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第四部_月光花

アメリアの儚げな印象を際立たせる意味合いも兼ね、ブラックジャック主題歌「月光花」よりタイトルをいただいています。本作品において私が力を入れた三発言の最後の一つがここで登場します。

「ただちょっとだけ、寂しくなっちゃったんです」

既に舞台を退場した存在としての慎みを大切にしました。

◇月光花


 夕食を終えた後、暇を持て余した俺は夜の散歩に出た。いよいよ明日がこの旅の終着点と思えばこそ、体も心も落ち着かなかった。

 食事の席でスミ子の口から創造主の居場所がアマツミハラという天上の世界であること、そしてそこへはこの館にあるドアの一つから魔法の力で行けることが語られた。久しぶりに使う、とのことで扉は魔女ノエルが準備してくれている。今はだから明日に向け最後の準備時間ということになる。

 尤もここまできてしまえばもう、これといって準備するものなどない。必要があるとすれば、それは創造主との交渉が決裂した場合に備え、剣を交える覚悟を決めるくらいのものだろう。間違いなく戦うことになるだろうと、魔女ノエルからは言われている。

 皆はこの時間をどう過ごしているのだろうか――考えながら歩く俺に、背後から声がかけられる。

「幸せいっぱいの顔でジークさん、どこへ行くのですか?」

 俺は足を止めた。誰だと言いかけたが、自分を「ジークさん」と呼ぶのは一人だけだ。

 振り返ってはみるが、そこには誰の姿もない。ただ月の光に照らされて、小さな道が目に入った。どうやらその先に、声の主は一足先に向かったらしい。

 月の光が標となって俺を導く。間もなくその果てに、樹齢数百年はあろうかという大樹の切り株が現れた。そしてそれに身を委ねるように、腰掛ける魔女の存在を俺は認めた。気づけば夕食の席から姿を消していて、どこにいたものかと思いきや、こんな所を見つけていたのだ。

「そんなだらしない顔じゃ救えるものも救えませんよ」

 俺を振り向きもせず溜め息混じりに魔女が言う。彼女にしては少し厳しい言葉だと感じた。俺は今の自分がそう批判されるほどしまりのない顔をしているとは思わない。だからすぐに気づくことができた――彼女は俺の結婚話をからかっているのだ。

 俺も男だ、いずれは誰かと家庭を持つことになると当然に思っている。その相手が旅先で出会った誰かではなく兄妹のように育ったお手伝いだっただけ。そしてその時期というのが今日だっただけ。まだ、現実味が湧かない話だ。

「初めて会ったとき」

 何となく言わずにはいられない気持ちになって、今更ではあったが、俺は言った。

「お前がその相手になるんじゃないかとも思っていたよ」

 魔女は何も答えない。漸く振り向き、慎ましい笑みを浮かべた。

「何をしていたんだ?」

 魔女は何も言ってこず、仕方なく俺の方から話を振る。これといった興味があるわけではなく純粋に間を繋ぐための発言だ。昼間と異なり黙っていたのではどうにも落ち着かない気がした。

「ちょっと、考え事です」

 魔女の視線が前に戻される。

「考え事をしながら、月を見ていたんです」

 俺は彼女の隣に腰を下ろした。彼女がそうするように空を見上げる。

 遠く澄み渡る空には、月が真鍮の輝きをたたえている。

 月の光は太陽と違って、照らし出す世界に余計な色を与えない優しい光だ。それ故にその光を浴びる者の、ありのままの姿を浮かび上がらせる。昼間は笑顔も見せ、楽しそうにしていたにも拘わらず、ここで俺が隣の少女に感じ取ったのはやはり儚さだった。儚さ――そう、まるで夜、このやわらかい光の下でしか咲くことを許されない花のような。

「怖くでもなったのか?」

 俺は尋ねた。大一番を前に席を外してこんな所で考え事だ、彼女なりに思うところはあるだろう。彼女ならでは思う色々があるだろう。事実俺も、それで夜歩きなどしているのだ。

