表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/47

第四部_クレハの夜

主人公が魔女と遭遇する場面です。再構成により、次のシーンと分割しました。1シーン1舞台を基本として創作をする過程で、どうするべきか悩んだ場面でもあります。魔女を知る者と知らない者が同居する中で、彼女をどこまで露出するべきかに気を遣いました。

◇クレハの夜


 何ともいえず気まずい食卓だった。コイツといるときにこんな重苦しい時間を過ごした経験は記憶に誤りがなければこれが初めてのことだ。

 婆やが家を出てからというもの俺には、親が留守の間、スミ子と二人きりなどありふれたことだった。二人きりでいたとて何ら気兼ねする必要はなく、むしろ心地よささえ感じるような気楽な関係だった。それはひとえに、意識的なものではあるが、俺にとってスミ子がお手伝いであり妹のような存在であることに起因している。スミ子はいつでも隣に寄り添う存在でありながら、俺にとって特別な異性ではなかった。なかったはずなのだ。

 それが今の俺ときたら、向き合う形で椅子に腰掛けているスミ子を、妹程度にしか見ていなかったはずのお手伝いの顔を見ることもできないでいる。

 何も話しかけてこないところを見るとスミ子も、どうやら俺同様に緊張に支配されているようだ。ただそちらから物音だけは絶えることがない。何の音かって、食器の動く音だ。ちらと覗けば、二人にと必要以上に多く用意された食事は既に半分まで減っている。俺が殆ど手をつけていないから、それはつまりコイツが一人で食べ進めた結果ということになる。食べることで緊張感をごまかそうとしているのだろう。

「……緊張するとお腹が減るのです」

 俺の視線に気づいたのかふと、手を止めてスミ子が言った。飲み物すら満足に喉を通らない俺に比べれば、それはそれで厄介な体質だが、すごいことだろう。

 それにしても仙女のヤツめと、俺は内心で毒づく。案内された部屋を、俺は固辞しようとした。だがそれを宿の者たちが許してくれなかったのだ。

『どうか聞き入れてください』

『理由は聞かないでください』

『でなければ私たちが……』

 涙ながらに頼まれたのだ、預言書の存在を知ってしまった俺たちに断れるはずがなかった。それで人の命が救えるのなら安いものだろう。

 だが本当に、仙女という者はいったい、何を考えてこんなことをさせるのだろうか。もしこうして、気まずい食事をしている俺たちを眺めて楽しむつもりだったならば、その目論見は見事成功したと言えるだろう。つくづく悪趣味ではあるが。

 しかしそのような理不尽な事態をももたらし得る存在であるにも拘わらず、仙女はこの村では多大な支持を受けている。いや、支持などという言葉では生ぬるい。老人から子どもまで、住人たちは誰も彼も、悉く仙女を崇拝している。溺愛し心酔している。そうされるに値するだけの恩恵を確かに、仙女は遠い昔、村にもたらした。だが、それだけでこうもなるものだろうか? 昼間話した村人たちは予言書の掟に背いた際の仕打ちでさえも仙女からの愛と受け止めていた。彼女の愛に報いることのできなかった自分たちへの罰と当然に思っている。俺にはとても、そんな考え方はできない。だから余計に不気味な感じがする。人々の心をこうも惹きつける仙女、明日こそ出会えるに違いない彼女は、果たしていかなる存在なのだろう?


 食後、用があると断って俺は部屋を出た。そのような用など勿論なく、それは未だ解決されざる寝床の問題から逃れるための口実に過ぎない。見え透いた嘘だ。

 俺は上品な調度品の並んだ部屋で、スミ子は明日までの時間を自由に過ごすべきものと考えている。何故って明日、アイツには大事な勝負がある。祭りを盛り上げるための一行事ではあるが、出場する以上は体調を整え万全の態勢で望んで欲しいと思っている。

 とはいえアイツにもそれを拒む理由はある。お手伝いに過ぎない自分が俺を差し置いて一人いい思いをすることをスミ子はよしとはしない。

 だからこそ敢えてその話題には触れず部屋を出た。外で適当に時間を潰してからお手伝いの寝入った頃に戻り、床にでも横になることができれば充分だ。念のためスミ子には明日に備えて早めに寝るよう声をかけておいた。


 昼間ほどではないが、夜になっても村から活気が失われることはなかった。出店は閉じているものの酒が入り、月明かりの下宴会に移行した村祭りからは相変わらず人の姿が絶えることがなく、賑やかな時間が続いている。それもそのはず、船長はここを「小さな村」と言ったが、実際のところは人の数も活気もステラ村とは大違いなのだ。いつか船長に、彼女にとっての「普通の村」の規模について問い詰めようと思う。

 だが改めて思う、やはり人が多くて賑やかな場所は楽しい。祭りであれば尚楽しい。

 そういえば幼い頃、父にこう言ったことがある。どうして一年に一度しか祭りはないのか、毎日が祭りだったらきっと楽しいのに――と。

『本当に、そう思うかい?』

 その問いかけが確か、返ってきた言葉だった。当時は何故そんな風に言い返されたのかよくわからなかったが、十を過ぎ夜祭りに参加し、隠れて酒も口にするようになった今ならその意味もわかる気がする。幼い自分に言い聞かせることもできる。年に一度きりだからこそ、人々はこうしてはめを外して楽しめる。毎日祭りが続いたらきっと普通の日々が恋しくなってしまうに違いない。いつもプカプカと空想の海を泳いでいて、あまり父らしいところを見せない父の言葉が理解できた瞬間。自分も大人に近づいたものだとしみじみ感じる。

 少し祭りの喧噪から外れた場所では、踊り子みたく露出の多い衣装に身を包んだ少女が、しきりに道行く男に声をかけて回っている。遠目にもなかなか整った顔立ちだとわかる彼女が何を商う者なのかは想像に難くない。自分にはまだ遠い世界だ。関わり合いになりたくないので、さっさとその場を離れようとした――ときだった。

「ぁお~。かおるぅ~。かおりがするのよ~」

 どこからともなく不気味な声が轟いた。

 足を止めて周囲に目を配るが、どこにも、何者の姿も見えない。だが声は確かにする。

 右か、左か。さもなくば前か、後ろか。

 だが頭上から聞こえている気もする。

「かおるのよ~。かおり~かおればかおるのよ~」

 ガサリと物音がして、背後の闇の中で何かが蠢いた。

 恐ろしくなった俺は歩調を早め、急いで引き返す。

 道中ずっと、姿なき何者かの気配を感じながら宿に戻った。

 それでも数時間ではあるが、潰すことはできた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