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第三部_不死身の女と幽霊船

第一部、二部では時折だった「◇」ですが、三部以降はすべてこれになります。

アリス・トロメールは花の名前「アリストロメリア」からです。



◇不死身の女と幽霊船


「あそこにいるぞ。ほら、あの隅のテーブル」

 男が指したのは、何もない場所だったが――いや。よく見ると元々照明が限られている空間の、殆ど光が届かない場所にテーブルが一つ、ひっそりと備えられている。そして言われなければ目にも入らなかったその席に、髪の長い人物が突っ伏していた。

「……聞いていたよ」

 こちらから話しかける前に欠伸混じりの声で、相手の方が先に声をかけてきた。

「船……出して欲しいんでしょう?」

 彼女はゆっくり、俺たちを見上げるために首の向きだけを変える。

 ひぃっ、と俺の背中でスミ子が悲鳴をあげた。


   ●


 栄養失調でも起こしているような、青白い顔の彼女でした。伸びほうけたボサボサの頭髪もまた目も覚めるような白です。しかし、そこから受ける印象ほど、彼女本人は年老いてはいませんでした。ジークムントの見立てでは恐らくまだ十代、あどけなさの残る少女です。年齢相応に瑞々しい輝きを放つべき顔、その目にはしかし生気が宿っておらず、何とも言えない気味の悪さがあります。「命知らず」と一言で表すにも、その様子は勇敢という意味合いとは程遠く、彼女には、ありのままを言うなれば死人めいているところさえありました。

 この人が、聖なる十字架……。

 その姿だけで彼は、背筋を冷たいものが伝う嫌な感じを覚えました。


   ●


「教えてよ……どうして海に出たいのかな」

 何しろ気味が悪かった。とはいえ自ら声をかけてくれた相手に怖気づいているわけには勿論、いかない。出航を願う自分たちに協力してくれそうなその当人が俺たちに興味を持ってくれているのだ、何も言えないまま愛想を尽かされるようなことがあっては言語道断。みすみすチャンスを逃すというものだ。

 俺は自己紹介に始まり魔女が昏睡状態にあること、彼女を目覚めさせるために必要な「ヒガンバナ」を探しに行く途中であることを手早く簡潔に話した。自分たちが国政を脅かした先の革命者であることについては、伏せておいた。既に過去のことであり、今の自分たちにまったくそのような気概がないとしても、武力的な活動に関わった経験のある者はどこへ行ってもあまり歓迎されない。それどころか警戒され、ロクな人間関係を築けないことさえある。俺は旅立つにあたり、それらの点について両親から念を押されている。だから自分たちについてはステラ出身の新米冒険者とお手伝い、傭兵に、魔女のことも大切な家族と表現し、重篤な病気であるということにしておいた。

「……懐かしいなぁ、ヒガンバナ……未だに探している人がいたなんて。いいよ……ボクでいいなら力になってあげる……本当に、ボクでいいならね」

 突っ伏したままで興味なさげに聞いていた、彼女。態度を見る限りでは「面倒臭い」などと断られそうだったが、好意的な返事だけは素早く返してくれた。どことなく嫌な含みのある言い方ではあるが、それでも嬉しい返事には違いない。

「まぁ……他に船を出せる人なんて、いないと思うし」

 とは言いながら、だ。いかにも慈善事業を謳いつつも彼女の話はまだ終わっていなかった。彼女はそこで一つの条件を提示してきたのだ。仕方ないことではあった。大荒れの海への出航だ。若い者から老練まで、大勢の男船乗りたちでさえ躊躇う命懸けの航海に、何の見返りもなく臨める人間などいるはずがない。ただ「条件」という言葉を使われてしまうとやはり、魔女の件もあるせいか身構えてしまう。あれが特殊な例だとわかっていても、だ。

 そんな俺から彼女は、ふと視線を外す。やおらイヴを指しながら言うことには、

「……そこのお兄さん……ボクにちょうだい。お婿さんにする」

 正直、また厄介な条件を出されたなというのが率直な意見だった。それはまぁ、辺境の村出身の俺たちに、これから直面するであろう危険に対して金銭的な手当てが潤沢に用意できるわけではない。ない袖を振らされるより、そして何より「命を奪って欲しい」に比べればよっぽど優しい話ではあるのだが。

(悩む必要はありませんよ)

