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第四部_永遠を持て余す者

元々のタイトルは「Forever your's」でした。PCゲーム「蝉時雨」(未プレイ)のエンディングテーマ曲よりいただきました。不死者に見初められた少年、との意味合いでつけていました。因みに私は創作において男は吸血鬼、女は吸血姫の表記としています。美夕は関係ありません。

◇永遠を持て余す者


「落ち着け」

 諭すようにイヴが言った。

 スミ子を探しに村を出、俺たちは村を見下ろす山の頂にある「ほのかの館」なる場所へ向かっていた。祭りの日、そして関係者以外立ち入りが禁じられているそこは名前の通り仙女ほのかの住む館。そして同時に、歌姫に選ばれた娘が生け贄としての任務を全うする、名誉と終焉の交わる地でもある。

 スミ子が連れ去られた後、俺たちは主催者をつかまえ仙女ほのかこと魔女ノエルについて、あの行事の意義について聞き出した。そこで明らかになったのが仙女の正体が永遠を持て余す吸血者――吸血姫という存在であること、そして歌姫に選ばれた者には彼女に血を捧げる権利が与えられるという事実だった。村祭りの目玉行事はあろうことか、彼女のための生け贄選びの場であったのだ。それを知った上でイヴが若い仲間たちにおける年長者として、平常心を失いつつある俺をなだめようとしているわけだ。

「いくら生き血を好むといっても、娘を手に掛けるようなことはしないだろう」

 本当に親子なら、だ。まだ二人の関係がそうと決まったわけではない。それに、もし親子ならどうしてスミ子を連れ去る必要があるのだろうか。

「そればかりはノエル様に会って確かめるまではわからない。だからこそ僕らはこうして彼女の元に向かっている。そうだろう?」

 イヴに返す言葉が見つからず俺は黙るしかなかった。慰めてもらいたい気持ちがないと言えば嘘になるが、それは別に言葉遊びのような一般論を求めているわけではない。


『仙女様はあらゆる災害や疫病から村を守ってくださっているのですよ? そのような御方の一部になる以上の名誉がどこにありますか?』


 こうしている間にも主催者の言葉は否が応にも脳裏に甦る。仙女を心より崇拝する村人たちの口からは、彼を含めそういった肯定的な意見しか聞かれなかった。誰一人として命を捧げることを恐ろしいと思っていないところに、この風習の恐ろしさはある。かつて婆やが当然のこととして棄老の風習に身を投じたように、歴史と伝統によってそれは人々の中ですっかり正当化された行為となっていたのだ。

 そんな場所へ仲間を送りこんだ自分の責任は決して軽くないと俺は考える。もしもお手伝いを無事に取り戻すことができなかったらと、今にも後悔に押し潰されてしまいそうだ。その無事を祈れば祈るほど表情が強張っていくのが自分でもわかる。

「あまり悪い方にばかり考えない方がいいですよ」

 魔女が理性的に言った。

「そうだ、不安なのがアンタ一人だけだと思うなよ!」

 ユーリイは感情的に、そこへ言葉を重ねる。

「ほら、とっとと顔を上げる! その辛気くさい顔をやめる!」

 矢継ぎ早にがなり立てられた俺はとりあえず俯き加減にしていた顔だけは上げてみせる。だが表情まではどう試みても変えることができなかった。

 村で教えられた道には「こっち」「あっち」と至る所に案内看板が立てられている。一人でそこへ向かう歌姫に対する気配り――今となってはその言い方が正しいのかも疑問だが――により、俺たちが道を失うことはなかった。

 やがて日が傾く頃、件の館に到着した。外見上は別段変わったところもない、館の名を負うに相応しい大きな建物だ。

 俺は迷わず木製の大扉に手をかける。

 扉を開けた瞬間、首元を吹き抜けた冷たい風に軽い目眩を覚えた。

 内部は歴史を感じさせる、趣のあるつくりとなっていた。足下はよく磨かれた大理石の床に、鮮やかな血を連想させる真っ赤な絨毯が映える。頭上にはシャンデリアが淡い光を放ち、明る過ぎず暗過ぎず広いエントランスホールをやわらかく照らす。ホールの中央には二階へと続く階段が幅広く、それを中央に左右に分かれる通路には幾つもの扉が並んでいる。一人が暮らすにはあまりにも贅沢な様子ではあるが、そこは村の救世主たる仙女の館だ、特別風変わりなところもない、ごく一般的な風景と言えよう。

