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第四部_後の祭り

祭りといったら後の祭りです。美空ひばり(?)の祭りの歌のオチに因んでタイトルをつけています。


◇後の祭り


 パン、パァンと二発、頭上に空砲が響き渡る。

 村祭りの主要行事である歌姫コンテスト出場者集合の合図だった。

「行ってきます」と慇懃に頭を下げてからスミ子は駆けていった。それを見送りながら周囲に目を遣ると、他にも数人の少女たちが同じく人の群れをかき分けていくのが見えた。スミ子以外の参加者たちなのだろう。

 聞いた話では、この歌姫コンテストは主催者側の独断と偏見に基づく外見審査を勝ち抜いた十人の少女たちによって行われる。声が美しくとも審査を通れなければ出場できず、かといって容貌にばかり磨きをかけても歌が上手くなければ優勝はできないという、なかなかに狭き門とのことだ。

 例年であれば村内の出場者のみの大会だが、今年はスミ子という外部者もそこに加わることを許されている。口に出すことはなくても、村の中でそれが仙女の予言書による措置であることは暗黙の内に知れ渡っている。仙女がそのような判断を下せば、それを崇拝する人々の態度も右に倣う。スミ子は思いの外、村人たちから親しみを持たれている。

 ただふとした瞬間、俺はおかしな感覚に襲われる。ほのか様、と彼らが口にする瞬間だ。

 確かに、俺たちは仙女の思し召しによりこの祭りへの参加を許されている。スミ子は特に大本番の行事への出場権を与えられた身だ、それ相応の敬意をもって接しているのだと思えば当たり前の対応とも言える。だが何故だろう、村人たちがスミ子を通り越してその背後にある何者かを見ているように、俺には思えてならない。上手く言えないが、どうにも彼らが「ほのか様」という言葉を使い慣れている気がするのだ。遡れば出場者登録のときだって、「ほのか」と口にした瞬間に店主の目の色が変わったように思う。例えば仙女が「ほのか」という名の者だとしたら、というのは深読みが過ぎるだろうか――俺は、そうは思わない。最前列とこそいかなかったもののステージから程近い観客席に陣取っているのにも、聞けば特別審査員として登場するという仙女を見極める目的がある。

 本来ならただ座ってステージを眺めるようなことなどしたくなかった。だが、皆がそれを許してはくれなかった。昨夜俺たちに隠れて話し合いが行われたらしく、その席で勝手に、俺の仕事はスミ子の応援と決まったのだ。まぁ、焦っても仙女が現れるでもなし、息抜きよろしく待ちの姿勢だってたまには大切だろう。

 時計を見るに、始まるまでにはまだ少し時間がある。とはいえ出歩いて何かするには短い猶予。つまるところ微妙な待ち時間である。こういう場合の手慰みには他愛のない考え事でもしてみるに限る。ちょうどここでお誂え向きの問題もある。

 例えば――優勝者に与えられる名誉とは何なのだろう?

 名誉と言われて真っ先に思い浮かぶものといえば、勿論富や地位だろう。しかし平等な村社会、貧しくなくも華やかとも言えない村の様子を見る限り、その線は薄そうだ。毎年同じ物が与えられるという大前提があるが、「仙女様からいただく物なら何でも」という線もこの際だから排除する。今までは村内の者だけがこの大会に出場していた。そこに今回はスミ子が特別参加している。その観点から思案を試みる。村人ばかりでなく、そう、ずばり冒険者がもらっても嬉しいものだ。

 俺がこの旅を続けてきて一番ありがたいと思ったものは、やはり仲間の存在だろう。より踏みこんだ言い方をすれば、今では家族と言っても過言ではない者たち。様々な局面で自分を助けてくれた皆の存在は何物にも代え難い。ただし――そのケースに当てはまる場合、名誉などと面倒な言い方をせずとも素敵な物、もしくは人と言えばいいと思う。仲間の存在は心強いし嬉しいが名誉ではない。与えられるのはやはり目に見えぬものだろう。

