第二部_クイーン・ルージュ
主人公たちが王城に乗り込みます。
軍師が村を離れる理由づけについて、構成し直しました。
◆クイーン・ルージュ
戦災孤児として保護を求める名目で王都に入る。その後、衛士の目を盗んで城に忍びこみ、王を倒す――ざっくりと言ってしまうとそれが俺たちの作戦だった。だから敵の油断を誘うためにメンバーには大人を含まない。村の切り札である魔女が年老いた老婆でないことも、迅速な行動を起こす上ではつくづく幸いする。
作戦が立てられた当初は村に残って指揮を続ける予定だったお手伝いも、急遽加わることになった。二度の失敗を受け遠からず近からずの距離で睨み合うように陣を敷いていた敵方が、昨夜の内に撤退したためだ。俺が夜襲を仕掛けられていたまさにその頃、どうやら敵方もまた何者かの襲撃を受けていたらしい。闇の中次々と敵兵を打ち倒していく影の存在を、斥候に出ていた仲間が話してくれた。その正体が何であれ、戦うべき敵は壊滅的被害を受け撤退した。戦闘から一転、修復活動へとシフトした村で役割が希薄になった軍師はそこで、俺につき従うことを選んだのだった。
目の前の敵が姿を消したとはいえ刺客を差し向けられたばかりだ、村から堂々と街道を闊歩するわけにはいかない。待ち伏せされることを警戒しながら夜明け前の村の水路から舟で川を南へ下る。王都を一度通り過ぎ、都に程近いところで北上すべく街道に出た。
「余計な戦いがなくて済むように、お祈りをしていきましょう」
お手伝いが出発に先駆けて口ずさんだおまじないの効果か否か、王都に向かう道中では幸いにも敵の姿を見かけることはなかった。都が近づくにつれ増えていった関所も無人で、武器を手に取ることさえなく俺たちは、そのまま無防備な王都へと到着したのだった。ただ――戦わなくて済むならそれがいいに越したことはないのだが、あまりに調子よく物事が運び過ぎるのはやはり不審だった。
「見破られていた、と考えるべきでしょうね」
すっかり閉め切られ、息を潜める町並み。衛士の一人もない城門を前にして魔女が重々しく呟いた。
俺もその意味するところに気づいた。俺たちがここに立つ理由は絶対的権力を持つ敵首領を倒し、王政を瓦解させることにある。しかし敵方にとってもそれは同じことだ。この場には革命主導者に革命組織の切り札、獣の総括者に作戦参謀と、この戦いにおける革命組織の中核が揃っている。わざわざ個々の町村を滅ぼすまでもなく、主導者さえ片つけてしまえば事は足りるのだ。
暗殺が失敗したからこその、直接対決。その場合、武功を挙げるのは王本人でなければならない。大将自らが敵を討ち倒してこそ絶対王による正義というプロパガンダは効果を発揮する。どうやらこの奇襲を決着の時と定めたのは俺たちだけではなかったらしい。
まぁ、それならそれで望むところだ。俺たちは開け放しになっている城門を通り堂々と城に入った。
城の中にも衛士は一人も見当たらない。人払いをしてあるのかもしれないし、物陰から俺たちを狙っているのかもしれない。王たちはとっくに逃げ出したのではないかとユーリイは言ったが、たかが田舎の村人の造反程度で一国の王が城を捨てるとは考えられない。やはり待ち構えていると考えるのが妥当であるように俺には感じられた。
階段、階段、また階段。間もなく玉座の間が見えてくる。
歩調が早まる。
半ば体当たりで大扉を開け、俺はそこに踏みこむ。
そして――それと同時に、目の前に広がった凄惨な光景に息を呑んだ。
「わぁ! 血の海です!」
スミ子だけが一人、場違いな歓声をあげた。
見渡す限り見事な赤一色に染め上げられた大広間はいっぱいに、鼻をつく鉄の嫌な臭いで満ちている。足元には砕かれた甲冑――王国の紋章が刻まれた――が乱暴に転がっている。その銀色の中に覗く肌色の欠片、人間の肢体は恐らく、この城にいた衛士の数だけあるのだろう。玉座の間は既に、惨劇の為された後だった。自分たちより先に来た誰かが――とはしかし、俺は考えなかった。本来真っ先にその姿にされて然るべき者の姿がない。
いや、あるにはある。しかし「その姿」ではない。血にまみれた玉座に悠然と腰掛け、手のひらの上で水晶玉を弄ぶ――ローブ姿の王の有り様は異様だった。ヴェールに隠れて顔は見えないが、正確には女王。エウノミアは代々女性が王として即位することを、この国に生きる者なら誰でも知っている。
「待っていましたよ。欠陥品たち」
秩序の名を冠する国の王らしい、凛とした声が、言う。その声にはどことなく喜色が含まれている。ヴェールの下で彼女が笑っていることに俺は気づく。それに気づくことはまた、この惨劇が彼女の仕業であると気づくことでもある。
あまりの蛮行を愚弄する言葉を見つけられない俺の前に進み出て魔女が言う。
「あなたが、これをやったのですね?」
「ええ」
王の余裕は崩れない。
「国の秩序を守るために組織された者たちが、自らに与えられた役割を果たせない。あまつさえ私に楯突く者まで現れる始末……処分されても無理のないことでしょう」
「それが為政者の言葉ですか」
一国の王が民を虐げるなど決してあってはならない。それは誰もが抱く一般論。常識論。しかしこの国の王にとってはそうではない。今目の前にいる彼女に限った話ではなく代々厳罰主義を貫いてきた伝統が、自由な粛清が為される当然をつくり上げてきた。王は為政者であると同時に、平和というシステムを保つ管理者でもある。彼女にとり国は喩えるなら――そう、一つの機械。民はその部品。正常に機能しない部品を取り除いたとて責められる道理はないのだろう。認めたくない理屈だ。
フ、と鼻で王は笑う。自分に尽くしてくれた者たちを踏み躙っておきながら悔悟も、反省の色もない。つまり更正の余地もないということだ。
「あなたを生かしておくわけには、いかない」
俺が抱く意思、そして魔女が口にした意志ははっきりしている。それは傍若無人な振る舞いに対する怒りであり、慈しむ心をなくした者への悲しみであり……正直、王に向ける感情に名前はつけ難い。ただただ目の前の相手を許せないと思っている。魔女が、今まで聞いたことのない声で呟いた呪いの言葉を俺は、聞かなかったことにした。
「古代王国の終王は自らも戦場に赴き、拳を振るったと聞きます」
私がやったから何だ、許さないから何だ。お前たちの意思などどうでもいい。そう言わんばかりの緩慢な動きで王は、
「死んで当然の愚かな王。呆れた王。野蛮で品位もない、恥知らずな王――まさか自分が、それと同じことをする羽目になろうとは……情けない」
溜め息混じりに腰を上げた。黙れと叫んで魔女が、足下に転がる槍を投げつけたのに対し、手のひらの水晶玉をかざしてみせるのだった。
避けもせずに――。
槍が届かんとするまさにそのとき、彼女の手からまばゆい光が広がった。その中でカランと無機質な音が響き、俺は槍が弾かれたことを知る。
光が収まると、王の姿は消えていた。それはしかし、単純に逃亡時間を稼ぐための目眩ましというわけではなかった。そこには代わって一つの人影が立っている。
見たこともない者。だが、その姿はどこか――。




