第四部_鍵握る少女
テイルズオブゼスティリアのカメラワークにはつくづく、驚かされます。
【第四部】
◇鍵握る少女
「…………ということです」
再会の喜びも束の間、世界が滅びる――そんな突拍子もない話をユーリイから次いだ魔女が語ったのは、にわかには信じがたい内容だった。何故ってその終末論を端的に言ってしまうと、それが創造主クローソーによる審判であるからだ。創造主は自分のつくったルールから外れたこの世界を自身の手で、滅ぼそうとしているというのだ。
どうして母なる創造主がそんなことを、と当然の疑問を抱いた俺に魔女は改めて創世神話を語ってくれた。確かにそれの節々には創造主がこの世界に何を願い、そのために何をしてきたかが表れている。
「例えば、王との戦いであなたが壊した水晶。あれも創造主による干渉のいい例です」
理解を助けるように魔女が言う。
「あれが? どうして?」
「創世神話において、この世界で争いが起きた際、創造主は何をしたでしょうか」
「確か……娘である女神を送りこんだ」
「そうです。それと同じことなんです。古代エウノミアが侵攻を受け滅びたことは平和だった古代の国々に不均衡を生みました……つまるところが各国の力の均衡を崩してしまったわけです。これは世の平穏を願う創造主にとっては大変に由々しき事態です。ホウライにまた乱世という混沌が訪れることを嫌った創造主はそこで、かつて女神を送りこんだのと同じように人間界を管理し得る絶対的な力をもたらしたのです。それというのが――」
あの、水晶だったというわけだ。つまりあの革命で俺がしたことは、穿った見方をすれば神殺しということになる。
深い溜め息がもれた。俺がずっと不条理を感じていた平和、それは単純な秩序維持などではなく、そこには創造主という大いなる存在の思惑が絡んでいた。俺が主導した王国への反抗はその背後にある創造主の平和構想に触発する行為でもあったのだ。革命が成され水晶の破壊を知った創造主はだから、それを自分に対する人類の反逆と見なした。そして性懲りもなく自分の願いを裏切った人間を、思い通りにならないこの世界ごと滅ぼそうとしている――というのが此度の危機の全貌だ。
「先に言っておきますが、、今この場にいる誰一人この船から降りることは許されません」
魔女はいつになく強い口調で言った。
「……ボクも?」
「もう立派な関係者です」
アリス船長にも容赦がなかった。この世界の一大事だ、ここまで聞いておいて他人事を決めこむのは許されまい。それに魔女だって自分の行動に責任を感じている。革命を起こす決め手となった自分の存在に責任を感じている。これは彼女なりに助力を乞うている言葉なのだ。
わかっている。それはわかっている。だが、
「創造主なんてモノを相手にどうしろっていうんだ?」
皆が神妙な面持ちで俯く中、俺の声には意図せずして悲壮感が混じっていた。確かにこの世界を救うために対峙すべき相手はわかった。自分にその者と戦わなければならない理由があることもわかった。だからここまできて逃げ出そうなどという無責任なことは小指ほどだって考えてはいない。しかしその創造主がどこから、どのようにしてこの世界に干渉しているのかもわからないのに、どうやってそれを止めろというのだろう? 神に神の領分があるように、人間には人間の領分がある。そう、神にとっては権限、人間にとっては限界という名の領分だ。自分のつくった世界をかき回し、その理想を崩した俺たちは言わば、創造主にとって敵だ。いや、俺たちだけではない。創造主は今や人類すべてを敵と見なしている。だからこそ世界そのものを破壊するなどという暴挙に出たのだ。それを感じ取りもがく人間がいたところで特別扱いはないだろう。「自分を倒して止めてみろ」などと回生の機会を与えることもない。わざわざそうする必要がない。創造主は既にスイッチを入れた。後はただこの世界を俯瞰してさえいればいい。何人だろうと自分を止めるための接近を許可することはないだろう。
「まだ悲観するには早い」
イヴが、おもむろに口を開く。
何かを言いかけた魔女が、それを受け、やめた。
「どうしてそう言える?」
「お前は僕の存在についておかしいとは思わないのか?」
イヴの存在――彼が、魔女が自分のために落命する未来を変えるためにやってきた存在であることは既に周知の事実のはず。ここで改めて考えるほどのこととは……?