 ……ここにスミ子が。

 俺は胸の内に呟いた。


 ――コツ、コツン。


 そのとき階上より冷たい音が響いた。

 足音だ。

 改めて思う――仙女こと魔女ノエルは何故スミ子をさらったのだろう? スミ子をどうしたのだろう? いかなる態度で自分たちを迎えるのだろう? 俺には俺の疑問がある。彼女に助けられたという魔女たち姉妹にも二人なりの思いがある。イヴたちだってスミ子を知り関わっている以上、この場に立つにあたり思うところがあるはずだ。村を救った仙女か、生き血をすする吸血姫か、それとも世界を救う鍵となる魔女か――果たしてどれが本物の彼女なのだろう?

 間もなく現れた者を見て俺は、しかし、ほっと胸を撫で下ろした。降りてきたのはスミ子その人。見たところ怪我などは見当たらない。普段のメイド服ではなく漆黒のドレスに身を包んでいるが、その程度の違いなど些事に過ぎない。

 真っ先に駆け出そうとしたその一歩をしかし、俺は留まった。先駆けてスミ子が口を開いたからだ。普段の愛嬌に溢れた声とは遠くかけ離れた、気だるげな声でこう言ったからだ――遅い、と。

 これに驚いたのは俺ばかりではなかったはずだ。そもそもコイツ自身が表だって不満を口にすることがない。怒っているのか、さもなければ――そう思いつつ見れば階段の途中で足を止め、俺たちを見る瞳に無邪気なお手伝いの面影は残っていない。見下し、威圧するような鋭い瞳がただただ妖しく輝いている。笑みの消えた、冷めきった表情がこの少女を捉えどころのない、不気味な存在に思わせる。

 それでも何か呼びかけなければならないと思った。呼びかけて自分の知るスミ子を取り戻さなければ、自分の中にある危惧を否定しなければならないと思った。だがそのための言葉が、出てこない。

「まったく。よくここまで来れたモンだよ、お前」

 先に言ったのは、興味なさそうに皆を見渡したスミ子だった。すぐに「いや」と言い直すことには、

「その程度でよく生き残れたな」

 フ、と鼻でせせら笑う。呆然とする俺に、結局、肝心なところで他人頼りなんだよなと男のような口調でスミ子は言った。

「助けられてばっかりなんだよ。このセカイの内つ臣に襲われたとき、イヴァンに襲われたとき、アメリアがネージュに支配されたとき、お前は何をした? いや、何ができた? いつもそうだ、一度だってお前が決め手になったことなんてなかった。お前は他人がいなきゃ何もできないヤツだよ。

だから、ってわけじゃないが、気になったんだよな。魔女の性ってヤツか――自分を助けてくれる他人がいなくなったとき、お前には何ができるんだろう、ってさ」

 スミ子はにやりと意地悪く、口元を歪めた。その表情に、まさかという思いがこみ上げてくる――俺は恐る恐る、仲間たちを振り返った。

 そこにあったのは、いつかの王都を彷彿とさせる光景だった。

 イヴの体は俺のすぐ背後に、仰向けに倒れていた。その体からはあるべき頭部がすっぱり失われており、さながら鋭利な刃物を滑らせたような断面から、今の今までその体を巡っていた新鮮な血液を噴き出している。果たして姿を消した頭部はというと、体から流れ出た血がつくった赤だまりの中に転がっていた。その隣には腰の辺りで胴を両断され、魔女が倒れている。引きちぎられたような乱雑な断面が生々しく、痛々しい。胸に抱かれた灰の山はユーリイのなれの果てだろうか。こんな状態でなければ姉妹の鑑とも言うべき美しい姿だろう。一番後ろを歩いていた船長も、首を明後日の方向に曲げた状態で座っている。俺が苦楽をともにしてきた仲間の誰一人――この場にはもう、残っていなかった。


