも辛いんだ…)
凄惨な事件。女の子の髪の毛を執拗に痛めつける…
ちょっとまって。どうしてわたしが気づいたことをかのじょが話題に出さないの?だってそうだ。かのじょはこういう話題には詳しくて良く推理とかをする子だ。そしてそれは親友であるわたしの耳に入るはずなのに!
「ねむちゃん…大丈夫?」
なんとか平静を装い、かのじょに聞いてみる。かのじょはスカートをもぞもぞと弄りながら普段通り答えた。
「うん…なんでもない。…今回の事件、ただのホムンクルス暴走だって言われたし、大丈夫…」
あぁ、これは、かのじょがスカートをいじるときは、かのじょは嘘をついている。




