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第二部_二挺の銃と異邦人

初期稿『Edeiweiss~女神の箱庭』では、本シーンで「ダルマ」こと山本勘助が登場していました。実在・非実在が曖昧な勘助は戦場で姿を消し、この世界に迷い込んでいた、という設定です。どちらかというと島左近のほうがしっくりきますが、私も長野県民ですので郷土愛から。


◇二挺の銃と異邦人


「スミさん、どうしてあなたがこれを?」

 大抵のことに無頓着の態を貫く魔女が、興奮した様子で言った。

 そもそもは朝食の席で、彼女がお手伝いに興味を示したこと――「スミ子」というのは珍しいお名前ですねと、そんな他愛のない発言をしたことが始まりだった。俺はだから、何も知らない者に対しては必ずそうするように、それが本当の名前ではなく、臆病者ですぐ部屋や庭の隅に逃げこんでしまうお手伝いをからかってつけたあだ名であることを話したのだ。数日前であれば、恐らくそれだけで済んだ話だったと思う。しかし思いがけぬ形で姉と再会を果たした魔女は、これまでとはいくらか性質が変わってしまっていた。彼女は――そう、好奇心の魔物だったのだ。


 あだ名……では、スミさんの本当の名前は何というのですか?

 はぁ、記憶喪失だったのですか。

 ではどうしてここにいるのですか?

 そうですか。記憶が戻るまでここでお世話に。

 でも、それがどうしてお手伝いに?

 

 魔女の疑問は次から次へと飛び火して、際限がない。おかげで俺はスミ子が十年前に家の庭に倒れていたことからお手伝いとして働くようになった背景、我が家での暮らしぶりまでをすっかり話さなければならなかった。しかし話は、それだけでは終わらなかった。前々から気になっていたのですがと断った上で魔女は更に、スミ子のうたう「ある歌」の異質を指摘したのだ。

 俺が言ったところで自慢にはならないが、スミ子は日替わりで一曲うたっても一年ではうたい尽くせないほどの種類の歌を知っている。そのレパートリイを生かして暇があればうたい、うたうために暇をつくるほどだ。そうすることには食べる寝るといった趣味以上の理由がある。恐らく親が口ずさむのを覚えたであろうそれらの歌こそが、スミ子と両親とを結ぶたった一つの絆なのだ。

 そんな思い出の歌の中に一つだけ、明らかに異質なものがある。俺がおまじないと呼ぶ、「ほの~かのかの~か~」といった独特の歌詞と節回しによる、料理の隠し味から探し物までこれ一曲で解決してしまう魔法の歌。魔女が指摘したのはまさにそれのことだった。今までそれを耳にした者は例外なく変わっている、と画一的な感想を述べてきた。だから彼女の言ったことも俺からすれば当たり前の意見に過ぎなかった――はずだったのだが、

「実はわたしもその歌を聞いたことがあるんです」

 続けて魔女が言ったのは、俺は勿論、当のお手伝いでさえも予想だにしなかった言葉だった。現にスミ子など衝撃のあまり固まってしまうほどの驚きようだった。だからスミ子がそこから立ち直ってからというもの、魔女との立場は数分前までとはまったく逆転してしまっていた。


 どこで聞いたのですか?

 はぁ……四百年前。流石は魔女さんです。

 でもその頃というとアミさんは……霧の中、ですよね?

 スミに似ている人に心当たりはありませんか?

 あと、その歌をうたっていた人たちがどうやって森を抜けたのかも!


 投げかけられた好奇心の殆どに、魔女は答えなかった。仕方がないことだ。誠実であろうとすれば、いずれ自分が起こした惨劇にも触れなければならない。相手を思いやるなら口を閉ざすのが賢明なのだ。しかしスミ子にも、失われた自分を取り戻す手がかりを何としても得たい意地がある。納得できる答えを得られないからといって諦めようとはしなかった。

 そこで――食卓を離れたスミ子はほどなくして、小さな包みを持って戻ってきた。俺がその存在すらすっかり忘れていたそれは、保護された当時スミ子が大事に抱えていた、唯一の私物。

 その名も――、

「レオハートです」

 スミ子は包みを解き、それを魔女へと差し出した。

 そこで話は今に至る、というわけだ。

「レオハート――ですか」

 自分が使うものとそっくりな小銃を、その名前にも少なからず驚きの色を見せながら魔女は手に取った。そうしてからスミ子に色々と確認しつつ長い時間をかけ調べ、やがて躊躇いがちながらもはっきり、こう言った。

「どうやらこれは、わたしの銃のようです」

「お前の?」

「はい」

 魔女がそう判断した理由は三つあった。

 一つ目に、スミ子がこの銃を扱えないこと。

 二つ目に、両者の形や傷などがほぼ一致していること。

 そして三つ目――魔女はそれぞれの銃に共通して施されている小さな刻印を示した。古代文字A・L・E・Q、その隣に並ぶ「LEO‐HEART」の文字だった。

「そこだけ字体が違うみたいですね」

「ええ。その通りです」

 スミ子が指摘し、魔女はそれを肯定する。

「それはわたしが刻んだものなんです」

 つまり――と改めて言うことには、

「ここには正真正銘、わたしの銃が二挺あります」

「それって、どういうことなんですか?」

 身を乗り出すお手伝いに魔女は、無言のまま首を左右させた――わからない、との意思表示だ。俺もまたその同一の銃の存在の意味するところを見つけかね、視線を落とす。スミ子がややあって、