『スミは、スミですよね?』


 仲間たちのあっけない最期を目の当たりにして、涙も出なかった。熱に浮かされたように真っ白になる頭の中を、昨日のスミ子の一言がよぎる。スミ子は記憶を取り戻すことを恐れていた。そして自分が自分でなくなってしまうことを恐れていた。今にして思えばその理解は浅かったのかもしれない。スミ子が真に恐れていたのは、本来の力を取り戻した自分が仲間を傷つけてしまうことだったのだ。

 この状態になるまでに果たしてどれだけの時間がかかっただろうか。皆は――苦しまずに逝けただろうか。そんなことを考え始めた俺をスミ子の声が我に返らせる。

「遅いって言ったよな」

 笑っている。苦楽を分かち合い、同じ目標に向かって歩んできた仲間を屠っておきながら飄々とした顔をしている。

 大切な仲間の命を、奪っておきながら――。

「仲間、か。でもそれは人間の言い分だろう」

 スミ子は笑うのをやめない。

「魔女には魔女の、吸血姫には吸血姫の言い分がある。魔女であり吸血姫でもある者には、魔女であり吸血姫でもある者の言い分がある」

 俺にとっては仲間なんて考え方は甘えなんだよ――とうとう声をあげて笑った。

「群れていれば、そりゃあ楽さ。自分では何もできなくたって、誰かがやってくれるからな。自分に力がなくたって、その力を持った誰かが肩代わりしてくれる。自分はいるだけでいいんだ。一緒にいさえすれば、何もしなくたって栄光のおこぼれに与れる。仮に問題が起きても周囲の存在が隠れ蓑になる。自分が向き合うべき責任も軽くなる。そりゃあ心地いいだろうさ、クセになるくらいにな」

 そんなことはないと言い返したかった。だが悔しいことに、その言葉が真理を射抜いている部分もあった。

 コイツの言う通り俺はいつだって、仲間の存在に頼ってきた。革命を起こすにあたっては魔女を頼った。スミ子の知恵を借り、ユーリイに友達である動物たちの説得を頼み、ヒガンバナを求めて船長にも助力を乞うた。その他にも自分の気づくところで、気づかないところで大勢の人々の世話になりながら俺はここまでやってきた。そこに甘えがまったくなかったと言えば嘘になる。

 だが、理解することと納得することは別問題だ。ともにあることを真っ向から否定するのは人間の傲慢だ。お互いを想い合うための不完全という余地――それが人間に許された素晴らしさだ。自分にできないからこそ他人と協力し合う。補い合う。一人のままでは自分の能力以上のことはできない。だからこそそうやって助け合い、高め合うのが人間なのだ。皆は俺が頼まないときだって自分から助けてくれた。スミ子だって王都で、ホウライ山で俺を助けてくれた。人間の気持ちがあるからこそ助けてくれた。

 だから、それすらも否定したスミ子を前に俺は吹っ切れたと思った。記憶を取り戻し、コイツは人間を捨てた。仲間を捨てた。俺と一緒にいられることを願ったアイツはもう、いない。

 俺は剣を手にする。

 何が起きようと、どうあろうと俺はスミ子を受け入れるつもりだった。受け入れることが俺にならできると思っていた。だがそれも結局は俺という人間の傲慢に過ぎなかった。悔しさも、自分の言葉を守れなかったことに対する惨めな気持ちもあるが戦わなければならない。コイツは敵なのだ。

「そうだ、それでいい。どうせ結果は変わらないけどさ、見せてみろよ、お前の力を」

 言い終えたとき、スミ子はもう目の前に立っていた。頭一つ低い位置から薄ら笑いとともに俺を見上げ、ニィと歪めた口元に牙を覗かせた――余裕だ、と言っているのだ。

 それは勿論悔しい。俺だけではない、コイツは皆を、皆の死をも笑った。

 感情に任せて低い構えから斬り上げ一閃。遅い、と呟いたスミ子に上体を微かに反らすだけでそれはかわされた。だが、そこで終わらせない。相手がずらした重心を戻すその瞬間を狙う。

