第三部_もう一人の魔女
終始真面目モードの今作において、唯一の息抜き場面です。思い入れのあるキャラとしてノエルを中心に盛り上げたい場面でしたが、物語の進行のために我慢しました。シーンよりもストーリーに重点を置いた『女神の箱庭』です。
◇もう一人の魔女
「ぴんぽ~ん。ぴんぽ~んなのよ~」
その声が聞こえたときあたしは、アミの部屋にいた。
世間ではこのところ、雹が降ったり地震が頻発したりで大騒ぎ。ステラの村も例外ではなく、あたしもアミの看病そっちのけで友達――といっても動物さんだけど――とあっちこっちへ駆り出される毎日。漸く、一日中アミと一緒にいられる時間を得た昼下がりのことだ。
ま、看病といっても、できることなんて何もないんだけど。
気まぐれに窓の外に目を向ける。
玄関扉の前には、黒のフリフリドレスを着た人影が見える。横顔だけだけどウェーブがかった黄金色の長髪がきれいな人。服装が服装だから多分、女の子。それがドンドン扉を叩きながら、うたうように言ってる。
「魔女なのよ~。魔女が来たのよ~」
胡散臭いヤツだと、あたしは率直に思った。そんなヤツが白昼堂々やって来るのも、元を辿ればジークのせいなのだ。二ヶ月前、これから海に出るって便りが届いたきり何の音沙汰もないんだから。あの連中は本当にアミのために動いてくれてるんだろうか――あの子が本物の魔女だっていうなら是非ともお聞きしたいもんだ。
……まぁ、そうだったら面白いと思うだけで、生憎あたしに応対する気はない。おじさんもおばさんも出掛けてるし、鍵はかけてあるから、あたしが居留守を使う以上、あの子はここで門前払いということになる。
さよなら、「自称」魔女さん。
――カチャ、パタン。
扉が開く、音がした。あたしは慌てて外を見る。あの子の姿は既にない。
あばさんたちが帰ってきたんだろうか?
だとしたら「ただいま」の一言くらいあっていいはずだ。聞き違いではないと思うけど――あたしは家中の気配に耳を澄ます。この体になってから、動物的な感覚が妙に優れてるあたしだ。
聞こえてきたのは、スキップでもしてるのかドタドタうるさい足音と、あの子の声が奏でるおかしな歌だった。
かもね、か~もね、かもなのね
かもじゃないけど、かもなのね
かもしれないけど、かもだから
かもじゃないけど、かもなのよ
かもよ、か~もよ、かもなのよ
かもじゃなくても、かもなのよ
かもしれなくても、かもだから
かもじゃなくても、かもなのね
何、この歌は――思わず吹き出しそうになる。何を言いたいのか、まったくわからない。そもそも伝えたいことがあるのかどうかもわからないし、そんなことを考えること自体が野暮なのかもしれない。兎に角酷い歌だった。でも何故だろう、不思議と懐かしい感じがする。
あたしは――この歌を知ってる? それとも、この子を?
足音は真っ直ぐこっちに向かってくる。
「こんにちはなの! 魔女のノエルですなの!」
威勢よくドアが開き、現れた女の子が開口一番、まぶしい笑顔とともに言った。
「……はぁ。魔女のノエルさん……なの」
「なの」
服装からあたしはこの子を女の子と判断してたけど、こうして向かい合って見た彼女の印象は「どこか不釣り合いな人」だった。天真爛漫、無邪気な笑顔と幼い言葉遣い、子どもっぽい服。それだけなら確かに女の子。でも口調などの割に、妙に成熟してる部分もある。そこだけ見るならこの人は大人。
そのまま眺めて、あたしは漸くこの人に似合う言葉を見つけた。「年齢だけ重ねた子ども」だ。最大の違和感は彼女から精神的な成長を感じないところにあったわけだ。そうして一人納得するあたしを彼女の方も、笑ってはいるけどじっと見つめてる。初めてあたしを見た人は大抵が「ぬいぐるみが喋るなんて」って驚くけれど、好奇の瞳であたしを見るけれど、この人は何となく違う気がした。
どこかであたしと会ったことがあるんだろうか?
