第三部_罰願う少女
宮崎、議員辞めるってよ。
いつぞや総選挙に先駆けて、テレビで「完全に自分の希望に合う候補などいるはずがありません。だから皆さん、『この人でいいかな』『この人のほうがマシだな』という考えで選んでください。無投票だけはいけまんよ」と投票を呼び掛けていました。そういう妥協発想でいれば当然、人間的に未熟な候補も口さえ巧ければ議員になれてしまいます。それを許したくない私の選択は、白票です。
◇罰願う少女
最初に手に掛けたのは爺様だった。わたしに、この世界に果てしなく存在する不思議を、知識を示してくれた先生だった。そして、村の未来のためわたしに初めて刃を向けた人だ。
次は隣の家に住むカルロスおじさんだった。浮いた話の一つもない人だったけど、漸く三歳年下のサリーさんと二月後の結婚が決まって、未来に幸福の花が咲きかけているところだった。
三人目は店の常連客だったヴァレリィ。喧嘩ばかりするお兄さんのために湿布や傷薬をよく買いにきていた。七歳の割にませていて、「お姉ちゃんの好きな人はだぁれ?」なんてしつこく聞いてきて。でもかわいい子だった。
四人目からはもう、誰でもよくなった。思い出なんて関係ない。誰だろうと――誰の姿をしていようと皆、わたしの敵だったから。
わたしが地下道にいる間に、村は既に、お母さんの言葉通り壊滅させられていた。死体があちこちに転がるそこは屍人使いの独壇場。わたしは手を変え品を変え襲ってくる一人ひとりを、ケモノの力で撃ち倒した。
すべてが終わって一人になったとき、戦う相手をなくして高揚が去ったとき、大きな寂しさがやってきた。これからは一人なんだ――そう思うと辛かった。本当に辛かった。だから 自分の運命を呪って、この巡り合わせを泣きながら嘲った。
――あぁ、そうだ。
わたしは笑っていた。爺様の言っていた通りに。
本来ならわたしもそこで滅ぶべきだった。自分でけじめをつけなければいけなかった。でも許されなかった。お母さんがそれを許さなかったから、わたしは惨めにも生きることを選んだ。マレビトを待つことを、わたしは選んだ。時を超え、霧向こうからやってきたわたしが呪いの子として、災いの子として村を滅ぼしたように、霧を越えてやってくる存在――マレビトによってわたしの死は与えられなければならないからだ。
飢えたり無闇に力を使って命を落とすのは逃避。天寿を全うするなんて卑怯。直接この胸に刃を突き立てられるか、でなければその人のために力を使って燃え尽きることこそが、わたしに許された終焉。わたしはジークさんに、ただそれだけを求めていた。魔女としてエウノミアの悪を断ち切った後、滅ぼされることを望んだ。
なのにどうして――わたしは未だ逝けずにいるのだろう?
◎
真っ暗。或いは真っ黒なのかもしれなかった。
そんな状況だから残念ながら目では何も捉えることはできない。ただ自分の肌には、今までとの違いをはっきり感じる。窮屈なぬいぐるみの体ではない、人間の体だ。
ここがどこなのかはわからない。
でもきっと現実とは違う場所だと思う。あたしの体はもう一年も前に終わったんだ。それが都合よく戻ってくるなんて、やっぱりあり得ない。ううん、あってはならない。普通ならね。
普通――か。今までのあたしなら、そんなことは考えなかった。でも「ノエル」と名乗る存在を知った今なら話は別。あの人は普通ではない――ううん、あの人自身にとってはきっと全部普通。すべてが当然、当たり前のこと。あの人は単純に、純粋にあたしたちとは違う「普通」を生きてる。だから、言うなれば、あの人にとっての常識はあたしたちにとっての不思議、そしてあたしたちにとっての常識は――知らない。多分、「関係ない」価値観なんだと思う。
あの人はいったい何者なんだろう?
あの笑顔にごまかされちゃいけない。魔女を名乗るだけあって計り知れない、得体の知れない秘密があるような気がしてならない。そんな人が何をしに来たんだろう。何をさせに来たんだろう。
それに――もう一つの仕事って何だろう?
