もう一つのプロローグ_生まれながらの戦乙女
この作品をつくる上で特に力を入れた発言が三つあります。
「私はとても悔しいよ」
「国を汚されて怒らぬ者は王ではない」
この話で使われる言葉たちです。最後の一つはまた、終盤で。
◆一番はじめにあった物語~生まれながらの戦乙女
「いつまで寝ているつもりかね?」
どのくらい経った頃でしょうか。アメリアは何者かの声で目を覚ましました。目を開けるとそこにはロウソク一本だけの小さな明かりと、自分を覗きこむ少女の顔がありました。自分が寝ていることに気がついたアメリアは慌てて身を起こしました。
「ふむ。なかなか立派に育っているじゃないか」
少女は自分よりいくらか年上に見えます。立ち上がったアメリアを上から下までじっくり眺めて彼女はいたずらっぽく笑いました。
「やや不足がちな部分もあるようだが」
「あなたは誰ですか?」
「キミの味方さ。さぁ行こうかアメリア。あまり時間がない」
少女は強引にアメリアの手を引いて歩き出します。嫌な感じはしませんが、馴れ馴れしさと偉ぶった口調と、妙に冷たい手ばかりがアメリアには印象的でした。
「どうしてわたしの名前を?」
ロウソクの頼りない明かりが一層頼りなく思える暗く狭い道が続く中、沈黙に絶えかねたアメリアは歩きながら尋ねました。
「キミがここに来ることがわかっていたからさ」
「はぁ。因みにここは?」
「古代戦争のときに使われた避難用地下道」
「地下道……そんなものが村にあったなんて知りませんでした」
「だろうね。目立ってしまっては避難路の意味がない」
「そういえばわたし、随分高いところから落ちたと思うんですが、どうして怪我もないんでしょう?」
「客人が来るとわかっていながら、もてなしの準備がない主がいるかね?」
「主ということは、あなたはこの道の番人を?」
「番人と言えば番人。しかし別に塞がれた道の番をしているわけではない」
「では何の番をしているんですか?」
「これからキミが手にする物さ」
「わたしが手にする物?」
「そのときになればわかる。それより、少し静かにしてはもらえないか。折角水入らずのつもりが、こうも質問攻めにされてはすっかり台無しだよ」
「はぁ、すいません。でもあと一つだけ……」
「……やれやれ。好奇心だけは一人前のようだね」
溜め息とともに少女は頭をかきました。
「仕方がない。キミを素直な子に育ててくれた、よい両親に免じてあと一つだけだ。何だねそれは?」
「はい。あなたのお名前を教えてもらえませんか?」
「おや。そんなことでいいのかね?」
意外な質問だといくらか驚いた様子で彼女は、足を止めて振り向きました。そうしてアメリアの顔をまじまじと見つめた後で素っ気なく言いました。
「死者の名前を知ろうとするのはマナー違反というものだよ」
その後は暫くの間沈黙が続きました。
いくらか経って今度は少女の方が口を開きました。あまり自分のことを語りはしませんでしたが、アメリアは彼女が古代エウノミアの人間であることや友人の力で未来を知ったこと、アメリアの危機に備え人ならざる身としてこの地に留まったことなどを聞きました。そしてネージュに関して彼女が古代戦争を引き起こしたエイレネ王国の女王であることやその目的がエウノミアの血族の抹殺にあることを知りました。
「詳しい理由は知らない。だがヤツはエウノミアを強く深く恨んでいる。キミの体を乗っ取って、村人たちを皆殺しにするつもりだったのだろう」
古代人というだけあって彼女は、王家の者としてネージュが受け継いだ女神の力についても知っていました。それは他者の血液を糧にすることでその者と自分を同調させ、やがては成り代わってしまうという悪魔の力のことでした。
「尤も生者の精神を乗っ取ることはできない。屍を操るのがせいぜいの力だが」
「では、わたしがここにいる以上ネージュの目論見は失敗に終わったわけですね」
「キミを利用して、という意味ではね」
だがね、と彼女はアメリアに続けます。
「今夜は月が赤い。封印が弱まり、アレの力が最も活性化する日だ。一つ尋ねるが、今日、キミの周りで『人死に』はなかったかね? アレと接触していそうな人間――知識人の死だ」
アメリアは長老のことを思いましたが、それを口にはしませんでした。
しかし尋ねた少女にとってはその反応だけで充分でした。
「心当たりがあるのだね。これで結果は等しくなる。キミの分が減るだけで、村は実質全滅する。いや……今頃はもう、それは結果として成立しているだろう」
嘘よ、とアメリアは悲壮な声を響かせました。しかし少女はアメリアが一番期待していたその言葉を言ってはくれませんでした。
「ここで肯定すればキミの気もいくらか楽にはなろう。だがそれはできない。何故なら私に与えられた役目はネージュの魔の手から間一髪逃れたキミに復讐の刃を授けることだからだ。ネージュが目覚め、キミがここで私と出会ったということは、今の話が真実である何よりの証拠になるはずだ」
アメリアの足は止まりました。復讐などと言われてもアメリアは別に戦いを望んでいたわけではないのです。今まで通りに家族と楽しく暮らすことができれば幸せだったのです。だから少女の話からその望みが薄いと知ったとき、アメリアはすべてがどうでもよくなりました。このまま一生ここから出られなくても構わない気さえします。
「何を立ち止まっている。先にも言ったがあまり時間がないのだよ」
先を歩いていた少女もまた足を止めて言いました。
「嘆くのは自由だ。キミにはその権利があるのだからね。だが、悔しくはないのか?」
「……」
「私はとても悔しいよ」
少女は固く握った拳を震わせました。
「一方的に戦争など仕掛けられ、私は多くの同胞を失った。それが四百年も経ってから再び、今度は関係のない末裔にまで手を出しているのだ。あの小娘、八つ裂きにして臓物を引きずり出して、畜生どもの餌にしてもまだ足りない」
「あなたも、ネージュに家族を?」
「途方もない昔の話さ。死した私にはもう復讐を成し遂げる権利も力もない。だからキミに託すのだ。この戦いはキミが負うべき宿命なのだよ」
「血は宿命……なんですね」
「その通り。国を汚されて怒らぬ者は王ではない」
避けられぬ戦いを前にアメリアの体を恐怖が駆け抜けます。初めは小さな動悸に過ぎなかったそれは間もなく全身に伝播し、御し難い震えとして現れました。
そんなアメリアを励ますように、少女はそっとアメリアの肩に手を置きました。
「恐れることはない。キミには力がある。キミはねアメリア、生まれながらの戦乙女なのだよ」




