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プロローグ_霧の森の魔女

プロローグは「魔女」と呼ばれる存在を主人公が知る場面、婆やとの思い出の場面です。個人的な考えですが、魔女とはやはり、隔離された地にあるべき存在であるとのイメージを大切にしました。

よろしくお願い致します。

【プロローグ】


◆霧の森の魔女


   ○


 ホウライという言葉には、遠く神代の言葉で理想郷という意味があります。この世界をおつくりになった創造主様が、この世界があらゆる生命にとっての理想郷となることを願ってその名前をおつけになったのです。

 理想郷の名の下に、生まれたばかりのホウライの空は澄み風は薫り、水は清く大地は温み、そこには鮮やかな草花が溢れ大小様々な動物が栄えました。その光景を実際に見た者はありませんが、今の世界の様子を見る限り想像に難くありません。そこにはさぞかし美しい光景が広がっていたことでしょう。

 そのホウライが特に美しかった時代、今よりずっと自然が豊かな色を持ち、今よりずっと多くの生物が自由に生きていた時代、まだ国という大きなまとまりが築かれる前の時代にただ一人、魔女と呼ばれる存在がありました。

 魔女の容貌がいかなるものだったのか、今の世には伝わっていません。魔女というイメージの通りに気難しい老婆かもしれませんし、イメージとは反対に心優しい少女だったのかもしれません。また名前はアイリなどとかわいらしかったり、グレゴールとかやたら格式張っていたのかもしれません。彼女についてはっきりしていることといえば、魔女が古今東西肩を並べる者がなく、またこれから先にも現れることがないと言われるほどの「強大な力」の持ち主だったということだけです。空を飛ぶ、物を消すことなど朝飯前。海を真っ二つに割ったり昼夜を一瞬にして逆転させたり、夏に雪を降らせたり太陽を西から昇らせることさえも自由にできたのだそうです。

 彼女はどこで、どうやってそれだけの術を身につけたのでしょうか?

 気の遠くなるような時間をかけて修行などした結果なのかもしれませんし、或いは彼女自身が生まれながらの魔女だったからなのかもしれません。

 魔女は己の持つ力を用いて人々に対し数限りない善き行いをしました。例えば町中のネズミを消したり往来を不便にしていた山を吹き飛ばすなど、そういった行為は人々に大層喜ばれました。しかしそれに負けず劣らず、彼女は悪い行いもまた数えきれずしてきました。そちらの方は具体的にどういうことか、一つのことを除いてあまり詳しく伝わってはいません。もしかしたら意図的に伝えられなかったのかも、今となってはわかりません。

 魔女がそういった行いをするのにこれといった目的はありませんでした。彼女には善意も悪意も存在せず、純粋に無邪気なのでした。それ故に誰の手にも負えなかった魔女の存在はやがて、この世界をつくった創造主様の怒りに触れることになってしまいました。

 三日三晩に亘る激しい戦いがありました。

 その末に創造主クローソー様に敗れた魔女は自らの行いを反省し、二度と人間とは関わらないことを誓います。そして世界の果ての、更に果てにある森の奥に閉じこもったのでした。

 彼女が入って以来、森には深い霧が立ちこめるようになりました。そこに踏みこんだ者を惑わし、一切の出入りを禁じ、森と外界とを遮断する不思議な霧――その霧の存在により、いつしかそこは霧の森と呼ばれるようになりました。

 魔女がその後、閉ざされた森の中でどうなったのか、それを知る者はありません。生きていると考える者もあれば、もうとっくに死んでしまっていると考える者もあります。そもそもでそのような者は存在しないという者もあります。わかっているのは、今私たちの住んでいる村の北にある森には、外界の者を拒む不思議な霧が満ちているということです――。



 それはジークムントが教えてもらった中で、最も印象に残っている話です。

 初めてその話を聞いたのは六歳のときでした。探検家の両親の不在を世話してくれる婆やが遊び盛りの退屈を慰めるために聞かせてくれたのです。当時の彼はまだ夢ばかり見て、将来の現実など何一つ考えず、同年代の者たちとともに無鉄砲を繰り返すやんちゃな子どもに過ぎませんでした。

 それが受けた衝撃はいかほどのものだったでしょう?

 ジークムントは時間さえあれば婆やに魔女の物語をせがんだものでした。婆やはそれに誠実に応えてくれ、彼は魔女の力により削られた山を知り、彼女の涙によって生まれた泉を知り、そして彼女がした「悪い行い」が人を食らうことであるとも知りました。彼は婆やからの、魔女の話を通して好奇心や羨望、善悪も恐怖をも学んだのです。

「いつか坊っちゃんが自分一人の力ではどうしようもない壁に突き当たったとき、彼女を訪ねてみるといいかもしれませんね」

 親愛なる婆やは魔女の話をするとき、最後には決まってそんな風に言いました。ただの結び文句ではなく、そうすることで彼女は、世の中にはそういった得体の知れない力に頼らない限り変えられないものがあると少年に示そうとしていたのかもしれません。

 幼いジークムントはいつだって温かく微笑む彼女を見上げ、無垢な瞳で頷くのです。十年後の自分がまさか本当に魔女を頼ることになろうとは、夢にも思わずに。


   ○



本作品始め、たてはのこう作のファンタジーはいずれも、『ピエタ~幸せの青い鳥』主題歌の「幸福ノ原理」がモチーフになっています。


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