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もう一つのプロローグ_掌の獣と誇り護る翼

「掌の獣ゼロハート」は神殺しの武器として生まれたものです。『勿忘草』に登場する「再生の焔夕星姫」、「直視決死ブラックサバス」を始め「氷の華ギル・ガラド」「和刀逢魔ヶ時祢々斬」「百万の殉死ライアークラウン」と考えていますので、また他作品で使っていきたいところです。

◆一番はじめにあった物語~掌の獣と誇り護る翼


 長く続いた暗闇の果てには大人が二、三人入れるかどうかという小さな空間がありました。その一番奥まった所に石壁を削って小さな祭壇のようなものがあって、そこには白銀に輝く金属でできた、やはり小さな箱が奉られていました。

 その箱を開けて、彼女から手渡されたのは小銃でした。弾倉を持たない、特殊な機構の銃です。少女はそれを魔銃ゼロハート、と説明しました。

「ゼロハート?」

「そう。キミのためにつくられた、キミにしか扱うことのできない唯一にして絶対の力だ。ただそれには見ての通り弾倉がない。弾は……ここにある」

 少女はゆっくりとした動きで自身の胸に手を置きました。

「心、ですか?」

「厳密には命だよ。この銃はキミの寿命を食らう諸刃の剣なのだ。撃ち出された生命の弾丸はキミと標的との間に紡がれる『縁』に導かれるまま確実に敵を貫くだろう。触れられるものも触れられぬものも見境なく、ね」

「まるで狂犬ですね」

「そうとも。だからそれをつくった本人は『掌の獣』などと呼んでいた。ゆめ忘れるな、それはキミの中にある大切な時間を急速に消費する。乱発多用は禁物だ」

 少女はふっと、険しくしていた表情を緩めました。

「身構えなくてもいい。キミにはきっとそれを正しく扱うことができる。私が最も信頼する友が言っていたことだ、間違いはない。だがねアメリア、今のそれはまだ魂を宿していない。そのままではまだ、獣ではない」

「武器として使うことができない、ということですか?」

「その通り。それはキミがエウノミア王女としての自分を理解したときに初めて、目を覚ますのだよ」

「王女としてのわたし……?」

「目を閉じて、戦う自分をイメージしてみなさい」

 突然のことに戸惑いながらもアメリアは少女に従ってみました。その直後アメリアを待っていたのは、不思議な感覚でした。喧嘩だってしたことがないのに、戦いなどその単語を耳にするのも嫌なはずなのに心が高揚してくるのです。それにかつてないほど体中に力がみなぎります。上出来だと言われ、アメリアは目を開きます。その背中には今、光の翼が広がっています。この銃は彼女の持つ翼に呼応して力を持つ武器だったのです。

「……どうかしましたか?」

 ふと少女の浮かない顔に気づきアメリアは尋ねました。

「私は、本当はキミに戦う力など授けたくはなかった。人並みに生き人並みの幸せを得て人並みの生涯を終える平凡な人間であって欲しかった。この四百年間ずっと、キミがこの地を訪れる未来など間違いであって欲しいと願っていた。だが、ここまでやっておいて今更引き返すことはできないね。私はキミの背中を押す存在でなければならないのだから。

そうだ。慰めになるかわからないが一つだけ、キミに教えてあげよう。キミの母親、トレニアールはあの小娘の手に掛かって命を落としたわけではない、とだけね」

「ではどうして?」

「自滅、さ。彼女は自分の力を使い果たしてしまった」

 情けなさそうに少女は視線を落とし、おや、と小さな声を漏らしました。彼女の足が、徐々にではありますが霞み始めているのです。

 少女は構わず続けます。

「その翼はエウノミア族の誇りであり、キミ自身の身体能力を飛躍的に高める、戦うための力だ。そしてあの悪に対抗するための聖なる力だ。ただ翼の力は、魔銃同様キミの貴重な命を対価とする。あの歌を聞いただろう――翼は運命、なのだよ。アメリア、諸刃の剣を二つも携え旅立つキミへ、これは私からの忠告だ。トレニアールのように力に溺れてはいけない。必要なときに必要なだけその力を使うのだ」

 既に彼女の体は半分ほどが薄まり、透明になっていました。アメリアは漸く驚きましたが、彼女は動じることなくゆっくり上方を指しました。その示す先には星々の遠い瞬きが、そして未だ終わらぬ夜を照らす紅月の光が望めます。この場所は教会の裏の枯れ果てた古井戸に繋がっていたのです。

「あなたはいったい、どこまで先のことを?」

 別れ際にアメリアは言いました。

 彼女は「あまり遠くはないが」と断った上で意味深な笑みを浮かべます。

「私と別れたキミが他愛のないことに気づくまで、さ」

「他愛のないこと、ですか?」

「それはお楽しみさ。さて、名残惜しいがそろそろ時間が来てしまったようだ。アメリア、私のしたかったことをたくさんするのだよ。私のできなかったことをたくさんするのだよ。私の行けなかった場所へ行き、出会えなかった者に出会い、そして私の分まで幸せになっておくれ。どんなに辛いことがあろうと、そこから逃げ出すことは許さないからね」

 少女はとうとう消えていきました。

 穏やかな笑顔を最後まで見届けてアメリアは彼女を不思議な人だったな、と振り返りました。

 本当に不思議な人でした。馴れ馴れしく、生意気で、謎めかしたことばかり言っておきながら質問をすると不機嫌になるような。

 しかし初対面にしてはどこか心地よさを感じさせる人でもありました。

 彼女は四百年もの間自分を待ち続け、そして武器を授け、力の使い方を示し、自分を導いてくれた恩人です。戦いへと赴く自分の行く末を気にかけてくれた導き手でもあります。自分と何の関わりもない赤の他人に、果たしてそんなことができるものでしょうか。

 わたしには、できそうにない――そう思ったとき、アメリアの内に一つの言葉が生まれました。

「お母さん――」

 闇の中にアメリアのか細い声がこだまします。

 答えはどこからも返ってきませんでしたが、アメリアはその考えに確信を抱いていました。

 アメリアは心静かに空を見上げます。

 そうして滅ぼすべき悪との対決に向け、大地を蹴る足に渾身の力をこめたのでした。


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