第四部_初めての
恥ずかしながら、アトリエシリーズでおなじみ株式会社ガストの、採用選考応募作品でもあります。
◇初めての
「ノエルさんを探すことを提案します」
どういうことですかとスミ子が尋ね、全員の視線が集中する中で魔女が言う。かもしれない、とは言っていたが、魔女の中には既に「彼女にさえ会えれば」との確信に近いものがあるのだろう、提案の名を借りた強い主張に感じる。
「彼女に会うことができれば、わたしたちが今直面している問題のすべてにカタがつくと思います」
すべて、というのはスミ子の記憶を取り戻すことと創造主の元へ辿り着くことで間違いないだろうか。
「家族との再会、も加えてください」
魔女は言う。
根拠はと、俺は尋ねた。魔女ノエルとは確かに、彼女たちの話からするに相当やり手の存在ではあるらしい。彼女たちがこの地に駆けつけるのに力を貸してくれたり、人間離れしたところも多々見受けられる。助力を乞うに申し分ない。では何が不服かというと、つまりは必要性の問題になる。それだけの偉大な存在であるならば、魔法なり何なり使って何でもできてしまう。記憶を取り戻すも敵地に乗りこむのも再会を叶えるのも実際、お手の物なのだろう。
それが――だ。
彼女の言葉に従うならば、魔女は三つを同程度の重要課題として捉えている。世界を救うという最終目標を達成する上で必ずしも必要とは思えない、スミ子の家族にまで言及したその理由を聞きたい。それはまぁ、折角魔女に会うのだから、もののついでに頼みたくもなる。その希望があり、かつそれを可能にする人物を前に何もしなければ、旅が終わった暁には――とわかっていてもスミ子の胸に禍根を残すことになる。そうだ、コイツは執念深い。
スミ子の気持ちを整理する――正念場に向けて皆の意思を統一する意味でも、そうすることに反対はしていない。ただやはり、それが寄り道である気がしてならないのだ。
「そう思うのは順番が違うからですよ」
魔女は婉曲に俺を否定する。
「こう言った方がいいでしょうか――スミさんが家族と再会し、記憶を取り戻し、そしてわたしたちの道を切り開く、と」
あぁ、と俺は思わず手を打った。打ったはいいが、尤もらしい顔で言われたから反射的にそうしただけで、実際のところはその違いなどよくわかっていない。だから、次に口を開いたのは俺ではなくスミ子だった。
「もしかして、そのノエルさんがスミのお母さんだと」
「はい。そう考えます」
魔女は漸く、核心に触れた。
スミ子の口から改めてどうしてそう思うのかと、当然の疑問がもれた。
「歌です」
「歌?」
「ノエルさんはあなたと同じ歌をうたっていたんです」
それは普段、退屈しのぎに口ずさむ歌ではない。スミ子だけがうたう、あのおまじないのことだ。
「あの歌には『ほのか』という言葉が出てきますね」
「ノエルさんの娘の名前も『ほのか』っていうんだって」
ユーリイが続けた。
魔女ノエルはその歌で魔法を使い、スミ子はちょっとした奇跡を起こす。俺たちがうたったところで何も起こせないそれを知り、そして不思議を引き起こす……確かに二人には共通する部分と言える。
だが、そんなに都合よくいくものだろうか? 俺は冷静に思い、その通りを口にする。彼女の言う通りであればいいに越したことはない。遅れ馳せながら理解した俺にとってもそれは一石二鳥どころか一石三鳥の大手柄だ。しかし忘れてはならない、イヴの言葉によればスミ子は元々「別のホウライ」からこちらに来た、別世界の住人だ。それがここで再会などできるものだろうか。
「随分、腰が重いのですね」
責めるように魔女が言った。
「とても、お伽話だけを信じて魔女を探していた人の言葉とは思えません」
それを言われてしまうと耳が痛いところではある。
何故そんなにも慎重であろうとしているのか――それは客観性の観点以上に、純粋に俺個人の意見でもあった。自分でも正直なところ、まだそれについて確信を持っているわけではないが、折角のチャンスであるはずのそれを、俺は恐れている。お手伝いが記憶を取り戻すことに必要性を感じる一方、恐れを抱いてもいる。その理由は、今は考えないことにする。
魔女との再会の余韻に浸っていたい状況で、息つく間もなく世界の危機などという話を持ち出されて混乱しているだけだ――と理屈をつけて、俺は自分を納得させる。そうとも、俺が足を引っ張るのはもう懲りごりだ。これはスミ子の問題なのだから。
「続けてくれ」
俺は促した。
魔女が頷く。
「皆さんの方が詳しいと思いますが、今この世界では異常気象が続いています。ステラ村でも周辺でも今年はどうしたんだって、エウノミア王の祟りかって戦々恐々です。でもあの人は違いました。それを滅びの兆候だと、しかもこの世界をつくった創造主がそれをしようとしているとまで言いました。
単刀直入に言います――ノエルさんは恐らくこの世界の行く末を知っています。それも予想だとかそういう不確かなビジョンではなく客観的に眺めた結末としてです。あの人は『そうして滅んだ世界』を実際に見てきているのかもしれません。それなのに、ノエルさんからは余裕が感じられました。きっと自分が死なないとわかっているからでしょう。つまりあの人には逃げ場があるんです。例えば、異世界という――ね」
「歌以外にもスミ子と共通点がある、ってことか」
ええ、とだけ魔女は答えた。
