第二部_革命の終わり
本来の物語との分岐点になります。
スミ子によって一つの結末が変わり、新しい物語が始まる場面です。
◆革命の終わり
「甘いのね、あなたたち」
消えなくていい命を一つ、散らせた魔女が鼻で笑った。
「やれるときにやる。戦いの常識よ。そしてやるときには躊躇しない。容赦もしない。一族郎党に至るまで狩り尽くす……でなきゃ、後々面倒が起きるでしょう?」
目を丸くする俺たちを素通りして彼女は少女の亡骸の前まで進み出ると、
「まったく。どうしようもないお子様ね……命だけは助けてですって。ふざけないで欲しいわね。散々人の命を奪っておきながら、自分を守ろうとした者の命まで踏み躙っておきながら、自分だけは死にたくないだなんて。そんな都合のいい話があるわけないじゃないの。
命令されて仕方なく? 償う? ……ふ、笑っちゃうわ。今更善人ぶって。そんなことを言うなら最初からやらなければよかったのに。結局あなたに王の資格なんてなかったのよ。修羅の道を行く覚悟もない。王位に殉ずる覚悟もない。欠陥品はあなたの方よ。まぁ所詮は偽者ね。……もう聞こえていないみたいだけれど」
いつになく饒舌に語り、その最後を死者への冒涜で終えた。言葉だけでなくそこには暴力も含まれる。無抵抗な死者を蹴り上げ魔女は、最高の笑みとともに振り向いた。
――ぞっとした。
彼女はおかしくなってしまったのだろうか――いや、そういうわけではない。魔女とは元々そういう善悪のない存在のはず。だからこそ彼女は俺たちにとって恐ろしい存在であると同時に頼もしい存在でもあったのだ。だがこれはやり過ぎだ。戦場とはいえ最低限守らねばならないルールはある。戦う意志も武器も失った相手に追い打ちをかけ命を奪うのは侵略者。革命者のすることではない。
「何を言っているの、あなたたちも同じでしょう? あらかじめ存在していた平和の形を武力によって壊そうとしたんですもの。革命なんて言葉で美化したって、それは立派な侵略よ。
拳を握り剣を手にし、魔女を頼った時点であなたたちは王政に対する侵略者になった。話し合いではなく暴力を選んだんですもの。言い訳は許されない。現に何人もの命をあなたたちはその手で直接的にも間接的にも奪ってきたじゃない。だから――ね」
魔女の手がゆらりと動く。
「次はあなたたちの番。当然、あなたたちだって覚悟は決めてきているんでしょう?」
差し伸べられる手――魔女が俺たちへと銃口を向けてくる。話が違うと感じたのは俺だけではないはずだ。
「ネージュ……生きてたんだな」
ユーリイが沈黙を破って言った。何をいきなり言い出したものか――訝る俺を素通りする魔女の顔にニィ、とひきつるような笑みが浮かぶ。ユーリイ一人を映すその瞳は、姉を慕う目ではない。あの色は憎悪。彼女を殺したくてたまらないという感情が傍目にも伝わってくる。俺は二人の間に何があるのかを知らない。だがこのときこの瞬間、二人が全身全霊で敵同士であることだけはわかる。例えばユーリイの故郷を滅ぼしたのがこのネージュという存在であるならば、一時でも俺は自分を納得させられる。ただその真偽を確かめることができる状況では、今はない。
「随分と、気づくまでに時間がかかったわね」
ネージュ、と呼ばれた魔女が言う。
「わかってたさ。お前のやりそうなことくらい」
「でもこの子には手が出せなかったようね」
「……」
「そうよ、あなたは遅かったの。その証拠にこの子を救えなかった。そして、自身のことも」
彼女の背中には翼が広がっている。南の森で化け物を消し去ったときより一回りも、二回りも大きくだ。あのときその美しさに心奪われた翼はしかし、ここでは不吉な死の翼だ。その掌では化け物を消し去り、少女を撃ち抜いたあの力の奔流が低い唸りをあげている。俺たちを滅ぼすべく今まさに溢れ出そうとしている――。
「やってみろ。そんな曇った力にあたしは負けない」
「ふぅん……試してみましょうか?」
挑発に答えるよう彼女の指が動き、大いなる力が放たれた。
狙いを定めた猟犬の如く向かってくる光の塊。その強大な熱量を前に、俺には既にできることはなかった。相手を止めるにも逃げるにも遅過ぎる。せめてもの救いは、痛みを感じる暇はなさそうであること。ただ生きてこの国が得た本物の自由を見届けることが叶わないことが悔やまれる。それだけが、ひたすら心残りだ――。
