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第三部_悲願の花

第三部シーン①の「眠れる王女と彼岸の花」に対応してタイトルを決めました。初期稿『Edeiweiss』ではもっとドタバタしたシーンでした。書き直しを重ねることでスミ子の特異性、自身の衰弱を理解しつつ戦いに赴くアメリアの心境などを加えましたが、簡潔にまとめる努力も注ぎ込みました。第三部の終幕、そして第四部への繋ぎとなります。

◇悲願の花


   ●


「ありました! この花ですね!」

 声をあげたのはお手伝いの少女でした。

 山の頂に到達してから――守護者の襲撃を受けてから間もなく三十分が過ぎようとしています。彼女はその時間が剣闘する者にとってどれだけ苦しい時間であるかを、戦いの外にいながらも理解していました。体力は勿論のこと、それは多大な精神力をも要する戦いであります。一撃が致命傷になり得る実戦の場で、一瞬たりとも気の抜けない緊張とも、終わりが見えないことへの不安ともジークムントは戦い続けているのです。

 早く、早く見つけなきゃ――。

 気ばかりが急く中で、見つけたというより、彼女が「あって欲しい」と願ったとき、それがふと目の前に現れたのです。

 アリス船長が親指を立てています。

 元々この地へはヒガンバナを求めてやってきました。望みの物が得られた以上、長居は無用。加えて不滅の体を持つ敵と対峙しているのです、逃げることこそ得策と言えましょう。そのために彼女はまずジークムントを助けに向かいました。自分だけが逃げるわけにはいきません。

 彼女は南の森で怪物退治をしたときのこと、王都でアメリアと敵対したときのことを朧げながら憶えていました。自分には人と違う力があると、確信めいたものもありました。気分が高揚してきます。足止めに留まらず、自分にならできるという漠然とした自信さえありました。

 足を痛めたジークムントを庇いながら果物ナイフを振るい始めた彼女は圧倒的な強さを、敵にも味方にも見せつけました。しかし彼女にもやはり、その敵を滅ぼすことはできません。何故なら――彼女はお手伝いであるからです。森で怪物にとどめを刺したのがアメリアであるように、王都で魔銃を破壊したのがイヴァンであるように、彼女はいつだって、お膳立てをする「お手伝い」に過ぎなかったのです。

 彼女はまだ、その「お手伝い」という肩書きが自分の思う以上の拘束力を持っていることに気づいてはいませんでした。


   ●


 スミ子は俺が、恐ろさを感じるほどに強かった。これがスミ子に潜在する実力なのだろうか――果物ナイフでさえ使い手次第で強力な得物になり得ることを、俺はこの日このとき初めて知った。仮に人間を相手にしたならば、一騎当千と讃えられるに相応しい働きをすることは間違いない。王都で、玉座の間でただ一人歓声をあげていたのはこの姿の予兆だったのだろうか。村に迫った敵軍を壊滅させた影の正体も、コイツなのかもしれない。あまり考えたくはないが、この可憐さでありながら、或いは俺以上の使い手かもしれなかった。

 ただそれだけの実力をもってしても不死身の騎士を討ち倒すことはできなかった。これまで幾度となく俺を危機から救ってくれたお手伝いの奇跡に期待もしたが、スミ子だって万能ではないということだ。

 戦況は芳しくなかった。

 敵は不死身。腕を失おうが脚を失おうが息つく暇もなく俺に向かって猛進してくる。対する俺に策はなく、体力的にもそろそろ苦しい。そして足を痛め、文字通り足を引っ張っている状態だ。

 花を手に入れるという目的は既に達成されているのだから、あとはここを脱出するだけとなっている。とはいえ敵の狙いは俺一人。他の三人はいつでも離脱することができる。そう、やはり問題は俺なのだ。

 何故――俺なのだろうか?

 この地まで俺たちを導いてくれたのはアリス船長、この場所に一番に足を踏み入れたのはスミ子だ。イヴは何度もこの騎士を斬りつけ、妨害をしてきた。普通に考えれば武器すら持っていない船長や、一見した限り戦士にはとても見えないお手伝いこそ真っ先に襲いそうなものだ。花の入手に直接あたったのもこの二人だ。なのに何故、俺だけを執拗に狙うのだろう?

