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第三部_翼を広げて旅立つキミに

DEENの曲からタイトルを頂いています。そっとエールを送ることはしませんが、翼の力を携えた女主人公の旅立ちにはぴったりのタイトルだと自分では思っています。

でもDEENの曲で私が一番好きなのは「君がいない夏」です。

◇翼を広げて旅立つキミに


 ノエルさんは魔女だ。魔女と呼ばれるままにそのフリをしていたわたしとは違う、本物の魔女。

 ノエルさんは本当にすごい人。例えば、そう。雨の日に生まれたから、アメリア――彼女はわたしの名付け親だった。名付け親になれるということは、わたしが生まれた当時の存在でもあるということ。彼女はお母さん、トレニアールの友達でもあった。何歳かは、秘密だそうだ。

 ノエルさんはわたしの知らないお母さんをたくさん教えてくれた。わたしの前に現れたときは母親らしくあろうと気取っていただけで、本当は男勝りなお転婆だったこと、結婚相手は自分より強い人でなければ嫌だと言い張ってわざわざ武闘会を開いたこと……聞けば聞くほど懐かしいような恥ずかしいような不思議な気分になった。戦火からわたしを逃がし、未来へ送ってくれたのもノエルさん。お母さんと再会させてくれたのも掌の獣をつくったのも彼女だ。やっぱりこの人はすごい。

 でもわたしにもたらされたのは必ずしも楽しい話ばかりではなかった。古代戦争やネージュにまつわる話。それともう一つ。

「このセカイは今、滅亡の危機に瀕してるの」

 あまり危機感のない口調ながらノエルさんはそれを告げてくれた。その原因を聞かされたときにはだから、「そんな理由で」って一瞬、耳を疑いもしたくらいだ。でも彼女の言葉には不思議な説得力があった。曰く、すべての元凶はわたしたちにある。だからわたしたちがそれを止めるために動かなければならない。そしてそのための最優先課題としてまずは、ジークさんたちに追いかなければならないということだ。

「も~じき危なくなるの」

 聞けば彼らは今、わたしを助ける方法を探してこの世界の頂と呼ばれる場所に向かっているらしい。そしてノエルさんの言葉では、明日には彼らはその地に到達し、それと同時に敵襲を受け、危機に陥るらしい。

「アレはこのセカイの者を狙う。だから助けてあげるとよいのよ」

 ノエルさんの言うことはたまに、よくわからない。でもそれが多分「魔女」と呼ばれる者の在り方なのだと思う。

 ノエルさんはわたしたち姉妹を、魔法で彼らの元へ運んでくれると言った。それから、彼らを手助けするための知恵も授けてくれた。敵は常闇のルールを破る者――わたしは彼女の言葉を胸に深く刻みこむ。常闇の意味するところは文字通りで、一瞬、一筋たりとも陽光が差さないことに由来する。陸も海も光が届かず、時間の流れに関係なく夜が続くことを示す。好んで住み着く人間もなく独自の植生ばかりが我が物顔で繁茂する、これから行く場所は果てしない闇に包まれた世界なのだそうだ。

 でも、大丈夫なのだろうか?

 元々国を変えるために戦っていたのが、今度は世界の危機だなんて、スケールが拡大し過ぎている。それにわたしは気分だけで言えばお伽話の眠り姫だ。目覚めて早々に世界を守るために戦えだなんて、やっていけるのだろうか? ジークさんたちには申し訳ないけれど、もう少し準備期間が欲しいというのが本音だ。

 それに……。

「大丈夫なの。トレニーを信じるのよ」

 ノエルさんはそう言うけれど。確かに、お母さんはわたしを生まれながらの戦乙女と言ったけれど。

 わたしの不安を余所に、ノエルさんの準備は続く。

 話しこんでいる内に時間が過ぎたので出発は明朝ということになった。

 夕食の場は明るかった。おじさんもおばさんも、わたしの目覚めを心から喜んでくれた。あまり驚いている様子はなかった。聞けば世界中を探検して回っている人たちだ、三ヶ月眠り続けた人間が目覚める程度は常識の範疇なのかもしれない。「ジーくんたちの冒険も徒労に終わっちゃったね」と残念がっている節も垣間見えた。尤もわたし自身も驚いて欲しいわけではないから気にはしない。気になるのはむしろノエルさんのことだった。

 ノエルさんは部屋を一つ借り、そこに籠もりっきりで何かを準備している。とはいえ時渡りを行ったり未知の技術を備えた武器をつくったりする人にいったい何の準備が必要なんだろう? わたしの中にはただジークさんたちが危機に陥るのを待っているのではないかという疑念さえ湧いていた。

「そ~でもないの」

 部屋を訪ねると、椅子に腰掛けていたノエルさんは、背を向けたまま言った。その正面には、妙に大胆な衣装が飾られている。

「リオンの服なのよ」

 よもやと思っているとノエルさんはわたしを見ることなく言った。

 え、と思わず声が漏れた。

 それは遠く澄み渡る秋空を連想させる青と白のツートンカラーのツーピースだった。白い上衣には、襟はあるけど袖はない。腕を覆う部分が胴と離れているから、着用した場合最低でも肩や二の腕は露出という形になってしまう。頭には星に似た形の白い花をあしらった、空色のカチューシャ。青いスカートにも左右の腰にそれぞれ空色のリボンがあしらわれている。そして腿まで届く真っ白なハイソックス。極めつけに厚底のブーツ。この服に実は隠された力が――なんてことはなさそうだ。どこからどう見ても隙のない、かわいいだけの衣装だ。