『――いいえ。まだ、終わりではありません』
呆然とする意識の片隅で、誰かの声が言う。そんなこと、口で言うのは簡単だ。実際その通りにいかなかったからこそ、俺はここで何もできないまま短い生涯を終えようとしている。だから、言い返す――何もできないクセに、そんなことを言うのは無責任だと。
『そう思うなら、自分の目で確かめてみるのです』
そう言われて、言われた気がして俺は、微かに目を開く――すぐに、大きく見開くことになる。すっかり諦めていた俺はそこで、我が目を疑った。何故って、途方もない規模で向かってきた光が、俺たちの前で止まっていた……いや、止められていたからだ。
「……スミ子?」
それをしているお手伝いの背中に呼びかける。返事はない。俺の声が届いていないのだろうか。重ねた手を前に突き出し、俺たちを守る壁となっているスミ子には、うわ言のように繰り返す言葉がある。
「……変えなきゃ、変えなきゃ」
どうしてコイツにこんな真似ができる?
変えるとは、いったい何を?
豹変した魔女のこと、ネージュと呼ばれた者のこともまだわかっていない内から、考えるべきことが多過ぎる。正直、頭がどうにかなりそうだった。だがそれによって引き起こされるに違いない放棄を、俺の体は許してくれなかった――後々になって思えば、その瞬間を見届けるために。
人智を超えた何かに導かれるまま、ふと顔を上げる。俺の頭上には一つの人影があった。魔女と同じく白い翼を持っているという違いこそあるものの、その姿には憶えがある。昨日夜襲をかけてきたあの暗殺者だ。だが今はその瞳の片隅にも、俺を映してはいない。その先にいるのは――魔銃を繰る魔女。彼女だけを捉え、剣を手にした男は跳躍していく。
まさか――。
男を止めるべく俺は兎に角駆け出した。
だがそう思っただけで、実際のところそれはできていなかった。硬直した足は、一歩踏み出すために動くことすらしていない。
だから魔女の頭上に迫った男に、力の限り「やめろ」と叫んだ。
しかしこれもやはり、実際にはできていなかった。喉を痛めただけで俺の口からは意思に反して意味のわからない、或いは意味のない音しか生まれてはいない。
「母さんっ! 今、僕が――――」
男の刃が魔女に向かって振り下ろされていく。漸く男に気づいた魔女が、顔を上げる――俺に見えたのはそこまでだった。
光が弾け、悲鳴があがり、そして間もなく静寂が訪れる。すべてが過ぎ去った後には剣を手に立ち尽くす男と、力なく横たわる魔女の姿があるだけだった。
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この日エウノミア王は倒れ、長きに亘って人民を支配してきた偽りの平和は、その陰で行われてきた数々の悲劇とともに幕を閉じました。王の訃報は瞬く間に駆け巡り、王国全土に広がった戦乱もまた騎士団と民との和解をもって終わりを告げます。最高権力者を失ったエウノミアは絶対的権力を持つ王による専制の時代を終え、国領に属する町村の代表らが共同で政府を組織する合議制へと新たなる一歩を踏み出すこととなりました。
突如訪れた方針転換に人々からは戸惑いの声も多くあがりました。しかしそうした人々でさえ、新しい国が今まで以上に住みよい世の中になるであろうことには確信を抱いています。そうです、本物の自由はついに、人々の手に渡ったのです。
この新しい平和も自由も、かつて一人の少年ジークムントが抱いた疑問の果てに生まれたものであり、思い描いてきた国の在り方に他なりません。いつどのような理由で処罰されるのかと脅える必要のない、官吏の顔色を窺わなくて済む、気の合う仲間と好きなだけはしゃいで、自由に衝突し、心から笑える――皆がそれぞれの幸せを求められる世の中が漸く始まったのです。しかし心強い仲間たちとともに積年の願いを成し遂げたこのとき、この黎明を導いた少年の顔には、笑みは欠片もありませんでした。
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