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第三部_たった一言のため

小学生の頃の話ですが、ラジオ体操カードがしりとりになっていたことがありました。カエル、ルリタテハ、ハイキング――と続きます。同じく小学生の頃、「メリーさんの落とし物」という怪談を読みました。その話の結びの言葉(ドンドハレ的な)が「ソウシナハノコ」でした。

ルリ「タテハ」とソウシナ「ハノコ」。それというのがペンネームの由来です。


◇たった一言のため


『王女ともあろう者が無様ね』

 ネージュが笑う。

 わたしはユーリイと違って別段、ネージュの登場に驚いてはいなかった。ここはわたしの心の中で、そして彼女はわたしに巣くう存在。だからいきなり現れた彼女にそんなことを言われても、平気。

 でも不思議な気分ではあった。あれだけ許せないと思っていた相手をわたしは今、古い友人にでも会ったような気持ちで眺めている。勿論今だって彼女のことを許してはいない。でもそれ以上の「懐かしさ」がある。そう思う――思えるようになったのには当然、理由もあった。


 歪んだ平和が破壊され、混沌が訪れる。

 混沌を再構築し、よりよい秩序が築かれる。

 秩序が維持され、新たな平和がもたらされる。


 全体、世界を取り巻く状況は三つのプロセスによって構成されている。混沌、秩序、平和というその三つが順に巡ることでこの世の中は流れている――焼け落ちた爺様の家で、奇跡的に残った書物に書かれていたことだ。若い頃から熱心な研究家だった爺様はわたし以上に外の世界に憧れて、色々と調べていたらしい。まだ子どもの頃、一度だけ出会った「不思議な女性」に知識を授けられたのがきっかけだと教えてもらったことがある。爺様の話がわたしに外界への好奇心を芽生えさせたように、爺様にもそんな恩人がいたわけだ。書物はその女性による話を書き留めたものだった。

 それによると三つのプロセスはそのまま三女神の存在にも関係している。「破壊の力」を正義を冠するディケに、「再生の力」を秩序を冠するエウノミアに、そして「保持存続の力」を平和を冠するエイレネに――というように、創造主様に生み出された女神たちはそれぞれ異なる力の象徴となっている。

 それは神話の世界に留まらず、現実としてわたしたち王家の者にも受け継がれた。正しい使い方を知らないわたしは最初にそう教わったまま、それを筋力や肉体強度の増強に使っていたけれど、わたしが戦いに使う翼の力も、元々は体内の血液や細胞の活動を活発化することで治癒力を高める癒しの、再生の力だ。

 ネージュも同様に女神エイレネの力を受け継いでいる。自己保存の力。言い換えて同調と支配の力。それを扱う彼女は「屍人」使い、死者を操る存在だ。それなのに一時とはいえ王都で、わたしを支配した。生者であるわたしを操る力はないはずなのに。神代からの、女神による取り決めを越えてそれをすることができた。

 ――何故それができたのだろう?

 その疑問の答えが今のわたしの心情ということになる。そう、古くからの友人に対する感情にも似た不思議な懐かしさ――生まれた時も土地も違うけど、敵同士でさえあるけれど、わたしと彼女にはどこか繋がる部分があるのかもしれない。だからこそわたしたちはあのとき、一つになったのかもしれない。

 そんなわたしを見下げるネージュの目は感慨深さなんてものとはとても無縁なもの。一年前にわたし自身が彼女に向けたのと同じ目。敵を見つめる瞳。

『一年前――』

 ネージュは笑みを浮かべて言った。

『あなたは、本当に素敵だった。命懸けの戦いの真っ最中にも拘わらず薄ら笑いなんて浮かべて。死のリスクすら楽しんでいるみたいに生き生きとしていた。まるで戦うために生まれてきた存在であるかのように――そう、あのときのあなたは全身全霊で戦士だったのね。それが今は――」

「……」

 みなまで言わなくてもいい。言いたいことはわかっている。一年前の、あのときのわたしと今のわたしは別人。自分に与えられるべき罰だけを考えてあれからを生きてきたわたしだ、隠居した老人みたいに悟りきった顔をして、厭世家を気取って、それは彼女の瞳にはさぞかしつまらない人間に映っているに違いない。

 でもわたしだって、好きでこんな人間に成り下がったわけではない。彼女と出会ってさえいなければ、自分の背景を知りさえしなければ、自分のせいで村が滅びてさえいなければこうはならなかった。いずれ平々凡々な大人になって、平々凡々な一生を終えることになっていたことだろう。

 でも、もう済んだこと――ううん、取り返しの叶わないことだ。だから……笑いたければ勝手に笑えばいい。取り合う気にもならなかったわたしはでも、直後、その意思を撤回することになる。