 ……こんなのを着て、戦えるはずがない。

「なの。戦わないための服なの」

 それを言われたとき、わたしの中に生まれたのは驚きではなかった。口からふ、と怒りの片鱗が覗く。

「――ふざけないでくださいっ!」

 大恩ある相手にそんなことをしたくはなかったけれど、わたしは怒鳴っていた。

「何が戦わないための服ですか! わたしは戦いに行くんです! あなたが言ったことでしょう、わたしのために旅立った皆を救いに行くんです!」

「わかってるのよ」

 ノエルさんはまだ背を向けたままでいる。それが何だか、お前なんか相手にしないと言われているような気がして余計に癇に障る。

「いいえ、わかってない! こんな格好、どう見たってふざけているじゃないですか!」

 こんな服を用意するためにわたしたちは足止めされているのだろうか? だとしたら心底バカらしい。それこそ、わざわざ皆が危機を迎えるのを待っているようなもの。下手をすれば見殺しにするようなものだ。

「本当は皆を助ける気なんてないんでしょう! ええ、そうでしょう! 所詮は他人事ですものね! お母さんのことだって――」

 言い終える前に、ピシリと頬に鋭い痛みが走る。漸く振り向いたノエルさんが「冷静になるの」と言った。思い起こせば戦いの場以外で誰かに手をあげられたのは初めてかもしれなかった。笑顔のままの彼女に少なからざる脅威を感じながらわたしは、冷静であろうと最大限に善処する。

 でもやっぱり、無理だ。だってこんな服を着ていたら、駆けつけることができても戦えない。拳を振るうどころか走ることだって満足にできやしない。戦えないわたしなんてただの足手まといだ。折角の力だって――。

 ――あぁ、そういうことか。

 わたしは気づく。この人は全部お見通しってこと。

 これはわたしに、「力を使わせない」ための服装なのだ。

 ノエルさんの纏う気配がやわらいだ。

「でもそれじゃ困るんです。わたしだって皆のために戦いたいです」

「心配ないの。ちょうど仕上がったところなの」

 気がつくとノエルさんの手に、どこに隠し持っていたのか、今の今までなかった小さな銃の姿がある。

 新しい力よ――その言葉とともに手渡された銃は形こそ同じだけれど、今まで手にしていた魔銃とは何かが違った。どこがどう違うのかと言われると困ってしまうけれど、使っていた人間が言うのだ、兎に角違う。

 ケモノと同じではないと、ノエルさんが教えてくれた。彼女はそれについて逐一丁寧な説明をしてくれたけれど、その話はあまりにも難解でわたしには殆ど理解することができなかった。わかったことは新しい魔銃もやっぱり世界でただ一つの、わたしだけの武器であるということ。今度は扱うにあたり生命力を必要としないこと、そしてノエルさんがそれを「旅立つキミの翼」と呼んでいることくらい。わたしにはそれで充分だった。

 ノエルさんは本当にすごい人だ。普段通りに送り出したらわたしがどうするかも、それをさせないための方法もしっかり考えてある。その上で新しい力も授けてくれた。やっぱり、すごい人だ。

「あとはゆっくり休むだけよ」

 促されるままわたしは部屋に戻った。

 あれだけ眠っておいてまだ寝るだなんてと思ったけど、わたしが眠りに落ちるまでに長い時間は必要なかった。久しぶりに起きて活動したというのもあると思う、全身が全霊で休息を欲していた。


 その晩わたしは不思議な夢を見た。

 夢の中のわたしは兎に角怒っていた。何に対してかはわからないけど、腹を立ててノエルさんを責め立てている。どこへやった、返せ、そんな言葉を吐きかけている。ノエルさんは怒るわたしに申し訳なさそうな顔をしている。そして実際、そう思っているのだろう、謝罪の言葉を繰り返している。

 寝る先立って怒鳴りこみをかけたりしたから、そんな夢を見たのだろうか?

 これはノエルさんの行動に対する反抗の願望なのだろうか?

 それにしては妙に、現実味があったように思う。

 憶えている限りノエルさんは、ひたすらこう繰り返していた。

『ごめんねなの、トーコ』


 明くる朝、わたしは見事に寝坊をした。大切な出立を前に何て情けないことだろう、自分に腹を立てずにはいられない。でも、わたしだけではなかった。どうしたことかユーリイも、ノエルさんも寝過ごした。今となってはただただ、それがジークさんたちの命取りにならないことを願うばかりだ。

 着替えを終え、上着を羽織り、改めて訪れた部屋の床に、ノエルさんはいそいそと大きな二重丸を描いた。「ラビットホール」と命名されたそれの中央に立ちさえすれば、あとは彼女が魔法で現地まで飛ばしてくれるとのことだった。

「もっとすごい魔法とか、期待してたんだけどなー」

 ユーリイはそんなことを言うけれど、それは偏見だと思う。物々しい呪文を唱えたり難解な呪式を刻んだりするのはそれだけ、その人が魔法使いとして未熟な証拠だ。本当にすごい人ほどそんなものには頼らない。そして本当にすごい人ほど、そんな人には見えない。わたしがこの短い期間で学んだことだ。

 旅立ちのときがやってきた。彼女とは出会ってまだ間もないけれど、何だか遠い昔からの知り合いとの別れにも似た切なさが胸にこみ上げてきて、わたしは言った。

「また、会えますよね?」

 ノエルさんはやっぱり笑っている。

「大丈夫なの。きっとそ~なるようにできてるのよ」

 わたしたちが円の中に立つと、ノエルさんは早速、不思議な歌をうたい始めた。


  ほのかのかのかほのかのか

  ほかほかほのかのほかほのか


 どこかで聞いたことのある歌だなと思った、瞬間。

 足下の床が。

 そこに音もなく口を開けた闇が、わたしたちを飲みこんだ。


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