「あの……もしかして、アミさんは……」

 自分の銃に刻まれた、魔女のものにはない傷を撫でながら言いかけ、やめた。魔女はやはり何も答えを返さなかった。


 そんなことがあったこの日、俺は初めてお手伝いを会議の場に招いた。魔女との間に生まれた気まずさから逃げ出す場を与えたかったのもあるが、俺を主導者としてその一番の理解者となるスミ子にも、戦いに口を出す権限はあるはずなのだ。魔女がしてくれたような知恵をもたらしてくれることも、ささやかながら内心では期待していた。魔女と同じ歌を知り同じ小銃を持ち、霧の森を抜ける手がかりを掴み、ユーリイが敵ではないと言い出したスミ子ならではの発想を俺は信じた。

 スミ子は見事、その期待に応えてくれた。いや――期待以上だった。

 その働きぶりを表すには「八面六臂」の一言が最もしっくりくることだろう。堰を切ったように溢れ出す言葉でスミ子は見張り用の物見櫓の建設を指示したり地図を広げて村の弱点を指摘したり、籠城戦の提案、罠の充実や効果的な配置など来たるべき日に備えた様々な助言を皆に与えて回った。戦という手段が選ばれなくなって久しい世界においてお手伝いの講じた諸々はまるで、自分自身がかつてその場に居合わせたことがあるかのように具体的かつ実戦的で周囲を驚かせたものだ。

 スミ子の働きはしかし、それだけには留まらなかった。更に周辺の町村への協力要請を会議の場で提案したのだ。一村対一国の構図では勝ち目がない、だからこそ周辺と連携を取り敵方の注意と戦力を分散させる必要がある、というのが言い分だった。なるほど確かに、敵の立場になって考えてみれば、いくら小村とはいえ同時に複数が蜂起となれば鎮圧はより困難になるだろう。広い目でこの戦いの勝利を見据えているからこそできた発言ではあった。戦火の拡大――それをこのお手伝いが口にしたことを少しだけ恐ろしいと思いながらも、また一歩、王国との対決が現実味を帯びてくるのを俺は感じた。

「どうです、スミもやるもんでしょう?」

 その一言が。慌ただしかった一日を締めくくる。俺の隣で家路を歩むスミ子が自慢げに言った。だが口調に反してその顔には、疲れのせいだけではなく持ち前の明るさがない。

「でも……スミはいったい、何者なんでしょうね?」

 呟かれた言葉に対する答えを、俺は持たない。俺はそれを聞かなかったことにした。


 それから一月の時間が瞬く間に流れ、とうとうそのときはやってきた。

「来たぞ! 数は……五百だ!」

 早朝の村に、物見櫓からの知らせが響き渡る。遅れ馳せながら計画に気づいた王国の侵攻に、戦慄が村中を駆け巡った。降伏勧告を退けた二日前から空は、雲一つない快晴が続いている。不謹慎な言い方が許されるならば最高の戦日和だ。

 スミ子の提案が功を奏し、戦力を分散することを余儀なくされた敵の数は予想を大きく下回っている。陰に日向に装備を整えてきた村にとって必ずしも苦しい戦いではないだろう。そうはいってもこの戦いは長期的に見れば明らかな不利が生じる戦いでもあった。というのも籠城戦はあくまで攻めてきた敵を追い返すことが目的であり、滅ぼすためのものではないからだ。戦が長引けば長引くほど俺たちの戦力は減っていくが、敵には体勢を立て直し、数に物を言わせて個々の村を一つずつ壊滅させていくこともできる。開戦から数日、各地に戦力が分散している間に少数部隊で不意を衝き敵将を叩く――それこそが勝利の絶対条件と言える。

 戦にあたり、皆にはそれぞれ年齢や性別に応じた役割が割り振られている。俺とユーリイは守備役として直接戦闘にあたる。ユーリイが南の森で知り合った動物たちも今では立派な戦力だ。流動的な作戦対応が求められる指令部には軍師を買って出たスミ子がいる。村の最終兵器である魔女はその隣に待機する。俺とユーリイ、魔女の三人はまた、村を抜け出し王都に奇襲をかける任務も負っている。村の命運を左右する重要な役、言わば勝利の鍵となったことに、流石にプレッシャーはあるが、もう引き下がれない。引き下がるつもりもない。

 遙か前方、気味悪いほど秩序立った人の群れが目に入る。予想以下とはいえ、五百も並べば壮観だ。

 彼らは今何を思い、どのような顔で立っているのだろう?

 ……興味はない。

(さぁ、勝負といこうか――)

 風を切り裂き最初の矢が防壁に突き刺さった。



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