 或いは、それは仙女による何かしらの行為とも考えられる。例えば男の身であれば彼女から口づけをされたり抱擁を受けるなど、最上の名誉に違いない。ただ今回の出場者は少女たち。女子の身でもそういった行為は喜ばしいものなのだろうか。でなければ……なかなか考えはまとまらない。

「隣、いいですか?」

 こうなったらスミ子には意地でも優勝してもらわねばならない。そんな思いに一人落ち着かない俺に、そのとき頭上から慎ましく話しかけてくる者があった。

 明るい青色がまず目に入る――。

「魔女か」

 俺はそう呼んだ。彼女が魔女などではないことは大分前に判明しているのだが、未だに俺からはその名で呼ぶクセが抜けないでいる。彼女もそれで慣れているようだし、今更正そうとも思わないのだが。

「休むように言われてきたんですが、迷惑でしたか?」

 首を横に振って俺は場所を空けた。

 魔女は「失礼します」と断ってから隣に腰を下ろした。前日よりいくらか顔色のよくなった彼女の胸には珍しく、ユーリイの姿がない。

「ユーリイならノエルさんを探していますよ」

 察したように魔女は言い、笑う。イヴたちにも今日は魔女ノエルの似顔絵を渡してあるとのことだ。流石は魔女と言うべきか、わざわざ尋ねて確認するまでもなくそのすることに抜かりはない。俺は視線をステージに戻す。

「そうか。じゃあ――」

 捜索の方もつつがなく行われているんだなと、俺はそう続けるつもりだった。

 しかし実際に、その言葉が俺の口から生まれることはなかった。

「ええ。今はわたしたち、二人きりってことです」

 ふふ、と鼻で小さく笑う音がする。振り向いた額にやわらかいものが触れた。言いかけた言葉など既に頭にない。彼女から口づけをされたのだと気づくまでに俺は数秒の時間を要した。

「ふぅん……そういう反応をするんですね。メモメモと」

 笑いながら魔女は筆記するような動作を取る。

「一度やってみたかったんですよね。こういうの」

 驚きとも恥ずかしさともつかない感情に見舞われていた俺はその一言で我を取り戻す。悪びれる風もない彼女の様子に漸く、自分がからかわれたことを悟った。それもそうだ。今まで俺は彼女に助けられることこそあったものの、自分が魔女に好まれるような姿を見せつけた記憶はない。だからと言ってはなんだが、今はただただ、この魔女が自分をからかった事実だけが意外に感じられた。

「お前でもいたずらをするんだな」

 あまり深い意味を持たない言葉とともに苦笑いを浮かべる。これまた意外なことに魔女は、むっとした様子ですかさず「当然です」と言い返してくる。

「ジークさんはいったいわたしのことをどう思っていたのですか?」

 不機嫌な瞳がじろりと俺を向いた。何をそんなにムキになることがあるだろうか――とは思いつつも、予想外の反応に俺は困惑する。しどろもどろになる。

「まぁ、真面目なヤツだとは思っている」

「……ふぅん。真面目、ですか」

 不愉快そうな声が言う。怒らせてしまっただろうかと訝る俺の首に、突然、腕が回された。

「なら今度は真面目なキス、しましょうか?」

 不意に引き寄せられたすぐそこに彼女の顔がある。祭りの雰囲気に合わせて化粧でもしているのだろうか、甘い香りが漂ってくる。緊張のあまり呼吸を止めた俺の元へ、落ち着いた声と美しい少女の顔がゆっくり迫ってきている。

 しかしあと少しまで迫ったところで魔女はそれをやめ身を引いた。にっこり笑って「残念でした」と、そう言うのだった――――また、遊ばれたのだ。

 事実に納得していても、困ったことに顔には勝手に熱が集まってくる。年下の少女にいいように弄ばれるとは、恥ずかしいやら情けないやらで最早溜め息も出てこなかった。

 明るく笑う彼女の姿を無意識に眺めていた。

 こうして彼女と接してみてわかったことがある。スミ子がこの旅の中で成長したように、魔女もまた、出会ったときと比べて大分様子が変わった。特に表情が明るく豊かに、年頃の少女らしくなった。かつて手を差し伸べずにはいられない儚さの中にあった笑顔は、今の彼女にあっても最高の魅力を引き立てている。このような姿を目にする日が来ようとは、出会った当時には想像もしていなかった。神聖というより皆に好かれ大切にされるという意味で、彼女こそ神子と呼ばれるに相応しい存在だと俺は思った。

