もう一つのプロローグ_災いの子
アメリアが「魔女」を自称した背景場面です。
私の創作における処女作品がこの「一番はじめにあった物語」場面です。それを思えば我流で始めた創作当初にこれを考えつくあたり、当時の私は心に闇を抱えていたのかもしれません。
◆一番はじめにあった物語~災いの子
今まで知りたかった答えを得たアメリアは、以前のようにはネージュに会いに行かなくなりました。その背景には自分の好奇心に一つの区切りを感じたことは勿論、最愛の姉に「もうあの本には近づかないで」と懇願されたこともあります。アメリアはとうとう自分が『全知全能の書』に宿る者と友達になったことなどを洗いざらい姉に告白してしまいました。そこで前々からその本のことをよく思っていなかった彼女に、ここぞとばかりにそれとの絶縁を求められたのです。言い換えれば理不尽な仕打ちでもありましたが、アメリアは姉と友達とを慎重に秤にかけ、結果的に姉を選んだのでした。
「それにねアミ。ネージュって名前にあたし、聞き覚えがある気がするんだ」
時は流れ季節は夏から秋へと移ろいました。アメリアは十三歳の誕生日をめでたく迎え、家族とともに最も幸せな時間を過ごしました。
誕生日の数日後アメリアは村長、星読みの爺から呼び出しを受けました。こういうことは以前から度々ありました。書物庫を片つけていたら面白い本が出てきたとか、ためになる本を見つけたとか、彼は好奇心旺盛なアメリアに真っ先に知らせてくれるのです。だからこの日もアメリアは、「今日はどんな発見があったのだろう」と期待に心躍らせて出掛けたのです。
夕方から夜へと世界が生まれ変わっていく始まり、少し早めの夕暮れ刻でした。付き添いの姉とともにアメリアは爺の門戸を訪ねます。待ってみても返事はありませんでしたが、アメリアはそのまま屋敷に上がりました。彼から前もってこういうときはそのまま上がって構わないという許可をもらってあるのです。
「まったく。自分で呼び出しておきながら」
ぶつくさ言いつつもお茶菓子のお相伴に預かろうというユーリイを先頭に、アメリアは爺の書斎に向かいます。
しかしいざ入ろうというその直前で目を疑う出来事が起こり、アメリアは足を止めました。小さな光が閃き、先を歩いていた姉が横っ飛びに吹っ飛んだのです。
「来ちゃ駄目だ!」
ユーリイが叫びましたが、既にアメリアは姉を助けに部屋に駆けこんだ後でした。飛び起きた彼女に手を引かれ部屋の隅まで逃げ、そしてそこで漸く気づくことができたのです。書斎の扉の陰で、鉈状の刃物を手に佇む爺の存在に。
振り下ろされた鋭利な刃物が、ランプのやわらかい明かりの中で冷たく光ります。爺の虚ろな瞳が自分に向いたことで、生まれてこの方感じたことのなかった感情――殺意をアメリアは肌に感じました。
「ユーリイ。その子をこちらに渡しなさい」
先に口を開いたのは爺の方でした。
「アミをどうするつもり?」
「お前の知ったことではないよ」
そうは言いますが、ユーリイにはその後のことなどわかりきっていました。すんでのところで気づいたからよかったものの自分は危うく頭を真っ二つに割られるところだったのです。「絶対に渡さない」とユーリイははっきり言いました。
「そうしなければこの村が滅ぶとしても、か?」
爺はアメリアに視線を移して言いました。
「その女は近く村人たちを皆殺しにする」
こういった彼の予言がいかに正確であるかはユーリイもよく知っていました。それ故の信頼感から彼が村で長の立場にあることもよく知っています。しかし彼が何十年も前に『全知全能の書』と接触したことで予知の力を授かった本物の予知者であることまでは知りません。ユーリイにとって彼はあくまで星を読み解く予言者に過ぎません。虚勢ではなく胸を張ってユーリイは答えました。
「アミがそんなことをするはずない」
「だが、するかもしれない」
爺はそこでふと、姉妹を素通りして遠い瞳になりました。
「笑っていた……笑っていたんだ、この女は! 自分が滅ぼした村で! 皆の亡骸を見下してな!」
彼は殆ど泣いている顔と声で言います。
「危険なんだ! まだわからないのか!」
「ああ。わからないね」
切り捨てるようにユーリイは首を振りました。
「あたしには先のことなんて何もわからない。でも、もし爺っちゃんの言う通りの未来が訪れるとしても、あたしはそこから逃げ出そうとは思わない。勿論死にたくなんかないよ。でも、そのために妹を見捨てるような姉じゃ、あたしはありたくない」
「……愚か者には付き合っておれん」
心底失望したように言って爺は後ろ手に書斎の扉を閉じました。彼は得物を落とし、おもむろに机の上のランプに手を伸ばすと、
「お前の思い通りにはならない」
アメリアを一瞥した後、それを予備の油ごと自分の足下へと叩きつけたのでした。
青い熱が床を這い、波のように広がります。それは乱雑に置かれた書物を呑みこむことで急速に勢いを増し、赤く大きく揺れながら姉妹を追い詰めていきました。
爺は逃げようとせず、炎に包まれながら立ち尽くしています。「思い通りにならない」とは、他人の手に掛かるくらいなら自ら命を絶つ、ということを意味していたのです。扉にもたれかかり彼は終始無言であったアメリアへとそこでまた視線を向けました。怒りと、痛みと、苦しみ、悔しさ……生命が終焉を迎えるまさにその一点で、ありとあらゆる負を混合させた形相で最期の叫びをあげるのです。
「私は知っているぞアメリア! アメリア・リオン・エウノミア! お前は神子などではない、魔女だ! 破滅の子だ! 結界を破り外界よりもたらされた災いの子だ! 時間はお前を滅ぼさない、ここで炎に焼かれるがいい! 苦しめ! もがけ! そして呪われろ!」
ありったけの敵意を吐き散らして星読みの爺は炎の海に沈んでいきました。
アメリアは最後まで色を失った瞳で、その様子を黙って見つめていました。尊敬していた者からの裏切りに、彼からぶつけられた悪意に打ちのめされてしまっていたのです。
倒れた本棚の奥に小窓を見つけたユーリイに呼ばれてもアメリアはまだその場から動くことができませんでした。その後どうやって彼の家から避難することができたのか、自分でもわかりません。
ぼんやりした意識の中で眺める景色は、間もなく家を覆ってしまうほどに成長した炎の色で空まで赤く染まっていきました。
鮮やかな赤。どことなく不吉な赤。
その色はしかし、炎によって生まれたばかりではありません。
赤い月――。
人々を照らすその光の存在に気づいたのはアメリアだけでした。