尤もスミ子との血の繋がりを別にしても、俺たちには既に、魔女ノエルに会う必要が生まれている。わざわざ情報をもたらしたということは、彼女がホウライ滅亡の結末に干渉しようとしている、ということでもあるからだ。それは、或いは『未来を変えてみなさい』という挑発とも受け取れる。エウノミアを変えた俺たちがその先の結末に対してどう責任を果たすのかを眺めるつもりなのかもしれない。何にせよ、彼女との対面は欠かせないだろう。
「ところでその人はまだ村にいるのか?」
「多分もういない」
その問いにはユーリイが首を振る。続けてもたらされた言葉に俺は、言葉を失った。
「美味しい物と楽しい所を探しに行くって言ってたから」
流石は魔女――人には世界の危機を喚起しておきながら、何とも非常識なものだ。やはりこの世界の存亡には興味などないのかもしれない。確かに、ステラ村に留まったままでは合流する時間すら残らないかもしれないが……彼女の足取りはこれで完全に途絶えた。相手は古の時代から生きている者だ、俺たちが知っているような美味しい物なら今までにいくらでも口にしてきていることだろう。それに見ず知らずの個人の楽しみなど特定できようはずがない。
魔女ら姉妹が魔法の特急便で送り届けられた現実を鑑みるに、考えつく限りを片っ端からあたるだけの猶予も恐らく、ない。完全にお先真っ暗だ。
魔女もそこまでは考えていなかったのか、俯く。
俺は小さく舌を打つ。結局、魔女ノエルなど、ないものねだりの存在なのだろうか。自分たちの力でどうにかするしかないのだろうか。
「ジークくん……ジークくん」
苛立つ肩をトントン、微かに叩かれて我に返る。ここまで俺たちを案内してくれた女船長の顔がすぐそこにある。
「あのね……この土地からすぐのところに、クレハっていう小さな島があるんだけど……」
「……島?」
「でね……そこにある小さな村で、次の満月の晩にお祭りがあるよ」
――祭り。
目から鱗、という言葉を俺は初めて体験したと思った。
祭り……そう、祭りだ。祭りといえば出店がある。普段は食べられない特別なごちそうが食卓に並び、酒も振る舞われる。それは即ち、その時期にしか食べられない期間限定の「美味しい物」だ。また地域によって異なりはするだろうが、祭りと名がつく以上、催し物も開かれるはずだ。
「……あるよ。確か歌姫を決めるんだ……だから別名『歌姫祭り』っていうの」
希望の光が差してきた。個人の楽しみは特定できなくとも、魔女ノエルが興味なしと切り捨てるような性格でない限り、祭りの場は「楽しい所」でもあるに違いない。
「ノエルさんは『ほのか』を探してる。本当にスミちゃんのお母さんなら、あたしたちの行く場所にきっと現れるはずだよね」
「ええ。わたしたちは再会するようにできている、とも言っていました」
姉妹が揃って太鼓判を押した。
どうやら目的地が、定まった。
「目指すは離島クレハの歌姫祭り、ですね」
魔女が結ぶ。皆が頷き、立ち上がる――。
「あ、あの……」
制するように、声をあげたのはスミ子だった。
「その前に……今、試してみたいことがあるのですが」
胸の前で落ち着きなく指を遊ばせながら、緊張しているのか上目遣いに俺を見、皆を見、消え入りそうな声で言った。
珍しい。今まで当事者でありながら、スミ子は周囲が見つけてきた方法を勧められるまま試してばかりいた。自分からこうしたいと訴えてきたことはなかったのだ。驚かされた部分もあったが、いい傾向だとも思った。結局他人でしかない俺たちではなく本人だからこそわかることもあるはずだから。むしろ今までそれをしなかったことが不思議なのだ。後々になって「もっと早く試していれば」などと後悔したくない気持ちから、俺は先を、その内容を促した。
「はい。坊っちゃまとキスをするのです」
割合にはっきりした口調でスミ子は言った。
「そうしたら何か、思い出せるかもしれません」
まさに、恋の魔法なのです――力強く拳を握った。
呆然とする俺の隣で、まるで眠り姫ですねと、自力で目覚めた元眠り姫が言った。その話なら俺も知っている。悪い魔女に呪いをかけられ千年の眠りについた姫君がさすらいの王子のキスによって目覚め、その後彼と幸せに暮らす――という筋書きの、白雪や茨と姓を変えて各地で親しまれているお伽話だ。
だから余計にタチが悪い。魔女は早くもお伽話の定番になぞらえてうっとりしている。イヴは何かしらのショックを与えるという意味では合理的ではないかと同調している。ただ、港町の件があるからか俺に対する視線は心なしか冷たい。ユーリイと船長は興味がなさそうにしている。そう、ここにはこのお手伝いを止める者がいないのだ。
「さ、さぁ坊っちゃま! 今こそスミと誓いの――」
尤も現実は甘くない。俺は王子などではなく冒険者で、スミ子もまた姫君などではなくお手伝いだ。
「調子に乗るな」
寄ってきたお手伝いをかわし、その頭を軽く小突く。スミ子の口からあぅ、と小さな悲鳴があがった。こんなやり取りをするのだ、王子らしさもなければ姫らしさもない。それが俺たちなのだ。そもそも王子も姫も、もう間に合っている。
……まったく、貴重な時間を。ぼやいてさっさと腰を上げる。
「皆、急ぐぞ」
そうして次の目的に向け先陣を切って歩き出した自分の顔色を、俺は知らない。後で聞いたところによると、大人しく従っていた方がよかったのではないかと声をかけたくなるほど、それは見事な赤色をしていたらしい。