「怖い、は正確ではありませんね」

 小さく首を振る。ではどうしたのだと訝る俺を横目でちらと見てから、吐息を一つ。視線を再び前に戻して彼女は唐突に言うのだった。

「この世界が一つの天秤だったらいいのにって、ずっと思っていました」

 何故彼女が突然そんなことを言い出したのか、俺には見当もつかない。遡れば、何もしなければ素通りしていたに違いない俺を、わざわざ呼び止めた理由もまだわかっていない。魔女はいったい今、何を思っているのだろう――邪魔をしないよう俺は「どうして」とだけ問いかけた。

「簡単な話です。わたしが痛い思いをしたり苦しんだりしたその分だけでも、どこかで誰かが幸せになれるから。それなら自分自身を傷つけることだって、いくらでも正当化できるでしょう?」

 微かな笑みとともに魔女は続ける――トレニア村で自分が過ごした幸せの対価に村人たちは不幸な死を迎えた、だから自分にも当然誰かのために不幸になる義務はあるはずだ、と。

「お前」

 俺はその言葉を、ケリをつけたはずのかつての自分に対する彼女の執着と受け取った。まさかまだ死にたいなどと考えているのかと問う声は、意図せずして感情的になっていた。

「それこそ見当違いですよ」

 魔女は素早く否定する。

「わたしは一度も死にたいなどとは言っていません。それに、『思っていた』と言ったはずです」

「……今は違う、と?」

 小さく頷く。

「トレニア村のことは悔やんでも悔やみきれません。でもイヴさんが言ってくれました。本来死ぬはずだったわたし――わたしではないわたしが過去で自分を救い、暗躍していた悪を挫き、そして誰も理不尽に傷つくことのない世界を生んだんだって。わたしのおかげで幸せな世界が一つ生まれたんだって。勿論それで自分の罪が消えたとは思いません。でも後ろを向き続けるよりずっと嬉しい答えをもらった気がしています。すごく救われたんですよ。

それというのもジークさん、あなたとの出会いがきっかけです。あなたやスミさんに会い、ユーリイと再会し、イヴさんやアリスさんにも出会えた。わたしにはもったいないほどの幸せな出会いを、あなたがくれたんです。だから怖くなったんじゃないんです。ジークさん、わたしはね」

 魔女はいたずらがばれた子どものようにペロリと舌を出すと、

「ただちょっとだけ、寂しくなっちゃったんです」

 そう言って照れくさそうに笑った。

 俺を呼ぶ声が聞こえてきたのはそのときだった。それも一つきりではなく、二つか三つ。何かあったのだろうか?

「先に行ってください。わたしは後から」

 そう言って送り出してくれた魔女の声がしかし、

「ジークさん」

 駆け出した俺を呼び止める。

 振り返った俺に魔女は微笑んで言った。

「あなたに会えてよかった。わたしを連れ出してくれたのがあなたで本当によかった。ジークさん、幸せな思い出をありがとうございました」

 どうして今それをとは思った。だが疑問に思うその気持ち以上に、彼女にそう言ってもらえたことへの誇らしさがあった。

 よせよ、と照れ隠しにそれだけ言って俺はまた駆ける。

 それが――彼女と口をきいた最後の機会となった。


   ●


 ジークムントがアメリアの亡骸と対面したのはそれからすぐのことでした。

 館の裏の木陰に、巨大な鋏を胸に突き立てられて横たわる彼女を見つけたのは、アリス船長でした。ジークムントの背丈を優に越すそれが、創造主クローソーを象徴する創世神器であることを船長が告げると、自分たちの行動を知った創造主が見せしめにそれをしたに違いないとジークムントは受け取りました。彼の胸には悲しみ以上の悔しさが募りました。

 その直前まで祝いの席にあったことなど、もう誰の頭にもありません。祝賀の笑顔に溢れた雰囲気は一転、突然に訪れた旅の仲間の死にジークムントたちは表出の程度の差異こそあれ、皆一様に悲しみに暮れたのでした。中でも特にそれを嘆いたのはユーリイでした。彼女はここ数日の様子から、妹に死期が迫っていることをそれとなく感じ取っていたのです。その上で静かに逝かせてあげたいと、館を離れた妹を見て見ぬフリをして見送ったのです。それがこのような結果となったことに、ユーリイは自分を責めずにいられませんでした。自分が引き留めてさえいればこんなことには――誰一人として彼女を責めることはしませんでしたが、ユーリイ自身がそれを許しませんでした。