 隠れていたお手伝いが背後からそっと、耳打つ。

(スミたちの目的はあくまでアミさんを救うことにあります。そのためならたとえ火の中、水の中――今が覚悟を試される、まさにそのときなのです)

 スミ子はイヴへと向き直った。

「勿論、構いませんよね?」

 笑顔とともに、強気に言い放つ。表情こそ笑っているもののそれは、俺がかつて目にしたことのない笑みだったように思われた。そういった調子で無理を押しつけてくることは、ユーリイには多々あった。ただ彼女にはそれを可能にするだけの裏表ない明るさと、人間関係づくりの得手があった。それらはこのお手伝いにはない力だ。だから余計に、イヴからすれば意表を衝かれた部分もあったのだろう、思いもよらぬ相手からの言葉に言い返すこともできずにいる。勿論、納得しているようにはとても見えない。しかし「アミさんのためです」と至上に慕う魔女を人質に取られては仕方がなかったようで、

「……条件を呑もう」

 やがて微かな声で答えたのだった。

 その返事をもらえたことは、女船長にはよっぽど嬉しかったに違いない――元々期待もしていなかったのだろう。飛び起きた彼女は「アリス・トロメール」という名前と合流時刻を言い残し、その細腕に見合わぬ腕力でイヴを引きずって意気揚々と去っていくのだった。

「大丈夫です。きっと仲良くやりますよ」

 本当にこれでよかったのだろうか――申し訳なさと、不安半分に最後まで見送った俺にお手伝いが明るく言った。その顔を見ていると、本当に言葉通りになりそうな気がしてくるから不思議だ。絶対そうに違いないという確信さえ湧いてくる。思い返せば先の革命のときもスミ子は「きっと上手くいく」と、そう言って励ましてくれた。そして現に俺たちは革命を成し遂げることができたのだ。

 コイツの言葉には成功を呼び寄せる力があるのかもしれない――俺は思う。或いは成功すると「知っている」が故に言えるのかと、そうも思う。魔女の結末を知っていた節があるイヴと、そのイヴと知り合いらしいこのお手伝い、もしかしたら二人は――。

 俺がその答えを知るのは今暫く先の話になる。

「坊っちゃま、漸く二人きりになれましたね」

 スミ子の無邪気な笑顔が、思考を遮る。屈託のない晴れやかな、普段通りの笑顔だ。

 そういうことか――俺は先に見た笑顔の正体が、一月以上も前の復讐の成就にあったことを後れ馳せながら理解した。恐ろしいヤツだと苦笑いする俺の隣でスミ子がまた、おまじないの歌を口ずさんだ。


 翌朝港に行ってみると、既にそこではアリス船長の指示の下、屈強な男たちによって出航準備が進められていた。前日酒場にいた者を見つけ話を聞いてみると彼らはこの女船長をアネゴと慕う――船働きする彼女を崇拝する――追っかけとも取り巻きとも言える者たちだった。彼女が腰を上げれば従わない者はないと言われるほどアリス船長は、薄気味悪い見た目に反して水夫たちから熱烈な人気があるらしい。つくづく人は見かけによらないものだと、感心せずにはいられない。

 優れた操舵の腕を持つ船長、人望ある頼れる船長――強いてそこに不安要素を挙げるなら、その所有する船だろう。俺たちが乗る予定の船とは、こういうところだけ彼女のイメージ通りで、どうにもくたびれた船なのだ。旧式なだけでなく傷だらけでもあり、生きた幽霊船と言っても過言ではない。事実、祖父が修理した漂着船をそのまま引き継いで使っているというからたまらない。尚、その名をハンプティ・ダンプティ号という。

「……大丈夫……この船は絶対に沈まない……ボクがいるからね」

 俺に気づいてやってきたアリス船長が言った。

「アンタが聖なる十字架、だからか?」

「……うん。ボクね……死神に嫌われているんだ。だからどんな船に乗っても、嵐に巻きこまれても死なない……ううん、死ねないんだ。……ボク以外の船員は毎回、何人か消えちゃうけどね……」

 果たして安心させようとしているのか、それとも不安を煽ろうとしているのか。その真意は俺にはわかりかねる。はっきりしていることは、間もなく出航準備を終えようとしている船を見つめる自分の顔が、その場にいる誰よりも青ざめていることだけだった。


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