もう一つのプロローグ_全知全能の書
未プレイですが、「ファントム・キングダム」に登場するアイテムよりこのタイトルがついています。
◆一番はじめにあった物語~全知全能の書
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……まずいことになったものだ。
書斎に戻った彼は、遠のいていく意識を繋ぎ止めるようかろうじて声を出しました。
目覚めたばかりにも拘わらず既に体中が疲労困憊で動悸も鎮まりません。気を抜けば倒れてしまいそうな体には異常なまでに汗をかいています。指の先から骨の芯まで、自分がすっかり恐怖によって浸食されている事実が否応なしに突きつけられます。
こんなことになるなら、あんな物に触れなければよかった!
彼は感情に任せて叫びたい衝動に駆られました。
しかし実際にそうすることはありません。それを口にすることは即ち己の地位を、名声をすべて否定することでもあるからです。彼はそれによって自分にもたらされた力が今までどれだけ自分や周囲の役に立ってきたか、そのありがたみを誰よりも深く理解しているつもりです。自分に都合が悪いときに限って、あっさり手のひらを返してしまえるほど彼はもう若くもないのです。
……本当に、まずいことだ。
もう一度吐き出すように言って彼は、半ば倒れこむようにして椅子に身を預けました。いくらか気持ちは落ち着きましたが、あまり頭を使う気にはなりません。しかし彼は考えなければなりません。そして答えを出さなければなりません。自分にとって、村にとって最善であろう道を。
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ホウライという世界の最果て、不思議な霧に覆われた森の中にトレニアという名の小さな村がありました。その村には昔から宝物として伝わっている一冊の本がありました。どこぞの貴族の持ち物であることを彷彿とさせるような、豪華な装飾の施された分厚い本でした。村の人々は自分たちが戦争から逃げ延びた古代エウノミア王国の末裔であることを当然のように知っていたので、それは古代戦争で滅びた王家の宝であると信じられ、昔から大切にされ続けてきたのです。
どれだけ高貴な方によって綴られた、美しい言葉がそこには並んでいるのだろう?
今までに数え切れないほど多くの者たちがそういった憧れを抱いてその本を手に取りました。そして本を開いたとき、或いは頭を抱え、或いは愕然としました。そこにはたった一言、「なの」と書いてあるばかりだったのです。
一ページ目をめくると、「なの」。
十ページ目をめくっても「なの」。
百ページ目をめくっても「なの」……。
大多数の人々はその解釈不能な内容故にそれのことを『なのの書』などと揶揄して呼びました。しかし一方で、その言葉は何かしらの重要性を秘めた暗号で、その意味を解読したとき初めて大いなる知識がもたらされると信じる者もありました。そういった考えを持つ者たちの間では、それは『全知全能の書』と呼ばれました。
アメリアはその内では積極的に後者の立場を取っていました。創造主クローソーによる創世神話を知ってからというもの彼女は、狭い村の中においてお伽話に憧れ、日々新しい空想に心ときめかせる一人の空想家でした。彼女にとっては「なの」しか書かれていない現実を見るより、そこにこめられた秘密に心躍らせている方が幸せだったのです。それに拍車をかけたのが、彼女が自分のこと――何故自分が「神子様」なのか――を知りたいと思い立ったことでした。件の書物が本当に『全知全能の書』の名を冠するに相応しい物ならば、アメリアは自分の求める知識を得ることができます。仮に『なのの書』に過ぎなかったとしても、後々になれば悩みの多い思春期を慰めてくれた本のことは笑い話にも変わりましょう。半分で期待し、もう半分で覚悟して彼女は毎日毎日、暇を見つけては本が安置されている村の教会に通い続けたのです。
だから普段通り手に取った本にある日突然、その言葉が浮かび上がったとき、アメリアは喜び以上にただただ驚いたものでした。
『ワタシ ハ アナタ ノ モトメル コタエ ヲ シッテイル』
その訴えるところがどこまで自分の好奇心と一致しているのかは、彼女にはわかりません。しかし今まで数え切れない人間が挑戦してきた中で自分だけが見つけることのできたその変化に彼女はすっかり酔いしれたのでした。
『トモダチ ニ ナリマショウ アメリア』
最後にそんな文句が並んだときアメリアは一も二もなく友好の意志を示しました。名乗ってもいない自分の名がその本に浮かんだことなどまったく気にも留めなかったのです。




