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キキョウの頼みごと[三章終了後]

 ザータイレン大陸からカジアルに戻ってきてから数日経った日の午後。

この日、キキョウとネリーミアは共に同じ依頼を受けていた。

その依頼が終わり、キャドウが営む宿屋に入った途端――


 「ネリィ、あなたに頼みたいことがあるのだけど」


と、キキョウがネリーミアに声を掛けた。


「え? 」


思わず間の抜けた声を出すと同時に、ネリーミアは振り返る。


「……」


ネリーミアは振り返った後、自分の前に立つキキョウを見つめ、口を開いたまま動けなかった。

イアンと出会うまで、彼女には年の近い友人はいなかった。

故に、キキョウのような友人に近い親しい間柄で行う頼みごとをされたことがない。

さらに、今までネリーミアは密かに友人という関係に憧れていた。

そのため、友人同士で行うような頼みごとを要求され、嬉しく思っていた。

しかし、それと同時に期待に答えられなかった時の不安もこみ上げている。

端的に言えば、彼女の中に様々な感情が一気に芽生え、それらを処理しきれなくなり、思考停止状態に陥ってしまっているのだ。


「ちょっと、大丈夫? 」


一向に返事をしないネリーミアを怪訝な顔で見るキキョウ。

彼女は自分がしたことがネリーミアにとって、思考を停止してしまうほど大きなこととは思っていなかった。


「……はっ! な、なにかな? 僕でよければ、遠慮なく何でも言ってよ」


ようやく我に返ったネリーミアは、勢い余ってキキョウに詰め寄ってしまう。


「ちょ……近い。とりあえず、落ち着いて」


キキョウは、グイグイと迫るネリーミアを手で押し退ける。


「あ……ごめん。それで、頼みごとって? 」


「……とても重要なことよ」


「重要なこと……」


神妙な顔で答えたキキョウに、ネリーミアは緊張した面持ちで耳を傾ける。


「よく聞くのよ。これは、あなたにしか頼めない。あなただけが頼りなの」


「僕……だけが……」


キキョウの顔と、その口から発せられる言葉には焦りが(にじ)み出していた。


(いつも冷静沈着なキキョウがここまで……頼みごとって、一体……)