 かわされることは元より想定の範囲内だ。

 無理な斬り返しはせず、空振りした剣の勢いのまま、俺は体を回転させる。

 タイミングは直感が計る。

 肩越しに見えた相手と、視線が交差する。

 フ――と鼻で笑う音がした。

 瞬間、重心の移動に逆らわず、大きく跳躍する相手の姿が見えた。薙撃が空を斬った。

 体躯に似合わない脚力で空に逃げたスミ子は一度後方宙返りを挟んで俺を見据え、

「本気で殺るときはさ――こう」

 何かを放るように腕を振るう。

 動き自体は早くない。飛来する物も見えない。ヒョウ、と風を切る音だけがする。

 そこにいてはいけない――直感が体を動かす。咄嗟の判断で横っ飛びすると同時に、俺が立っていた場所に、二メートルほどに亘る深い爪痕が刻まれた。

 鎌鼬――。

「やるじゃん」

 余裕を見せるスミ子の体はまだ宙にある。俺はそこを、着地を迎える瞬間を勝機と定める。

 ただ相手も、それを黙って受け入れてはくれない。牽制に腕を二振り――目の前の床に連続して打ちこまれる見えざる刃が俺の進路を阻む。思うように距離を詰められず俺は結局、広く距離を挟み、階段に着地した相手と睨み合うこととなった。

「お前を残した甲斐があったよ」

 スミ子は楽しみを堪えきれない様子で言った。

「ソイツらときたら、あっという間でさ」

「お前が卑怯なことをしたからだ」

「違うな。本物の戦士じゃなかったからさ」

 仲間への冒涜に俺は奥歯を噛み締めた。

「何だよ、怒ったのか? ならもっと怒れ。それで強くなるならどんどん怒ってくれ。そして全力で向かってこいよ」

 こう言えるのだ、コイツにはまだ余力がある。それに結果は変わらないとも言っている、俺を相手に遊ぶ程度の感覚でいるのかもしれない。俺にとってこの戦いが命懸けであることをコイツは当然に理解していよう。その上で弄ぼうとしているのだ。

「来ないのか? それとも」

 俺を見る瞳が妖しく光る――スミ子は階上でまた腕を振るう。

 直線軌道の鎌鼬――一度見た技だ、俺は横にステップを踏みそれをかわす。そうして改めて視線を向けた先に、スミ子の姿はない。

「何だよ、ちゃんと動けるじゃないか」

 声は背後から。

 腕を振りかぶる相手の姿が、背を向けたままだが見えた気がした。

 イヴを切り裂いた、魔女を引きちぎった横薙ぎの動き――。

 咄嗟にかがんだ頭上を風切音が駆け抜ける。

 その体勢から振り向きざまに反撃の刃を始動させる俺の眼前に黒布が揺れた。

 ドレスの裾――そして薄い肌色。

 次の瞬間、横っ腹に衝撃が走り、俺は自分の体が飛ばされるのを感じた。

「素敵なものでも見えたかい?」

 やってきた痛みにむせる俺をからかうように少し離れた場所でスミ子がカラカラ笑った。

「なかなかいいセンスだと思うよ。体術も反応も悪くない。人間にしてはむしろ上出来な部類だな。仲間なんていない方がよっぽど強いんじゃないか?」

 そんなことはない。俺は否定する。

「……ふぅん、本当にそうかな」

 訝るように首を傾げスミ子は、先程よりもゆっくり、扇ぐように腕を揺らした。その直前、視線は微かに俺から外れていた――その先に船長の体を見つめていた。

 まさかコイツは――俺は迷わず剣を、船長の前に差し出した。

 俺の予想は的中した。悲壮な高音が鳴り響き、船長の体と引き換えに刃は砕け散った。その行為の結果は、それだけの意味では当然ない。俺は同時に、戦う力をも失ったのだった。

「やっぱり弱点だったな。どうするんだ、戦いの最中に武器をなくして?」

 確かに、我ながら酔狂な真似だった。返す言葉もない。だが悔いもなかった。それに見合うだけのものを守ることはできたのだから。

 しかし、どうやってこれから戦う?