「忘れるとよいのよ」
まだ口にもしてない内から心を読んだみたいに、表情を崩すことなく彼女は言う。
あたしは彼女が不法侵入者であることを気にしなくなってた。
立ち話もなんだからとあたしは彼女に椅子を勧め、自分はアミのベッドに座った。
ありがとなの――そう言って腰を下ろした魔女ノエルは、自分が行方不明になった娘「ほのか」を追ってここに辿り着いたことを話してくれた。
「このセカイのどっかに迷いこんでるはずなの」
「この世界、って言っても広いけど」
「この辺りで匂いがしたのよ」
彼女はふっふ~んと笑う。人探しとはそういうものなんだろうか? この人の言うことはよくわからない。それなら最初から魔女が来たなんて言わずに「娘を知りませんか」って訪ねてくればいいのに。
「それじゃ~いけないの」
「どうして?」
「秘密なの」
……バカに、されてるんだろうか。何だかすっかり主導権を握られてる。思えばトレニア村でもこの村でも、あたしをこんな風にあしらえる人はいなかった。それが、でもやっぱり、あたしには新鮮である以上に懐かしい。
忘れるとよいの、とノエルがまた言った。
「娘さんの特徴は?」
「ほのかはかわゆい。とて~もとて~もかわゆいの」
勿論、それだけでわかるはずがなかった。全体、大雑把過ぎる。猫に逃げられた飼い主の方がまだ的確な情報をくれる。この人には、本当に娘を探す気があるんだろうか、なんてこともふと思う。
「似顔絵とか、ない?」
「あったらほのかがすぐ見つかっちゃうの」
「見つけたいんじゃないの?」
「それはノエルにもよくわからない」
「……」
溜め息を隠しもしないあたしと対照的に、ノエルは天真爛漫に笑う。そう言うとあたかも今そうしたように聞こえるけど、実際のところは最初からずっとそれを崩すことなく、笑顔でいる。もしかしたら笑顔以外の表情がないのかもしれない。
この人が、どうにも不敵な人物に思えてきた。
全体、あたしは考えるよりも行動するタイプの人間だ。けどそれは多くの人が思うような意味ではない。考え始めるととことん突き詰めるまで歯止めが利かないから、だから深く考えないようにしてるってだけ。そのあたしが久々に考える――この人は底が知れない。
今ならわかる。娘を知らないかって訪ねてきてたら、居留守を使われた場合に引き返すしかない。自分は魔女だって最初に名乗ることでこの人は不法侵入する、それができる当然をつくった。それから娘を探してるって話だけど、話してみるとどうにも、この人にとってそれはさして重要な問題じゃない。つまり人探しは話の枕で、本当の目的は別にある。「魔女」としてするべき何かが彼女に――なんてのは考え過ぎだろうか?
「流石なの」
魔女ノエルの声であたしは我に返る。もう驚かない。一層の明るさが宿る彼女の次の言葉を、あたしは待った。
「ノエルにはも~一つお仕事があるのよ」
「もう一つ?」
窓を背にしたノエルから、白い腕がすっと伸びてきた。手のひらを上に向けて、のほほんとした彼女らしい、そう、まるで握手を求めるみたいにゆったりした動きだった。
あたしはそれに応えるように手を伸ばし返してた。そうしようと思ったわけではなく無意識に手がそっちに向かった。ううん、手だけではなく、あたしという意識そのものが彼女に引きこまれていくようで――。
あたしは――そのまま、気を失った。
●
これでよし、なの。ユーリイが意識を失うのを見届けた魔女ノエルは言いました。しかしそれはまだ、本当の目的の、準備が整ったに過ぎません。彼女はアメリアを見据えてうたうように、こう言いました。
教えて欲しい、屍人使い?
どうしてその子を思い通りにできないのか、教えて欲しい?
――ううん、教えてあげる。
返事を待たずに彼女は、差し出していた手を拳へと握り変えました。
「結構よ。アンタの存在以外に理由があるなら別だけど」
彼女が次の行動を起こす前に、どこからともなく少女が姿を現します。観念したように、投げ遣りにその少女、ネージュは言いました。
「結局、アンタには敵わないのね」
四百年前も一年前も、そして今もと自嘲気味に笑いました。
「どうするつもり? 私を消して、この子を救って、それでハッピーエンド?」
魔女ノエルは首を左右させます。では何がしたいの、と訝るネージュに彼女は言います。
お前はリオンの役に立たなければならない。
お前には、エウノミアに大きな借りがあるから。
「借り?」
魔女は大きく頷きます。
お前は自分が踊らされたことを知らない。
謀反を企む者たちの陰謀を知らない。
あの病が、自分を嵌めるために仕組まれたものであることも知らない。
逆臣に唆されるまま無実の隣国に攻めこみ、大勢の命を奪った――これがどうして罪にならない?
お前は咎人。
大罪人も大罪人。
違うとでも?
ならどうして、イヴァンはここに来た?
どうして、お前の邪魔をした?
「……」
ネージュには、彼女が嘘を言っていないことがわかりました。そう判断する根拠には遠い昔、自身を本に封じた者に対する、その実力を認めているが故の敬意があります。現在、自分を滅ぼしに来たわけではないと言う彼女から発せられる余裕があります。笑顔の翳に光る底の知れない不敵さがあります。そしてそれ以上に身の締まる思い、畏怖があります。相手が真実だけを話していることをネージュは本能で悟ったのです。
それに、と魔女はそこへ尚も続けます。
「お前たちは元々、一つの存在だった」
「一つ?」
「善の部分はリオン。悪の部分はネージュ。ノエルがそうなるように振り分けた」
この者はいったい何の話をしているのだろうとネージュは思いました。そんなことができるのであれば、それは最早魔女などという陳腐な存在ではなく――いや、そんなはずはないと小さく頭を振りました。しかし彼女が言うのであればすべては事実であり、そして事実である以上、話の限り自分には、アメリアのために働く義務があるに違いないと、ネージュはそう思うのでした。