頼みごとの内容が尋常ではないと感じ取り、ネリーミアはさらに緊張する。


「いい? 落ち着いて聞いてちょうだい。今から言うわよ」


「う、うん」


「頼みごとというのは……」


「頼みごと……というのは? 」


「実は……」







 数分後、カジアルの商店街にある一軒の店の前にキキョウの姿はあった。

彼女は祈るように目を瞑り、手にした小さな白い紙を両手で持ち――


「来いっ! 」


と言って、ペリペリと白い紙を剥きだした。

彼女の手にした紙は、厚い紙に白く薄い紙が貼られた二枚構造であった。

厚い紙の方の白く薄い紙に隠れた面には絵が書かれており、徐々にその絵が顕になる。

ゆっくりとキキョウは目を開け、顕になった厚い紙の絵を見ると――


「はぁ……またこれか」


残念そうにため息をついた。


「……」


そんなキキョウをネリーミアは、少し離れたことから眺めていた。

ほんの数分前まで、キキョウを案ずるような目をしていたネリーミアはもういない。

彼女は、凍った湖のような冷めた目でキキョウを見ていた。


「ネリィ、お願いがあるのだけど……」


やがて、キキョウはネリーミアの元に来ると、数分前と同じように頼みごとをしてくる。


「……うん。君が今、困っているだろうなってことは分かる。でも、一つ言わせてもらうよ」


ネリーミアはそう言うと、大きく息を吸い――


「何これ? 」


脱力と呆れた気持ちが込められた言葉を吐き出した。


「え? 草摘みの君カードコレクションだけど? 」


顔を引きつらせるネリーミアに対して、きょとんとした顔で答えるキキョウ。

知らないのと言わんばかりの顔である。


「いや、そうじゃない。僕が聞きたいのは、そうじゃないんだ! 」


そのキキョウの顔が(かん)に障ったのか、ネリーミアの声音に僅かな怒気が含まれる。


「君がどうしてもって言うからね。すごく困っているんだと思って、すごく心配して、すごく力になりたいと思っていたんだ……」


「ありがとう。とても助かっているわ」


「でも、君と来たら、お金を貸して欲しいだって? 」


「そう。あなたがいなかったら、今頃――ぐうえっ!? 」


その時、キキョウはネリーミアに両手で胸ぐらを掴まれ――


「ふざけないでよおおおお!! 」


ここまで溜めに溜めたネリーミアの怒りの声をぶつけられた。


「初めての! 僕が叶えた頼みごとがっ! こんなものを買うための借金とかあああああ!! 」


キキョウの体を揺さぶりながら、ネリーミアは自分の思いをぶちまける。


「ちょ……落ち着いて。だいたいあなたの気持ち分かったから。それと早くしないと売り切れちゃう」


揺さぶられながら、ネリーミアを宥めようとするキキョウだが、彼女の顔は草摘みの君カードコレクションを売る店に向けられていた。

その店には長蛇の列ができており、彼女の言うとおり品物が売り切れる可能性は目に見えて高かった。


「あと、なんでちっとも悪びれないんだよおおおお!! 」


キキョウの悪びれることのない態度が、ネリーミアの怒りを増長させ、彼女の怒号は一向に止まることはなかった。




 ――ほどなくして。


「はぁ……結局出なかった……」


「はぁ……結局、いっぱいお金貸しちゃった……」


キャドウの宿屋の食堂のテーブルに突っ伏すキキョウとネリーミアの姿があった。

あの後、言葉巧みにキキョウを宥めたキキョウは、さらにネリーミアからお金を借り、再び草摘みの君カードコレクションを購入したのである。

しかし、望んでいたものは手に入ることはなかったのだ。


「それにしても、その……」


「草摘みの君カードコレクションね」


「それ……描かれてる絵の人って、兄さんに似てるよね」


「……」


ネリーミアに言われ、キキョウはカードの一枚をまじまじと見つめる。


「あっ! 言われれてみれば! 」


すると、今になってキキョウは気づいたようであった。


「嘘でしょ!? 」


まさかのキキョウの反応に、ネリーミアは飛び跳ねる勢いで体を起こす。

絵に書かれている人物は、どう見てもイアンの姿に似ていたのだ。


「いやぁ……熱中しちゃうわけだわ……」


「ははは……それ本当? 」


ネリーミアは、キキョウの反応がにわかに信じがたいと思っていた。


「でも、何で兄さん……ぽい人の絵が売られてるんだろう? しかも、絵がすごく上手……ってレベルじゃないくらいだ」


ネリーミアは、今日キキョウが買ったカードの一枚取り、それを見つめる。

カードに描かれている絵は、まるでその空間を切り取ったように精密に描かれていた。

絵描きの心得がないネリーミアでも、その絵が並みのものではないと分かるくらいである。


「確かに……でも、気にすることないんじゃあない? 兄様じゃあないんだし」


「うーん……いいのかなぁ……」


気にするなと言われたネリーミアだが、どうしても気になる様子であった。


「本当に気にするべきは……」


そんなネリーミアに構わず、キキョウは懐から一冊の本のようなものを取り出す。


「何それ? 」


「カードケースよ。今まで集めたカードをここに入れてるの」


どうやらそれは、カードを収納するためのもののようであった。

机の上でそれを開くと、本のように数枚のページが挟まれていて、カードを収納できるよう、一つのページに複数の薄く透明な袋が貼られてあった。


「うわぁ……」


ペラペラと捲られるページを眺めながら、ネリーミアは顔を引きつらせる。

ページ一つ一つがびっしりとカードで埋め尽くされているのだ。


「一箇所に同じカードを入れてあるのは分かるけど、同じ絵のカードが別々なのはどうして? 」


「同じ絵でも枠がキラキラだったり、色が違ったり、カード番号が間違ってたり、色々あるのよ」


「へー」


聞いたにも関わらず、ネリーミアは適当に相槌を打った。


「それで……ここ。ここをよく見なさい」


「あー……あれ? ここだけ、カードが入ってない? 」


開かれたページのキキョウが指を差す透明な袋には、カードが入っていなかった。

どのページも空きの袋が無かったにも関わらず、そのページの一箇所だけ、カードが入っていないのだ。


「ここに入るカードの番号は0番。このカードケースが発売されるまで、その存在を知られることのなかった幻のカードよ」


「はぁ……今、これを目当てに買っていると。でも、何でそんなカードが? 」


「草摘みの君ファンの間で諸説が入り乱れているけれど、一番有力なのが第二弾の試験作ね」


「え? なんか色々と気になることがあったけど、とりあえず試験作って? 」


「第二弾から枠だけじゃなくて、背景もキラキラのカードが出るという情報があって、その幻のカードは第一弾にも関わらず、背景がキラキラしてるという話なの」


「はー……でも、それって幻になる理由にはならないんじゃ……」


ネリーミアのその言葉に、キキョウは神妙な顔つきで首を横に振り――


「恐らく、その処理が困難で生産体制が磐石じゃなかったのよ。それで、数枚しか生産されず幻になったということ」


と、答えた。


「あ、そういうこと」


話を聞いたネリーミアの反応は軽いもので――


「はぁ……草摘みの君ファンなら、盛り上がるところだったのに……」


キキョウは、期待はずれの反応を返され落胆した。


「そう言われても、僕そんなに興味ない……って、ちょっと待って!? 」


ここで、ネリーミアはあることに気がついた。


「確か……カード一枚100Qだったはず……」


そう呟きながら、キキョウの持つカードケースを見て、ネリーミアの顔は徐々に青くなってゆく。

カードケースに収納されたカードの枚数はパッと見ても十、二十枚どころではないのだ。


「カ、カードにつぎ込んだお金の額は聞きたくない。今、キキョウの手持ちのお金って……? 」


「無いわ。だから、あなたにお金を借りたんじゃない」


キキョウの答えを聞くと、ネリーミアは自分のこめかみを手で押さえる。


「……ねぇ、ここの宿屋のお金って、どうやって払ってるか知ってるよね? 」


しばらく沈黙が続いた後、震える声音でネリーミアは、キキョウに訊ねた。


「……ええ。みんなで平等にお金を出し合って、まとめて払っているわね」


「……僕、次払う分無くなっちゃったんだけど……」


「奇遇ね……私も無いのよ」


「「……」」


キキョウとネリーミアの間に重い空気が漂う。

二人が宿代を容易できなければ、余分にイアンとロロットが払う羽目になるのだ。

そうなれば、その二人から非難されることは目に見えていた。


「……もし、今度の依頼で稼げなかったら、一緒にごめんなさいしましょ」


「……僕は悪くないのに……」


全く悪びれる様子のないキキョウ。

さらに追い打ちを掛けるように、彼女から共犯者扱いされ、ネリーミアはどうしようにもなく泣きたくなった。

その後、二人は、なんとか依頼で宿屋代のお金を稼ぐことができ、事なきを得たという。

そして、この日ネリーミアが貸したお金が返ってくるのは、だいぶ先のことであった。




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