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1 そして、月日は流れ……

 

「まぁ、綺麗な夕焼け……」


 わたしは城にある自室の窓の外を見た。西の地平線に沈む太陽が、空だけでなく海まで赤く染めていた。


「きっと、神様が海に油を注いだに違いないわ。だから、あんなに燃えているのよ。そう思わない?」


 はしゃぐわたしは、隣に立つ黒髪の少女に問いかけた。


「そうですね、マリア様のおっしゃるとおりです」


 彼女は答えた。この少女は、カレンという名で、わたしの身のまわりの世話をしてくれている。まだ12歳だが、几帳面でよく気がつく娘だ。


 わたしの名はマリア。南サツマにあるここ、ボーノツ城に住んでいる。六年前に、この地へと連れて来られた。


「マリア様、そろそろ窓を閉めなければ、お体に触ります」


 と、カレン。


「もう少しだけ、風に当たりたいのです」


 わたしは言った。夕方の刺すような冷気が心地よい。


「では、あと三分だけですよ」


 カレンは、ため息まじりの笑顔を浮かべて言った。年相応に可愛らしい表情だが、しっかり者である。わたしの世間話の相手でもあり、退屈なときは、いつでも付き合ってくれる。


「今夜のお食事ですが、何かご希望はありませんか?」


 と、カレン。


「特にありませんわ。食欲がないのです」


 とは、わたし。


「どこか、具合でも?」


「いいえ、違うのです。なんとなく……」


「なら、体に良いものを作らせていただきます。ちゃんと食べてくださいね」


「わかりました……」


 ひと回り以上年下の少女にたしなめられ、わたしは素直に頷いた。どうにも逆らおうという気力がわかない。最近、なんとなく元気が出ない。


 六年前、わたしは戦場で頭から血を流し倒れていたと周囲から聞かされている。目が覚めたとき、そこは病院のベッドの上だった。わたしには、それ以前の記憶がない。医師からは頭を殴られた後遺症だと言われた。


 戦争被害者に対する国の救済措置の一環……わたしがこのような城に住むことができる理由はそれであった。病院での治療を終えたわたしは、ここへ連れて来られ、今は療養も兼ね、穏やかに暮らしている。城の外に出ることは滅多になく月に一度、あるかないか。外出時は、カレンはもちろん、騎士様たちが大勢つきそう。なぜなのかはわからないが、考えると頭痛に襲われる。“疑問”を持たないことがなにより、と医師からは言われている。


 カレンが横で洗濯物をたたんでいる間、夕焼けの下、赤く染まる大地を見た。この窓は、わたしの目線に合わせて設置されているが、実は人がくぐり抜けられないほどに小さい。もっと大きな窓をつけてほしかったのだが駄目と言われた。なぜかしら?どんなに空に羽ばたきたいと願っても、ここから飛んだりなどしないのに……


 ちなみにこの城、たくさんの騎士様たちが見張りについている。日も沈もうかというこんな時間になっても、二重に敷かれた堀の周辺に武装した方々が立っていた。その数は簡単に数えられるものではない。


「なぜ、ここには、こんなにたくさんの騎士様がいらっしゃるのでしょう?」


 わたしはカレンに訊いてみた。今まで何度もしてきた質問である。


「南方の海からの敵襲を警戒してのことと聞いています……」


 彼女は言った。それもまた、何度も聞いた回答である。


 最近、退屈を感じることが多くなった。滅多に外に出ない生活に慣れきっていた時期もあったのだが、ふと自由になりたいと願うことがある。だが、希望しても却下されるので口には出さない。わたしはここで数十年後に、ひっそりと生を終えるのだ……


「カレンさん、わたしの顔って醜い……?」


 その質問も、はじめてではない。


「それは……」


 そう訊くと、カレンはいつも口ごもる。よほど答えづらいのかしら?わたしは自分の顔を知らない。金髪と青い瞳をしていることだけ聞かされている。


 この城には鏡がひとつもない。わたしに気を遣ってのことだろう。六年前、戦場で何者かに殴られたとき、頭だけでなく顔にも大きな傷がついたのだ。かなりひどいものらしく、医師の手でも治せなかったのだという。触ると、こめかみから顎にかけて大きく痕が残っているように感じられる。


「いいのです。今の質問、忘れてくださいな……」


 わたしは、傍らに置いてあった白い仮面を被った。目の部分だけがあいたもので鼻と口がない。顎が尖った無表情の仮面だ。顔の傷を隠すため、部屋の外に出るときは、いつもこれをつける。わたしの素顔を知る人はカレンなど数名。大勢が勤務する城でありながら……


「カレンさん、お腹をすかせるために、少しだけ散歩をしたいのです」


「わかりました、同行いたします」


 カレンはベージュのコートを選び、わたしの肩にかけてくれた。今は冬、南国であっても寒い日々が続いている……











 ある日の深夜、わたしは目を覚ました。ひどい頭痛が眠りを中断させたのだ。


(夜勤のお医者様に薬をいただこうかしら……)


 ふらふらする頭をさすりながら起き上がったわたしは、薄あかりを灯し、白い仮面を被ったあと、カーディガンをはおった。部屋の出口にあたる扉の横にチャイムがあり、押すと誰かが来てくれる。


(あら……?)


 扉の鍵が開いていることに気づいた。いつもは外から施錠され、出ることはできない。


(警備のかたが、お忘れになったのね)


 頭痛はわたしに幸運を知らせるサインだったのかもしれない。夜の城を出歩くことができる機会など滅多にない。一生ないかもしれないのだ。


 “がちゃっ……”


 静かに、わたしは扉を開けた……




 〜残り2話〜






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