 チャンスをやるよ――スミ子は言った。俺の前までやってくると、どこからともなく取り出した果物ナイフを手渡してきた。

「十秒間だけ、何もしないでいてやるよ」

 やおら目を閉じ、直立してみせるのだった。

 小さなナイフとはいえ立派な凶器だ。斬っても刺しても致命傷を与えられる。そして当の相手は抵抗せずにいるという。これは倒れた仲間たちの仇討ちをするために整えられた時間に他ならなかった。

 仲間の無念を晴らしたい――いや、晴らさねばならない。

 気持ちで立ち上がった俺にはしかし、そこでスミ子を復讐すべき相手と割り切ることはできなかった。たった数ヶ月をともにしただけの者にさえ、俺は家族も同然の強い仲間意識を持っている。十年連れ添った家族ともなれば尚更だ。吹っ切ったつもりでも俺はスミ子を捨てられなかった。この手でその思い出にケリをつけるのだと思っても、あの無邪気なお手伝いの笑顔を捨てられなかった。

 俺は、ナイフを落とした。

 何のためにここで戦ったのだろうと、自分でも思う。きっと、感情に任せて暴れたかっただけなのだ。結果などわかりきっていた――俺一人になってしまってはもう、この世界のためにできることは何もない。仲間を失うとともに、この世界の滅亡を食い止める手立ても俺からは失われてしまったのだ。ここでささやかな復讐を果たすことにいったい、何の意味があるだろうか――何もない。その先には何も残らないのだ。

「できないか。弱いな、人間は」

 幻滅したとばかりに溜め息が漏れた。俺の力を見てみたい――自身の好奇心のためだけにかつての仲間の命を奪ったスミ子。俺が戦いを放棄したことによりその好奇心を満たした彼女はそして、俺を見上げて静かに呟いた。


「でも、そこがいいのかもしれませんね」


 え――と小さな声を漏らした俺の、首に正面から手が回される。精一杯に背伸びをしてきたスミ子の唇がそのまま、重ねられた。

「ただいまです、坊っちゃま」

 一瞬何が起きたのかわからなかった。そんな俺をいつもの無邪気な笑みとともに見上げて、顔を離したスミ子は言ったのだった。俺がよく知っている耳慣れた口調だった。

「……スミ子、なのか?」

「はい。スミはスミですが」

 それが何か、と言いたげに首を傾げるその様子は、俺の知るスミ子以外の何者でもない。しかしそう装っているだけで、油断させて俺の首をはねようと狙っているのかもわからない。現にコイツは親しんだ仲間たちを容赦なく屠ったばかりなのだ。

 魔女に取り憑いていたネージュという存在の記憶がふと甦る。皆を容赦なく討ち倒したスミ子と、無邪気なお手伝いのスミ子、どちらが本物なのだろう? そして今は、どちらの「スミ子」なのだろう?

「どちらも本当のスミですよ坊っちゃま」

 心を読んだように天真爛漫な笑みとともに言う。俺から身を離したスミ子は階上を振り返り、ぶんぶんと元気に手を振った。

「皆さ~んもう出てきても大丈夫ですよぅ~」

 その直後に覚えた衝撃を俺は生涯忘れることはないだろう。何が起きたものか、それを合図にスミ子の手に掛かり落命したはずの仲間たちが、似顔絵の女――魔女ノエルに連れられ現れたではないか。混乱しながらも俺は現状把握に努めるべく周囲に目を遣る。亡骸などなく、そこにはただ砂の山が散在しているだけだった。

「どうです、驚きましたか?」

 呆然とする俺に向かい、えへへ、と頬をかいたスミ子はそこで拳をつくった。

「これがスミの力なのです!」

「さっきまでのお前は……」

「ちょっと母様の真似をしてみました」

「お前にやられた皆は?」

「見ての通りの砂人形です」

「……ということは」

 はい、とスミ子が微笑む。

 ……つまり全部、偽物だったのだ。

 体中の力が抜けていく。俺はそのまま尻もちをついた。

 胸の中では嘘でよかったという安心感やら狂気からの解放感やらが未だに溶け合わずに渦巻いている。だが――もういい。そう、すべては調子に乗ったスミ子のいたずらだったのだ。

 ……最早怒る気力もない。

「最初から説明してくれ」

 それだけ言う俺の顔はさぞかし子どもじみていたことだろう。


   ●


「スミはちょっと里帰りをしてきたのです」

 館の客間で、円卓に腰を下ろした皆の顔を見渡しながら、説明を求められたお手伝いは言いました。

「そして記憶を取り戻しました。以上です」

 当然とばかりに言いますが、それだけで納得できる者は勿論いるはずもありません。そこで誰からともない提案でジークムントたちが質問し、彼女がそれに答える運びとなりました。尤も聞いたことに答えるという形を取ったことは、聞かなければ答えてもらえないということでもあります。記憶を取り戻したお手伝いは無邪気さの陰で上手く言葉を選び、いくつかの事実については彼らに疑問を抱かせずに話を運んだのでした。そしてときには、ばれないように嘘も交えたものでした。そうまでしてでも仲間たちに隠しておかなければならない秘密が、この世界にはあったのです。