「……あまり見つめられると恥ずかしいですね」

 何を言うでもなく見られ続けることに耐えかねたのか、魔女が俯く。先の意趣返しをしてやりたい自分を抑えて俺は視線を外した。その直前、彼女の色白の頬がほのかに赤く染まっているように見えたのに、俺は気づかないフリをした。

 魔女は何も言ってこずいつしか沈黙が訪れる。意外な一面を見せられたことで緊張してはいたものの気まずさはない。だから折角の機会に話したいことはたくさんあったはずだが、平穏を壊してしまうのが嫌で結局何も言うことはない。ただただ静かだった。

「始まるみたいですね」

 ほどなくして、魔女が言った。声をかけられ顔を向けたステージには昨日の出店の主人が立っていた。この企画の最高責任者であるとともに司会者でもあることが紹介される。簡単な挨拶に続いて彼が開会を宣言するとともに、さすがは年に一度の一大行事だ、俺と魔女を置いてけぼりに会場は言いようのない熱気に包まれる。

「まずは出場者の皆さんの入場です!」

 ステージには人数分の椅子が並んでいる。彼の合図で呼ばれた者から一人二人とステージに上っていく。この順番は登録の早さや容姿に順位づけをされた結果ではなく「五十音」によるものとのことだ。

 ほのかことスミ子は九番目に現れた。その名が呼ばれると会場が大きくざわついた。スミ子は俺を見つけて手を振りかけたものの、実際にはそれをせず、代わりに頬を膨らめて不機嫌そうに着席した。

 続けて十人目までが出揃うと、それまでの盛り上がりが嘘であったかのように一転、辺りは静まり返った。周囲に目を向ければ、皆々、誰からともなく手を合わせ、しきりに拝むような仕草をしている。

「ジークさん。もしかして」

 俺は確信をもって魔女に頷く。

 村人たちが向いている方には、村長たちの席に並んで誰よりも豪華なつくりの椅子が空席になっている。それは彼女のための席に違いなかった。そう、漸く仙女様のお出ましだ。

 観客一同を見渡した司会者はその一倍豪華な特別席を指し、そこに腰を下ろすべき者についての話を始めた。すかさず飛んできたヤジを軽く受け流すあたり、恒例の前口上のようだ。曰く、仙女がこの村のために何をしてくれたか、彼女がいかに慈悲深い存在であるか、自分たちがどれほど彼女を愛してやまないか――詩人顔負けの美しい言葉で彼はそれらを語り聞かせた。そしてそれを終えると、

「皆様、大変長らくお待たせしました! それでは」

 もうこの場で死んでも構わないと言わんばかりの恍惚とした表情で、感極まって涙声になりながら、特別審査員を紹介したのだった。

「それでは、仙女ほのか様にご登場いただきましょうっ!」


 ――ほのか。

 ――仙女ほのか。


 最高潮に達した村人たちの興奮の中にあり、やはりそうだったかと立ち上がる俺。期待と皆の視線を一身に集める特別席にしかし、仙女はなかなか現れない。

 代わりにステージ上で悲鳴があがった。

 逸早く視線を走らせた俺の目はそこに、瞬時に九人の少女を数えあげる。

 一人、足りない?

 足りないのは――。

「――くん! ジークくん!」

 一つだけ生まれた空席を見つめて呆然とする俺の耳に、動揺が広がる人々をかき分け、近づいてくる声がある。

「大変だよ! この絵の人がメイドさんと一緒に消えちゃったんだ!」

 取り乱した船長がいつになく青い顔で言うのを俺は、彼女以上に真っ青な顔で聞いた。


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