表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ありえん  作者: 木野晴香
3/4

ぷらネタりうむ

プラネタリウムという文字を最近よく目にする。

バブルがはじけてのちの不景気の期間に、あちこちのプラネタリウムが閉館し、子どものころにその単語を聞いたときにワクワクした気持ちとは反対に、寂れた薄暗い空間を思い、物悲しい見世物小屋のような風景を連想するようになってしまった。

しかし、最近また人気を復活しつつあるプラネタリウムは、その投影する像の美しさをパワーアップして人々を驚かせ、まるで嘘の様に見える本当の星空を天幕に繰り広げるらしい。

さらに、家庭用として、光学式の投影機がTVゲーム機くらいの価格でこの夏売り出される。熱帯夜の数を更新しつつあるむんむんな夜に、ロマンチックな空間があちこちのカーテンの内側に繰り広げられることだろう。


参考■ホームスター(メガスター)



『ぷらネタりうむ』



セミの鳴き声が響き渡る団地の一室に、壊れ物注意と大きく書かれた段ボール箱が届いたのは真夏のことだった。家庭用プラネタリウムのモニターに当選したのだ。

丸い頭の投影機は、築20年の小さな6畳の茶の間に美しい光を放った。

幼稚園児のマサルは不思議そうに投影機と天井を見比べ、光の粒子を手でつかもうとして「静かに見ようね」と母親に腕を引っ張られ、口を尖らせた。


その投影機には、説明書にはないボタンが幾つかあった。

「年末総集」と小さく書き細い線で囲った中に、「明るい」「普通」「暗い」「子供向け」「大人向け」という小さなボタンが並んでいる。投影機を使い始めてすぐに、マサルがこのボタンを順に押してみたのだが、何も映し出されず、てっきり壊れているのだろうとその後誰も押すことがなく、そして蝉が鳴き終わるころには、プラネタリウムの電源スイッチさえ、だれにも触れられなくなってしまった。


年末の買出しも終わり、その年最後の夕焼けを見ながら洗濯物を取り込んだシズエは、掃除機を片付けようと廊下のクロゼットを開いた。そして仕舞いこまれていたプラネタリウムの箱に目をやったときにふと考え込むような素振りを見せた。


「年末総集」って?


シズエが投影機を箱から出し、コタツの上のみかんの籠を少しずらし、その横に投影機を置いたところで、マサルと夫が公園から帰ってきた。

ひょひょと口を尖らせて喜んでいるマサルのそばで、夫のコウタががシズエに言った。

「なんでまた?」

「だって、気にならない?スペシャル版の星空が隠してあるかもしれないと思って。」

「そうだなあ・・・。」

早めの風呂を済ませ、年越しそばをすすった一家はすっかり日が暮れた窓のカーテンを閉じると、いそいそとコタツに集まった。

「いくわよ」

「おうっ!」

黄色い声を張り上げてマサルが返事をした。

「まずはこっちからね」

シズエの指が「暗い」のボタンを押し込んだ。

ぼおっと投影機の坊主頭に蛍のような光が点った。

「お。うつるんじゃない?」

コウタがもぞもぞと座りなおした。

「暗い」のボタンが映し出したものは、星ではなかった。

天井に映る像は大きな人影だった。

幻灯機の像のように少しぼんやりして、人の輪郭が部屋の中を踊った。

「パパだ!」

マサルが嬉しそうに指差した。

「あれえ?」

コウタも不思議がりながらも嬉しそうだ。しかし、人影がもう一つ増えたのを見て、コウタが急にそわそわと落ち着きのない様子を見せ始めた。髪の長いもうひとつの人影は、笑って手を伸ばしてコウタの影を抱きしめた。二つの影は親しげに慣れた様子で睦み合っている。

「なんなのこれ!」

ショートカットのシズエが腹立たしげに「暗い」のスイッチを切った。

「もっと見ようよ~」

マサルが不満そうに言った。

「こどもの見るもんじゃありません!」

シズエが大きな声を上げた。

「何だよこれ!とんでもない機械だな」

コウタの声はなぜかしどろもどろである。

「コウタさん、さっきの女の子、会社の人よね。何でこんなところに一緒に映ってるのよ」

「しらねーよ、そんなこと。ただの作り事だろうが。偶然俺に似てただけで変なこといわないでくれよ!」

「誰が見てもコウタさんじゃないの!」

余計に怒るシズエから逃れるために、コウタはタバコを買うと言って綿入れを羽織ると、突っ掛けを引きずりながら外に出かけてしまった。

残されたシズエは怒りをぶつける相手がいなくなり、ストレスを発散するかのように風呂場に籠ってタイルを擦り始めた。

「変なのぉ。映画見れるのに」

マサルは一人残されてつまらなそうにプラネタリウムのスイッチをいじり始めた。

「普通」の映像は、親子3人が楽しそうに食事をしたり話したりしている日々の生活の風景だった。

幼稚園のかばんを下げて、マサルの影が行ってきますと手を振る。アイロンをかけながらシズエの影が額の汗をぬぐう。コウタの影は野球を見ながらビールを飲んでいる。

「明るい」の映像は、マサルの影がケーキのろうそくを吹き消しているところから始まり、「子ども用」はマサルの好きなアニメ戦士が悪者をやっつけて高くジャンプして空中で一回転した。

マサルは思い出したという風に部屋の灯りをつけて、おもちゃ箱を探り、アニメ戦士の人形を出して遊び始めた。

プラネタリウムは、見る人をロマンチックな気分にさせることもあるし、悲しくさせることもある。

人の前に何かを投げかけて、人の心を焙り出す機械のようである。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