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第四部_恋のグリモア

未プレイではありますが、『花咲く乙女と恋のグリモア』からタイトルをいただきました。この場面で主人公③の戦いが終幕します。本作品のタイトルの意味、◇と◆、●と○を使い分けた理由、世界とセカイを使い分けた理由など明らかにしています。

◇恋のグリモア


 坊っちゃまたちには本来の目的を果たすために、右の道に向かってもらいました。ほのかは他にやることがあったので真っ直ぐ進みます。勿論一人ではありません。一人でも充分なのですが、アリスさんを相方にもらいました。

 珍しい組み合わせだと首を傾げられました。でもたまにはいいものです。彼女とは話したいことがありました。それにアリスさんにとっても、そちらの方が都合がいいはずなのです。

「このセカイのことは、このセカイの者たちで」

 坊っちゃまたちとは速やかに別れました。


「ねぇ……どうしてボクなの?」

 皆さんと分かれた後、歩きながらアリスさんが言いました。

「あなたと共犯者になりたいからですよ」

「……共犯者?」

「皆さんには、自分の正体は隠しておきたいでしょう? ディケさん」

 アリスさんの顔色が変わりました。脅したつもりはありませんが、少し震えていたかもしれません。それはそうでしょう、隠していた事実を言い当てられてしまったのですから。

 彼女は創造主に生み出された三女神の末妹――厳密には女神をもう一つの人格として宿した人間です。内に女神を宿しているからこそ彼女は、遠い昔に絶滅したヒガンバナのことを形だけではなく反魂の性質も含めて知っていました。またホウライ山では内つ臣に襲われませんでした。そして昨夜は創造主の気配を感じ取り、アミさんを見つけることもできたのです。

「いつから、気づいていたの?」

 どうして気づかれたのだろうと驚いているようですが、ほのかは別に、彼女が正体を隠していることなど気づいてもいませんでした。ただ知っていたのです。知っていたことを思い出したのです。

 でもそれをほのかは伝えません。時を同じくして前方から向かってくる二つの人影が見えたのです。

 一人はすらりと背の高い女性です。彼女はワンピース様の純白の衣に身を包み、手や胸、肩、腰と動きを制約しない程度の防具を身につけ、十文字の刃を備えた長槍によって武装しています。真っ直ぐな黒い髪もまた戦いの邪魔にならないためでしょうか、耳が隠れる程度の長さでさっぱりとされています。顔立ちには凛とした美しさこそありますが、眉は不機嫌そうにつり上がり、笑みのない口は固く結ばれています。そのため本来あるべき愛嬌も台無しです。ほのかたちに対する敵意がむき出しにされているのがありありとわかってしまいます。もう一人は対照的におどおどした様子のちびな少女でした。同じ純白の衣装でもこちらは大きめのローブを頭からすっぽりと被り、顔はおろか手足すらも隠してしまっています。でもそれだけではまだ足りないのか自分の存在すらも隠そうとするようにぴったりとくっついて、片時も相方の背中を離れようとしません。

 のっぽがエイレネ、ちびがエウノミア――ほのかにはちゃんとわかっています。そしてもう一つ、二人を認めたこの瞬間に自分の怒りが沸点に達したことも感じました。

「すみませんが、お姉さんたちとお話する時間はナシです」

 ほのかはアリスさんを留め、一人で前に進みます。今まで坊っちゃまにしてもらっていたことを今は自分がしています。でも、今のほのかに、背後の彼女を守ろうという意思はありません。その本心は横槍を入れさせず自分一人でケリをつけたい、でした。

「貴様からか、メイド」

 のっぽが威圧的に言いました。今日のほのかはノエル母様とお揃いの黒いドレスを着ているので、その姿だけで立場がわかるはずはありません。要するにこの人は「お前たちのことなら何でも知っている」と暗に言っているのです。

