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もう一つのプロローグ_神子という不思議

一番はじめにあった物語、とは私が創作において一番につくった作品がこの「もう一つのプロローグ」部分であることに由来します。

七年前の作品になります。

【もう一つのプロローグ】


◆一番はじめにあった物語~神子という不思議


 いいかね。この世界で一番偉い御方はな――。


   ○


 この世界の始まりは、薄汚れた一枚の布でした。混沌の海をたゆたうそれを創造主クローソー様がすくい上げられたことから世界は始まったのです。

 ぼろきれ同然の布を聖なる抱擁で清め、自らの髪を紡いだ糸で縫い合わせ、創造主様は一つの球をおつくりになりました。

 そうして生まれたのがわたしたちの生きる世界、ホウライです。

 創造主様は気の遠くなるような長い時間をかけホウライに多種多様な植物を芽吹かせ、動物を住まわせ、そしてその最後に人間をおつくりになりました。彼らに、自身がおつくりになった世界を協力して平和に治めることを願ったのです。

 しかし生まれた人間たちは母たる創造主様の願いに反して共存を拒み、己の支配による統一を目指して争いを始めてしまいました。覇権を争う者たちが国を興し、戦争を繰り返し、やがてホウライは暗黒の時代を迎えます。

 これを嘆かれた創造主様は、世界に満ちた狂気を鎮めるために娘女神を遣わされました。

 長女エウノミア。二女エイレネ。三女ディケ。人間界に舞い降りた三姉妹はそれぞれ長女は慈愛の心で、次女は法で、三女は力で人間たちをまとめ上げます。そして自身の名を冠する国をつくり、自らが王となり人間を管理することで世界から戦争をなくしたのです。

 やがて平和な世界の土台を築きその役目を終えた女神たちがホウライを去るときがやってきました。しかし彼女たちは自分たちが消えた世界がどうなるかを知っています。そこで去るにあたり信頼に足る人間たちに、王として国を治めさせることにしました。選ばれた人間たちは証として女神たちから神力を授かり、彼女たちが不在の間も争いが起きぬよう尽力することを誓います。

 こうしてホウライはそこに息づく生命の理想郷となるべく新たに歩み出したのです。

 創造主様もきっと天上より、今のわたしたちを見守ってくださっていることでしょう。


   ○


 その話を聞かされたのは、神子アメリア・レオハートがまだ七歳のときでした。

 教えてくれたのは星読みの爺と呼ばれる、占星術に秀でた村の長老でした。ちょっとした怪我や病気がきっかけで働けなくなり、寝たきりになり、あれよあれよと思う暇もなく逝ってしまう、それが当たり前の高齢者の中で彼は、七十歳という村内の平均寿命を二昔も過去に置き去り、間もなく百にも手が届くほどのある種異常な長寿者でした。そしてその人生経験の豊富さ故に彼はまた村一番の知恵者でもありました。

 それまでのアメリアは、理由こそ定かではなかったものの彼こそが、長老というものがこの世界で一番偉い存在なのだと思っていました。最低でも、両親や周囲の彼に対する態度を見ればそういったことは幼心にも自然とわかってしまうものです。自身も幼い頃より神子と呼ばれ周囲から大切にされる存在でありましたが、それでも、この爺の存在は彼女にとって不動の頂点でありました。その彼が言ったのです。この世界には自分などよりもっともっと、ずっとずっと偉い御方がいる。その御方は創造主クローソー様というのだよと。

 こういうのを晴天の霹靂って言うんだろうな――後々になって彼女はそのとき衝撃を受けた自分をそう振り返ります。それは真っ暗な部屋で一人目覚めた夜のような心細さにも、大好物にしていたお菓子が大嫌いな野菜からできている事実を目の当たりにしたときに感じた裏切りの衝撃にも似ていました。兎に角このとき、彼女は途方もない不安にさいなまれたのです。

 しかしながら話を聞かされる内に、彼女の中にあった不安な気持ちは少しずつ形を変えていきました。

 薄汚れた一枚の布を縫合してこの世界、ホウライをつくった創造主。あらゆる生命体を生み出し、繁茂せしめた創造主。娘である三女神、エウノミア、エイレネ、ディケをして世に広がった戦乱を鎮圧せしめた創造主。聞けば聞くほど創造主クローソーという存在、その女神による創世神話は今までに教えてもらったどんな昔話やお伽話よりも彼女の興味を惹きつけました。

 彼女の星読みの爺に対する敬意が変わることはありませんでした。しかし創世神話を知った彼女の胸にはもう一つ、尊ぶに値する偉大な存在の名が刻まれていました。目に映るありふれた風景ばかりの世界から、大いなる存在によって創造された世界へと、このときを機に彼女の世界は大きく広がっていきました。創造主クローソーが創造した世界に関する空想は以来、彼女の好奇心の大半を占めるようになっていったのです。

 それから五年が経ち、創世神話をきっかけに敬虔な十二歳へと成長したアメリアにはいつの頃からか不思議に感じていることがありました。そのことを考えるだけで食事も睡眠も入浴も、生活に必要なあらゆる活動を忘れてしまうほど大きな不思議です。

 それは他でもない彼女自身に関することでした。


 創造主様は偉い。この世界をおつくりになったから。

 爺様も偉い。長生きをしていて、本当に物知りだから。

 じゃあ、わたしは……?


 創造主という存在に対する敬意の一方でアメリアはこれまで当たり前にそうされてきたこと――自分が神子様と敬われる現実に疑問を抱くようになったのです。


 どうして自分は「神子様」なんだろう?

 どうして自分だけが「神子様」なんだろう?


 アメリアの胸で生まれたそれは加速度的に膨張していきました。その疑問が、それを解き明かしたいという好奇心が、やがて彼女の故郷を滅ぼすことになろうとは、このときの彼女は夢にも思っていませんでした。


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