『ええ。好きに笑うつもりよ』

 そう言ったネージュが、こう続けたからだ。

『こんな娘のために死んだトレニアールを』

 わたしは、自分の瞳が怒りに染まる瞬間を知った。

「取り消せっ!」

 反射的にわたしは怒りを轟かせる。母親としての彼女のことは憶えていないけれど、わたしはお母さんを大切に思っている。母親だと知ってからは娘として尊敬しているし、知る前には遠いご先祖様たちから受け継がれた忠誠心と言ってもいい気持ちを抱いていた。村の名前だって、元を辿れば彼女に由来している。そうされるだけ素晴らしい人だったお母さんをわたしは誇りに思ってもいる。それをバカにされてどうして黙っていられるだろう? わたしを見下して「取り消すものですか」と挑発的に笑うネージュが憎い。心底、憎い。

『だって、トレニアールが無駄死にしたのは事実でしょう』

「黙れ! お前がお母さんをバカにするな!」

『あら、愚弄しているのはあなたの方じゃなくて?』

「……わたしが?」

 一瞬、怒りが削がれるのを感じた。

 ネージュが鼻でせせら笑う。

『過去と現在であなたのために、あなたのせいでどれだけの人間が犠牲になったのかを知らないとは言わせない。なのにあなたはそれを知っていながら罪や責任から逃げて、自分勝手な理由で命を捨てようとしている。それが英霊たちに対する愚弄ではないとどうして言い切れるの?』

「それは……」

 答えることができなかった。自分の境遇についてそんな風に考えたことが、わたしにはなかった。

 わたしの「せいで」命を落とした人々がいる。

 わたしの「ために」命を落とした人々がいる。

 それは表裏紙一重の、思考の違い。

 だからわたし「も」消えなければならない。

 だからわたし「は」生きなければならない。

 自分が考えてきたことをわたしは責任と言い、彼女は逃避と言う。愚弄と笑う。わたしが採るべき選択は、どっち?

『エウノミアを、変えようと思うの』

 我に返ったわたしに彼女は、眠り続けているあなたには関係のない話だけれど、と続けた。

『新しいエウノミアは、あまり上手くいっていないの。当然よね、絶対的な存在によってまとめられていた国から王が姿を消したんだもの。国を支えた仕組みの根拠が、法の根拠がすべてなくなったんだもの。仮初めの平和の中で押しつけられていた理不尽も、人々が抱いてきた不条理な思いも、押さえつける恐怖が失われた。地位の向上を求める辺境と己の利益を守りたい中央の溝は埋まらない。合議制という機構の中でさえ、既に強者と弱者が生まれている。あちらを立てればこちらが立たず、こちらを立てればあちらが立たず、でも、どちらかを選ばなければならない。結局、どちらも選べない。恨まれるのが恐ろしくて何も決められない。不自由だ、息苦しいと思いながらも皆、王という存在に依存していたのよ。不満はあるけれど、決して手の届くことのない王という存在がその背景にあったからこそ人々は我慢してこれたの。あなたたちが破壊したのは王政じゃない、王によって守られていた秩序よ。

私はねアメリア、トレニアールのことは大嫌い。でも彼女のことは好敵手として尊敬してもいるの。その彼女が治めていた国が、こんな形で荒廃していくのは忍びない。だから――私がつくり直すの。幸いお誂え向きの体もあることだし、ねぇ』

 にっこり笑う。

『あなたが死を求めるとは、そういうことよ』

 ぞっとした。またしてもわたしを利用する気なのだ。

 口では尤もらしいことを言っている。分析もきっと間違ってはいないだろう。間違いがあるとすれば、それは、彼女が描くエウノミアの像だ。彼女はきっと厳罰主義を必要と考えている。革命を教訓に地方へ駐屯兵を派遣して監視体制を強化したり、絶対王としての権力誇示のために考え得る限りを尽くすことだろう。先の戦いで、皆で勝ち取ったエウノミアを否定するように。

 だとしたら――わたしはそれを許してはならない。王なんて立場を欲しがっているわけではないけど、王家の血を引く最後の者として国を守る義務がある。そうだ、元々わたしが立ち上がったのは、エウノミアの誇りを守るためだった。それをわたしは、危うく自ら放棄するところだった。一番守らなければならないものを、自分の手で再び壊すところだった。

 王都で彼女に体を奪われた理由が今ならわかる。与えられるべき罰のことばかり考えていたわたしは、生きながらにして死者だった。わたしはまだ生きている。大勢の人たちが守り支えてくれたこの命で今度はわたしが、エウノミアの誇りを守らなければならない。

 わたしの選択は、こうだ。

「絶対に、あなたの好きにはさせない」


   ◎


 決意を口にしたアミは森へと駆けていった。現実から霧の森を経てあたしがここに辿り着いたのと逆に、目覚めに向かってるんだろう。あの子は気づいてるだろうか、自分が乗せられただけだってことに。自分に向いてた罪の意識を、誇りを守ろうとする自尊の心にすり替えられただけだってことに。結局、魔女ノエルが言った通りの、ネージュの行動した通りの結果があたしの手元には残った。嬉しいけど、面白くはない。

『単純ね、あなたよりよっぽど』

 だからそんなことを言われるのも面白くない。

 アミがいなくなったことで、村にはあたしとネージュの二人だけが残された。でも心象世界の主が姿を消すことはその世界の終焉に向け火蓋が切られたことでもある。あたしたちだけの時間はそう長くないだろう。