「お手伝い、です」

 ほのかは言い返しました。

「何?」

「メイドは家事をする者のことです。お手伝いはその名の通り手伝う者です。そして大切な相手のために尽くす者です」

「貴様の心意気などどうでもいい」

 のっぽは鼻で笑いました。

「我々に逆らうことの意味を理解しているかどうか、それが問題なのだ」

「勿論理解していますよ」

 ほのかは答えます。

「あなたたちこそ、この地に踏みこまれたことの意味を理解しているのでしょうか?」

「小細工ができる程度の小者が、どうやら態度だけは一人前だな。そこのディケのように」

 ほのかを通り過ぎて、彼女はアリスさんを笑います。ほのかは負け惜しみをやめるよう言いました。

「……負け惜しみ?」

「二千年前、あなたたちが人間の子どもを人質に取らなければ、勝っていたのはアリスさんです。それとあんまりほのかをバカにしない方がいいですよ、あなたたちはその『小細工ができる程度の小者』に手も足も出せずに敗れるのですからね」

「……」

 のっぽが眉根を寄せました。自分たちの卑劣な行いを見透かされたのも、見下されるべき者に強気に出られたのも気に食わないのです。

「流石は魔女、その娘まで自信過剰な世間知らずらしい」

 それでも女神としてのプライドが許さないのでしょう、激昂することなく言いました。

 ただ――、

「貴様の母は確かに人間界を震撼させ神界をも脅かした、災いとさえ呼ばれるほどの化け物だった。だがそれだけの者でさえ我らが創造主様には敗れた。人間だろうが魔女だろうが吸血姫だろうが関係ない、我ら神々との間には決して越えることの叶わない絶対的な壁があるということだ。その娘がどれだけ優れていようが――」

 ただ――目の前の者が言葉を続ければ続けるほど、ほのかは自分の顔に笑みが浮かぶのを抑え切れません。でもこればかりは仕方のないことです。

「貴様、何がおかしい」

「あなたたちは創造主の力を少しも疑っていないのですね」

 ほのかは言いました。

「一つ尋ねますが、それだけすごい存在であるなら、どうしてそのとき魔女を滅ぼしてしまわなかったのでしょうか?」

「創造主様は慈悲深い。無闇な殺生は好まない」

「魔女が、南大陸のクレハ島を自分に都合よくつくり変え、そこで人を食らっていることも当然、知っていますよね」

「無論だ」

「ではどうしてそれを止めないのですか」

 尋ねてみましたが、今度は答えはありません。さて、とほのかは尚も追求します。

「ところでその慈悲深く殺生を好まない創造主が今このセカイを滅ぼそうとしています。それは矛盾ですよね」

「矛盾ではない。創造主様は、ご自身の理想を踏み躙った愚かな人間どもにとうとう愛想を尽かされたのだ」

「物は言い様ですね」

 本当にそうでしょうか、と続けました。

「だったらもっと早くに芽を摘み取ればよかったのではありませんか? 内つ臣が滅ぼされた時点で既に、平和構想など崩れ始めています。もっと遡ればジークムントという革命の種を放置する必要もなかったはずです。それをしなかったのはどうしてでしょうか?」

「たかが人間だと見くびっていた部分がなかったと言えば嘘になる」

「ではどうして、革命が起きた直後にこのセカイを終わらせてしまわなかったのですか? この『猶予』はいったい、誰が与えたものなのですか?」

「……」

 待っても答えはありません。「いい加減、認めたらどうですか」とほのかは言いました。所詮まやかしはまやかしなのです。どんなに強がろうと言い訳を並べようと事実から目を逸らすことは許されません。つまり、とほのかはその結論を口にします。

「創造主もあなたたちも、結局は魔女ノエルに踊らされているに過ぎないのですよ」

 この誇り高い女神たちにそれを受け入れろと言うのは到底無理な話でした。神として振る舞っていたつもりが知らず知らず魔女ノエルによって操られていた、そうされていたことにすら気づかされずにいた――彼女たちにとってほのかの言葉は女神である自分たち、ひいては創造主の存在をも揺るがす言葉なのです。