 ジークムントたちはお手伝いの話から、彼女と魔女ノエルとの関係を知ることとなりました。

 親子であることに触れた上でお手伝いは自らを「ほのか・シオン・アルカード」と名乗りました。そうです、彼女の本名は確かに、「ほのか」だったのです。そして自身でもそれについて尋ねられるつもりがあったのでしょう、続けて母であるノエルのことにも言及したのです。

「母様のお名前は、ほのか・アルカードといいます」

 紹介されたノエルがゆっくり頷きます。娘の曰く彼女は魔女としてノエルを名乗り、仙女としてほのかを名乗り、自分を使い分けながら世界を回っている存在なのでした。

「親子で、同じお名前なのですか?」

 当然に生まれる疑問を口にしたのはアメリアでした。それについてお手伝いの少女は、だからシオンなのですよ、と当たり前だとばかりに答えます。

「だって、同じ名前が二人いたら区別がつかなくなるでしょう?」

 アメリアは顔をしかめます。しかしそれ以上は尋ねようのいかない話なのでした。なので話は続いて吸血姫としてのお手伝いに触れることになりました。母親であるノエルが今まで多くの少女を食らってきたということは即ち、同じ一族である彼女もまた人間を食する生き物だということであります。彼女自身もそれは否定しませんでした。しかし勘違いしないで欲しいと補足して言うことには、

「別にそれがなくては生きていけないというわけではないのです。元々、吸血姫にとって人間の血は嗜好品でしかありませんので」

 ジークムントと過ごした十年間がそうだったのです、それに頼らず生きてきたスミ子はこれから先も不要であると潔く宣言します。そうしてから「それにですね」と尚も続けることには、

「血など口にしなくとも、スミは旦那様さえいれば困ることはありませんから」

 彼女は皆の前で堂々と、ジークムントに抱きついてみせるのでした。というのも吸血一族には初めて口づけを交わした相手を生涯の伴侶とする掟があるからだと、皆の視線を一身に浴び萎縮するジークムントに彼女は言いました。隣ではノエルも満面の笑みでもって頷いています。

「それとも人間とは、好いてもいない相手とも軽々しく口づけを交わせるような情の薄い生き物なのですか?」

 これにはジークムントも困ってしまいました。彼女のことを何とも思っていないわけではありませんが、結婚などという具体的な結論について考えたことはなかったのです。しかしながらそれを伝えて自分が薄情者と思われるのは嫌ですし、人間全体がそうであると思われるのはもっと嫌でした。

「よかったよかったなの」

 何も言わずにいる内に、彼の背後でのほほんとした声があがりました。

 ポンと冷たい手が肩に置かれます。

「ほのかがお嫁に行けなかったらど~しよ~ってノエルはとて~もとて~も心配してたの」

 うたうような、ゆるゆるした口調で彼女は言いました。軽やかな言葉の裏ではしかし、鋭い爪が肩口に突き立てられています。ぞっとしながら振り向くジークムントへと反論を許さないという意思、「断ったらどうなるかわかっているだろうな」との含みが容赦なく突きつけられます。彼は自分が総身で震え上がる瞬間を知りました。

「坊っちゃま。不束なスミですが末永く、よろしくお願いしますね」

 相手の、母に対する恐怖心に気づいていないのか、お手伝いは天真爛漫な笑みを形づくりました。ジークムントは密かに思うのです――吸血姫は残酷な生き物で、そしてこんなにも強引な生き物なのです、きっと気づいていても彼女はその笑顔を崩さないに違いないと。

 しかしこの場でそれを口に出すことは許されません。朗らかに笑うその陰でノエルが鋭いものを突きつけている事実に気づいた者はなく、ぎこちなく笑う彼にはただアメリアの白けた視線だけが痛くてたまりませんでした。


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