「もう、旅なんて終わりでいい!」

 ユーリイは自棄になったように、声を荒らげました。元々妹の存在があったからこそここまでやってきた彼女です。世界を救い、その先の未来を妹と生きることこそが彼女の幸せでした。アメリアの死とともに、彼女が旅を続ける意義は失われたのでした。

 涙ながらにユーリイが発した一言は、仲間たちの中にも困惑を呼びました。明日、神の地に臨むことの必要性は勿論、この場にいる全員が理解しています。それでもこういった発言が生まれたことはやはり、士気にも関わる問題でありました。誰よりも悲しみに打ちひしがれている彼女に明日の重要性を説くことは、ジークムントにはできかねました。ユーリイばかりではなくアメリアは皆にとっても――元を辿れば彼女を救うために旅をしてきたのですから――なくてはならない存在です。だからこそ創造主との対峙に向けまとまっていた皆の心に、ユーリイの言葉は小さからざる亀裂を生んだのでした。

 沈黙の中アメリアを悼む気持ちばかりが膨らんでいき、対照的に明日へ向かう気持ちは薄れていきます。その空気を変えたのは、お手伝いの少女でした。

「アミさんがいなくなったら、このセカイはもう終わりなのですか?」

 進み出た少女が、皆を我に返らせます。

「アミさんがいなくなった程度で、このセカイを諦めてしまうのですか?」

 お姉さんのクセに、あなたは何もわかっていない――その言い様に腹を立て飛びかかったユーリイを軽くいなして彼女は言いました。言葉にこそ刺々しさはありますが、そこにユーリイを愚弄する気持ちはありませんでした。その証拠に彼女は涙を流すままにしています。周囲の者たち同様に、自分自身も深い悲しみを抱えていなければ、それはできないことなのです。

「アミさんが一人で去ったのは旅を打ち切らせるためですか――違いますよね。自分の死を知って感傷に浸って欲しいからでもありません。その本心は足手まといになりたくなかったからではないのですか? 王家の末裔として見苦しい姿を見せたくなかったからではないのですか? 皆の意志に水を差したくなかったからではないのですか?

アミさんはこのセカイを愛していたはずです。その想いを皆に託して逝ったのです。そんな大事なことに、生きている人が気づいてあげられなくてどうするのですか。しっかり受け止めてあげられなくてどうするのですか。あなたは、アミさんの死を無駄にするつもりですか」

 彼女は最後、殆ど叫ぶようにして自身の主張を終えました。

 それはまた明日への決断から目を逸らしかけていた者たち全員に対する言葉でもありました。ここで足を止めることは単に、世界の終焉を受け入れることではありません。アメリアの最期を汚した者に屈することです。そしてアメリアの遺志を否定し、残された希望という可能性を放棄することです。視野の狭まっていたジークムントたちは彼女の死を悲劇ばかりで終わりにするところだったのです。

 この世界を守る。アメリアが生き、未来を願ったこの世界を守る――お手伝いのおかげで仲間たちの覚悟は新たになりました。この場でこそ「少し時間が欲しい」と言ったユーリイもきっと、明くる日には再び仲間として顔を見せてくれることでしょう。旅の仲間たちはアメリアの亡骸を丁重に弔い、彼女の夢の成就を誓ったのでした。


   ●


 その後あてがわれた寝室に戻り一人になって、俺は改めて魔女を想った。彼女を見つけた船長が皆を呼び、そして俺を呼んだ――それは即ち、俺と話していた当時、魔女が既に落命していたことを示している。俺が話した彼女はこの世の者ではなかったのだ。そうまでして俺に謝意を伝えに来てくれた魔女に、俺は何もしてあげることができなかった。「どういたしまして」も言えず、「こちらこそありがとう」も言えず、何より一人だけ彼女を名前で呼ぶこともしないままだった。もう永遠にその機会を奪われたのだと思うとただただ、俺は涙を禁じ得なかった。




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