 それを暴露することは、このセカイではルール違反でもありました。でもほのかは、それをしたかった。あの人のためにも思い知らせてやりたかった。


 そうすることで――。


「では私からも問おう。仮に貴様の言う通りだとして、魔女は何のためにそんなことをした? 我々を操ることがあの者にとって何の得になるというのだ?」

「目的なんてありませんよ。そして、損得の問題でもありません」

 ほのかは切り捨てるように言いました。

「問題を引き起こしたり解決したりさせたり、母様は純粋にそれを眺めたいのです。だって自分がつくった箱庭ですもの、自分の思い通りにして楽しみたいではありませんか」


 そのプライドをズタズタにした上で――。


「そんなことがあってたまるか!」

 のっぽの整った顔がみるみる紅潮していきます。

「この世界の創造主はクローソー様のみ! そのような子どもじみた考えが」

「あなたの心意気などどうでもよいのです」

 やり返すように、ほのかは相手を遮りました。


 絶望を与えた上で――。


「……」

「現にあなたたちは自分たちの思い通りにしてきたつもりが、何一つ思い通りになんてできていない」


 滅ぼして、やりたかった――。


「そしてもう二度と、です」

 今までのほのかであったらこうも強気な言動をすることはなかったことでしょう。でも今は違います。故郷に帰り、年季の入った板張りの天井の薄暗さも、時代遅れな蛍光灯から降り注ぐ光の白さも、日焼けしていない畳の若草に似た爽やかな香りも、張り替えたばかりの障子の向こうから吹きこんでくる秋の風の涼しさも、肌掛け布団のやわらかさ、太陽の優しい匂いも――あらゆる懐かしさに包まれてすべてを思い出したほのかは違います。一度忘れていたものを思い出した今だからこそ、「それ」をしようと思い立った当初の新鮮な自分を強く感じ、その気持ちを力に変えることができるのです。


 ――そうです、ほのかは変えてみせるのです!


 一番好きなものは、父様と母様。

 二番目に好きなものは、母様のうたう歌。

 三番目に好きなものは、母様のつくった物語。

 そんなほのかがその物語と出会ったのはまったくの偶然でした。何とはなしに新しい読み物を漁りたい気持ちになって、偶然ノエル母様の書斎に入ったほのかの目の前で、偶然崩れてきた書架の住人たちの中で、偶然目に留まった皮表紙の古い一冊こそがその本、『罪と罰』でした。

 片つけをする前に試しに開いてみたそれは同姓同名の人間の性格が十人十色であるように、ほのかが以前に読んだ小難しい異国の物語の内容とは似ても似つきません。好奇心旺盛で空想好きな女の子が主人公のファンタジー作品でした。なるほど、母様らしい選択です――と一人納得してほのかはその本を戦利品としたのです。

 ほのかがノエル母様のつくった物語を好きである理由はたった一つ、それらが決まってハッピーエンドを迎えるからでした。悲しい結末や身の毛のよだつ終焉が嫌いというわけではありませんが、純粋に、皆が笑顔で大団円を迎えられる物語が特にお好みなのです。

 部屋に戻るなり早速、ほのかはそれを読み始めました。そうして四番目に好きなおやつも忘れ、主人公の少女が涙ながらに拳を振るい友人や家族の体を取っ替え引っ替え襲いくる仇敵を退けるまでを一息に読み切ったのです。

 しかしそれは続く物語の長いプロローグに過ぎませんでした。

 季節は流れ、物語の舞台は一年後の世界に移ります。それに合わせて主人公も、自分の生きる国の在り方に疑問を抱く少年に変わりました。主役の座を降りたあの少女も勿論登場します。魔女という肩書きを負い、力を求める少年に助力してくれるのです。

 それはほのかの好みに抜群に合う展開でした。あの少女と再会できたことに対する嬉しさはさることながら、ほのかは真っ直ぐな心を持った主人公にこそ心を惹かれるのです。

 続く物語の中で魔女の助力を得た少年は、怪物退治のために訪れた森で人間の魂を宿したぬいぐるみと出会います。このぬいぐるみ――実は魔女の姉だったのです――をも仲間に引き入れ少年はやがて、村の仲間とともに王国に反旗を翻します。そして各地で相次ぐ農民の蜂起にまごつく王国を出し抜いて城に乗りこみ、王を倒すのですが……。

 どうして、そうなってしまったのでしょう?