「僕が救われたのであれば、ネージュにはエウノミアに侵攻する理由がない。違うか?」
あぁ――確かにそうだ。王子が助かっているならば、エイレネによる隣国侵攻は起こらない。エウノミアが滅びることもなければ魔女がこの時代に逃げ延びることもなくなるはずなのだ。
だが現実は、違う。古代エウノミアは滅び、魔女は現代へ。エウノミアの血族を恨み続けたネージュはトレニア村をも滅ぼしている。この世界の歴史に起こるべき変化は生じていない。
「イヴは、助かっていない?」
この世界ではな、とイヴは答えた。
「つまりはこういうことだ。時渡りによって跳躍したネージュはこの世界ではなく、並行して存在する別次元のホウライに辿り着いていた。そしてそこで兄王子を救う――過去を変えたわけではなく、『エイレネ王子イヴァンが生き延びる歴史を持った世界』を新たにつくった。今ここにいる僕はその世界の住人ということだ」
話を戻すぞ――急ぎ足に言う。
「別世界の僕がここにいるといっても、しかしそれは僕の力ではない。僕がアメリア様から受け取ったエウノミアの息吹をもってしても遠く及ばない方の助力があってこそ、僕はここに立っている」
「あなたのいた世界にも、ノエルさんのような方がいたのですね」
「はい。そしてその方というのは――」
魔女に丁寧な言葉で答えたイヴは彼女から視線を外した。そのまま目で示したのは、
「えっ? す、スミですかっ?」
「その通りです」
素っ頓狂な声をあげるお手伝いに冷静に答えてイヴは、ふらりと現れた彼女によって、自分が救われた背景を知ったことを明かした。この世界で起こる革命の結末を知り、それで未来を変えるべくこちらの世界に来ることを決意したのだと話した。結果的に離ればなれになってしまったものの同じ願いを抱いていたスミ子の力を借り革命が起きる以前の時代、十年前の世界に跳躍してきたのだと続けた。
俺自身もにわかには信じ難い。だが言われてみれば納得できる場面はいくつもあった。魔女の家に至る道のこと、ユーリイが味方であること、怪物に襲われたユーリイを魔女が救いに来ること、革命の采配に関する手際のよさ、そして革命の結末……コイツはやはり、「知っていた」のだ。あのとき繰り返していた「変えなきゃ」の意味も今ならわかる。記憶を失いながらもコイツには本来の目的意志が残っていたのだ。
ここまでくるとイヴがいずれ言わんとしていることも理解できた。並行する世界から彼がやってきた事実に照らして、スミ子による時空間跳躍――例えばこの世界に干渉する創造主の元へも――の可能性を示唆しているのだ。勿論記憶を取り戻せれば、の話だが。
「初めてお会いしたときから気づいてはいたのです。しかし」
「あの!」
スミ子がイヴを遮る。
「……突然そんなことを言われても困ってしまいます」
言葉通り困惑した声と表情でスミ子は言った。その理由が、自分が記憶を取り戻すことに世界の命運を委ねられた重圧ではないことに俺は気づいていた。この態度はどれだけ待っても、探してもここに自分の両親はいないという真実を突きつけられたことに対する失意の現れだ。俺もだからここでコイツの持つ秘められた力について大げさに誉め讃えるような真似は憚られる。それどころか、本当は誰より長い時間をともに過ごしてきた者として何か言ってやらねばならないのに、かける言葉にすら迷う。
「大丈夫です……スミはやれますよ。自分のワガママなんかで、皆で歩き出したこの世界を終わらせたくなんてありませんから」
弱々しく笑ってスミ子は疑問で結ぶ。
「でも、どうしたらいいのでしょう?」
今度はいかにして記憶を取り戻すかの話だ。
これはこれで、難題だ。これまで記憶を取り戻せなかった十年間には色々あった。薬草からおまじないから、それこそ尽くせる限りを尽くしてきた。タンコブを叩いて引っこませようとするに等しい強引な方法だって試してきているのだ。それがここにきて、イヴの助言を受けあっと言う間に元通り――なんて世の中、甘くない。
「それなんですが、皆さん」
頭を抱える俺たちに魔女が言った。
彼女は姉と顔を見合わせ、頷き合ってから、こう言った。
「解決する方法が見つかったかもしれません」




