いじょうじたい
あちらこちらで鳥の鳴き声がする。ぐっとのびをして息を吸い込むと冷たい空気が喉に入って来て、眼が覚めるような気がする。隣の少女を見やると、やはり困った幼馴染はすでに眠りの世界にはいりかけているようだった。
「ね、ねむちゃん…朝だよ?」
「うん…知ってる。」
気づけばねむちゃんはやはり枕に顔を埋めている。なんとこの少女は常に枕を持ち運んでいるのだ。それに慣れてしまいそうだが、流されてはいけない。これは異常事態であり、枕は学校に持ち込み禁止。だけど
「すぅ…」
この歩きながら寝るという荒業を披露する幼馴染はそれすらも許容されてしまう何かを持っているのだ。きっとそれが面倒くさがりのかのじょが慕われている理由なのだろう。
「あ、ほらほら!ねむちゃん、学校ついたよ!」
時計を見ればまだ始業時間には余裕がある。いや、それくらい早くに出ないとかのじょといっしょに遅刻してしまうのだ。
以前、かのじょに遅刻したくないなら私を置いていってなどとむにゃむにゃした口調で言われたが、それくらい天才なんだから察してほしい。かのじょは面倒なことは考えない子だとは分かっているが、こういう扱いは流石に寂しいのだ。
だってわたしはかのじょと一緒にいたい。それなのに…
「ん…つむぎちゃん、はいらないの…?」
足が止まっていたらしく校門の少し先でねむちゃんは目をこすりながらこちらを見やっている。
「うん、いくよ!」
昨日からなんだかおかしい。疲れてるのかな?
*
「はい、ホムンクルスはこうやって知能を習得していきます。また、人の血液を与えることで人を凌駕する程の能力をホムンクルスが手に入れるケースもありますが、それは国際的に禁止されていましてー」
先生の溌剌とした声が教室に響いている。しかしその声色とは反比例したようにわたしは沈んでいる。
わたしはこの授業がどうしようもなく苦手なのだ。わたしたちは必修科目としてホムンクルスについての授業を受け、実習でホムンクルスを作成する。ホムンクルスは人を襲う可能性だってある人造人間だ。また、そんなものを作ることだってわたしには出来なさそうだ。ただ、作れたほうが将来のステータスになるとは知っているから努力はしているんだけど…
隣を除けば幼馴染は夢の中。ぐうたらで寝てばかりのかのじょにデコピンをくらわせてやりたい。わたしは底辺の成績だが、かのじょは当然のように学年トップ。どこでわたしとかのじょの歯車はどこで狂ってしまったのだろうか。
その後はいつもと同じく先生からの難題をねむちゃんが解いて終わった。先生の問題は日増しに難しくなっており、一部の生徒はかのじょがいつ根を上げるか賭けているとの噂も聞いた。
いつも通りの日常。
ねむちゃんとまたご飯を食べて、放課後は部活に行って、いろは先輩のセクハラからねむちゃんを助けて、なごみ先輩と少しお話する。
そんな日常が続くはずだった。
*
まだチャイムが鳴っていないのに、けたたましい音を立ててドアが開いた。
騒がしい足音を立てて顔色が悪い先生が歩いてくる。おしゃべり、ゲーム、読書などなど好き勝手に行動していた生徒たちも自然と席に着き、先生の顔を見上げる。
先生はぼうっとした口調で言った。
「昨晩…この学校の生徒がホムンクルスに襲われ、命を落としました。」
一瞬頭が真っ白になり、すっと体から体温が引いていくのがわかった。ホムンクルスが人を襲う、それは多くはないけれど少なくはない。もしかしたら身の回りで起きるかもしれない。そう頭で考えていても、自分は大丈夫だとどこかで思っていたのだろう。急激に襲ってきたリアルな事件にうまく思考が回らなくなる。
先生から告げられた名はひどく聞き覚えのある名前。わたしにラブレターをくれた、彼女の名前だった。
「だから、生徒は速やかに下校するように。絶対に1人で下校しないこと。明日全校集会を行います。」
先生の声がよく分からなくなる。どうして?どうしてそんな事件は起きてしまったの…?
「つむぎ、ちゃん…かえろう」
ねむちゃんの声で自我を取り戻した。
そうだ、かえろう。わたしはまだめざめなくていい。いたらなくていい。いまはそのときではないのだから。
*
「ホムンクルスってちょっと苦手だな…」
あのまま家に帰るのも怖くて隣のねむちゃんの家に押しかけてしまった。ねむちゃんは一人暮らしみたいだしそこも心配だということでもあるのだが。
こんな風にため息をこぼしてもあくび交じりにかわされると思いきや、だるそうにだがねむちゃんが話に乗ってきてくれた。
「それは、とても残念…血を使ったとしても穢れのない血だったら、人、襲わないよ…」
「え?そんなこと、初耳だけど…」
「うん、授業では、言ってないもん…」
またふわっと欠伸をして枕に覆いかぶさるねむちゃん。かのじょは博識だ。どこで手に入れた知識なのか、問い詰めたくなる時もあるけれど。
「だから、知らないことがあっても、いいんじゃないかな?」
その言葉はずっとわたしの中に残り続け、ずっと警鐘を鳴らしていた。その違和感の正体は家に帰ってもベッドに入る時間になっても見つけられなかった。
*
あと少し。
あと少しだけでいいの。
あと少しだけ…
そばにいたい。
*