考えても、結局彼女自身を問い詰めてみないことには何もわからない。問い詰めたって、納得のいく解答がもらえるかどうかはまた別問題。のらりくらりとかわされる、に賭けてもいい。だからあたしはさっさと気持ちを切り替える。まずは目の前のことに集中だ。ここに来たことにだって、きっと意味があるはずだから。
あたしが考え終わるのを待ってたように突然、周りの景色が様子を変えた。
思わず足を止めたのは、闇が晴れたそこが、あたし自身もよく知ってる場所だったから。トレニア村を囲んで存在する霧の森だったから。
ここに立つのは一年半ぶりだ。懐かしい。
ここはあたしにとって遊び場も同然の場所だった。難攻不落で決まった道程なんてものもないこの森で、村人の中で唯一、あたしだけは迷ったことがなかった。霧を越えて外界に出ることこそできなかったけど、あたしは初めて足を踏み入れたときから一度として自力で戻れなかったことがない。まぁ、他の皆とは違う勘を備えてたってことだ。
その勘、直感が訴える――やっぱりここは現実ではない。
規則とか理屈ではなく、体が勝手に道を選ぶ。あたしは当たり前のように霧を抜け出し、そして当たり前のように、トレニア村にやってきた。
あたしの直感が確信に変わったのはそのときだった。
村は、あたしの知ってる頃とはまったく様子が変わってた。変わらずに残ってるのはあたしの家だけで、他はどれも焼け落ちてる。あたしの家だって、建物が残ってるってだけで、同じじゃない。家の周りにはいくつもいくつも、お墓があった。あたしはこの風景を知らない。こんな恐ろしい光景を知らない。だからこれは、現実ではない。この姿を知ってるのはジークとスミちゃん、そして――他でもないアミ。そのアミをあたしは、お墓の群の中に見つけた。
「そう……あなただったのね」
あたしが呼ぶと、しゃがみこんでたアミは振り向くことなく言った。
「何が?」
「一つ、足りないの」
「足りない?」
答えはない。あたしは改めて何が足りないのか問いかける。それでもアミはまだあたしを見ようとはしない。だとしたら、それを質問に対する答えととるのなら――。
――お墓?
「そう。わたしの分はまだない」
アミは言った。わたしの分だけが、と。
「そうりゃそうだよ。まだ生きてるんだもの」
「死なずにいる、の」
強い口調でアミはあたしを訂正する。
「皆、死んじゃった。ネージュに殺されて、わたしに殺されて、骨も残さずに消えちゃった。なのにわたしだけ、どうして残っているんだろう?」
ねぇ、どうして――振り向いた顔と声は、あたしを責めてるように感じられた。
死者は生者を恨む。羨む。以前化け物と対峙したときに思い知らされたことだ。気持ちはわからないでもない。生きていたらこうだったろうに、こうしたかったのに――自分から失われてしまった可能性を持つ者に対して自分の不幸を不条理を、憎しみを叫ぶのは、現世に未練を残した者なら当然だと思うから。でもこれは逆だ。アミは生者でありながら死者への羨望を訴えてる。「死を得ることができた」皆を恨んでる。「皆と同じように逝けなかった」自分を憎んでる。
わかってる。アミはそのためにジークに力を貸した。アミにはアミの悲しみがある。疎外感もある。でもやっぱり、可能性を持った人間がそれを失った者に憧憬を抱くのは間違いだ。だから、だと思う。当たり前のようにそれをする今のアミが、あたしは怖い。怖くてたまらない。これが、一年の間にアミが蓄えた心の闇。あたしの知らないアミの姿ってわけだ。
「やっぱり、運命ね」
顔をお墓の方に戻して独り言みたいにアミは言った。
「霧の向こうから来たわたしは、この村を滅ぼした。だからわたしを滅ぼすのは、同じように霧を越えてやってきた存在だと思っていた。でも、あの人と行動をともにしたけど望んだものは得られなかった。あの人はわたしが待っていたマレビトじゃなかった」
そしてまた、あたしを見て、
「ここはわたしの、アメリアの心の中。誰も来られるはずのない、わたしだけの世界。それなのにあなたはやってきた。ねぇ、わかるでしょう?」
あなたには資格があるの。そう言ってアミは笑った。
そんなものわかりたくなかった。認めたくなかった。あたしはアミに生きて欲しい。罰を与えられるためなんかじゃなく、そんなもの忘れて精一杯、自分の幸せのために生きて欲しい。ここで頷いたらあたしは、自分で自分の望みを壊すことになってしまう。
「悔しくないの? 順番も憶えていない。物を壊すのと同じように、わたしに消されたのに?」
「……」
「……そう。それがあなたの選択なら、それでもいいよ」
言葉を返さないでいるとアミが言った。
「わたしはこのまま眠り続ける。そして逝くから」
「そんなの、ダメだ」
あたしは言った。だってそんなことになったら、アミのために旅立った人たちの努力も気持ちも踏み躙ることになる。心配してくれたステラの村の人たちに対してもだ。でも、ダメと言ったはいいけど、わかってもらえては多分ない。今のアミの頭の中には「自分がどう滅びるか」に関する選択肢しかないから。生きようという気がないから。
どうしたらいいだろう? どうしたら立ち直ってもらえるんだろう?
『叶えてあげればいいじゃない』
どこからともない声で我に返る。反射的に顔を向けたそこ、墓群の中にはアイツがいた。あたしたちの故郷を滅亡に追いやった張本人、アミの心に深い傷を残した張本人、そしてこの世界でただ一人アミの死を願う張本人が、あたしたちを笑ってる。そうだ、元々アミに取り憑いてた卑怯者だ。ここにいたって不思議ではない。
コイツさえいなければ――。
『後にしてもらえる? あなたの相手をしに来たわけじゃないのよね』
関係あるかとあたしは飛びかかる。怖い怖い、と逃げるように飛び上がったネージュは屋根に腰掛け、フ、と鼻で笑った。
「この――」
すぐさま追おうとしたけれど、何故だろう――あたしの体は動かなかった。意思に反して動こうともしない。ただ頭の中に声が聞こえてくる。記憶に新しい、魔女ノエルの声が言う。
『あの子に任せるのよ』