 ほのかを待っていたのはかつての主人公が、滅ぼしたはずの仇敵に体を奪われ新しい主人公や仲間たちを消し去ってしまう展開でした。その後彼女が新たな世界へと翼を広げ、病床に臥せる古代王国の王子を救い力尽きるという結末だったのです。

 得をしたのは誰――どちらの主人公でもない。

 最終的に得をしたのは……正義ではない。

 読み終えたほのかの胸にはそれまで母様の物語を読んで得たものとはまったく違う感情がありました。読み始めた当初の心躍る感じはありません。いかんともし難いやるせなさだけが残されました。

『どうして母様はこのようなお話にしたのですか?』

 気になったほのかは早速その疑問をぶつけてみました。でもその答えとして与えられたのは「約束だから」という短い言葉だけでした。ほのかの大好きな、温かな笑顔を崩すことのないノエル母様は、ほのかがその物語に触れたことをあまり歓迎していないようでした。

 それだけの言葉で母様の考えが理解できるほどほのかはお利口さんではありませんでした。でも自分の中で、物語の登場人物たちを気の毒でならないと思っていることだけははっきりしていました。

 自分にできることをしよう。

 そう決意したほのかはそのために必死で考え、ハッピーエンドに向け自分なりに新たな筋道を描きました。注意すべきは、物語の主役はあくまであの二人ということです。ほのかは納得のいかない終末を変えたいのであって横から主人公の座をかすめ取りたいわけではありません。

 だったら――そう、ほのかは「お手伝い」として二人を支える立場にいましょう。そして革命が無事に終わった暁には、あの少年と素敵な時間を過ごすとしましょう。そんな野望とともにノエル母様がつくった物語の世界へと入りこんだのです。

 記憶を失っていた間も、ほのかの「干渉者」としての意思は失われることなく生き続けました。そして陰に日向に自分の望むよう物語を紡ぎ続けたのです。

『変えられないものは、残念ながら変えられないよ。これはアイツが、大切な友達のためにつくった物語だから、アイツなりの思い入れもある』

 帰郷したほのかは母様にそう言われました。

 しかしまた、こうも言われています。

『変えられなくてもいいじゃないか。あとはお前の工夫次第さ』

 記憶を取り戻したほのかはその助言に従い今、自分の知っているところで、知らないところで広がっていく物語のために、自分自身が『気高き白』と名付けた新しい物語のために精一杯をやっているのです。だから、それを壊した者たちを許してはおけません。

 ほのかは吸血姫らしく冷酷な目で、女神たちを見据えました。

「確かにアミさんの死は変えられなかった。でもあんな結末、ほのかは望んでいない。勝手なことをして、あなたたちが壊したのです!」

 ほのかの怒りは言葉にされたその瞬間、目に見えない刃と化し、槍を手にした女神を容赦なく斬り刻みます。しかし見ると、その背後にいたはずのちびの姿がありません。どうやら往生際の悪いことに、逃げ出したようです。

 要は悪足掻きです。でも所詮は悪足掻きです。気配を捉えたほのかは彼女を追い、並行するホウライに入りこみます。そしてきっちり、仇討ちを成し遂げたのでした。

「アリスさん」

 戻ったほのかは呼びかけます。今の内に「共犯」関係についてしっかりお話をしておかなければなりません。

 ほのかはここまでに、彼女に二つ恩を売っています。一つに創造主との対面を回避し、他の皆さんに正体を知られないための逃げ道をつくりました。そして二つ目に彼女の正体を知る女神たちを消し去りました。今やこのセカイでそれを知るのはごく限られた者だけとなりました。

 その対価としてほのかが望むのはずばり、ここで暴露された一切合切について口を閉ざすことです。ほのかの一番の目的は好きな人と穏やかに、幸せな時間を送ることにあるのですから。

「アリスさん。ほのかは、あなたの正体を誰にも口外しないと約束します。ですからあなたも、わかっていますよね?」

 ほのかが笑いかけるとアリスさんも笑顔で頷いてくれました。これにて一件落着です。

 坊っちゃま、後はお任せしますよ――。

「お手伝い」の仕事を終え、静かに呟くほのかなのでした。


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