『だから危険なのね。単純であるが故にあの子は諸刃の剣でもあるから。考え方一つ、物の見方一つの違いで正義にも悪にもなれてしまう。そして全力で突き進んでしまうから。それでも、雁字搦めにされて動けなくなるよりよっぽどマシだとは思うけれど……大変なのはこれからよね』

「何を企んでる」

 あたしは目を鋭くした。今回はあたしに都合のいいように動いたけど、コイツには前科がある。あたしたちの敵で、トレニア村の皆の仇で、そして諸悪の根源だ。

『人聞きの悪い言い方をするのね』

 ネージュがニヤリとする。以前のような高圧的な感じは、今は影を潜めてる。でも少し拍子抜けしたけど、コイツは右手に武器を隠し持って左手で握手をするようなことを平気でするヤツだ、まだ油断はできない。

 でも、そうね――続ける瞳がふと、遠くなる。ネージュは自嘲気味に笑った。

『あなたは、現人神を信じるかしら?』

「アラヒトガミ?」

 オウム返しにするあたしにネージュは、人の姿を借りて世に顕現した神のことだと説明を加えた。

『力でかなわず知恵でもかなわず、何をしても上を行かれる。先を越される。出し抜いたつもりが踊らされて、隠したつもりが筒抜け。そんな存在に、すべてお見通しって顔で自分のしてきたことを間違いだと指摘されたとき、あなたならどうする?』

 あたしには、その問いかけには答えられない。あたしはそんな、自分の人生を否定されるような出会いをした経験がないし、生き方もしてないつもりだ。でもこれはあたしの話じゃない。つまりそれを言うネージュ自身がそれだけの恐怖によって改心させられたってことだ。あの、魔女ノエルという存在に。

 魔女ノエル――あの人は何者なんだろう? ネージュを改心させアミが目覚めるきっかけを生み出した点においては、あたしはあの人を味方だと肯定する。でもそれなら、もう一つの仕事なんて遠回しな言い方をせずにはっきり内容を口にすればいいと思う。それにネージュを説得してことが足りるなら、あたしをここに送りこむ必要がない。あたしは、ここでは本当に無力だった。来る必要がなかったのではないかとさえ思ってる。そのあたしがこの場に居合わせたことに何の意味があるんだろう――あたしにはさっぱり、わからない。それこそ「神のみぞ知る」ことなんだと思う。

 気づけばあたしは、村にはいなかった。また闇を漂う者になる。

 そういえばあたしはアミに、一つ黙っていたことがある。

 あたしだけは、今回のアミの呵責と無関係ってこと。

 あたしはあの日、炎に包まれた爺っちゃんの家から逃げることができなかった。そう、あたしは火事で命を落とした。焼け落ちる家の中で一生を終えたあたしの体は、ネージュのヤツに利用されることもないまま、今もあの家の下に眠ってる。アミと戦ってなんていないのだ。

 ま、すべては今更の話。言ったら言ったでアミにまた新しい後悔の種を与えることになってしまう。だから――この事実をあたしは墓場まで持ち帰るつもりでいる。

 ネージュの姿ももうない。

 謝罪はなかったけれど、今回の行動が彼女なりの、最後の良心だったということであたしは決着する。許したくはないけど、今までのことはどこかで踏ん切りをつけなければならない。ネージュを恨んでも許しても皆は帰ってこないから――だったらせめて、皆の冥福を祈るきっかけに変えていかなければいけないと思うから。変えていこうと思うから。

 意識が、再び遠くなる――。


「おはようユーリイ」

 視界に飛びこんできたのは天井を背景にしたアミの笑顔だった。そう、あたしが目覚めた場所はその腕の中だった。仕方ない。今のあたしはぬいぐるみだから、簡単に抱えられてしまう。姉としてはちょっとだけ残念な現実。

 でもこの笑顔も現実だ。

 昔からそうであるように、アミの笑顔には人の心を和やかにする力がある。そしてその効力はあたしも例外ではない。散々心配させたことを叱ってやろうと思ってても、この笑顔を前にしては何も言えなくなってしまう。今ならその理由がわかる気がする。この笑顔はきっとアミを守った人々の笑顔。アミを愛し、アミの幸せを願った人々からの時を超えた贈り物なのだ。そりゃあ、あたし程度がかなうはずがない。

「ごめんなさい」

 アミはでも、その笑顔を申し訳なさそうに歪めて言う。

「この一言を、ずっと昔からあなたに伝えなきゃいけなかった気がする」

 そんな顔をされたらあたしこそ申し訳なくなってしまう。でもあたしはそんなアミを否定しなかった。何故だろう、あたしも、そう言われるのを長い間待ち続けてた気がした。アミに謝って欲しいことなんてないはずなのに、不思議な気分。

 少し離れたところで、魔女ノエルも寂しそうに微笑んでいる。この人にこんな顔ができるなんて、ちょっとだけ意外だ。アミに自己紹介は済ませたんだろうか? でもそれだけでは終わらせない。あたしだって答えて欲しいことは山ほどある。

 ミッションコンプリート、なの。

 微かな声が言った。


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