「ああもう! 頭がどうにかなりそうです!」

 終わりの見えない戦いに、とうとう自棄を起こしたスミ子の声で我に返る。怒りに任せてナイフを投げつけるスミ子の姿は俺の瞳に焼きついた。コイツは勝負を投げたのだ――俺はいよいよ、殉職する自分を思い描く。仲間を救う旅の途中で落命、美談ではある。

 だが、その瞬間はついぞ訪れなかった。一向に怯むことを知らなかった騎士が、自棄っぱちの果物ナイフを胸に受けたことで初めて動きを止めた。それだけではない、ガラガラ音を立て、崩れ落ちていくではないか。

「……もしかして、スミの大手柄ですか?」

 照れくさそうに、頬をかくスミ子。

「ううん……違うみたい」

 それを素早く否定して船長が、俺たちが来た道を指した。

 向こうから近づいてくる人影があった。


   ◎


 暗闇の中を、わたしたちはどこまでも落ちていく。

 時間にしたら、多分、ほんの数分。でも何もしているわけではないから、それ以上の長さに感じる。地図を見た限り村から目的地まで、旅をしたら数ヶ月は下らなそうな距離があるから、これはまぁ、そのルールを無視したわたしたちが最低限に負うべき対価と考える。世界の裏側に突き抜けてしまう、なんてことはないはずだ。

 ――空気の匂いが変わった。

 アミ、とユーリイが呼ぶ。

 わたしはユーリイを抱え、残された力で翼を広げる。もう何度も使うことはないだろう、みすぼらしい光をわたしは、ユーリイには見せないようにした。

 間もなく地面が見え、わたしはゆっくり降り立った。

 ――ここが、常闇の地。

 わたしたちがくぐったラビットホールは既にない。なくなったのか、それとも闇になじんで見えなくなったのか、それすらもよくわからない夜の世界。わかるのは――闇の奥にほんのり浮かび上がる朧月。

 そう――アレが常闇を侵すモノ。


 敵だ。


 新しい魔銃を手にする。

 ケモノが死に、新たに託されたツバサという力。

 この世界でただ一つ、わたしのための武器。

 よく、手になじむ。

 距離は関係ない。対象の大きさも。

 これはすべてを撃ち抜く。そして滅ぼす。

 そういう力だと、銃を通して魔女が教えてくれる。

 ならわたしは、その引き金を引くだけだ。

 ――深呼吸。

 ユーリイが不安げな視線を投げかけてくる。

 大丈夫と頷いてわたしは、この手に力をこめた。


   ◎


 やってきたのは魔女とユーリイだった。

 何故目覚めたのだろう、いったいどうやってここまで来たのだろう、騎士が崩れ落ちたのも彼女たちの仕業なのだろうか――疑問は尽きない。

「皆、本当にごめんなさい。それから、わたしのためにありがとう」

 小走りで駆け寄ってきた魔女がにっこりと笑ってみせる。それが閉鎖的で儚げな彼女しか知らない俺たちを大いに驚かせたことは言うまでもないだろう。絶妙に大胆な衣装も含め、まるで別人だ。本当にあの魔女なのだろうか? いったい何があって変われたものだろう? やはり、疑問しか浮かばない。

「ちょっと待っていてくださいね」

 魔女は俺の疑念を察した様子だが、それに答えることはせず、まずは船長に向かう。

「初めまして。アメリアと言います。あなたは?」

「……アリス。ハンプティ号の船長をやっている」

「そうですか、アリスさん。ありがとうございました」

 彼女が続けて顔を向けたのはイヴだった。以前の魔女と同じようにあまり感情を露わにしないイヴの顔に、感激の色が浮かぶのを俺は見逃さなかった。それもそのはず。これは念願の、時を超えた「母さん」との再会なのだ。

 ふと隣に視線を移すと、スミ子の憂いを帯びた笑顔が目に入る。複雑な笑顔だ。仲間の幸せを喜びたいが、同じく家族との再会を求める自分にはそれが少し悔しい。でもそれを周囲に悟られてはいけないので顔だけは笑っている――といったところだろうか。十年も一緒にいるとなかなか口では言えないことも不思議とわかってしまうものだ。お手伝いの寂しい肩をそっと抱く。逆らわず身を預けてきたスミ子とともに仲間を祝福してやるのだ。

「初めまして、ですね。イヴァン王子」

 魔女は事務的に握手を求める。些か拍子抜けするその態度に感動が大きく薄れた。

「王子?」

「ええ。彼は古代エイレネ王国の王子なのです」

 彼女は俺へと補足する。つまり母親でも何でもなく二人は赤の他人同士ということだ。しかも、エイレネというのは……。

 彼にも礼を述べた後で魔女は、俺からの疑問に答える形でこれまでの経緯を話してくれた。

 魔女の話の中には「ノエル」という存在が幾度も登場した。彼女がこうして復活を遂げたのもこの場に駆けつけることができたのも、あの騎士を倒すための知恵や力を授けてくれたのも、すべてはそのノエルという、もう一人の魔女の尽力によるものだった。

 魔女はまたその者から、古代戦争にまつわる重大な事実ももたらされていた。古代エイレネ王国の陰で展開していた反逆計画、毒を盛られた王子のこと、兄王子を想う気持ちを利用され隣国に侵攻した哀れなネージュのこと。その王子、ネージュの兄がイヴであることに改めて言及したところで魔女は一旦、彼に話し手の立場を譲った。

 イヴも隠す必要がなくなったのか、自分が魔女の言う通りの存在であることやこの時代に来た目的を漸く語ってくれた。しかし出会いから大分遅れての彼の話は、俺にとって薄ら寒い話でもあった。というのも彼が言うには、本来俺はユーリイともども王都での戦いで、ネージュに乗っ取られた魔女によって命を奪われる運命にあったというからだ。本来の歴史の流れは、俺たちを始末した魔女はその後過去へ跳躍し、病床のイヴァン王子を救い力尽きるという筋書きらしい。イヴはその瞳に母とも聖女とも映った「アメリア・レオハート」が自分のために命を落とす未来を変えるために時を超えてやってきた存在なのだった。

「ところでさ、ヒガンバナってのはどこにあるの?」

 イヴが話し終えるなり、それまで黙っていたユーリイが口を開いた。まぁ、俺もそうだが自分の最期を聞かされるのは、あまりいい気分はしない。それに、彼女にとってはいつでもできる身の上話などよりもここでしか得られないヒガンバナの方が大事だろう。

「あたし、早く父さんたちに会いたいんだけど。それともまだ見つかってないの?」

「いいえ、ここに」

 スミ子が答え、その続きは船長が継いだ。

「きれいな花でしょう……。でも忠告……反魂は一生に一度きり、一人きり……ね」

「一人きり? ん~迷うなぁ」

 ユーリイは当然に花の所有権が自分にあると思いこんでいる。一人悩むユーリイの代わりに魔女が視線で伺いを立ててくる。元々彼女のために使う予定だったのだ、その必要がなくなった以上、俺はそれでも構わない。

「大丈夫よユーリイ。わたしと二人なら、ね」

 それでいいの、と聞き返す姉に魔女は、小さく笑って首を左右させる。

 二人は連れ立って、俺たちから離れていった。

「よろしかったのですか?」

 二人を見送ったところでお手伝いが尋ねてくる。俺は魔女を真似て首を横に振った。先の革命で俺は幾人もの村の仲間を亡くしている。もう一度会いたい、会って詫びなければならない者が多過ぎるのだ。そこから一人だけ選ぶようなことをしたらそれ以外の者たちに恨まれてしまうに違いない。

 本音を言えば幼なじみのリサに会いたい気持ちも強くあったが、それも我慢する。いつか自分が彼女のいる世界に行ったとき、聞き上手の彼女を相手に話すことがなくなっては困る。やきもちを妬いてしまうような話を山ほど持ちこんで自慢してやる、というのが死の間際に彼女と交わした約束なのだ。

「リサさんにお会いしなくてよろしいのですか?」

 俺は頷くだけで答えとした。勿論両親と生きて再会を望むスミ子に「お前こそ会いたい人はいないのか」などとは言わなかった。

「大変だったようだな、そっちも色々と」

 泣き腫らした跡こそあるものの、幸せそうな笑みを浮かべて戻ってきた魔女に俺は声をかけた。正直な気持ちを言えば、この笑顔を自分の力で取り戻すことができていたらどれだけ名誉なことだろうかと思ってもいるが、それを口にしないだけの分別はある。

「ええ、大変でしたよ。色々と」

 真似するように答えて魔女は笑った。

 二度も自分から居場所を奪ったネージュのことは、いくら騙されていたとはいえすべて許せたわけではないだろう。その兄に対して言いたいこともあると思う。自分のために命を散らせた亡国の民や亡郷の縁故を思えば、押し潰されそうな心の痛みもあるに違いない。だが魔女はここに立っている。過去を受け入れ、背負う覚悟を決めているのだ。この強さは心の強さ――だからこうして本物の笑顔を分け隔てなく見せてくれる。寂しそうに微笑むより、それはずっと人間らしく素敵な姿だろう。

「ジークさんに大事なお話があります」

 しみじみ感じ入る俺に、魔女が言う。上目遣いに、真っ直ぐ俺を見つめる瞳には熱がこもっている。

「大事な、話?」

「そうそう。それなんだけどさ」

 その言葉に反応して魔女の頭上から、ユーリイがしゃしゃり出てきて言った。

「この世界、もうじき滅んじゃうらしいよ」


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